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第三章
ディラン・フローライト
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これまでのドレスは、中に枠を仕込んでパニエを重ねて膨らませているので、クルクルまわっても形はそのままだ。しかしエリザベートのドレスは、ステップに合わせてヒラヒラと、ターンに合わせてブワッとスカートが舞うので、多くの人がその動きの美しさに目を奪われた。
(注目を浴びたいわけじゃなかったけれど、称賛されるのは気持ちいいものね)
緊張していたわりに、ルークのダンスのリードはうまかった。必死に練習したかいがあるというものである。
ルークのリードで気持ち良く踊り終えると、大きな拍手が自分達に向けられているのを感じ、気を良くしたエリザベートはもう一曲踊ろうとしていたのだが、
「お姫様、次は俺と踊ってくれるかな?」
突然声をかけられて振り返ると、そこには、白の中に水色やピンク、黄色等、色々な色がキラキラ光る長髪の男性が立っていた。
白地に金糸で刺繍をし、パールや水晶など白色や薄い色の宝石で装飾したローブを纏っていて、なんだか彼自体がうっすらと発光しているかのように感じられる。
「……ディラン様……」
ディラン・フローライト。大神官の息子にして、珍しく貴重な癒しの力を持つ。博愛主義で女性に優しく、彼にかかれば女性は全て『お姫様』だ。来る者拒まず、去る者追わず、軽いが紳士的なその振る舞いに、学園には彼のファンがわんさかいる。
「わざわざわたくしと踊らなくても、ディラン様と踊りたい女性は沢山いらっしゃるでしょうに」
「んー、まあ、そうなんだけど……俺が今一緒に踊りたいのは君なんだよ、リザ」
「まあ嬉しい。でもわたくしのパートナーを一人にはできませんので、お断りしますわ」
ディランとは神語を一緒に学んで、仲は良い方だった。しかし今はルチアの取り巻きの一人である。関わり合いたくないと、エリザベートは断ったのだが、
「そんな事言わないでさ」
ルークを押しのけ、強引に手を取ってしまう。
(もおっ! こんな場所でルークを一人にしたくないのに!)
しかしここまでされてるのに拒否するのは、相手に恥をかかせる事になる。
(大神官の息子に、それは駄目ね。仕方がない)
「ルーク、一曲だけ待ってて」
「はい」
耳をペタンと倒しながら頷くルークに心が痛むが、
「ルーク、僕ちょっと挨拶しなきゃいけない人達がいるから、ヴィヴィちゃんと踊ってくれる?」
スッと近づいてきたリアムがそう言い、ヴィクトリアをルークに預ける。
(ありがたいわ! お願いします!)
心の中でそう感謝の言葉を述べ、エリザベートはディランに向き合った。
「……何か、わたくしに言いたい事でも?」
「えー? 久しぶりにリザと踊りたかっただけだよ。小さい頃は、よく踊ったじゃない」
「そんな言葉を信じるとでも? ディラン様のお姫様は、今は決まっているのでしょう?」
「えー? うーん……そう言われると、困るんだけど……」
苦笑しながらも、ディランはエリザベートの手を握り、もう一方の手は腰に添え、滑るようにステップを踏み始めた。
「俺、今ちょっと反省してるんだよね。ここ最近の俺の態度は、リザにすごく失礼だったなって。君とは幼い頃からの仲なのに」
「あら、それはありがとうございます。でも反省しているのであれば、もうわたくしには係わらず、そっとしておいていただきたいですわ」
「そんなーぁ。冷たいなぁ、リザは。小さい頃は俺の事『ディランお兄さま』って呼んで一緒に遊んでいたのに、今じゃすっかり他人行儀でさ。神語の勉強を一緒にしている時も距離を置かれてるなって感じて、俺、寂しかったんだけど」
身体を離しクルリとターンしてから、また密着したところで、エリザベートが言う。
「王太子殿下の婚約者になり、妃教育が始まってから、レオンハルト様以外の男性と仲良くしてはいけないと言われたので」
