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第二章
たとえ彼女が兄の婚約者であっても
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リアムがヴィクトリアと出会ったのは8歳の頃。彼女の9歳の誕生パーティーでだった。
宝石のようにキラキラ輝く紫の瞳と、クルクルの髪。真っ白なドレス姿のヴィクトリアを見たリアムは『妖精だ!』と思った。
自分が可愛いという事がわかっているような言動や、ちょっと我が儘なところも、絵本で読んだ妖精のようで可愛いと思った。
「今回のパーティーは、ヴィクトリア嬢の婿探しのようだぞ」
数日前、父と母が話しているのを耳にしたリアムは『こんな早くから結婚相手? げーっ!』などと思っていたのだが、ヴィクトリアの可憐さに一目ぼれ状態だった。
(あの子とだったら結婚したい! あんな可愛い子、他にいないもん!)
しかし、婚約の打診をされたのは、兄のオリバーだった。
「オリバーは我が伯爵家の次期当主と考えていたが、相手は侯爵家。縁を結ぶのは願ってもない事だ」
「そうですわね。幸いリアムがおりますから、カーネリアンの名はリアムが継いでくれれば」
父と母は大喜びし、オリバーも『父上の仰る通りに』とあっさり承諾した。
(……我が儘そうで好きじゃないって言ってたくせに!)
ヴィクトリアの事をそれほど気に入っていなさそうだった兄が婚約者になるだなんて、リアムは悔しくてしょうがなかった。
ヴィクトリアが断ってくれたら、と願ったが、そもそもヴィクトリアがオリバーを気に入ったと聞き、更に悔しくなった。
それから、婚約者としてヴィクトリアが屋敷を訪れる度、リアムはその場にちょくちょく顔を出し、彼女と仲良くなっていった。
『将来、義弟になるんだからいいでしょう』と、無邪気で無害な可愛い男の子を演じ続けてきたのだ。
(兄上がヴィヴィちゃんを大切にするならそれでいいけど、もし大切にしないのなら、僕がもらうって言ってやろうと思ってた。……まあ、そんな事言える立場じゃないって事は、わりと早く悟ったけど……)
ヴィクトリアは、同じ年ごろの男の子達と比べて背が高く、剣の技術も高いオリバーに恋をしていた。
オリバーの前では、我が儘を言わず大人しくし、言われた事には素直に従う可愛らしい女の子を演じていた。
(そんな健気なところも可愛いな……)
ずっとずっと、リアムはヴィクトリアに片思いし続けてきたのだった。
そして現在……。
「……それは、本当ですか?」
「本当だ。こんな事、冗談で言う訳ないだろう」
大きなため息を付く父親と、信じられないような表情の兄を、リアムは交互に見た。
「これが、アメジスタ侯爵家から届いた婚約破棄書類だ。自分の目で確認するがいい」
オリバーが受け取り内容を確認する。
「まったく……なんて事をしてくれたんだ」
「私は何も」
「何が何もよ。貴方、ヴィクトリア嬢にとんでもなく失礼な事をしたのよ? ああもう、恥ずかしくて顔向けできないわ」
母親が嘆き、天を仰ぐ。
「いきなり婚約破棄だなんて、納得できません。ヴィクトリアと直接話をして確かめます」
「それは無理だ。侯爵より、お前とヴィクトリア嬢はもう会わせないと言われている。学園でも、話しかけないように」
「そんな! 父上はそれをそのまま受け入れたのですか?」
「受け入れざるを得ないだろう!」
苛立ちを隠さず、カーネリアン伯爵は声を荒げた。
「オリバー! ヴィクトリア嬢という婚約者がありながら、ルチアとかいうローズ男爵家の庶子に懸想しているそうだな」
「なっ……そのような事、真実ではありません。ルチア嬢は素晴らしい女性ですが、あくまでもただの友人で……お前か、リアム。そんなデタラメを言ったのは」
「はっ? いえ!」
突然振られ、リアムは慌てて否定した。
「そんな事、僕は言ってません!」
「では誰がそんな事を」
「アメジスタ侯爵から言われたのだ」
苦虫を噛み潰したような顔でカーネリアン伯爵は言った。
「ヴィクトリア嬢が、スピネル公爵令嬢の名を騙ってルチア嬢に嫌がらせをしたそうじゃないか。そしてお前はそれを鵜呑みにし、スピネル公爵令嬢に抗議したそうだな。まったく……なんて事だ。我が家門を潰す気か? 幸い、公爵令嬢が不問にして下さったおかげで助かったが……」
「あなたその後、ヴィクトリア嬢とスピネル公爵令嬢にきちんと謝罪したの? していないのでしょう?」
「それは……ですが、スピネル公爵令嬢はともかく、ヴィクトリアに謝罪する必要など無いでしょう。酷い事をしたのはヴィクトリアなのですから」
「その原因をつくったのはオリバーでしょう? 乙女心を傷つけ、裏切ったのだから」
「私は決して彼女を裏切るような行為はしていません!」
「婚約者に不安で不快な思いをさせた時点で、貴方は間違った事をしているのよ」
伯爵夫人がピシャリと言う。
「リアムがフォローしてくれていたから良かったものの……そうでなかったらと思うと、ゾッとするわ」
「……リアムが?」
「…………」
オリバーに鋭い視線を向けられ、リアムは思わす目を逸らした。
(ええ……なんだよぉ……ヴィヴィちゃんとエリザベート様に謝らない兄上が悪いのに、なんでそれをフォローした僕を睨むわけ?)
