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第二章
自分が招いた事
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手洗い場で、思いっきり癒しの効果を込めた水を出し、顔を洗わせ、うがいをさせ、飲ませる。
「大丈夫? 痛い所はない?」
「はい、さっきの白い方に治してもらったし……あの、ハンカチが汚れますから」
「いいのっ! ちゃんと見せて!」
レースのついたハンカチで顔を拭きながら、至近距離でジッと見つめてくるエリザベートに、ルークはドキドキしてしまう。
「なんだか、苦しそうじゃない? やっぱり痛いのね?」
「違います! その……エリザベート様に顔を拭いてもらうなんて、畏れ多くてどうしていいかわからなくて」
「何言っているの、そんなこと気にしなくていいのよ。……ごめんなさい、ルーク……。ルークが殴られたのは、わたくしのせいだわ」
項垂れるエリザベートに、ルークは『そんな事ありません!』と言った。
「エリザベート様は何も悪くありません! 悪いのはあちらの方で……」
「いえ、今回の事は、わたくしが自分で招いた事よ」
(……そう。あれは、言ってはいけない事だった)
馬車に乗り、公爵邸に帰ると、アメリアがソワソワした様子で出迎えた。
「おかえりなさいませ! お嬢様、学園は……あの……何かあったのですか?」
「ええ、まあ、ちょっとね……」
「あの……エリザベート様、師匠から、戻ったら報告するようにと言われていたので、行ってきていいでしょうか」
「ええ。今日はもう、休んでいいわよ。明日ゆっくりと話しましょう」
「はい。失礼致します」
ルークと別れ、着替えを済ませたエリザベートは、アメリアの入れたお茶を飲んだ。
「はぁ……美味しい……ほっとするわ」
「良かったです。帰ってきた時は、まるであの時のような表情をされていたので……」
「あの時って……わたくしが死にかけた、あの時?」
「はい。前の時の方が深刻なようでしたが、今日もなんだか……」
「……わたくしのせいで、ルークが殴られてしまったの」
「えっ?」
エリザベートの言葉に、アメリアが驚く。
「わたくしが、王太子殿下を怒らせたのよ。それで殴られそうになったところを、ルークが間に入って庇ってくれたの」
「傷がなかったので、気が付きませんでした」
「癒しの力を持っている上級生が治してくれたのよ。わたくし特製の水も飲ませたし」
「そうでしたか……ルークは大怪我を負ったのですか? たくさん殴られて?」
「いえ、一回だけよ。でも、グーで殴られたのよ。ガツッて音がしたわ。すぐに治したとしても、どれほど痛かったか……拳で思いきり殴られたのだもの……」
思い出しただけでゾッとしてしまったが、アメリアはそれほど動揺しなかった。
「大丈夫でございますよ、ルークは元気でしたし。それにしても……エリザベート様が殴られていたら、大変な事になっておりました!」
なにより、レオンハルトに対して腹を立てているようで、
「女性に対して手を、しかも拳を上げるなんて……王太子殿下が下町によくいる酔っ払いと同じだなんて、がっかりです。あっ! 申し訳ございません! わたしったらなんて不敬な事を……」
「まあ、そうだけれど……いいわよ、ここにはわたくし達二人しかいないのだから」
「申し訳ございません! 気を付けます」
深く頭を下げて謝罪してから、アメリアは『ルークは……頑張ったのですね』と、呟くよう言った。
「驚くほど、成長して……。最初は小さくてやせっぽっちで、オドオドしておりましたが、お嬢様をお守りできたなんて……弟がいるせいか、なんだか姉のような気持ちになってしまい、成長に感動します」
「ええ、確かにそうね、わたくしもよ。……可愛い弟が殴られたような感じでショックだったの。心配して、謝るばかりだったわ。守ってもらったお礼を言わなくてはね」
「きっと、喜びます」
二人は顔を見合わせて少し笑った。