「えっ?」
「必要な事以外、極力会話をしないように。笑顔を見せる事も殿下に対して不誠実な行為だと思うように、と言われました」
「そうなの? 厳しすぎない?」
「厳しいとか厳しくないとか、そういうことではなく、それが王太子の婚約者に求められる事だと言われたのでそうするしかなかったのです」
エリザベートは、真面目だった。
「今なら文句も言えるでしょうが、幼かったので、教育係の言う事は全て正しいと信じて疑問も持たずに実行しました。同性のお友達とも仲良くし過ぎないようにとか、妃教育の事を他人に話してはいけないと言われたので、辛くても誰にも相談できませんでした。両親ともあまり仲が良くなかったので『順調か』と聞かれたら『はい、ご心配なく』とだけ答えておりましたし」
「そうか……でもさぁ、やりすぎだったんじゃない? なんだか、レオンに対してもツンケンしてたような……」
「婚約者なのだから、レオンハルト様が正しい行いをするように意見しなければならないと言われました。もっと勉強しろだとか、王太子らしい振る舞いをしろだとか、従者や教育係がレオンハルト様に言いたい事をわたくしに言わせるようになり、その結果、口うるさいとレオンハルト様に煙たがられるようになりました」
「あー……」
『なるほど』と苦笑するディランに、エリザベートは話を続けた。
「今にして思えば、それも計画のうちだったのかもしれませんわ。レオンハルト様がわたくしの事をあまり好きにならないようにと」
「どうして? 仲がいい方が良いでしょ」
「仲が良すぎては、レオンハルト様はわたくしの希望を叶えてくださろうとするでしょう? それが、彼らにとって都合の悪い事だとしても」
「うん?」
「たとえば、わたくしの父であるスピネル公爵が今よりも重用され、国政に対して今以上に大きな影響を与えるようになるとか、側妃を持つのを嫌がるだとか」
「ああ、なるほどね。あり得る話だ。年寄り達はいつも、俺達を自分の思い通りにしようとするから。……はぁ……ごめん、君の事を誤解して、放置して助けなかった」
「構いませんわ。結局はわたくしが招いた事ですもの。それにわたくしがそんな態度をとっているのに、変わらず『お姫様』と呼んで下さったではありませんか、ディランお兄様」
エリザベートは、小さく笑ってみせた。
(注目を浴びたいわけじゃなかったけれど、称賛されるのは気持ちいいものね)
緊張していたわりに、ルークのダンスのリードはうまかった。必死に練習したかいがあるというものである。
ルークのリードで気持ち良く踊り終えると、大きな拍手が自分達に向けられているのを感じ、気を良くしたエリザベートはもう一曲踊ろうとしていたのだが、
「お姫様、次は俺と踊ってくれるかな?」
突然声をかけられて振り返ると、そこには、白の中に水色やピンク、黄色等、色々な色がキラキラ光る長髪の男性が立っていた。
白地に金糸で刺繍をし、パールや水晶など白色や薄い色の宝石で装飾したローブを纏っていて、なんだか彼自体がうっすらと発光しているかのように感じられる。
「……ディラン様……」
ディラン・フローライト。大神官の息子にして、珍しく貴重な癒しの力を持つ。博愛主義で女性に優しく、彼にかかれば女性は全て『お姫様』だ。来る者拒まず、去る者追わず、軽いが紳士的なその振る舞いに、学園には彼のファンがわんさかいる。
「わざわざわたくしと踊らなくても、ディラン様と踊りたい女性は沢山いらっしゃるでしょうに」
「んー、まあ、そうなんだけど……俺が今一緒に踊りたいのは君なんだよ、リザ」
「まあ嬉しい。でもわたくしのパートナーを一人にはできませんので、お断りしますわ」
ディランとは神語を一緒に学んで、仲は良い方だった。しかし今はルチアの取り巻きの一人である。関わり合いたくないと、エリザベートは断ったのだが、
「そんな事言わないでさ」
ルークを押しのけ、強引に手を取ってしまう。
(もおっ! こんな場所でルークを一人にしたくないのに!)
