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番外編
ヘイレン男爵の最愛の女 4
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案内された布が並んだ棚の前で、前回よりもかなり多い種類にリアンヌが驚いていると、
「……ヘイレン男爵夫人は、お出かけされないのですか?」
一緒について来たエリザベートが、不思議そうに尋ねた。
「あ……ええと……」
「あ、申し訳ございません、つい気になってしまい……」
「いえ……その……実はわたくし、社交界にはもう何年も顔を出しておらず……昔、醜聞が……じ、事実ではないのですが、色々と、言われてしまって……それ以来、ずっと籠りきりで……旦那様にも、ご迷惑をおかけして」
「迷惑など!」
マシューが大きな声を上げ、リアンヌだけでなく、エリザベートやマダム・ポッピン、そして少し離れた所で作業をしていたお針子達もビクッと驚き彼を見たが、マシュー自身はそれに気づかず、リアンヌの両肩を掴んだ。
「迷惑など、一度もかけられていない。俺は君と一緒になってからずっと、毎日幸せだ。君が辛い思いをしているのに気づかず過ごしてしまった日々や、望んでいるのに勝手に断ってしまったドレスの事とか、後悔したり落ち込んだりする事は沢山あるが、それらは全部俺自身の事で、君に対してではない。俺は、君の事を幸せにしたくて結婚したんだから」
「旦那様……ありがとうございます……」
リアンヌの瞳が潤み、ポロリと涙が零れた。
その後、リアンヌが落ち着くまで少し待ち、布選びは再開された。
「前回と同じ白もいいですが、ピンクもお似合いだと思いますよ」
「で、でもピンクなんてそんな……もう23ですし、結婚もしているので……」
「何歳でも結婚後でも、好きな色を着ていいと思うんですよね、だって絶対似合いますもの! それに、ご自宅でだけ着るのであれば、そういう事は考えずにお好きな色を選んでいいと思います。デザインだって、旦那様を誘惑するような際どい感じに」
「マダム・ポッピン! 暴走しないで。まったく……申し訳ございません、ヘイレン男爵夫人。彼女はどうも、服の事となると周りが見えなくなってしまうようで……」
エリザベートが苦笑しながら言った。
「社交界には出ないと仰っていましたが、もしよろしければ、わたくしのお茶会にいらっしゃいませんか?」
「……スピネル公爵令嬢の?」
「ええ。お茶会と言っても、ごく親しい友人と一緒にお菓子を食べて話をするだけですわ」
「ありがとうございます。ですが、わたくしには醜聞が……そんなわたくしが参加したら、皆様にご迷惑をおかけするかと……」
「醜聞なら、わたくしだって負けてはおりませんわ。まだ正式には発表しておりませんが、わたくし、王太子殿下と婚約破棄しましたの」
「まあ! そんな……」
社交界の話題には疎く、最近の王太子の様子を知らなかったリアンヌは驚き、ショックを受けたが、
「ご安心下さい。わたくし、清々しておりますから」
うふふ、と笑うエリザベート。
「世間的には憐れだと思われるかもしれませんが、わたくしとしては嬉しい限りです」
「まあ……」
驚くリアンヌに、エリザベートはにっこり微笑んだ。
「本当の事でなくとも、面白可笑しく噂する人は多いですし、悪意のある言葉を浴びせられる事もあります。気にしないようにしようと思っても気になりますし、悔しかったり悲しかったり落ち込んだりもします。ですから、そういう方々と無理に付き合う事はないと思いますわ。くだらない嘘など信じず、接してくれる人はいます。そういう人たちとだけ、付き合えば良いと思うんです、わたくし」
「スピネル公爵令嬢……」
「成年前の子供の気軽な集まりですから、ご検討いただければと思いますわ」
「……はい。ありがとうございます」
リアンヌは、嬉しそうに微笑んだ。
ひと月後、新しいライラック色のシルクのドレスに身を包み、スピネル公爵家のお茶会に出掛けたリアンヌは、仕事を終えて帰ったマシューに、興奮したように話した。
「とても楽しかったです! エリザベート様のご友人の、ヴィクトリア・アメジスタ侯爵令嬢と、クリスティーナ・オニキス侯爵令嬢を紹介していただきました。エリザベート様のお手製のお菓子がとっても美味しくて、驚きました!」
「そうか、それは良かった」