(……アメリアは下町育ちだったわね。暴力は、見慣れているのかもしれない。あまり動揺しない彼女と話したおかげで、少し気持ちが落ち着いたけれど……今日の事は本当に反省しないといけないわ)
夜、静かな自室でノートを広げ、今日出会った攻略対象やその他の人達の情報を書きながら考える。
(腹が立ってつい言ってしまったけれど……あれは、言ってはいけない事だったんだわ。小さな頃から長年の付き合いがあったエリザベートが、知っていたし、そう思ってはいたけれど、口にしなかった事)
レオンハルトの母親は、他国から嫁いできた王女だった。彼女は身体が弱く、何年も子宝に恵まれなかったので、王は自国の貴族の令嬢を第二王妃として迎えた。
その後王妃は、第二王妃よりも先に妊娠したが、出産後体調を崩して亡くなってしまった。
(レオンハルトは、王が第二王妃を迎えた事で、母親が無理をして妊娠を望み、無理に出産をし、亡くなったと思っている。だから、第二王妃だった現王妃様と、その息子である弟のエドワードをあまり好きではない。そして、同じように母を亡くしたエリザベートを仲間のように思っていて、『自分は側妃を迎えない。父上とは違う』とよく言っていた。それなのにルチアの事を好きになってエリザベートに辛く当たるなんて……父親よりずっと酷い事をしているのよね。だから、頭にきて言っちゃったけれど……あまりにも、痛い所を突いてしまったようね)
エリザベートは、その事で辛く寂しい思いをしているレオンハルトを見ていたから、その事には触れず、我慢していたのだろう。
(エリザベートの記憶がだいぶ馴染んでいるけれど、元々の記憶もあるから『自分の方こそ言っている事とやっている事が違うじゃない!』と思って言ってやったけれど……結果的には激怒されて、ルークに怪我をさせてしまった。
物怖じせず発言する事と、後先考えず発言する事は全然違う。あのいけ好かない王太子に媚びるつもりはないけれど、こちらが被害を被らないようにしなければ。自分が殴られる覚悟があっての行動でも、実際殴られるのはルークだなんて……考えが、甘かったわ。しっかりしなくちゃ……わたしは、ルークの主人なのだから)
これまでより慎重に行動しなくては、と思うエリザベートだった。
「大丈夫? 痛い所はない?」
「はい、さっきの白い方に治してもらったし……あの、ハンカチが汚れますから」
「いいのっ! ちゃんと見せて!」
レースのついたハンカチで顔を拭きながら、至近距離でジッと見つめてくるエリザベートに、ルークはドキドキしてしまう。
「なんだか、苦しそうじゃない? やっぱり痛いのね?」
「違います! その……エリザベート様に顔を拭いてもらうなんて、畏れ多くてどうしていいかわからなくて」
「何言っているの、そんなこと気にしなくていいのよ。……ごめんなさい、ルーク……。ルークが殴られたのは、わたくしのせいだわ」
項垂れるエリザベートに、ルークは『そんな事ありません!』と言った。
「エリザベート様は何も悪くありません! 悪いのはあちらの方で……」
「いえ、今回の事は、わたくしが自分で招いた事よ」
(……そう。あれは、言ってはいけない事だった)
馬車に乗り、公爵邸に帰ると、アメリアがソワソワした様子で出迎えた。
「おかえりなさいませ! お嬢様、学園は……あの……何かあったのですか?」
「ええ、まあ、ちょっとね……」
「あの……エリザベート様、師匠から、戻ったら報告するようにと言われていたので、行ってきていいでしょうか」
「ええ。今日はもう、休んでいいわよ。明日ゆっくりと話しましょう」
「はい。失礼致します」
ルークと別れ、着替えを済ませたエリザベートは、アメリアの入れたお茶を飲んだ。
「はぁ……美味しい……ほっとするわ」
「良かったです。帰ってきた時は、まるであの時のような表情をされていたので……」
「あの時って……わたくしが死にかけた、あの時?」
「はい。前の時の方が深刻なようでしたが、今日もなんだか……」
「……わたくしのせいで、ルークが殴られてしまったの」
「えっ?」
エリザベートの言葉に、アメリアが驚く。
「わたくしが、王太子殿下を怒らせたのよ。それで殴られそうになったところを、ルークが間に入って庇ってくれたの」
