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第四章
王妃殿下の昔語り 2
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先代の王は、戦によってアレキサンドライト王国を拡大し強国にした。
その際、同盟国となる事で戦いを避けた小国の一つに、ファルミナレ王国があった。そして同盟の証として、王女をアレキサンドライト王国の王太子の妃として差し出した。
単なる国益の為の婚姻だったが、二人は深い愛で結ばれた。
それは一見良い事のように見えたが『思惑と違った』と感じる人間が多い事だった。
「アレキサンドライトの貴族達はその婚姻を形だけのものだと思い、小国の王女が王太子の寵愛を受ける事などできないと思っていたの。だから、自分の娘を側妃として嫁がせようとしていたのだけれど、王太子はそれを拒んだわ。妃は一人でいい、と」
ここで一度、シュークリーム補給が入る。
「でも、そういうわけにもいかなくてね。妊娠中の王太子妃が何者かに襲われ流産し、医師はそのせいで、もう子は望めない可能性があると診断したわ」
「そんな……犯人は……」
「王太子が捜査の指揮を執り、娘を王太子妃にしたかったある貴族の仕業と突き止めたわ。そしてその事件に関わった者は処刑され、家門は取り潰されたの。王太子妃のお腹の中にいた赤子は王家の血を引く子だから、王族殺しの罪で、あっという間だったわ」
『小国から嫁いできた後ろ盾のない女の産んだ子など、次期王に相応しくない。やはり自国の由緒正しい貴族の娘との子でなければならない!』
そんな事を声高に言っていた貴族が、事件の黒幕だった。
それは古く由緒正しい高位貴族だったが、そんな事は関係なく取り潰された。そして、その貴族の派閥だった家門も辺境に追いやられ、ほとんどが没落した。
その後、世継ぎ問題を解消する為に側妃が迎えられる事になったが、そんな大事件の後だったので、誰もがしりごみをした。
「王太子が妃を深く愛し、側妃はいらないと言っているにも関わらず『是非とも娘を!』と言っていた人達のほとんどは消されて、残っていたのは『権力よりも家族が大切。平和が一番』と考える穏健派だったの。それで、候補が決まりかけては辞退され、を繰り返して……結局、国王陛下に直接頼まれたわたくしの父が断れず、承諾してしまったのよ」
「そんな事が……全く、知りませんでした……」
「大きなスキャンダルで現王太子にも係わる事だから、不敬罪に問われたら堪らないと皆口を噤んだのよ」
「……そうでしたか……」
「まったく……適当にあてがればいいというわけではないのに、酷い話よねぇ……」
渋い表情でシュークリームを口に入れた王妃だが、食べている間にうっとりとした表情に変わる。
「……わたくしは王妃になんてなりたくなかったけれど、父にどうしてもと頼まれ、母や兄にも説得され、子供さえ産めば後は自由にしていいと言われて、仕方が無く話を受けたの。ただし、思ったようにはいかなかったのだけれどもね」
「……レオンハルト様……」
「そう。子をもつことはできないだろうと言われていた王太子妃が懐妊し、しかも、弱い身体で産むのを反対されるのを恐れて、その事実を秘密にしていたの。体調が悪いと言って離宮に籠り、身の回りの世話をする侍女達にも口止めして……気づいた時にはもう、安全な堕胎はできない状態でね。そして、そんな事を知らなかったわたくしも妊娠してしまっていて……もう少し早く知っていたら、子作りなんてしなかったのだけれど……」
「そんな事情が……」
シュークリームを口に運ぶ王妃を見ながら、エリザベートは唸るように言った。
「全然、知りませんでした」
「幸いレオンハルトは無事に産まれたけれど、王太子妃は体調を崩し、数年後に亡くなってしまったわ。……側妃となった時、わたくしは彼女に言ったの。『自分は世継ぎを産むために迎えられただけで殿下の心はいらないし、自分も好きではない。頼まれて断り切れずに来ただけだから安心して欲しい』と。世継ぎを産んだら暇をいただき、どこか田舎にでも移り住むつもりだという事も話したわ。だから、なぜこんな無理をしたのかと彼女に怒ったの。命をかけるようなことではないでしょう、と。殿下が愛しているのは貴女だけなのだから、子はわたくしに任せれば良かったでしょう、と。そうしたら彼女は、殿下を愛し、愛されているからこそ、どうしても殿下の子が欲しかったと……そう言って、笑っていたわ。だからわたくし、彼女が亡くなるときに約束したの。レオンハルトの事は安心して任せて、と。エドワードは第二王子だし王にするつもりはない、レオンハルトを支持する、と。けれどもね……」
王妃は深くため息をついた。
「レオンハルトの乳母や侍女が、わたくしの悪口を子守歌がわりに聞かせて育てるものだから、すっかり嫌われてしまって。おまけに、エドワードと同じように接しているのに、いたずらを注意すれば『自分の子じゃないから辛く当たっている』と言い、注意しなければ『自分の子じゃないからしつけをしない』と言い……とにかくわたくしのやる事なす事、文句ばかり言われたわ。王太子妃の事を侮っていたとか、王太子の事を独占しようとしていたとか、そんな事も言われたし。もう、精神的に参ってしまってね。陛下と話し合った結果、レオンハルトの教育には係わらないことにしたの。当時はそうするのが一番良いと思ったのだけれど……今考えると、無責任だったわ。ごめんなさいね」
