悪役令嬢の無念はわたしが晴らします

カナリア55

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第二章

動揺 

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「……どう思う? オリバー」

 頭を下げるエリザベートを見下ろしながら、レオンハルトが少し後ろに首を回して問う。

「この悪女が、王妃の座を諦めると思うか?」
「アレキサンドライト王国で一番地位の高い女性となる事が、この女の全てのはず。とてもじゃないが、信じられない」
「そうだよなぁ。それともようやく、ルチアには敵わないと悟ったか」

 そんな軽口をたたく二人に腹が立ったが、もう疲れたという事と、動悸が激しくなっている事もあり、そのまま黙っている事を選んだ。

(……きっとこの動悸は、元々のエリザベートがショックを受けているせいだわ。努力し支えようと思っていた婚約者が、こんな最低な男だとわかったら、そりゃあ、ショックよね。……とにかく今は、早くこの場を去りたい……)

「ところで、そこの獣人はなんだ?」
「…………」
「答えろ、エリザベート」
「……わたくしの護衛騎士でございます」
「護衛騎士だと?」

 レオンハルトが「ハッ!」と笑う。

「そなた、どこまで落ちぶれたんだ? 公爵家ではそなたに、まともな護衛もつけてくれないのか。そんな獣人の、しかも子供が護衛だなんて、憐れだなぁ」

 声を上げて笑うレオンハルトに、一度は我慢しようとしたエリザベートだったが、あまりにも長い間笑っているので、つい言ってしまった。

「この者はわたくしが選んだ、わたくしの騎士です。貴方に侮辱される謂われはございません。非常に不愉快です。失礼させていただきます」

 その言葉に笑うのを止め、スッと顔を強ばらせたレオンハルトの横をすれ違おうとしたとき、

「エリザベート、お前、獣人が嫌いだったじゃないか」
「…………?」

 囁かれた言葉に、思わず足を止めてレオンハルトを見てしまう。

「……わたくしが、獣人を嫌いだと言った事がありましたか?」
「言ってはいないが、俺が、王になったら獣人は重要な役職から排除したい、と話していた時、何も言わなかったじゃないか。それって、獣人が嫌いだからだろう? 嫌いじゃなかったとしても、獣人なんて、排除されて当然と思っているって事だ。おい獣人、お前の主人は、そういう冷たい女だぞ?」

 今度はルークに向かって囁く。

「頭が固くて口うるさくて、冷酷な女だ。お前なんて、使い捨てにされるぞ」
「っ!」
「ルーク!」

 何か言いかけたルークの口に人差し指の先をあて、エリザベートは首を横に振った。

「なんだエリザベート、気にしなくていいぞ? おい獣人、俺は心が広いから、下賤な者にも発言を許してやる。さあ、遠慮なく言ってみろ」
「では、わたくしが言わせていただきます。確かに、そういう事もあったでしょう。でも、人の考えなんて変わるものですわ。わたくしは今、獣人である彼の事を気に入り、心から信頼して頼りにしております」
「ハッ! 都合の良い事を言う。人間の根本なんて、そう変わるものじゃないだろうに」
「あら、そうですか? わたくし、殿下に『側妃なんて迎えないから安心していい』と言われた事、覚えておりますのよ」

 エリザベートがクッと片方の口の端を上げ、上目遣いにレオンハルトを見た。

「……父上のように、側妃を迎えたりしない。エリザベートを王妃にして、一生大切にするから。……そう仰った事、覚えていらっしゃいますか? ああそれから、現王妃様の事を、ご自身のお母様と比べて身分が低い家門の出だと仰っていた事も。『父上のようにはならない』とよく仰っていましたが……一緒ですわね」
「エリザベートっ!!」

 拳を振り上げたレオンハルトに、エリザベートは覚悟を決めて目を瞑ったが、

「ガツッ!」

 鈍く嫌な音がしても痛みは訪れず、恐々薄目を開けると、目の前に金色が見えた。

「な……キャーーッ!!」

 その金色が、ルークの髪の色だとわかり、そして、咄嗟に自分を庇って前に出たルークが、レオンハルトに思い切り殴られた事に気づき、エリザベートは悲鳴を上げた。

「ルーク! 大丈夫なの!? ルーク!」
「へ、平気です、なんともありません」
「そんなわけ……ああ、血が……」

 平気だと話す口元から血が流れ、殴られた頬がみるみる腫れていく。

「ル、ルーク……」

 暴力には慣れていない。恐怖で身体が震え、涙が溢れてくる。

「本当に大丈夫です。殴られる事なんて、小さい頃からしょっちゅうでしたから」
「そんな……ごめん、なさい、わたくしのせいで……」

 震える指先をルークの頬に伸ばした、その時、バタバタと駆けてくる足音がし、見ると、キラキラと輝く白っぽい髪をなびかせながら男子生徒が駆け寄って来た。そして、レオンハルトの前に立つ。

「あーもー、何やってんだよレオン!」
「……エリザベートが、俺を侮辱した」
「侮辱したって言っても、女の子だよ? 女の子に暴力振るっちゃ駄目だよ。オスカーも黙って見てないで止めろよな」
「……すまない」
「あーあー、君、大丈夫?」
「は、はい」
「リザは?」
「……だい、じょうぶ、です……」
「そっ、良かった。じゃあ君、治療するからちょっと座ってね~」

 呆気にとられているルークを座らせ、いきなり現れたその男子生徒は、腫れているルークの頬に手の平をかざした。

(……ディラン・フローライト、3年生。大神官の息子で、珍しくて貴重な癒しの力を持っている『攻略対象』)

 発光しているかのように見える白に水色や黄色やピンク等の色が混ざった長い髪を眺めながら、そんな事を思い出す。
 
「大丈夫だからね~、すぐ治してあげるから」

 ディランはルークの殴られた頬に手をかざし、そのあたりがポワッと優しい光で輝く。

「……よし、治った。でもまだちょっと痛むかな?」
「い、いえ……ありがとう、ございます」
「いいんだよ~、主君のしでかした事の後始末は、臣下の役目だからね。……リザ!」

 ディランは立ち上がり、ルークからエリザベートへと向きをかえた。

「君が打たれなくて良かったよ。お姫様の顔に傷がついたら大変だからね」

(博愛主義で女性に優しく、来る者拒まず、去る者追わず。軽いが紳士的なその振る舞いに、学園では女生徒のファンがわんさかいる。決め台詞は『お姫様』)

 攻略はできなかったが、ディランルートはプレイした。その時の事を思い出す。

「今回はこの子がガードしてくれたから良かったけど……嫉妬するのも程々にしないと」

(……ああそうだわ、この人は、わたしが嫉妬でルチアに嫌がらせをしたという事を信じていた)

 これは、エリザベート本人の記憶だ。

「……嫉妬など、しておりません。……ディラン様、わたくしの騎士の手当をして下さって、本当にありがとうございました。では、失礼致します」

 胸の痛みを感じながら、エリザベートはルークと共にその場を離れた。
 



 
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