悪役令嬢の無念はわたしが晴らします

カナリア55

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番外編

ヘイレン男爵の最愛の女 5

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「わたくしは今まで、旦那様にご迷惑をおかけするばかりで、妻に相応しくないと思い……でも、旦那様とずっと一緒にいたいという気持ちがどんど強くなって、どうしていいのかわからず苦しかったのですが……エリザベート様とお話をして、そして今日、ヴィクトリア様やクリスティーナ様ともお話しをして……わたくしも、ああいう時があったと思い出したのです」

 気の合う友人達と、お菓子を摘まみながら将来を夢見てあれこれ話をした学生時代。

「結婚したらたくさん子供が欲しいとか、婚約者に子ども扱いされているのをどうにかしたいとか、結婚なんてしないで事業を成功させて独立するだとか……そんな話を聞いているうちに、わたくしにも夢があった事を思い出しました。わたくしは好きな人と結婚をし、少なくとも二人は子供をもうけ、仲良く暮らしたいと思っていたのです」
「……そうか」

(だが、あんな事があり、夢は叶わなかったんだよな……)

 切なくなり、しかしそれを見せまいと無理矢理笑顔を作ったマシューの手を、リアンヌは両手でキュッと握りしめた。

「事業が失敗し、どうする事もできなくなった父はわたくしに、娼館に行ってくれと言いました。侍女や下働きなら喜んで働くからと頼みましたが、それでは借金が返せず、母や弟や妹が辛い目に遭うからと言われ、もう、どうしようもないと……生きていたくないと思いましたが、そうすれば借金は返せませんし、わたくしが売られるしか道はないと覚悟を決めました。ですが旦那様が、わたくしを救って下さいました。すごく、驚きました。密かにお慕いしていた旦那様がわたくしの事を」
「えっ?」

 話の途中だったが、マシューは思わずリアンヌの言葉を遮った。

「慕っていた? リアンヌが? 俺を?」
「はい。デビュタントの時に、どちらかの家門のご子息にしつこくされて困っているところを助けて頂いてからずっと……」

 顔を赤らめるリアンヌに、マシューは息が詰まりそうになりながら、握られていない方の手で口元を覆った。

(……うそだろ? あの時から、リアンヌも?)

「え……いや……初耳だぞ、そんな話……」
「旦那様が、父に恩義があったからわたくしを妻に迎えて下さったと聞きました。きっとお優しい旦那様は、私の事を憐れに思い、しかたなく……それなのに『前からお慕いしておりました』など言えるはずもなく……ですが、あんな状態だった事さえ感謝してしまう程に、わたくしは嬉しくて、夢が叶ったとまで思うほど」
「いやいや、ちょっと待て! 俺は別に、君の父上に恩義などないぞ? まあ、挨拶くらいは交わした事はあるが」
「えっ? ですが、父はそう……え……ではなぜ、わたくしを妻に……?」
「それは! 俺が君の事を好きだったからだ。そう、デビュタントの時に絡まれている君を助けた時に、涙で潤んだ目で俺の事を見上げてきたリアンヌがあまりにも愛らしくて、その……一目惚れ、で……」

 真っ赤になり言葉を切ったマシューを、目をまん丸にして見上げるリアンヌ。

「そ、そんな事、全然……」
「い、いや……その……君を救いたかったというのは勿論そうだが、まあ、ある意味弱みに付け込んで妻に迎えてしまったと思って……うおっ!」

 ドン、と勢いよく抱きついてきたリアンヌを、マシューは驚きながら受け止めた。

「嬉しいです、旦那様! わたくし、旦那様に望まれていただなんて全く思っておりませんでした」
「俺もだ、リアンヌ。もう4年も一緒に暮らしてきたのに!」

 リアンヌの細い腰を両手で掴んで抱き上げる。

「俺達は、同じ時に恋に落ちていたんじゃないか!」
「ええ、ええ! その通りですわ!」

 久しぶりに見るリアンヌの満面の笑みに、マシューも声を上げて笑った。

「俺に感謝はしているだろうが、別に好きではないだろうと」
「いいえ! いつかダンスだけでもご一緒できたらと、夢見ておりました」

 抱き上げたままの格好で、二人は唇を合わせた。

「……まだ、不安な気持ちはありますが、わたくしは旦那様……マシュー様の子供が欲しいです。そしてずっとずっと、仲良く暮らしたいです」
「ああ、俺もだ、リアンヌ! 君の夢、全部叶えると約束しよう!」



