81 / 122
第四章
王妃殿下のお茶会
しおりを挟む
レースやフリルを付けていないシンプルな七分袖の青いシルクのドレスに、王太子の成年パーティーで身に着けたのと同じ形だが、パールは付けていないケープを重ねる。
「もっと凝ったドレスが沢山ありますが……これでよろしいのでしょうか。ケープだってパール付きの豪華なものがあるのに……」
「王妃様より豪華な格好は良くないから、これくらいでちょうどいいのよ。シンプルでも高価で貴重なドレスだから、招かれてとても光栄です、という気持ちは充分伝わるでしょう」
「なるほど~、そういうものなんですね」
「さすがエリザベート様です」
侍女達は感心しながら、エリザベートにせっせと化粧をし、髪をセットし、ドレスを着付け……それを見学しているマダム・ポッピンはコクコク頷く。
「エリザベート様は、そういう事をしっかり考えていて素晴らしいんですよ。学園の卒業パーティーで着るドレスも、卒業生のお嬢様方に配慮したものをご希望ですし」
「さすがです! エリザベート様」
「お優しいです!」
「素晴らしいです!」
「お仕えできて誇らしいです!」
(侍女達から思われている、怖くてキツくて癇癪持ちという悪い印象を払拭しようと、ここ数か月努力してきたのが報われたわね。でも、あまりにも褒められるのは恥ずかしくなるわ……話題を変えましょう)
「……ところで、王妃殿下への贈り物の部屋着の用意は大丈夫かしら?」
「ええ、もちろんです」
「エリザベート様、こちらでございます」
見事、王妃殿下への贈り物として選ばれ、金一封をもらったお針子のアシュリーが、満面の笑みでスリップドレスとその上に羽織るガウンを掲げた。
スリップドレスの裾とガウンの襟元には、王妃の好きな黄色いバラの刺繍が入っている。
「お揃いのガウンなんて、とても良い発想だったわね」
「ありがとうございます! では、お包み致しますね」
箱に入れ、リボンがかけられる。
「アメリア、お菓子の用意はいいかしら?」
「はい。常温の物と、冷やしてお持ちする物と、別々にお包みしております」
「完璧ね。ルークの準備はどうかしら」
「はい、ちゃんと制服を着て馬車の前に待機しております」
「……では、参りましょうか」
(準備は完璧なんだから、大丈夫。大丈夫よ! 頑張れわたし!)
緊張する自分を鼓舞しながら、エリザベートは王宮に向けて出発した。
「エリザベート・スピネル公爵令嬢様、お待ちしておりました」
馬車が王宮に到着すると、大勢の侍女や侍従達に丁寧な挨拶で迎えられ、エリザベートとルークは、美しい庭園へと案内された。
ルークはどこか、別の所で待機させられるだろうと思っていたのだが『王妃殿下より、護衛の方も一緒にと仰せつかっております』との事。
(特別待遇ね。でも……)
贈り物の箱を持ち、少し後ろを歩くルークを振り返ってみる。
(ああ、緊張している顔だわ……って、そりゃあそうよね、わたしだってものすごく緊張しているもの)
しばらく歩いて行くと、美しく甘い香りが漂うバラ園にたどり着く。そしてそこに、席が設けられていた。
「王妃殿下に、エリザベート・スピネルがご挨拶申し上げます」
「招待を受けてくれて嬉しいわ。今日のお客様はエリザベート嬢、貴女だけよ。気楽にしてちょうだい」
「ありがとうございます。本日は、王妃殿下にお贈りしたい品をお持ち致しました」
「まあ! ありがとう。さあ、掛けて」
「失礼致します」
ルークから荷物を受け取り、席につく。
一仕事終えたルークは、侍女に少し離れたテーブルへと案内されたようだ。
「先のパーティーで、王妃殿下がわたくしの作った菓子にご興味がおありだとお聞きしましたので、僭越ながら、何種かお持ち致しました」
「嬉しいわ。とても気になっていたの。どんなものか教えてもらえる?」
「かしこまりました」
軽く頭を下げ、エリザベートは自分の前に置いた箱の一つを、中央に移動させた。
「あら! 素敵ね!」
