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第二章
レオンハルトの思惑
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「くそっ……」
王太子に似つかわしくない言葉を吐きながら、レオンハルトは自室の豪奢なソファーに横になった。
「エリザベート・スピネルめ……」
子供の頃からの婚約者である彼女の名前を呟くと、口の中が苦くなるような気がした。
(……なんて生意気な女だ。小さな頃は可愛げもあったが、今は小賢しくて口煩くて、思いやりが無い。この前なんて、父と同じ事をしているだなんて、俺が一番言われたくない事だとわかったうえで言ってきた。本当に腹立たしい)
エリザベートと顔を合わせる度、不快な思いをしている。あんな女が婚約者だなんて、自分はなんて不幸なんだ、と感じる。
「でも、ルチアと出会えたのは幸運だった」
それまでは、貴族の女なんてそんなものかと思っていたが、ルチアに出会って、エリザベートが嫌な女だとわかった。元々生意気だったが、最近は更に酷くなり、正論をかざして歯向かってくる。叱りつければ悔しそうにしながらも引いていたのに、今は引かない。
「あーあ、あのまま死んでしまえば良かったのに」
自分で飲んだのか誰かに盛られたのかはわからないが、エリザベートが毒死していれば、今こうやって苦労する事もなかったのに、と思う。
「エリザベートさえいなかったら、ルチアを婚約者にできるのに……」
ルチア・ローズと出会った頃は、可愛らしいとは思ったが、ここまで愛するようになるとは思っていなかった。
男爵令嬢とはいえ、長く平民として暮らしてきた彼女は、貴族としての振る舞いを知らず、そこがかえって新鮮で、興味を引かれた。
笑ったり、怒ったり、クルクル表情を変える愛らしいルチア。
王太子として『そのくらいできて当然』と言われる事も、凄い凄いと感心し、尊敬してくれた。王太子としての重圧や、それによって自分がどんなに苦しんでいるかもわかってくれ、心配してくれた。
(メイドの子として生まれ、平民として貧しい暮らしをし苦労してきただろうに、他人を思いやる心をもっている。
王太子なんだからああしろ、こうしろ、とばかり言うエリザベートとは雲泥の差だ。彼女のような女性こそ、王太子妃に、そして王妃となるにふさわしい……)
扉を叩く音が響く。
入室を許可すると、入ってきたのは侍従で、国王陛下が呼んでいると言う。
「わかった。すぐに行く」
(……またか……本当に、エリザベートがいなければこのように煩わされずに済んだのに……)
そう思いながら、レオンハルトはソファーから起き上がった。
「エリザベートとの事は、どうなっておる」
(……やっぱりそれか……)
内心うんざりしながら、レオンハルトは父であるアレキサンドライト国王を見た。
自分があと20年ほど経てば、こんな感じになるんだろうな、と思うほどそっくりだが、甘えた記憶も楽しい記憶も無い。父上と呼ぶよりも陛下の方が呼びやすい。
「ご心配をおかけして申し訳ございません。しっかりと対応しております」
「対応して、どのような状態なのだ。スピネル公爵からは婚約破棄取り消しの話は未だに無いが」
「それは……思いのほか、エリザベートが意固地になっていて……引くに引けないと思っているのか……」
「つまり、エリザベートはまだ婚約破棄を望んでいると?」
「いえ、本心は婚約破棄など望んでいません。ですが……この機会に色々と、自分に都合の良い様にしたいと考えているらしく……」
「自分に都合の良いように、だと?」
聞き返され、レオンハルトは『そうなんです』と頷いた。
「なんでも自分の思い通りにしようとしているんです。婚約破棄を取り消す代わりにと、あれこれ条件を出してきて……もちろん、全て言いなりになるわけにはいきませんから、その駆け引きというか、調整などがあり時間がかかってしまっていますが……ご安心下さい、近いうちに解決してみせます」
「……ならいいが。お前の『エリザベートの方から婚約破棄を取り消しさせる』という言葉を信じて、任せたのだからな」
