悪役令嬢の無念はわたしが晴らします

カナリア55

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第三章

最高の衣装

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 その日、公爵家の一画は、朝から活気に満ちていた。

「エリザベート様のご入浴、もうすぐ終わります!」
「マッサージの準備できています!」
「メイク用品の準備も整っております!」
「小物類、揃っております」
「あのぉ……衣装、まだです……」

 その言葉に、部屋がシーンと静まりかえり……、

「ええっ?」

 アメリアが声を上げると、いっきに騒がしくなった。 

「衣装がまだってどういう事? 昨日、ちゃんとあったわよね?」
「それが……先ほどマダム・ポッピンが、手直ししたいと持っていってしまって……」
「なんですって!? まだ時間はあるけど……ちょっとわたし、様子を見て来ますから、エリザベート様の準備の方、お願いしますね!」

 王太子レオンハルトの成年パーティーまで、まだ5時間以上あるが、時間はいくらあっても足りないと感じるアメリアが、パタパタと屋敷内を走る。

「マダム・ポッピン! 衣裳を持って行ったと聞きましたが、どう……」

 公爵家のお針子部屋の扉を開けたアメリアは、中の光景に思わず額に手のひらをあてた。

「もおっ! 何やってるんですか、みんなで寄って集って」
「アメリアごめん、もう少しだけ」

 マダム・ポッピンとお針子達が、必死の形相で針を動かしている。

「刺繍をもう少し増やしたいのよ。あと一時間だけ! ねっ! エリザベート様は今入浴中でしょ?」
「おそらくマッサージ中です」
「でも、メイクとヘアセットがあるでしょう? ちゃんと間に合わせるから」

 二ヶ月近く公爵邸で一緒に生活してきたマダム・ポッピンが、完璧主義で凝り性ということは良く分かっている。

「わかりました。でも、あまり時間がありませんから、本当にお願いしますよ。ではわたしはエリザベート様の所に戻りますね」
「了解! できたらすぐ持っていくから」

 そう答えて、マダム・ポッピンは刺繍を続けた。

 気品あふれる立ち居振る舞いと金払いの良さから、上位貴族のお嬢様だと予想はしていたけれど、スピネル公爵家のエリザベートだと知った時は、本当に驚いた。
 公爵令嬢が自分のドレスを着てくれるという事も驚きだったし、そもそも、

「スピネル公爵令嬢は、リュートゲールブティックでしかドレスを作らないのではなかったですか?」

 エリザベートの名を知った時そう尋ねると、エリザベートは笑いながら『これまではね』と答えた。

「あそこは王家の衣装係と関係があって、王太子殿下がどんな色の衣装を用意したか知る事ができたから、それと合ったものを作ってもらうためにお願いしていたの。でももうその必要はなくなったし、言ってはいけない事を言ったから、今後二度とあそこでは作らないと決めたのよ」

 エリザベートの言葉の後に、アメリアが小声で『獣人には服を作らないと仰ったのですよ』と補足し、なるほど、と納得した。
 
(お嬢様は、ルークくんの事をとっても気にかけているものね。よしっ! ここは絶対、依頼して良かったと思ってもらえるように頑張らなくっちゃ!)

 そうしてそれから今日まで公爵家に滞在し、エリザベートと何度も意見を交わし、公爵家のお針子達にも手伝ってもらい、夢中で衣装を作った。

(素材も、デザインも、これまでアレキサンドライト王国にはなかった全く新しい物ができた。社交界に受け入れてもらえるかどうか不安だったけど、エリザベート様が『わたくしが気に入ったんだから、それでいいのよ』と言ってくれたから、思いっきり作る事ができた。わたしの最高傑作品よ!)

「……今朝になって、もう少し刺繍を増やしたい、って言われた時は首を絞めたくなりましたけど、マダム・ポッピンの言う通り、増やして正解でしたね」
「ひどいっ! 首絞めようとしたの?」
「私は後ろから頭を叩いて気絶させようかと思いましたよ」
「ヒィッ!」
「もー、マダム・ポッピンの拘りには、散々泣かされましたよ。でも、楽しかったですよね」
「そうよね。いつもは取れたボタンを付けるだとか、ほつれや破れを直すとかばっかりだったからね」
「小さい頃、仕立て屋になりたいと思っていた事を思い出しました」

 連日の寝不足で目をショボショボさせながらも、お針子達は楽しそうに話す。

「本当に、あなた達のおかげよ。……よし! 完成!」

 できた衣装を届け、マダム・ポッピンとお針子達は支度ができるまでのしばしの間、仮眠をとる事にした。
 目の奥が痛く、肩は凝り固まり、指先もボロボロだったが、これまで味わった事がないほどの達成感を感じていた。



 そして数時間後、いよいよ、完璧に着飾ったエリザベートとルーク、二人の姿を見た。

「仮縫いの時とか、途中で何度か着たけれど……完成品は全然違うわね。素晴らしいわ」

 ニッコリ笑うエリザベートが身に着けているのは、青いシルクで作られたノースリーブのドレスだ。シンプルで流れるような美しいライン。ゴーディ商会で見たドレスはマーメイドスタイルだったが、ダンスの踊りやすさと『身体のラインが全部はっきり見えるのは自分には早すぎる』とエリザベートが言い、フレアータイプにした。現在流行の中にワイヤーで作った型枠を入れ、パニエを重ねてパンパンに膨らませたスカートと比べると、かなり自然な美しさがある。
 胸元とスカートの裾には金糸で花と蔓の意匠が刺繍され、惜しむことなく手間をかけた事がわかる。
 繊細なレースにパールを散りばめて作った純白のケープを羽織る事で露出を抑え、品も良い。
 赤い縦ロールの髪は結い上げているので、真っ赤なスピネルで作った豪華な首飾りとイヤリングがしっかり見える。
 一方ルークの方は、公爵家の騎士団の制服を参考に作られた白い制服だ。
 襟や袖口、前身頃にはドレスと同じ、金糸で刺繍がされた青のシルクが使われている。
 左肩から前身頃にかけて付けられる金糸の飾り紐は、通常の制服の倍くらい取りつけられているし、ボタン止めの装飾も通常より幅を狭めてずらりと並べてあり華やかだ。
 首元中央に飾られた大きなスピネルのブローチは、土台を金細工で作られた高級品だ。

「きつい所とか、動かしにくい所はないですか?」
「わたくしは大丈夫」
「私も、大丈夫です」
「そうですか。……うん、いいみたいですね。流行りのものではありませんが、唯一無二の、わたしの最高傑作です」

 満足気に、マダム・ポッピンは息を吐いた。


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