悪役令嬢の無念はわたしが晴らします

カナリア55

文字の大きさ
上 下
94 / 122
第四章

心配しているんです

しおりを挟む
 提出されたが不備のある書類を持って、各委員会やクラブをまわる。

「失礼しまーす、生徒会です。書類の修正の依頼で参りました」

 リアムが元気に扉を叩くと、中から顔を出した男子生徒が『うわー』と呻き声を上げた。

「またかー、今回は大丈夫だと思ったのにー! 悪いな、いつもいつもいつも。すぐ直すよ」
「お願いします。では、直したら生徒会室の方へ」
「頼むっ! 今すぐ直すから持っていってくれ!」
「あー……すみませんが、まだまわらなきゃいけない所がたくさんあって……」
「そこをなんとかっ! 生徒会室行ったらテオールに絶対怒られる! ホントに急いで直すから、どうかどうかどうかっ!」
「う~……じゃあ」

 上級生に頼みこまれて困ったように自分を見るリアムに、ルークは頷いてみせた。

「私がここで待ちます」
「それじゃあ僕は先に行ってるから」
「はい」

 こういう事がちょくちょくあるので、いつも二人一緒に訪問しているのだ。

「助かる~、ありがとな。じゃあ、すぐ直すよ」

 こうして二手に別れ、訂正された書類をもらったルークは、リアムの後を追ったのだが、

「ルークさん?」

 可愛らしい声で名前を呼ばれ、ルークは後ろを振り返った。

「あ! やっぱりルークさんだ。後ろ姿だったから、間違えてたらどうしようかと思っちゃいました」

 ピンク色の髪を揺らして嬉しそうに駆け寄ってくる女性に、ルークは顔を顰めそうになるのをどうにか堪えた。

「ルチア・ローズです。お話しするのは、初めてですね」
「………… 」

 首をちょっと傾げて笑顔で挨拶するルチアに、無言のまま頭を下げる。

「ルークさんとは以前から、お話ししてみたいなーって思っていたんです。だけどいつも、エリザベート様がご一緒だったから……エリザベート様はわたしの事、お嫌いなようだから……」

 しょんぼりとした表情で言うルチアに対し『あたり前だろう』という感情しかないルークは、もう一度ペコリと頭を下げてその場を立ち去ろうとしたが、

「あーん、待って下さい」

 いきなり手を掴まれてしまった。

「なんかー、最近ルークさん、元気が無いような感じがして気になっていたんです。どうかしたんですか?」
「…………」
「あっ! もしかして、エリザベート様から、わたしと話す事を禁じられているんですか? それだったらごめんなさい」
「…………」
「やっぱりそうなんだぁ。厳しい方ですもんね、エリザベート様って」
「いえ、そのような事は」
「そうですか? 良かった~」

 思わず反論の為に口を開いてしまった事を後悔するが、ルチアはニコニコと笑顔で、ルークの腕にキュッと抱きついて顔を近づけてきた。

「ルークさん、大丈夫ですか?」
「な、にが、でしょうか……」

 戸惑い、抱きつかれている腕を引くが、ルチアもくっついてきてしまう。

「聞きました。ルークさんは奴隷としてエリザベート様に買われたって。エリザベート様はご主人様だから、どんな事をされても、言われた通りにするしかないのでしょう? それって……辛いですよね……」
「別に私は辛くなんて」
「奴隷は主人に従うように、従属の契約をさせられるって……だから、嫌な事も嫌だと感じないそうですよ。自分の感情を操作されちゃうんですって。ルークさんも、そうなのかなって心配で」
「そんな事ありません。あの、もう行かなければならないので放してもらえませんか」
「エリザベート様って、完璧な方じゃないですか」