「はい。誤解とはいえ、自分で蒔いた種ですので、自分で対処致します」
「うむ……まあ、妃教育を受けたとはいえ、エリザベートもまだ若い。婚約者が他の女と楽しそうに会話しているのを見て嫉妬してしまったのだろう。スピネル公爵も娘可愛さに、すっかりエリザベートに同調してしまっている。ここは多少、譲歩してやれ」
「……はい」
なぜ王族である自分が譲歩しなければならないのか、と言いたかったが、反論する事はできず素直に頷く。
「よいか、レオンハルト。そなたが王となる為には、由緒ある大貴族のスピネル公爵家との結びつきが重要だという事を肝に銘じよ。エリザベートの家柄と能力が、そなたの助けになるのだからな」
「……はい、陛下、心得ております」
レオンハルトは深く頭を下げ、退出した。
自室に向かいながら、イライラと爪を噛む。
(くそっ……どうにかしないと……)
エリザベートとの婚姻は、自分の王太子としての地位を確固たるものにするだろう。
(だが、俺はルチアがいい)
その為には、どうにかしてエリザベートを排除しなければならない。
(陛下のことはうまく納得させられたが、これからどうすればいい……。このまま、俺に原因があるという事で婚約破棄をしては駄目だ。エリザベートの方に原因があるとして、こっちから婚約破棄を言い渡せるような何かを……)
あの事件以降、エリザベートは変わった。
(あんなになりたがってた王太子妃も、もういいなんて言っていたが……あれは、俺が折れてルチアとは距離を置く、と言うのを狙っているんだろう。契約の事を言い出してきた事には驚いたが、まあ、これ以上声高には言ってこないはずだ。プライドの高いエリザベートは、自分に魅力が無くて俺に気に入られていないという事実を世間に知られたくないはず。最悪、エリザベートとは結婚をして、王妃という地位をやってもいい。ルチアはちょっと拗ねるかもしれないが、愛しているのはルチアだけだという事をきちんと説明すれば、優しい彼女の事だ、納得してくれるだろう。そして……いずれ時期を見て、エリザベートは処分してやる)
レオンハルトには『自分なら全て上手くやれる』という自信と確信しかなかった。
王太子に似つかわしくない言葉を吐きながら、レオンハルトは自室の豪奢なソファーに横になった。
「エリザベート・スピネルめ……」
子供の頃からの婚約者である彼女の名前を呟くと、口の中が苦くなるような気がした。
(……なんて生意気な女だ。小さな頃は可愛げもあったが、今は小賢しくて口煩くて、思いやりが無い。この前なんて、父と同じ事をしているだなんて、俺が一番言われたくない事だとわかったうえで言ってきた。本当に腹立たしい)
エリザベートと顔を合わせる度、不快な思いをしている。あんな女が婚約者だなんて、自分はなんて不幸なんだ、と感じる。
「でも、ルチアと出会えたのは幸運だった」
それまでは、貴族の女なんてそんなものかと思っていたが、ルチアに出会って、エリザベートが嫌な女だとわかった。元々生意気だったが、最近は更に酷くなり、正論をかざして歯向かってくる。叱りつければ悔しそうにしながらも引いていたのに、今は引かない。
「あーあ、あのまま死んでしまえば良かったのに」
自分で飲んだのか誰かに盛られたのかはわからないが、エリザベートが毒死していれば、今こうやって苦労する事もなかったのに、と思う。
「エリザベートさえいなかったら、ルチアを婚約者にできるのに……」
ルチア・ローズと出会った頃は、可愛らしいとは思ったが、ここまで愛するようになるとは思っていなかった。
男爵令嬢とはいえ、長く平民として暮らしてきた彼女は、貴族としての振る舞いを知らず、そこがかえって新鮮で、興味を引かれた。
笑ったり、怒ったり、クルクル表情を変える愛らしいルチア。
王太子として『そのくらいできて当然』と言われる事も、凄い凄いと感心し、尊敬してくれた。王太子としての重圧や、それによって自分がどんなに苦しんでいるかもわかってくれ、心配してくれた。
(メイドの子として生まれ、平民として貧しい暮らしをし苦労してきただろうに、他人を思いやる心をもっている。
