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第三章
次から次へと
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他国の言葉がわかれば都合の良い事がたくさんあると言われレオンハルトと共に学び始めたが、早々に『俺は他にも沢山学ばなければならないから、お前が身に付けろ』と押し付けられた。何か国もの語学を一人で黙々と学ぶのは辛かったが、
「神語を学ぶ時はディランお兄様も一緒で、わたくしは『はい』や『いいえ』くらいしか答えないのに、それでも『お姫さま』と呼んで、話しかけてくださいましたよね。どんなに、ありがたかった事か……」
「リザ……」
目の前にいるのは、主君になる人物の婚約者だ。ずっと仲良くしていたし、妹のように思っていた、ディランが守り、仕えるべき女性だ。
(それなのに俺は、知り合ったばかりのルチアの方を……)
情けなく、自分に腹を立て、『どうして気づいてやれなかった』と思う。そして、『今更こんな事、言える立場じゃない』とも思う。しかし、
「リザ……レオンを、見捨てないでくれないか」
絞り出すように、ディランは言った。
「ディラン様? 仰っている意味が、わからないのですが」
久しぶりに近くなった心が、再び離れるのを感じる。
「わたくしがレオンハルト様を見捨てる? 裏切ったのは、レオンハルト様ですわ」
「ああ、そうだよな、それは解ってる。それが解ったうえでのお願いだ。リザがいてやらないと駄目なんだよ、あいつは」
小さい頃から一緒だった、レオンハルトの性格は良くわかっている。
「王としての資質はある。けど、努力とか地道な事が嫌いだから、意見してやる必要がある。これまではそれをリザがやってくれていたから良かったけれど、今は駄目だ。自分を褒め讃える声しか聞かない」
「そんな事、わたくしに言われても困ります。わたくし、もうレオンハルト様とは関わり合いたくないのです。ディラン様は聞いていないかもしれませんが、婚約破棄を申し出ています。顔も見たくないほど、ほんっっとうに嫌いなのです! もう後は、臣下となる方々でどうにかして下さい」
「いや、そうしたくても、俺の言葉なんて聞いてくれなくて」
「わたくしの言葉だって聞いて下さいませんわ。本当にもう、あの方達とは関わり合いたくないのです」
「その気持ちはわかるけど、王国の為にも」
「ああもう、そんな話聞きたくありません、まっぴらです!」
エリザベートはそう言うと、ディランの腕の中から体を離した。
「もう充分でしょう? パートナーをこれ以上放っておけませんので、失礼致します」
「……わかった。リザと踊れて嬉しかったよ」
名残惜しそうなディランと離れてお辞儀をし、エリザベートは早足で会場の端へ向かった。
(……駄目。あんな言葉、気にしちゃ駄目。もう我慢しない。犠牲にならない。わたしはわたしの為に生きるのよ! 国の為とか、民の為とか、そんなこと言われたって知らないわ!)
そう言い聞かせても、胸がざわつく。
(国の為、民の為……エリザベートはずっとそう言われて我慢し、努力してきた。だからあんな事を言われたら、また我慢しなくてはいけないという気持ちになってしまうだけ。わたしは我慢しないわ、自分の為に生きるの。そうよ、なんで我慢しなくちゃいけないのよ!)
無性に泣きたくなり、思う。
(これはきっと、エリザベートが泣きたくなっているんだわ、元のエリザベートが。小さい頃から我慢して、努力し続けたエリザベートが、自分を犠牲にして大切にしていたものを捨てるのを悲しんでいるの。記憶があっても、実際に長い間辛い思いをして努力し続けたのはわたしじゃないもの。だから、簡単に捨てられるんだわ。わたしが王太子妃、そして王妃になる権利を簡単に捨てられるのは、わたしが努力したわけじゃないからなのよ!)
