悪役令嬢の無念はわたしが晴らします

カナリア55

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第三章

シルク 2

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 男性抜きでエリザベートの採寸を終え、ルークの番となったところでゴーディも部屋に入り、話をすることになった。
 ゴーディがエリザベートに聞きたい事。それは、今後シルクが流行するかどうか、という事だった。

「実は以前から、取引をしている他国の商会の者にシルクを買って欲しいと打診を受け、断っていたのですよ。私は奴隷商で、まあ、多少は装飾品や香水やドレス等、うちのお客様が欲しいと思われそうな物を扱ってはいるのですが、シルクは需要があるかわからないうえに高額ですから」
「なるほど……マダム・ポッピンは、どこでその布を?」

 声をかけると、ルークの胸囲を測っていたマダム・ポッピンが小走りにやって来た。

「年に一度ある布市です。ここから馬車で三日ほどの町で毎年開催されるんです。そこは綿花の産地で質のいい木綿生地が作られているんですよ。港町だから各国からの布が沢山集まってくるし。で、そこで見つけまして。もー、運命の出会いだと思って買占めたんです。まあ、ドレス5、6着分くらいの量でそれほど多くないんですけど、なんせ高いんで。商業ギルドからお金を借りてまで買ったんですが……」
「売れなかった、と」
「ええ……もう、大変です。借家ももう、追い出されそうで……」

 かなり追い詰められた状態らしい。

(強引に乗り込んでくるわけね。彼女にはドレス作りに集中してもらわなきゃいけないから……)

「とりあえず前金を渡すから、家賃をちゃんと払ってね」
「えっ! いいんですか? ありがとうございますお嬢様! 最高の物を作りますね!」

 満面の笑顔で採寸に戻るマダム・ポッピン。

「彼女、腕はいいのですが、こだわりが強くて奇抜なデザインの物を作りたがるので、なかなかオーダーメイドの注文はもらえないんですよ。しかしそのおかげで、シルクというこれまでにない生地でドレスを作り上げる事ができたのでしょうね。あの生地を使って、ただただこれまでと同じデザインのドレスを作ろうと思っても、うまくはいかなかったでしょうから」
「そうね、その通りですわ。シルクと彼女の作るドレスは、これから物凄く流行するでしょう」
「……そう、思われますか」
「ええ。あの輝きを見て下さい。肌触りも最高。今回ドレスを依頼したのにキャンセルした依頼主も、虫由来の生地という事に嫌悪しただけでしょう?」
「はい、その通りです。ドレスを作ってもらった奥様の方は気にしないと言ったのですが、ご主人の方がご立腹されまして」
「虫嫌いだったのね。まあ、虫であろうとなんだろうと、綺麗で素敵なものに女性は夢中になるわ。万人に受けるとは言えないけれど、かなりの需要は見込めると思います」
「そうですか……」
「更に言えば、わたくしが王太子殿下のパーティーでお披露目する前に契約を結ぶべきです」
「……ありがとうございます。お嬢様のお言葉を聞き、決心がつきました」
 
 にっこりと笑い、ゴーディは頭を下げた。

「では、早速準備を進めたいので、申し訳ございませんが失礼させていただきます。お茶を用意させますので、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう」

 ルークの方はどうなったか見ると、採寸は終わり、マダム・ポッピンは既にあれこれ案を練っているようだった。

「二人に似合うように、っていうと……やっぱり青かしらね。コート、ウエストコート、ブリーチズだから……ウエストコートをシルクで作って……ジャボと袖口から出すレースをお嬢様のドレスと同じものを使いましょう、最高級の物をたっぷりと……」
「あ、あのっ! レースはあまり……剣を使うのに邪魔になるから」
「あら、パーティーでは帯剣できないのよ?」
「でも私は護衛ですから、動きやすいような……」
「護衛って……あなたまだ子供じゃない」
「違いますっ! 僕はちゃんと護衛騎士と認められています!」
「ええ? 本当に? んー、どうせなら背の高い大人の騎士の方がお嬢様と似合う衣装が作れるんだけどなぁ……」
「そんなっ!」
「……これでも、かなり成長したんですけどねぇ……しかたないわよ、ルーク」
「アメリアさんまで……」
「ちょっと! それくらいにしてあげて」