王太子の成年パーティーで見たメンバーなら大丈夫だ、と思って送り出したマシューだったが、改めて、妻の口から聞いて安心する。
「マダム・ポッピンのアトリエにもお邪魔しまして、色々お話を聞いたんです。それで、旦那様にご相談が……」
「ん? 相談?」
「はい、実はマダム・ポッピンに、一緒に働かないかと誘われたのです」
「……働く?」
「はい。わたくし、家にいる間ずっと刺繍やレース編みをしていたという事をお話ししたら、今後どんどん受注が増えて人手が足りなくなるので、手伝って欲しいと……」
「うーん……リアンヌは、やりたいのか?」
「はい!」
「だがなぁ……これまで外出自体あまりしなかったのに、いきなり働くというのは……」
「アトリエには毎日行く必要はなくて、依頼されたレース編みや刺繍を作って納めれば良いと……もちろん、行って一緒に作業してもいいし、わたくしの都合の良いようにしていいと仰って下さって……」
「なるほど、それなら無理する事もないか……」
不安な面もあるが、これまで外に出る事を恐れていたリアンヌが、自ら出たいと言っているのだ。
「……不安に思う事や辛い事があったら隠さず俺に言う事。それを約束するなら、リアンヌの好きなようにしていい」
「旦那様! ありがとうございます!」
(本当は、俺の力で彼女を笑顔にしたかったが……まあ、どうでもいいな、そんなのは。とにかくこんなに嬉しそうにしているんだ、良かったとしよう)
そんな事を考えるマシューに、リアンヌが『あの……』と声をかける。
「旦那様、実はもう一つお話ししたい事をありまして」
「ん? なんだ?」
「その……跡継ぎ、の事なのですが……」
「跡継ぎって……父上か母上が何か言ってきたのか?」
家門の為に、跡継ぎは必要だ。できるだけ早く、そして複数の子を儲けておいた方がいい。
しかし、醜聞のある自分は次期当主の母に相応しくないと気に病んでいるリアンヌの負担とならないよう、そういう行為はしつつも、子は出来ぬようにしていた。
(父上、母上にも、リアンヌの負担になるような事は手紙に書かないように言っていたのに。この間の領地からの荷物に入ってたんだろうか。余計な事は言わないように手紙を)
「お父様、お母様からは何も……その……わたくしが……旦那様の子供が欲しいと思うようになり……」
「えっ?」
驚き聞き返したマシューに、リアンヌは真っ赤になり、小さな声で言った。
「……ヘイレン男爵夫人は、お出かけされないのですか?」
一緒について来たエリザベートが、不思議そうに尋ねた。
「あ……ええと……」
「あ、申し訳ございません、つい気になってしまい……」
「いえ……その……実はわたくし、社交界にはもう何年も顔を出しておらず……昔、醜聞が……じ、事実ではないのですが、色々と、言われてしまって……それ以来、ずっと籠りきりで……旦那様にも、ご迷惑をおかけして」
「迷惑など!」
マシューが大きな声を上げ、リアンヌだけでなく、エリザベートやマダム・ポッピン、そして少し離れた所で作業をしていたお針子達もビクッと驚き彼を見たが、マシュー自身はそれに気づかず、リアンヌの両肩を掴んだ。
「迷惑など、一度もかけられていない。俺は君と一緒になってからずっと、毎日幸せだ。君が辛い思いをしているのに気づかず過ごしてしまった日々や、望んでいるのに勝手に断ってしまったドレスの事とか、後悔したり落ち込んだりする事は沢山あるが、それらは全部俺自身の事で、君に対してではない。俺は、君の事を幸せにしたくて結婚したんだから」
「旦那様……ありがとうございます……」
リアンヌの瞳が潤み、ポロリと涙が零れた。
その後、リアンヌが落ち着くまで少し待ち、布選びは再開された。
「前回と同じ白もいいですが、ピンクもお似合いだと思いますよ」
「で、でもピンクなんてそんな……もう23ですし、結婚もしているので……」
「何歳でも結婚後でも、好きな色を着ていいと思うんですよね、だって絶対似合いますもの! それに、ご自宅でだけ着るのであれば、そういう事は考えずにお好きな色を選んでいいと思います。デザインだって、旦那様を誘惑するような際どい感じに」
「マダム・ポッピン! 暴走しないで。まったく……申し訳ございません、ヘイレン男爵夫人。彼女はどうも、服の事となると周りが見えなくなってしまうようで……」
エリザベートが苦笑しながら言った。
「社交界には出ないと仰っていましたが、もしよろしければ、わたくしのお茶会にいらっしゃいませんか?」
「……スピネル公爵令嬢の?」