下は浅く、被せていた深型の蓋を外すと、そこには焼き菓子が綺麗に並べられていた。
「こちらはクッキーという物です。固くて持ち運びしやすいく、手でつまんで食べます。そして隣が、以前お召し上がり頂いたパウンドケーキです」
「そうそう、これ!」
王妃の顔がパッとほころぶ。
「美味しすぎて夢にまで出てきたわ! もう一度食べたいと、ずっと思っていたのよ」
「今回は王妃殿下にお召し上がりいただくということで大人の味を意識し、乾燥果物をお酒に漬けた物を入れて焼いてみました」
「まあ! 楽しみ! さっそくいただきたいわ」
しかしエリザベートは『申し訳ございません』と頭を下げた。
「実はもう一つ、最近完成させたばかりの菓子をお持ちしております。これはまだ、公爵家外に出した事がない物で、冷たい状態が美味しいので、氷魔法を施した箱でお持ち致しました。まずはこちらからお召し上がりいただいてもよろしいでしょうか」
「そういう事ならもちろん」
「ありがとうございます」
そう言って、先ほどの物より小さな箱を隣りに並べて蓋を外すと、フワッと冷気が溢れた。中には茶色い一口大の丸いものが、縦横4列、計16個並べられている。
「……これは?」
「はい、こちらはシュークリームと申します。薄く膨らんだ生地の中に、たっぷりの特製クリームを詰めました。手でつまんでも、フォークで刺してもどちらでも良いのですが、できれば一口で、口の中に入れていただければと思います。かじる場合は中のクリームが出てきますので、ドレスを汚さぬようご注意下さい。……あの、もしよろしければ、毒味も兼ねて、わたくしが先に食べてみますが」
「ええ、そうしてちょうだい」
「では、王妃殿下に、わたくしが食べる物を決めていただいてもよろしいでしょうか」
「では、これを」
「はい、かしこまりました」
エリザベートは、王妃が指さしたシュークリームを皿に一旦置いてから、一口でパクリと食べて見せた。
「もっと凝ったドレスが沢山ありますが……これでよろしいのでしょうか。ケープだってパール付きの豪華なものがあるのに……」
「王妃様より豪華な格好は良くないから、これくらいでちょうどいいのよ。シンプルでも高価で貴重なドレスだから、招かれてとても光栄です、という気持ちは充分伝わるでしょう」
「なるほど~、そういうものなんですね」
「さすがエリザベート様です」
侍女達は感心しながら、エリザベートにせっせと化粧をし、髪をセットし、ドレスを着付け……それを見学しているマダム・ポッピンはコクコク頷く。
「エリザベート様は、そういう事をしっかり考えていて素晴らしいんですよ。学園の卒業パーティーで着るドレスも、卒業生のお嬢様方に配慮したものをご希望ですし」
「さすがです! エリザベート様」
「お優しいです!」
「素晴らしいです!」
「お仕えできて誇らしいです!」
(侍女達から思われている、怖くてキツくて癇癪持ちという悪い印象を払拭しようと、ここ数か月努力してきたのが報われたわね。でも、あまりにも褒められるのは恥ずかしくなるわ……話題を変えましょう)
「……ところで、王妃殿下への贈り物の部屋着の用意は大丈夫かしら?」
「ええ、もちろんです」
「エリザベート様、こちらでございます」
見事、王妃殿下への贈り物として選ばれ、金一封をもらったお針子のアシュリーが、満面の笑みでスリップドレスとその上に羽織るガウンを掲げた。
スリップドレスの裾とガウンの襟元には、王妃の好きな黄色いバラの刺繍が入っている。
「お揃いのガウンなんて、とても良い発想だったわね」
「ありがとうございます! では、お包み致しますね」
箱に入れ、リボンがかけられる。
「アメリア、お菓子の用意はいいかしら?」
「はい。常温の物と、冷やしてお持ちする物と、別々にお包みしております」
「完璧ね。ルークの準備はどうかしら」
「はい、ちゃんと制服を着て馬車の前に待機しております」
「……では、参りましょうか」
(準備は完璧なんだから、大丈夫。大丈夫よ! 頑張れわたし!)