 苦笑しながら、エリザベートは三人の元に行った。

「ルークは立派なわたくしの護衛騎士よ」

 そう言いながら、涙目になっているルークの頭を撫でる。

「申し訳ございません、お嬢様。でも、この子には可愛らしさを生かす衣装の方が似合うと思うんですよ。お美しく気品に満ち溢れたお嬢様には、大人っぽいデザインの方が似合いますし、バランスをどうとるか迷うところでして……」
「そうねぇ……そういえば、作ってくれる仕立て屋が見つからない、と困っていた時に、式典用の騎士団の制服で間に合わせようかとも思ったのよ。騎士の制服を特別仕様で作る、なんてどうかしら?」
「うーん、制服かぁ……形が決まっちゃっててあまり面白くないんだけどなぁ……ああっ! 申し訳ございませんっ! ついうっかり! はいっ、それで検討してみます。わたくしめは、お嬢様のドレスに全力を注がせてもらえればそれで、はい」

 無意識のうちに本音を口にしてしまい慌てているマダム・ポッピン。そういうところが、なかなか注文をもらえない原因なのかもしれないが、エリザベート的には、職人肌で好感がもてる人物だ。

「わたくしのドレスはもちろん期待しているけれど、ルークの服も是非、マダム・ポッピンの技術を存分に生かしてほしいのよ。制服を元にすると言っても、パーティー用だから華やかさが必要だわ。例えば、飾り紐を大量に付けるとか」
「飾り紐を、大量に?」
「そう。ほら、肩から胸にかけて飾りの紐をつけているじゃない。あれを」
「っっ!! 素敵なアイディアです! 少々お待ち下さいませ」

 そう言うとマダム・ポッピンはカバンの中からデッサン帳を出してきて、物凄い勢いでデザインを描き始めた。

「お嬢様が言った飾り紐を肩から胸に流して留めるとは、この事で?」
「そうそう! ルークの髪色に合わせて、金糸の飾り紐がいいわね。あ、金のチェーンでもいいわね、宝石を入れて」
「ええっ? 金と宝石ですか?」
「そういうのも素敵かと思って。ああでも、チェーン付きのブローチを付けた方がいいかしら。カフスも揃いで作って……」
「では、白地で作って袖の折り返し部分を広くとって、そこをお嬢様のドレスと同じ生地を使って揃えましょう。そして、刺繍もたくさん入れたいですね。ああどうしましょう、やりたい事が多すぎて、ふた月で間に合うか……いや、絶対間に合わせますけど! お嬢様! しばらくの間、お嬢様の元で作業させてもらえませんか? すぐに相談出来た方がいいので」
「わたくしの所? それはいいけれど……マダムは大丈夫なの? 店を空ける事になるでしょう?」
「わたしは大丈夫です。店と言っても住まい兼作業場、という感じですし、今依頼されている仕事はありません。依頼者もほとんどいなくて、ここに服を卸させてもらってどうにか生活している感じですから」
「そう……なかなか大変なのね。じゃあ、いいわよ。わたくしの客人として公爵家に迎えましょう」
「え……」
「? 何か? 公爵家に滞在したいという意味じゃなかったの?」
「あ、いえ、そうなのですが……公爵家って……あのぅ、もしかしてお嬢様は……」
「ああ! そういえば自己紹介がまだだったわね。わたくしはエリザベート・スピネル。スピネル公爵家の者よ」
「…………」

 しばしの沈黙の後、

「ひーっっ!」

 室内に、マダム・ポッピンの絶叫が響いた。


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