「ええ。お茶会と言っても、ごく親しい友人と一緒にお菓子を食べて話をするだけですわ」
「ありがとうございます。ですが、わたくしには醜聞が……そんなわたくしが参加したら、皆様にご迷惑をおかけするかと……」
「醜聞なら、わたくしだって負けてはおりませんわ。まだ正式には発表しておりませんが、わたくし、王太子殿下と婚約破棄しましたの」
「まあ! そんな……」
社交界の話題には疎く、最近の王太子の様子を知らなかったリアンヌは驚き、ショックを受けたが、
「ご安心下さい。わたくし、清々しておりますから」
うふふ、と笑うエリザベート。
「世間的には憐れだと思われるかもしれませんが、わたくしとしては嬉しい限りです」
「まあ……」
驚くリアンヌに、エリザベートはにっこり微笑んだ。
「本当の事でなくとも、面白可笑しく噂する人は多いですし、悪意のある言葉を浴びせられる事もあります。気にしないようにしようと思っても気になりますし、悔しかったり悲しかったり落ち込んだりもします。ですから、そういう方々と無理に付き合う事はないと思いますわ。くだらない嘘など信じず、接してくれる人はいます。そういう人たちとだけ、付き合えば良いと思うんです、わたくし」
「スピネル公爵令嬢……」
「成年前の子供の気軽な集まりですから、ご検討いただければと思いますわ」
「……はい。ありがとうございます」
リアンヌは、嬉しそうに微笑んだ。
ひと月後、新しいライラック色のシルクのドレスに身を包み、スピネル公爵家のお茶会に出掛けたリアンヌは、仕事を終えて帰ったマシューに、興奮したように話した。
「とても楽しかったです! エリザベート様のご友人の、ヴィクトリア・アメジスタ侯爵令嬢と、クリスティーナ・オニキス侯爵令嬢を紹介していただきました。エリザベート様のお手製のお菓子がとっても美味しくて、驚きました!」
「そうか、それは良かった」
王太子の成年パーティーで見たメンバーなら大丈夫だ、と思って送り出したマシューだったが、改めて、妻の口から聞いて安心する。
「マダム・ポッピンのアトリエにもお邪魔しまして、色々お話を聞いたんです。それで、旦那様にご相談が……」
「ん? 相談?」
「はい、実はマダム・ポッピンに、一緒に働かないかと誘われたのです」
「……働く?」
「はい。わたくし、家にいる間ずっと刺繍やレース編みをしていたという事をお話ししたら、今後どんどん受注が増えて人手が足りなくなるので、手伝って欲しいと……」
「うーん……リアンヌは、やりたいのか?」
「はい!」
「だがなぁ……これまで外出自体あまりしなかったのに、いきなり働くというのは……」
「アトリエには毎日行く必要はなくて、依頼されたレース編みや刺繍を作って納めれば良いと……もちろん、行って一緒に作業してもいいし、わたくしの都合の良いようにしていいと仰って下さって……」
「なるほど、それなら無理する事もないか……」
不安な面もあるが、これまで外に出る事を恐れていたリアンヌが、自ら出たいと言っているのだ。
「……不安に思う事や辛い事があったら隠さず俺に言う事。それを約束するなら、リアンヌの好きなようにしていい」
「旦那様! ありがとうございます!」
(本当は、俺の力で彼女を笑顔にしたかったが……まあ、どうでもいいな、そんなのは。とにかくこんなに嬉しそうにしているんだ、良かったとしよう)
そんな事を考えるマシューに、リアンヌが『あの……』と声をかける。
「旦那様、実はもう一つお話ししたい事をありまして」
「ん? なんだ?」
「その……跡継ぎ、の事なのですが……」
「跡継ぎって……父上か母上が何か言ってきたのか?」
家門の為に、跡継ぎは必要だ。できるだけ早く、そして複数の子を儲けておいた方がいい。
しかし、醜聞のある自分は次期当主の母に相応しくないと気に病んでいるリアンヌの負担とならないよう、そういう行為はしつつも、子は出来ぬようにしていた。
(父上、母上にも、リアンヌの負担になるような事は手紙に書かないように言っていたのに。この間の領地からの荷物に入ってたんだろうか。余計な事は言わないように手紙を)
「お父様、お母様からは何も……その……わたくしが……旦那様の子供が欲しいと思うようになり……」
「えっ?」
驚き聞き返したマシューに、リアンヌは真っ赤になり、小さな声で言った。
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