2歳離れた兄にはすべてにおいて敵わなく、剣の稽古をすればいつもコテンパンにやられているので、正直怖くて苦手な存在だ。
(それにしても、ヴィヴィちゃん、とうとう兄上との婚約を解消する事にしたんだ……うん、その方がいいよ。だって兄上は、ヴィヴィちゃんの事、全然大切にしていなかったもの。ヴィヴィちゃん、兄上の事大好きだったから、最初のうちは悲しいだろうけど、これからの幸せを考えたら絶対その方がいい。それに、これってチャンスじゃないか? これから頑張れば、僕にだってチャンスが……って、婚約破棄した相手の弟なんて、真っ先に候補から外されるよな。……イヤ、でもずっとそばにいてアピールし続ければ……)
「リアム」
「は、はいっ!」
考えこんでいたところで名を呼ばれ、リアムは慌てて父親を見た。
「はい、父上」
「お前が良ければ、ヴィクトリア嬢と婚約するのはどうかと打診を受けているのだが……どうする?」
「……は?」
リアムは口をぽかんと開け、父親を見つめた。
宝石のようにキラキラ輝く紫の瞳と、クルクルの髪。真っ白なドレス姿のヴィクトリアを見たリアムは『妖精だ!』と思った。
自分が可愛いという事がわかっているような言動や、ちょっと我が儘なところも、絵本で読んだ妖精のようで可愛いと思った。
「今回のパーティーは、ヴィクトリア嬢の婿探しのようだぞ」
数日前、父と母が話しているのを耳にしたリアムは『こんな早くから結婚相手? げーっ!』などと思っていたのだが、ヴィクトリアの可憐さに一目ぼれ状態だった。
(あの子とだったら結婚したい! あんな可愛い子、他にいないもん!)
しかし、婚約の打診をされたのは、兄のオリバーだった。
「オリバーは我が伯爵家の次期当主と考えていたが、相手は侯爵家。縁を結ぶのは願ってもない事だ」
「そうですわね。幸いリアムがおりますから、カーネリアンの名はリアムが継いでくれれば」
父と母は大喜びし、オリバーも『父上の仰る通りに』とあっさり承諾した。
(……我が儘そうで好きじゃないって言ってたくせに!)