「傷がなかったので、気が付きませんでした」
「癒しの力を持っている上級生が治してくれたのよ。わたくし特製の水も飲ませたし」
「そうでしたか……ルークは大怪我を負ったのですか? たくさん殴られて?」
「いえ、一回だけよ。でも、グーで殴られたのよ。ガツッて音がしたわ。すぐに治したとしても、どれほど痛かったか……拳で思いきり殴られたのだもの……」
思い出しただけでゾッとしてしまったが、アメリアはそれほど動揺しなかった。
「大丈夫でございますよ、ルークは元気でしたし。それにしても……エリザベート様が殴られていたら、大変な事になっておりました!」
なにより、レオンハルトに対して腹を立てているようで、
「女性に対して手を、しかも拳を上げるなんて……王太子殿下が下町によくいる酔っ払いと同じだなんて、がっかりです。あっ! 申し訳ございません! わたしったらなんて不敬な事を……」
「まあ、そうだけれど……いいわよ、ここにはわたくし達二人しかいないのだから」
「申し訳ございません! 気を付けます」
深く頭を下げて謝罪してから、アメリアは『ルークは……頑張ったのですね』と、呟くよう言った。
「驚くほど、成長して……。最初は小さくてやせっぽっちで、オドオドしておりましたが、お嬢様をお守りできたなんて……弟がいるせいか、なんだか姉のような気持ちになってしまい、成長に感動します」
「ええ、確かにそうね、わたくしもよ。……可愛い弟が殴られたような感じでショックだったの。心配して、謝るばかりだったわ。守ってもらったお礼を言わなくてはね」
「きっと、喜びます」
二人は顔を見合わせて少し笑った。
(……アメリアは下町育ちだったわね。暴力は、見慣れているのかもしれない。あまり動揺しない彼女と話したおかげで、少し気持ちが落ち着いたけれど……今日の事は本当に反省しないといけないわ)
夜、静かな自室でノートを広げ、今日出会った攻略対象やその他の人達の情報を書きながら考える。
(腹が立ってつい言ってしまったけれど……あれは、言ってはいけない事だったんだわ。小さな頃から長年の付き合いがあったエリザベートが、知っていたし、そう思ってはいたけれど、口にしなかった事)
レオンハルトの母親は、他国から嫁いできた王女だった。彼女は身体が弱く、何年も子宝に恵まれなかったので、王は自国の貴族の令嬢を第二王妃として迎えた。
その後王妃は、第二王妃よりも先に妊娠したが、出産後体調を崩して亡くなってしまった。
(レオンハルトは、王が第二王妃を迎えた事で、母親が無理をして妊娠を望み、無理に出産をし、亡くなったと思っている。だから、第二王妃だった現王妃様と、その息子である弟のエドワードをあまり好きではない。そして、同じように母を亡くしたエリザベートを仲間のように思っていて、『自分は側妃を迎えない。父上とは違う』とよく言っていた。それなのにルチアの事を好きになってエリザベートに辛く当たるなんて……父親よりずっと酷い事をしているのよね。だから、頭にきて言っちゃったけれど……あまりにも、痛い所を突いてしまったようね)
エリザベートは、その事で辛く寂しい思いをしているレオンハルトを見ていたから、その事には触れず、我慢していたのだろう。
(エリザベートの記憶がだいぶ馴染んでいるけれど、元々の記憶もあるから『自分の方こそ言っている事とやっている事が違うじゃない!』と思って言ってやったけれど……結果的には激怒されて、ルークに怪我をさせてしまった。
物怖じせず発言する事と、後先考えず発言する事は全然違う。あのいけ好かない王太子に媚びるつもりはないけれど、こちらが被害を被らないようにしなければ。自分が殴られる覚悟があっての行動でも、実際殴られるのはルークだなんて……考えが、甘かったわ。しっかりしなくちゃ……わたしは、ルークの主人なのだから)
これまでより慎重に行動しなくては、と思うエリザベートだった。
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