しかしここまでされてるのに拒否するのは、相手に恥をかかせる事になる。
(大神官の息子に、それは駄目ね。仕方がない)
「ルーク、一曲だけ待ってて」
「はい」
耳をペタンと倒しながら頷くルークに心が痛むが、
「ルーク、僕ちょっと挨拶しなきゃいけない人達がいるから、ヴィヴィちゃんと踊ってくれる?」
スッと近づいてきたリアムがそう言い、ヴィクトリアをルークに預ける。
(ありがたいわ! お願いします!)
心の中でそう感謝の言葉を述べ、エリザベートはディランに向き合った。
「……何か、わたくしに言いたい事でも?」
「えー? 久しぶりにリザと踊りたかっただけだよ。小さい頃は、よく踊ったじゃない」
「そんな言葉を信じるとでも? ディラン様のお姫様は、今は決まっているのでしょう?」
「えー? うーん……そう言われると、困るんだけど……」
苦笑しながらも、ディランはエリザベートの手を握り、もう一方の手は腰に添え、滑るようにステップを踏み始めた。
「俺、今ちょっと反省してるんだよね。ここ最近の俺の態度は、リザにすごく失礼だったなって。君とは幼い頃からの仲なのに」
「あら、それはありがとうございます。でも反省しているのであれば、もうわたくしには係わらず、そっとしておいていただきたいですわ」
「そんなーぁ。冷たいなぁ、リザは。小さい頃は俺の事『ディランお兄さま』って呼んで一緒に遊んでいたのに、今じゃすっかり他人行儀でさ。神語の勉強を一緒にしている時も距離を置かれてるなって感じて、俺、寂しかったんだけど」
身体を離しクルリとターンしてから、また密着したところで、エリザベートが言う。
「王太子殿下の婚約者になり、妃教育が始まってから、レオンハルト様以外の男性と仲良くしてはいけないと言われたので」
「えっ?」
「必要な事以外、極力会話をしないように。笑顔を見せる事も殿下に対して不誠実な行為だと思うように、と言われました」
「そうなの? 厳しすぎない?」
「厳しいとか厳しくないとか、そういうことではなく、それが王太子の婚約者に求められる事だと言われたのでそうするしかなかったのです」
エリザベートは、真面目だった。
「今なら文句も言えるでしょうが、幼かったので、教育係の言う事は全て正しいと信じて疑問も持たずに実行しました。同性のお友達とも仲良くし過ぎないようにとか、妃教育の事を他人に話してはいけないと言われたので、辛くても誰にも相談できませんでした。両親ともあまり仲が良くなかったので『順調か』と聞かれたら『はい、ご心配なく』とだけ答えておりましたし」
「そうか……でもさぁ、やりすぎだったんじゃない? なんだか、レオンに対してもツンケンしてたような……」
「婚約者なのだから、レオンハルト様が正しい行いをするように意見しなければならないと言われました。もっと勉強しろだとか、王太子らしい振る舞いをしろだとか、従者や教育係がレオンハルト様に言いたい事をわたくしに言わせるようになり、その結果、口うるさいとレオンハルト様に煙たがられるようになりました」
「あー……」
『なるほど』と苦笑するディランに、エリザベートは話を続けた。
「今にして思えば、それも計画のうちだったのかもしれませんわ。レオンハルト様がわたくしの事をあまり好きにならないようにと」
「どうして? 仲がいい方が良いでしょ」
「仲が良すぎては、レオンハルト様はわたくしの希望を叶えてくださろうとするでしょう? それが、彼らにとって都合の悪い事だとしても」
「うん?」
「たとえば、わたくしの父であるスピネル公爵が今よりも重用され、国政に対して今以上に大きな影響を与えるようになるとか、側妃を持つのを嫌がるだとか」
「ああ、なるほどね。あり得る話だ。年寄り達はいつも、俺達を自分の思い通りにしようとするから。……はぁ……ごめん、君の事を誤解して、放置して助けなかった」
「構いませんわ。結局はわたくしが招いた事ですもの。それにわたくしがそんな態度をとっているのに、変わらず『お姫様』と呼んで下さったではありませんか、ディランお兄様」
エリザベートは、小さく笑ってみせた。
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