王太子なんだからああしろ、こうしろ、とばかり言うエリザベートとは雲泥の差だ。彼女のような女性こそ、王太子妃に、そして王妃となるにふさわしい……)
扉を叩く音が響く。
入室を許可すると、入ってきたのは侍従で、国王陛下が呼んでいると言う。
「わかった。すぐに行く」
(……またか……本当に、エリザベートがいなければこのように煩わされずに済んだのに……)
そう思いながら、レオンハルトはソファーから起き上がった。
「エリザベートとの事は、どうなっておる」
(……やっぱりそれか……)
内心うんざりしながら、レオンハルトは父であるアレキサンドライト国王を見た。
自分があと20年ほど経てば、こんな感じになるんだろうな、と思うほどそっくりだが、甘えた記憶も楽しい記憶も無い。父上と呼ぶよりも陛下の方が呼びやすい。
「ご心配をおかけして申し訳ございません。しっかりと対応しております」
「対応して、どのような状態なのだ。スピネル公爵からは婚約破棄取り消しの話は未だに無いが」
「それは……思いのほか、エリザベートが意固地になっていて……引くに引けないと思っているのか……」
「つまり、エリザベートはまだ婚約破棄を望んでいると?」
「いえ、本心は婚約破棄など望んでいません。ですが……この機会に色々と、自分に都合の良い様にしたいと考えているらしく……」
「自分に都合の良いように、だと?」
聞き返され、レオンハルトは『そうなんです』と頷いた。
「なんでも自分の思い通りにしようとしているんです。婚約破棄を取り消す代わりにと、あれこれ条件を出してきて……もちろん、全て言いなりになるわけにはいきませんから、その駆け引きというか、調整などがあり時間がかかってしまっていますが……ご安心下さい、近いうちに解決してみせます」
「……ならいいが。お前の『エリザベートの方から婚約破棄を取り消しさせる』という言葉を信じて、任せたのだからな」
「はい。誤解とはいえ、自分で蒔いた種ですので、自分で対処致します」
「うむ……まあ、妃教育を受けたとはいえ、エリザベートもまだ若い。婚約者が他の女と楽しそうに会話しているのを見て嫉妬してしまったのだろう。スピネル公爵も娘可愛さに、すっかりエリザベートに同調してしまっている。ここは多少、譲歩してやれ」
「……はい」
なぜ王族である自分が譲歩しなければならないのか、と言いたかったが、反論する事はできず素直に頷く。
「よいか、レオンハルト。そなたが王となる為には、由緒ある大貴族のスピネル公爵家との結びつきが重要だという事を肝に銘じよ。エリザベートの家柄と能力が、そなたの助けになるのだからな」
「……はい、陛下、心得ております」
レオンハルトは深く頭を下げ、退出した。
自室に向かいながら、イライラと爪を噛む。
(くそっ……どうにかしないと……)
エリザベートとの婚姻は、自分の王太子としての地位を確固たるものにするだろう。
(だが、俺はルチアがいい)
その為には、どうにかしてエリザベートを排除しなければならない。
(陛下のことはうまく納得させられたが、これからどうすればいい……。このまま、俺に原因があるという事で婚約破棄をしては駄目だ。エリザベートの方に原因があるとして、こっちから婚約破棄を言い渡せるような何かを……)
あの事件以降、エリザベートは変わった。
(あんなになりたがってた王太子妃も、もういいなんて言っていたが……あれは、俺が折れてルチアとは距離を置く、と言うのを狙っているんだろう。契約の事を言い出してきた事には驚いたが、まあ、これ以上声高には言ってこないはずだ。プライドの高いエリザベートは、自分に魅力が無くて俺に気に入られていないという事実を世間に知られたくないはず。最悪、エリザベートとは結婚をして、王妃という地位をやってもいい。ルチアはちょっと拗ねるかもしれないが、愛しているのはルチアだけだという事をきちんと説明すれば、優しい彼女の事だ、納得してくれるだろう。そして……いずれ時期を見て、エリザベートは処分してやる)
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