ヴィクトリアの事をそれほど気に入っていなさそうだった兄が婚約者になるだなんて、リアムは悔しくてしょうがなかった。
ヴィクトリアが断ってくれたら、と願ったが、そもそもヴィクトリアがオリバーを気に入ったと聞き、更に悔しくなった。
それから、婚約者としてヴィクトリアが屋敷を訪れる度、リアムはその場にちょくちょく顔を出し、彼女と仲良くなっていった。
『将来、義弟になるんだからいいでしょう』と、無邪気で無害な可愛い男の子を演じ続けてきたのだ。
(兄上がヴィヴィちゃんを大切にするならそれでいいけど、もし大切にしないのなら、僕がもらうって言ってやろうと思ってた。……まあ、そんな事言える立場じゃないって事は、わりと早く悟ったけど……)
ヴィクトリアは、同じ年ごろの男の子達と比べて背が高く、剣の技術も高いオリバーに恋をしていた。
オリバーの前では、我が儘を言わず大人しくし、言われた事には素直に従う可愛らしい女の子を演じていた。
(そんな健気なところも可愛いな……)
ずっとずっと、リアムはヴィクトリアに片思いし続けてきたのだった。
そして現在……。
「……それは、本当ですか?」
「本当だ。こんな事、冗談で言う訳ないだろう」
大きなため息を付く父親と、信じられないような表情の兄を、リアムは交互に見た。
「これが、アメジスタ侯爵家から届いた婚約破棄書類だ。自分の目で確認するがいい」
オリバーが受け取り内容を確認する。
「まったく……なんて事をしてくれたんだ」
「私は何も」
「何が何もよ。貴方、ヴィクトリア嬢にとんでもなく失礼な事をしたのよ? ああもう、恥ずかしくて顔向けできないわ」
母親が嘆き、天を仰ぐ。
「いきなり婚約破棄だなんて、納得できません。ヴィクトリアと直接話をして確かめます」
「それは無理だ。侯爵より、お前とヴィクトリア嬢はもう会わせないと言われている。学園でも、話しかけないように」
「そんな! 父上はそれをそのまま受け入れたのですか?」
「受け入れざるを得ないだろう!」
苛立ちを隠さず、カーネリアン伯爵は声を荒げた。
「オリバー! ヴィクトリア嬢という婚約者がありながら、ルチアとかいうローズ男爵家の庶子に懸想しているそうだな」
「なっ……そのような事、真実ではありません。ルチア嬢は素晴らしい女性ですが、あくまでもただの友人で……お前か、リアム。そんなデタラメを言ったのは」
「はっ? いえ!」
突然振られ、リアムは慌てて否定した。
「そんな事、僕は言ってません!」
「では誰がそんな事を」
「アメジスタ侯爵から言われたのだ」
苦虫を噛み潰したような顔でカーネリアン伯爵は言った。
「ヴィクトリア嬢が、スピネル公爵令嬢の名を騙ってルチア嬢に嫌がらせをしたそうじゃないか。そしてお前はそれを鵜呑みにし、スピネル公爵令嬢に抗議したそうだな。まったく……なんて事だ。我が家門を潰す気か? 幸い、公爵令嬢が不問にして下さったおかげで助かったが……」
「あなたその後、ヴィクトリア嬢とスピネル公爵令嬢にきちんと謝罪したの? していないのでしょう?」
「それは……ですが、スピネル公爵令嬢はともかく、ヴィクトリアに謝罪する必要など無いでしょう。酷い事をしたのはヴィクトリアなのですから」
「その原因をつくったのはオリバーでしょう? 乙女心を傷つけ、裏切ったのだから」
「私は決して彼女を裏切るような行為はしていません!」
「婚約者に不安で不快な思いをさせた時点で、貴方は間違った事をしているのよ」
伯爵夫人がピシャリと言う。
「リアムがフォローしてくれていたから良かったものの……そうでなかったらと思うと、ゾッとするわ」
「……リアムが?」
「…………」
オリバーに鋭い視線を向けられ、リアムは思わす目を逸らした。
(ええ……なんだよぉ……ヴィヴィちゃんとエリザベート様に謝らない兄上が悪いのに、なんでそれをフォローした僕を睨むわけ?)
2歳離れた兄にはすべてにおいて敵わなく、剣の稽古をすればいつもコテンパンにやられているので、正直怖くて苦手な存在だ。
(それにしても、ヴィヴィちゃん、とうとう兄上との婚約を解消する事にしたんだ……うん、その方がいいよ。だって兄上は、ヴィヴィちゃんの事、全然大切にしていなかったもの。ヴィヴィちゃん、兄上の事大好きだったから、最初のうちは悲しいだろうけど、これからの幸せを考えたら絶対その方がいい。それに、これってチャンスじゃないか? これから頑張れば、僕にだってチャンスが……って、婚約破棄した相手の弟なんて、真っ先に候補から外されるよな。……イヤ、でもずっとそばにいてアピールし続ければ……)
「リアム」
「は、はいっ!」
考えこんでいたところで名を呼ばれ、リアムは慌てて父親を見た。
「はい、父上」
「お前が良ければ、ヴィクトリア嬢と婚約するのはどうかと打診を受けているのだが……どうする?」
「……は?」
リアムは口をぽかんと開け、父親を見つめた。
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