「いえ……はい……」
なんと答えたらよいかわからず、エリザベートは曖昧な返事を返した。
その際、同盟国となる事で戦いを避けた小国の一つに、ファルミナレ王国があった。そして同盟の証として、王女をアレキサンドライト王国の王太子の妃として差し出した。
単なる国益の為の婚姻だったが、二人は深い愛で結ばれた。
それは一見良い事のように見えたが『思惑と違った』と感じる人間が多い事だった。
「アレキサンドライトの貴族達はその婚姻を形だけのものだと思い、小国の王女が王太子の寵愛を受ける事などできないと思っていたの。だから、自分の娘を側妃として嫁がせようとしていたのだけれど、王太子はそれを拒んだわ。妃は一人でいい、と」
ここで一度、シュークリーム補給が入る。
「でも、そういうわけにもいかなくてね。妊娠中の王太子妃が何者かに襲われ流産し、医師はそのせいで、もう子は望めない可能性があると診断したわ」
「そんな……犯人は……」
「王太子が捜査の指揮を執り、娘を王太子妃にしたかったある貴族の仕業と突き止めたわ。そしてその事件に関わった者は処刑され、家門は取り潰されたの。王太子妃のお腹の中にいた赤子は王家の血を引く子だから、王族殺しの罪で、あっという間だったわ」
『小国から嫁いできた後ろ盾のない女の産んだ子など、次期王に相応しくない。やはり自国の由緒正しい貴族の娘との子でなければならない!』
そんな事を声高に言っていた貴族が、事件の黒幕だった。
それは古く由緒正しい高位貴族だったが、そんな事は関係なく取り潰された。そして、その貴族の派閥だった家門も辺境に追いやられ、ほとんどが没落した。
その後、世継ぎ問題を解消する為に側妃が迎えられる事になったが、そんな大事件の後だったので、誰もがしりごみをした。
「王太子が妃を深く愛し、側妃はいらないと言っているにも関わらず『是非とも娘を!』と言っていた人達のほとんどは消されて、残っていたのは『権力よりも家族が大切。平和が一番』と考える穏健派だったの。それで、候補が決まりかけては辞退され、を繰り返して……結局、国王陛下に直接頼まれたわたくしの父が断れず、承諾してしまったのよ」
「そんな事が……全く、知りませんでした……」
「大きなスキャンダルで現王太子にも係わる事だから、不敬罪に問われたら堪らないと皆口を噤んだのよ」
「……そうでしたか……」
「まったく……適当にあてがればいいというわけではないのに、酷い話よねぇ……」
渋い表情でシュークリームを口に入れた王妃だが、食べている間にうっとりとした表情に変わる。
「……わたくしは王妃になんてなりたくなかったけれど、父にどうしてもと頼まれ、母や兄にも説得され、子供さえ産めば後は自由にしていいと言われて、仕方が無く話を受けたの。ただし、思ったようにはいかなかったのだけれどもね」
「……レオンハルト様……」
「そう。子をもつことはできないだろうと言われていた王太子妃が懐妊し、しかも、弱い身体で産むのを反対されるのを恐れて、その事実を秘密にしていたの。体調が悪いと言って離宮に籠り、身の回りの世話をする侍女達にも口止めして……気づいた時にはもう、安全な堕胎はできない状態でね。そして、そんな事を知らなかったわたくしも妊娠してしまっていて……もう少し早く知っていたら、子作りなんてしなかったのだけれど……」
「そんな事情が……」
シュークリームを口に運ぶ王妃を見ながら、エリザベートは唸るように言った。
「全然、知りませんでした」
「幸いレオンハルトは無事に産まれたけれど、王太子妃は体調を崩し、数年後に亡くなってしまったわ。……側妃となった時、わたくしは彼女に言ったの。『自分は世継ぎを産むために迎えられただけで殿下の心はいらないし、自分も好きではない。頼まれて断り切れずに来ただけだから安心して欲しい』と。世継ぎを産んだら暇をいただき、どこか田舎にでも移り住むつもりだという事も話したわ。だから、なぜこんな無理をしたのかと彼女に怒ったの。命をかけるようなことではないでしょう、と。殿下が愛しているのは貴女だけなのだから、子はわたくしに任せれば良かったでしょう、と。そうしたら彼女は、殿下を愛し、愛されているからこそ、どうしても殿下の子が欲しかったと……そう言って、笑っていたわ。だからわたくし、彼女が亡くなるときに約束したの。レオンハルトの事は安心して任せて、と。エドワードは第二王子だし王にするつもりはない、レオンハルトを支持する、と。けれどもね……」
王妃は深くため息をついた。
「レオンハルトの乳母や侍女が、わたくしの悪口を子守歌がわりに聞かせて育てるものだから、すっかり嫌われてしまって。おまけに、エドワードと同じように接しているのに、いたずらを注意すれば『自分の子じゃないから辛く当たっている』と言い、注意しなければ『自分の子じゃないからしつけをしない』と言い……とにかくわたくしのやる事なす事、文句ばかり言われたわ。王太子妃の事を侮っていたとか、王太子の事を独占しようとしていたとか、そんな事も言われたし。もう、精神的に参ってしまってね。陛下と話し合った結果、レオンハルトの教育には係わらないことにしたの。当時はそうするのが一番良いと思ったのだけれど……今考えると、無責任だったわ。ごめんなさいね」
「いえ……はい……」
なんと答えたらよいかわからず、エリザベートは曖昧な返事を返した。
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