「エリザベート!」
もう少しでダンスフロアから抜け出す、というところで声をかけられて振り返ると、エドワードが少し驚いたような顔をした。
「あ、っと……ちょっといいかな?」
「……なんでしょうか」
「うん……大丈夫? なんか、辛そうな表情だけど……」
「大丈夫ですわ。ところで、何か御用ですか? ダンスならお断りですけど」
そうきっぱりと言うエリザベートに、エドワードは苦笑した。
「ダンスじゃないよ。僕としては、一曲おつきあい願いたいけれど。……君と話がしたいから、呼んでくるようにと言われてね」
アレキサンドライト王国の第二王子を使いにできる人物なんて、限られている。第一王子か、王妃か、国王か……。
「……わかりましたわ。でもその前に、待たせている人達がいるのでちょっと時間を下さい」
そうして会場を見回すと、ちょうど皆がやって来た。エドワードに挨拶をしてから、エリザベートの方を向く。
「リザ、お疲れ様」
「ありがとう、ヴィヴィ。それで、申し訳ないけど、これからちょっとご挨拶に行かなくちゃならなくて……」
「ごめんね。母上がエリザベートと話したい事があるって言ってさ」
「ではルークさん、次はわたしと踊りましょう。お兄様、いいですよね?」
「……もちろん……」
(いや、オニキス先生、顔が嫌そうなんですけど……でもここは)
「お願いします。なるべく早く戻りますので」
クリスティーナにルークを預け、エドワードの後ろをついて行く。
エドワードはエスコートしようと手を差し出したが、それは遠慮させてもらった。
「エド様に手を引いてもらったりしたら、周りからなんと言われるか」
「そんなの、気にする事ないよ」
「気にしなければいけないのですよ、第二王子殿下」
「まあ……周りは好き勝手言うからね」
そんな会話をしつつ、会場奥の高い場所につくられた王族の席の前へ行き、挨拶をする。
「アレキサンドライト王国の輝く宝石、唯一の太陽である国王陛下に、エリザベート・スピネルがご挨拶申し上げます」
「おお、よく来た。もしかしたら、出席しないかと心配したぞ」
「ご招待いただきましたので……」
この国の王族の特徴である、青緑にも赤紫にも輝いて見える髪と瞳。40代に入ったばかりの威厳に溢れた王に緊張しつつ、頭を下げ続ける。
「顔を上げよ。さあこちらで少し話そうじゃないか」
『話があるのは王妃様では?』
『ごめん、そう言ってたんだけど』
エドワードに目で抗議したが勿論断れるわけはなく、エリザベートは誰もが羨む王族の席に、嫌々ながら参加した。
「神語を学ぶ時はディランお兄様も一緒で、わたくしは『はい』や『いいえ』くらいしか答えないのに、それでも『お姫さま』と呼んで、話しかけてくださいましたよね。どんなに、ありがたかった事か……」
「リザ……」
目の前にいるのは、主君になる人物の婚約者だ。ずっと仲良くしていたし、妹のように思っていた、ディランが守り、仕えるべき女性だ。
(それなのに俺は、知り合ったばかりのルチアの方を……)
情けなく、自分に腹を立て、『どうして気づいてやれなかった』と思う。そして、『今更こんな事、言える立場じゃない』とも思う。しかし、
「リザ……レオンを、見捨てないでくれないか」
絞り出すように、ディランは言った。
「ディラン様? 仰っている意味が、わからないのですが」
久しぶりに近くなった心が、再び離れるのを感じる。
「わたくしがレオンハルト様を見捨てる? 裏切ったのは、レオンハルト様ですわ」
「ああ、そうだよな、それは解ってる。それが解ったうえでのお願いだ。リザがいてやらないと駄目なんだよ、あいつは」
小さい頃から一緒だった、レオンハルトの性格は良くわかっている。
「王としての資質はある。けど、努力とか地道な事が嫌いだから、意見してやる必要がある。これまではそれをリザがやってくれていたから良かったけれど、今は駄目だ。自分を褒め讃える声しか聞かない」
「そんな事、わたくしに言われても困ります。わたくし、もうレオンハルト様とは関わり合いたくないのです。ディラン様は聞いていないかもしれませんが、婚約破棄を申し出ています。顔も見たくないほど、ほんっっとうに嫌いなのです! もう後は、臣下となる方々でどうにかして下さい」
「いや、そうしたくても、俺の言葉なんて聞いてくれなくて」
「わたくしの言葉だって聞いて下さいませんわ。本当にもう、あの方達とは関わり合いたくないのです」
「その気持ちはわかるけど、王国の為にも」
「ああもう、そんな話聞きたくありません、まっぴらです!」
エリザベートはそう言うと、ディランの腕の中から体を離した。
「もう充分でしょう? パートナーをこれ以上放っておけませんので、失礼致します」
「……わかった。リザと踊れて嬉しかったよ」
名残惜しそうなディランと離れてお辞儀をし、エリザベートは早足で会場の端へ向かった。
(……駄目。あんな言葉、気にしちゃ駄目。もう我慢しない。犠牲にならない。わたしはわたしの為に生きるのよ! 国の為とか、民の為とか、そんなこと言われたって知らないわ!)
