悪役令嬢の無念はわたしが晴らします

カナリア55

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第三章

ルチア・ローズ

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 クルリと肩の上で内巻きになったピンク色の髪。ピンクダイヤモンドのように輝く大きな瞳。
 愛らしい容姿に、可愛らしい仕草、話し方。しかし、貴族令嬢にはない自由な考えと、正しい事は臆せずに言う勇敢さを持ち、少しおっちょこちょいなところもあって目を離せない。
 男性達はルチア・ローズに対し、そのような印象をもっている。



(……何もかも、うまくいっていたのに……)

 ローズ男爵邸の豪華な自室のソファーに座ったルチアは、思わず爪を噛んだ。

(確かに、王太子妃は魅力的だわ。わたしもなりたいと思ったから、ちょっと頑張ったけど……)

「そんなにいいものでもなかったわ」

 ため息をつき、目の前の紅茶に手を伸ばすと、噛んだせいでギザギザになった爪先に目がいき、イライラしながら手を引っ込めた。

(生徒会活動にも影響が出るほどの王太子妃教育ってなんなの? って嫌な予感がしてたけど……本当に最悪。毎日毎日、授業が終わった後にまた勉強だなんてやってられないわ。どうしてわたしがあんな苦労をしなくちゃいけないの? 学園の勉強だって面倒なのに、王家の歴史がとか、他国との関係がとか、国民の生活がとか……そんなの、わたしがどうこうすることじゃないでしょう? わたしは素敵なドレスを着て、高価な宝石を身につけて、微笑んでいればいいんじゃないの? それだけで充分じゃない! だってわたしは、皆に愛される存在なんだから)

 ここ最近、想像していた事と現実の差に苛立つ日々を送っている。

(わたしは、あの真面目で冷たくて面白味のないエリザベート・スピネルとは違うのよ。あの女はわたしみたいに可愛くないし、気の利いた事も言えなくて愛されていないから、せめて役に立つように色々勉強しなくちゃいけなかったのかもしれないけど、わたしは違うわ! レオン様はわたしの事を愛しているし、オリバー様だって他の取り巻き達だってわたしの事が大好きで大切で、たとえ自分がつきあえなくてもわたしの為になんでもする、それが幸せ、って言ってるんだから。そうよ、そういう人達が喜んでわたしの為に働くわ!)

 エリザベートに取って代わり、王太子の婚約者となったはいいが、厳しい王太子妃教育にはうんざりだ。
 教育係達は『エリザベート様はできた』『エリザベート様は文句を言わなかった』とばかり言うので腹が立つ。

「なんなのよ、もう。本当にムカつくわ。レオン様に言いつけてやめさせてやる! ……あーあ、こんな事なら、側妃で妥協した方が良かったかも。そう言ってみようかな」

 どうせレオンハルトが愛するのは自分だけだ。寵愛され、跡継ぎを産めば地位は安泰だ。

「そうよ、面倒な事はあの女にやらせればいいのよ」

 王太子の婚約者ということで、お高く留まっていた公爵令嬢が自分に向かって言った言葉を思い出す。

『元平民の貴女は知らないかもしれないけれど、貴族社会では、婚約者のいる異性と二人きりになる事は礼儀に反する事ですわ』

(何が貴族社会では、よ。平民だって変わりないわ。『私の恋人に手を出したわね!』『あんたに魅力がないから浮気されんのよ』なんて、罵り合って殴り合うわよ。自分に魅力がないって認めて恥をかきたくないから、あんな言い方して。ムカついたからレオン様に『こんなこと言われました。もうお会いできません』って泣きながら言ったら、こっぴどく叱られて……いい気味だったわ)

『ルチアに謝れ!』と怒鳴られ、悔しそうにしていたエリザベートを思い出すと、笑いがこみあげてくる。

「……でも最近は、自分から婚約破棄を申し出たりして、癪に障るのよね。オリバー様の元婚約者やクリスティーナとつるんでガードを固めちゃって。そのせいで、色々うまくいかなくなってしまったわ」

 嫉妬して、嫌がらせをしてきてくれた方が楽なのに、と思う。

(深窓のご令嬢がしてくる嫌がらせなんて大したことないし、世間知らずのお坊ちゃん達は、ちょっと涙ぐめばワーワー騒いで彼女達を断罪してくれて楽だったわ。でも、最初のうちは思い通りになっていたディラン様、エドワード様、テオール様が今は思い通りにならないし、大商会の息子だから役に立つと思ってたダニエルは、あの珍しい布を手に入れるどころか、どういう物なのかもわからない役立たずで腹が立つ)

 思い通りにならず、自分の為に動かず、役に立たない彼らは切り捨てた。

(……まあ、わたしにはレオンハルト様がいるからいいわ。なんてったって、次期国王よ。わたしがレオン様と結婚しても構わない、一生守る、って言ってるオリバー様もいるし、その辺の二流、三流貴族の子息の取り巻き達は掃いて捨てるほどいるわ。わたしは、この国で一番の女性よ。平民として生きてたあの頃のわたしじゃないの!)

 侍女として働いていた男爵家の当主に見初められたが、夫人に目をつけられ、屋敷から逃げ出しルチアを出産した母親は、亡くなるまで『あなたのお父様は、とっても素敵な人だったのよ』と言っていた。だから、母親が亡くなり、それを知った男爵が引き取ると迎えに来た時、少しは期待をしたのだが、

(あの男、全然頼りにならなかった)

 引き取りはしたものの、屋敷ではルチアの事を夫人に丸投げした。
 夫人はルチアの事を虐めたりはしなかったものの、優しく接する事もなかった。

(わたしを見下していたもの。貴族でもないのに男爵に愛されていた、自分より美人のお母さんに嫉妬していたんでしょうね。でも最初はわたしの事を煙たがっていたお兄様も、今ではわたしの言いなりだし、お父様もわたしがレオン様と親しくなってからは、わたしをチヤホヤするようになったわ。居場所がなくなったお義母様は、貧乏貴族にしか嫁げなかった、自分似のパッとしない娘を頼って出てった。今頃、悔しくって歯ぎしりしているでしょうね)

 その光景を想像すると、笑いがこみあげてくる。しかし、いつまでも笑ってはいられない。

「あーあ、どうしようかなー」

 父親や周りの人達にちやほやされ続ける為に王妃にはなりたいが、王太子妃教育や、王妃の役目を果たす、というのは面倒で嫌だ。それならば、側妃になるか、いっその事、オリバーと結婚するというのもいいかもしれない。

「……そっちの方向に、変更しようかなー」

 教育係達が馬鹿にして酷い事を言ってくると泣きながら訴え、自分には無理だと言えばいいだろう。

「……レオン様の事は愛していますが、わたしには無理だったんです。いくら頑張っても、先生達には平民の血が流れているわたしは認めてもらえないし、エリザベート様と比べられるもの、もう耐えきれません。わたしには無理です!」

 ギュッと両手を胸の前で握りしめ、頭を小さく振りながら言う。

「……まあ、こんな感じかなー」

 何か言われたら、泣けばいいだろう。
 
「それで、レオン様がどうするかよね。教育係を辞めさせて、王太子妃教育なんてしなくていいって言ったら万々歳だし、それじゃあ困るって言うんなら、別れるって言おーっと。……フッ、わたしを手放せるかしらね~、あの王子様。とにかく、あとは向こうの出方次第、ね」

 そう呟き、冷めてしまったお茶を入れ直させる為、ルチアは侍女を呼ぶベルを鳴らした。
 



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