 その後、リアンヌはマダム・ポッピンの工房で働き始め、素晴らしい刺繍とレースを作成した。
 特にレースは、新しいパターンを次々と作り出し、彼女の作ったレースは数年待たなければ手に入らない、と言われるほど人気となった。
 数年待ち、というのは、もちろん多くの人が欲しがったからでもあるが、もう一つ、彼女が妊娠、出産の為に休む事が多かったからという面もある。

「2人は欲しい、って言っていたけれど、いつの間にか5人目ね」
「ごめんなさい、マダム・ポッピン。でも今作っているドレスの分は、出産休み前までにちゃんと作るから安心して」
「ちょっとくらい遅れても大丈夫よ。貴女のレースは『いくらでも待ちます』と言う人にだけ、使う事にしているから」
「とは言ってもねぇ。新しいドレスは早く欲しいものだわ。わたくしもそうだし」
「でも一番大切なのは、リアンヌと赤ちゃんの健康だからね。エリザベート様からも、絶対無理はさせないように言われているから」
「ええ、わかったわ」

 そんな会話をしながらも、リアンヌの手は止まる事なく、美しく繊細なレースを編み続けている。
 
「そうだ、無理しないでと言っておいてなんだけど、何枚かハンカチに刺繍をお願いしていい?」
「刺繍? 図案は?」
「お花とかてんとう虫とか、可愛かったり縁起が良さそうなものがいいわね。端に小さく入れるだけでいいから」
「それならすぐにできるけれど。バザーにでも使うのかしら?」
「それがねぇ、お得意様が、結婚したお嬢さんに是非ともリアンヌの刺繍が入ったハンカチをプレゼントしたいって言うのよ。そしたら一緒に来ていたご夫人も、妊娠中のお嫁さんにあげたいって」
「わたくしの刺繍がいいの?」
「ええ。貴女が作った物が、結婚や妊娠や安産のお守りのような感じになっているらしくて。それで、小さな物でいいから是非って言われて」
「まあ! いつの間にそんな事に?」

 驚くリアンヌに、マダム・ポッピンは笑いながら言った。

「貴女のレースを使ったドレスでパーティーに行ったら、なかなか見つからなかった結婚相手がすぐに見つかったとか、貴女の刺繍が施されたドレスを購入したらすぐに妊娠したとか……おめでたい事が続いてそういう話になったらしいわ。まあ、リアンヌ自身が子沢山で、しかも毎回安産なのが一番の理由でしょうけどね」

 マダム・ポッピンの言葉に、リアンヌは苦笑した。

「ちょっと前までは、結婚して4年も子ができないなんて、と陰口を言われていたのに」
「それが、一人男の子が産まれたらすぐに女の子、そして男女の双子ちゃんを無事に産んで、そして今回5人目の妊娠でしょう? 奇跡の泉やら祠よりも、今は貴女の刺繍の方がご利益があると言われてるみたいよ」
「適当なものね、世間の噂なんて」
「そうよねぇ。あ、でも一応わたしももらっておこうかなー。素敵なパートナーが見つかるように」
「あら、マダム・ポッピン、結婚を考えているの? それなら夫に言っていい人を」
「いやいや、結婚までは考えていないわ。仕事優先の生活をしたいからね」
「確かに、マダム・ポッピンはお仕事の話をしているときが一番生き生きとしているわね」
「うふふ、やっぱり?」

 二人が顔を見合わせて笑っていると、

「戻りましたー!」

 公爵家の使用人用食堂に昼食を食べに出掛けていたお針子達が戻ってきた。

「師匠、リアンヌさん、今日の昼食はクリームシチューでしたよ。美味しかったです!」
「パンも美味しかったです。今日は白パンの他にクルミパンもありました」
「デザートはプリンかコーヒーゼリーのどちらかです。プリンの方の減りが早かったので、プリン食べるなら早く行った方がいいですよ!」
「行く行く! わたしはコーヒーゼリーが好きだけど、リアンヌはプリンの方がいいでしょ? 早く行きましょう」
「あ! でももしリアンヌさんが歩くの大変なら、ここに持ってきますよ」
「食堂のおばちゃんに言えば、持ち帰れるように用意してくれますから」
「ありがとう、でも大丈夫よ。動いた方が良いから」

 笑顔で立ち上がりながら、エリザベート達やお針子達が(もちろんマダム・ポッピンも)結婚をしたり妊娠した時には、刺繍を施したハンカチや小物を沢山プレゼントしよう、と思うリアンヌだった。


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