そう言い聞かせても、胸がざわつく。
(国の為、民の為……エリザベートはずっとそう言われて我慢し、努力してきた。だからあんな事を言われたら、また我慢しなくてはいけないという気持ちになってしまうだけ。わたしは我慢しないわ、自分の為に生きるの。そうよ、なんで我慢しなくちゃいけないのよ!)
無性に泣きたくなり、思う。
(これはきっと、エリザベートが泣きたくなっているんだわ、元のエリザベートが。小さい頃から我慢して、努力し続けたエリザベートが、自分を犠牲にして大切にしていたものを捨てるのを悲しんでいるの。記憶があっても、実際に長い間辛い思いをして努力し続けたのはわたしじゃないもの。だから、簡単に捨てられるんだわ。わたしが王太子妃、そして王妃になる権利を簡単に捨てられるのは、わたしが努力したわけじゃないからなのよ!)
「エリザベート!」
もう少しでダンスフロアから抜け出す、というところで声をかけられて振り返ると、エドワードが少し驚いたような顔をした。
「あ、っと……ちょっといいかな?」
「……なんでしょうか」
「うん……大丈夫? なんか、辛そうな表情だけど……」
「大丈夫ですわ。ところで、何か御用ですか? ダンスならお断りですけど」
そうきっぱりと言うエリザベートに、エドワードは苦笑した。
「ダンスじゃないよ。僕としては、一曲おつきあい願いたいけれど。……君と話がしたいから、呼んでくるようにと言われてね」
アレキサンドライト王国の第二王子を使いにできる人物なんて、限られている。第一王子か、王妃か、国王か……。
「……わかりましたわ。でもその前に、待たせている人達がいるのでちょっと時間を下さい」
そうして会場を見回すと、ちょうど皆がやって来た。エドワードに挨拶をしてから、エリザベートの方を向く。
「リザ、お疲れ様」
「ありがとう、ヴィヴィ。それで、申し訳ないけど、これからちょっとご挨拶に行かなくちゃならなくて……」
「ごめんね。母上がエリザベートと話したい事があるって言ってさ」
「ではルークさん、次はわたしと踊りましょう。お兄様、いいですよね?」
「……もちろん……」
(いや、オニキス先生、顔が嫌そうなんですけど……でもここは)
「お願いします。なるべく早く戻りますので」
クリスティーナにルークを預け、エドワードの後ろをついて行く。
エドワードはエスコートしようと手を差し出したが、それは遠慮させてもらった。
「エド様に手を引いてもらったりしたら、周りからなんと言われるか」
「そんなの、気にする事ないよ」
「気にしなければいけないのですよ、第二王子殿下」
「まあ……周りは好き勝手言うからね」
そんな会話をしつつ、会場奥の高い場所につくられた王族の席の前へ行き、挨拶をする。
「アレキサンドライト王国の輝く宝石、唯一の太陽である国王陛下に、エリザベート・スピネルがご挨拶申し上げます」
「おお、よく来た。もしかしたら、出席しないかと心配したぞ」
「ご招待いただきましたので……」
この国の王族の特徴である、青緑にも赤紫にも輝いて見える髪と瞳。40代に入ったばかりの威厳に溢れた王に緊張しつつ、頭を下げ続ける。
「顔を上げよ。さあこちらで少し話そうじゃないか」
『話があるのは王妃様では?』
『ごめん、そう言ってたんだけど』
エドワードに目で抗議したが勿論断れるわけはなく、エリザベートは誰もが羨む王族の席に、嫌々ながら参加した。
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