 ルークの言葉を無視し、ルチアは話を続ける。

「美人だし、頭もいいし、ダンスも上手で、お家は公爵家でお金持ちでしょう?」
「そうですが……それが、なにか」
「完璧だから、他の人にも厳しいじゃないですか~」
「いえ! 決してそんな事は」
「えーだってー、レオン様が言ってましたよ? 冷たくて、思いやりが無いって。レオン様がいくら頑張っても、そんなの当たり前、王になるのだからもっともっと努力しないといけないって言うんですって。酷くないですか? ルークさんも、そうなんでしょう?」
「そんな事ありません! エリザベート様はいつも優しくて」
「あ! レオン様で失敗したからルークさんには優しくしているのかしら。そうだわ! きっとそう! 公爵令嬢のあの人が、あえて獣人のルークさんを買って学園に連れて来ているのも、自分の評判を良くしたいからでしょうから」
「なに言って」
「だーって、これまでのエリザベート様からは考えられないんですもの。ちょっとレオン様と話しただけで、すっごく怒ってきたんですよ。怖くてわたし、泣いちゃいましたもん」
「それは貴女が、エリザベート様の婚約者なのに王太子様を」
「本当にちょっとお話ししただけです。エリザベート様は大袈裟に言ってるんですよ。ルチアの事、悪者にしようとして」
「…………」

 何を言っても無駄、とは、こういう事かと思う。

「……あれ? やだ、怒っちゃいました? でもわたし、本当に心配してるんですよ、ルークさんの事。エリザベート様に騙されて、いい様に使われているじゃないですか。わたしなら絶対にそんな事」
「なにしているんですか!」

 突然声が響き、驚いて声の方を見ると、早足でやってくるリアムの姿が見えた。

「やだ、リアム様、そんな怖いお顔して。別に、ちょっとお話ししていただけですよー」
「こんな、彼が逃げられないように腕を絡めてですか?」
「えー、別にそんなつもりじゃないですけど?」
「それなら手を放して下さい。僕ら、生徒会の仕事中なんです。貴女も王太子妃教育で忙しいはずでは? 王太子妃になるつもりなら、ちゃんと勉強した方がいいですよ。さあ行こう、ルーク」
「は、はい」

 二人はその場を離れようとしたが、

「わたし、リアム様の事も心配してたんですよ?」
「はっ?」

 明るい声に、リアムが眉間に皺を寄せてルチアを振り返った。

「だってぇ、ヴィクトリア様と婚約しちゃったじゃないですか」
「それが何か?」
「ヴィクトリア様って、我が儘で気が強くで手に負えないでしょう?」
「はっ? そんな事ないけど?」

 不快感を隠さずに睨むリアム。

「えーでもー、オリバー様が言ってましたよ? 父親であるアメジスタ侯爵様が溺愛してなんでも願いを聞き入れちゃうから、ヴィクトリア様は我が儘でこらえ性がなくて困るって。オリバー様が思い通りにならないから、婚約を解消して、なんでもいう事を聞いてくれるリアム様に乗り換えたのでしょう?」
「なにわけわかんない事言ってる? 兄上の事たぶらかして、ヴィヴィちゃんの事酷い目に遭わせたのは君でしょう?」
「酷いっ! 物を隠されたり水をかけられたり、嫌がらせを受けたのはわたしなのに! リアム様はヴィクトリア様の言う事を信じて、わたしの話は信じてくれないんですね。わたしはただ、リアム様が騙されて、いいように利用されているのに気づいていないから、心配しただけなのに……」

 そう言うルチアの瞳が潤み涙が溢れだした。

「オリバー様も、お可哀そう。ヴィクトリア様に悪者扱いされて、一方的に婚約破棄されて……。しかも、弟君のリアム様までヴィクトリア様に言いくるめられて、オリバー様と仲違いしてしまったのでしょう? わたしなら、兄弟の仲を悪くするような事はとてもじゃないけどできない」
「そこにいたか、リアム・カーネリアン、ルーク・ゴールド」

 ルチアの言葉を、男性の声が遮った。

「あ、オニキス先生!」

 頭を下げて挨拶する三人の前にやってきたザカリーは、低い声で言った。

「二人がなかなか戻って来ないと、生徒会役員達が困っていたぞ」
「あ! そうだ、早く戻らなきゃ! 行こう、ルーク」
「はい!」

 ザカリーに助けられ、ようやく二人はその場を後にすることができた。



しおりを挟む
感想 174

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。

千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。 気付いたら、異世界に転生していた。 なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!? 物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です! ※この話は小説家になろう様へも掲載しています

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...