緊張する自分を鼓舞しながら、エリザベートは王宮に向けて出発した。
「エリザベート・スピネル公爵令嬢様、お待ちしておりました」
馬車が王宮に到着すると、大勢の侍女や侍従達に丁寧な挨拶で迎えられ、エリザベートとルークは、美しい庭園へと案内された。
ルークはどこか、別の所で待機させられるだろうと思っていたのだが『王妃殿下より、護衛の方も一緒にと仰せつかっております』との事。
(特別待遇ね。でも……)
贈り物の箱を持ち、少し後ろを歩くルークを振り返ってみる。
(ああ、緊張している顔だわ……って、そりゃあそうよね、わたしだってものすごく緊張しているもの)
しばらく歩いて行くと、美しく甘い香りが漂うバラ園にたどり着く。そしてそこに、席が設けられていた。
「王妃殿下に、エリザベート・スピネルがご挨拶申し上げます」
「招待を受けてくれて嬉しいわ。今日のお客様はエリザベート嬢、貴女だけよ。気楽にしてちょうだい」
「ありがとうございます。本日は、王妃殿下にお贈りしたい品をお持ち致しました」
「まあ! ありがとう。さあ、掛けて」
「失礼致します」
ルークから荷物を受け取り、席につく。
一仕事終えたルークは、侍女に少し離れたテーブルへと案内されたようだ。
「先のパーティーで、王妃殿下がわたくしの作った菓子にご興味がおありだとお聞きしましたので、僭越ながら、何種かお持ち致しました」
「嬉しいわ。とても気になっていたの。どんなものか教えてもらえる?」
「かしこまりました」
軽く頭を下げ、エリザベートは自分の前に置いた箱の一つを、中央に移動させた。
「あら! 素敵ね!」
下は浅く、被せていた深型の蓋を外すと、そこには焼き菓子が綺麗に並べられていた。
「こちらはクッキーという物です。固くて持ち運びしやすいく、手でつまんで食べます。そして隣が、以前お召し上がり頂いたパウンドケーキです」
「そうそう、これ!」
王妃の顔がパッとほころぶ。
「美味しすぎて夢にまで出てきたわ! もう一度食べたいと、ずっと思っていたのよ」
「今回は王妃殿下にお召し上がりいただくということで大人の味を意識し、乾燥果物をお酒に漬けた物を入れて焼いてみました」
「まあ! 楽しみ! さっそくいただきたいわ」
しかしエリザベートは『申し訳ございません』と頭を下げた。
「実はもう一つ、最近完成させたばかりの菓子をお持ちしております。これはまだ、公爵家外に出した事がない物で、冷たい状態が美味しいので、氷魔法を施した箱でお持ち致しました。まずはこちらからお召し上がりいただいてもよろしいでしょうか」
「そういう事ならもちろん」
「ありがとうございます」
そう言って、先ほどの物より小さな箱を隣りに並べて蓋を外すと、フワッと冷気が溢れた。中には茶色い一口大の丸いものが、縦横4列、計16個並べられている。
「……これは?」
「はい、こちらはシュークリームと申します。薄く膨らんだ生地の中に、たっぷりの特製クリームを詰めました。手でつまんでも、フォークで刺してもどちらでも良いのですが、できれば一口で、口の中に入れていただければと思います。かじる場合は中のクリームが出てきますので、ドレスを汚さぬようご注意下さい。……あの、もしよろしければ、毒味も兼ねて、わたくしが先に食べてみますが」
「ええ、そうしてちょうだい」
「では、王妃殿下に、わたくしが食べる物を決めていただいてもよろしいでしょうか」
「では、これを」
「はい、かしこまりました」
エリザベートは、王妃が指さしたシュークリームを皿に一旦置いてから、一口でパクリと食べて見せた。
71
お気に入りに追加
4,340
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。
千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。
気付いたら、異世界に転生していた。
なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!?
物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です!
※この話は小説家になろう様へも掲載しています
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる