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第一章
継母
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エリザベートになって2ヶ月が経った。
(今のところ周りは静かだし、毒を盛られることも無いし、ルークは順調に育ってきているし……うん、良い感じだわ)
そう思い安心していたところで、
(これは……気まずい……)
ルークの訓練を見に行った騎士団訓練場で、遠くから見かけた程度で、これまできちんと会っていなかった継母のフローレンス・スピネルと鉢合わせしてしまったのだ。
明るいブラウンの髪に瞳。30代半ばで、くりくりとした大きな瞳が愛らしい、優し気な人物だ。
(リスとかウサギとかみたいな、小動物系で可愛い人よね。美人で華やかなエリザベートの母親のエレノアとは正反対のタイプだわ。公爵はこういうタイプが好きなのね……って、どうしてこの人がここに……ああ、アルフォンスが練習しているのね……)
エリザベートに気づき椅子から立ち上がったフローレンスを見て、無視してこの場を立ち去るのは感じが悪い、と覚悟を決め、歩み寄った。
「お久しぶりです」
「エリザベート……体調はもう、いいのですか?」
「ええ、もうすっかり。お騒がせして申し訳ございませんでした」
そう言いながら観察すると、フローレンスの表情はくもっていて、どのように接して良いかわからないように、おどおどしていた。
(仲が良くなかったのよね……というか、エリザベートが嫌っていて、まともに話をしなかったから……)
気持ちはわかる。
幼くして母親を亡くしてすぐ、新しい母親だという女性がやって来て、受け入れるのは難しかったのだろう。
(子供にはわからないだろうと思っている周りの大人たちが、公爵はずっとフローレンスを愛していたとか、フローレンスの家が下級貴族だから結婚できなかったとか、エレノアは侯爵家の娘で家格が合っているから結婚しただけで愛されていなかったとか、好き勝手な事言ってたからね。それを怒っていた乳母や侍女達は、エレノアが亡くなったら解雇されてしまったし)
子供は、案外わかっているものである。
(自分の母は愛されていなくて、母の死後すぐにやって来たこの女がずっと愛されていたんだ、と思った時の胸の痛みは、忘れられるものじゃないわ。でも、いつまでもこのままじゃいけないわよね。日記にも時々、可愛い砂糖菓子をもらうと書いてあったし、この人の方は歩み寄ろうと努力してくれているのだろうから……)
「もしよろしければ、ご一緒しても?」
「えっ? ええ、もちろん」
「ありがとうございます」
一緒のテーブルにつき、練習風景を見る。
「あの……」
気まずい沈黙を破ったのは、フローレンスだった。
「お見舞いに行かず、ごめんなさい。体調が悪い時に行っては、かえって迷惑かと思ってしまい……」
「ええ、お気遣い感謝致します」
普通に動けるようになってかなり経つ。体調が良くなった事は知っていたはずだが、自分も挨拶に行かなかったのだし、波風を立てない方がいいだろうと判断してエリザベートは微笑んだ。
「今日は、アルフォンスの剣術の稽古ですか? いつもは個別に行っていたと記憶しておりますが」
「え、ええ……あまり剣術は好きではなかったのだけれども、最近、真剣に取り組むようになって……今日は、騎士団の訓練を見てみたいと言って……」
「そうでしたか」
見ると、小さな少年が、大人たちに混ざって剣を振っている姿が見えた。
(えーと……たしか10歳だったかしら。弟との仲はまあまあ良かった……というか、懐かれてた、という感じだったわよね)
そんな事を考えながらスーッと視線をずらしていくと、列の端に、他の騎士達よりかなり小さい姿を見つけた。
(ルーク、頑張っているわね。騎士団と並ぶと、まるで子供だけど)
最初のうちは、騎士達にいじめられていないか心配でしょっちゅう見に来ていたが、そんな事はなく、心配しなくて良くなった今は、たまに見学する程度である。
(団長が、昔獣人の騎士と一緒に戦った事があって、偏見を持っていないのが良かったのね。今じゃあ、すっかり隊に馴染んでいるわ。まあ、訓練が厳しいのは大変だけど)
訓練後に動けなくなったルークに水を飲ませてやって介抱してやっていた事を、懐かしく思い出していると、
「あの……旦那様に伺ったのだけれども……」
また、フローレンスが話しかけてきた。
「記憶が、曖昧だとか?」
「ええ、そうなんです。一度心臓が止まったせいでしょうか。今でも思い出せていない事が結構あるみたいです」
「そう……」
神妙な面持ちのフローレンスに、エリザベートは思い切って『お母様』と呼びかけた。
「えっ?」
『お母様』と呼ばれた事は一度も無く、フローレンスは戸惑いの表情を見せた。
「エリザベート?」
「わたくし、これまでお母様に対して、良い態度ではなかったと思うんです。記憶が無い事を言い訳にするのはどうかと思いますが、あまり覚えていなくて。それで、この機会に改めたいと思っております。これまで申し訳ございませんでした」
「や、止めて下さい! わたくしに頭を下げるだなんて!」
頭を下げるエリザベートに慌て、フローレンスは悲鳴のような声を上げた。
「そんな、あなたに謝罪してもらうような事は何も……」
「いいえ、お母様のせいではないのに、いじけて無礼な態度をとり続けてきたのですから謝るのは当然です。これまでの事を許してくれとは言えませんが、これからは、もう少し親子らしくしていけたらと……」
「ええ、もちろんです、もちろん……喜んで……」
あまり嬉しそうではなく、怯えて見えるが、
「ありがとうございます、お母様」
(これまで無視していた娘がいきなり『お母様』と呼んで謝ってきても、戸惑うのは当然よね。まあ、とにかく受け入れてもらえたんだから、今後のわたしの努力次第で改善されていくでしょう)
その後はあまり会話は弾まず、訓練風景を眺めているうちに、
「よーし! 本日の訓練は終了!」
隊長の声が響き、訓練が終わった。
(今のところ周りは静かだし、毒を盛られることも無いし、ルークは順調に育ってきているし……うん、良い感じだわ)
そう思い安心していたところで、
(これは……気まずい……)
ルークの訓練を見に行った騎士団訓練場で、遠くから見かけた程度で、これまできちんと会っていなかった継母のフローレンス・スピネルと鉢合わせしてしまったのだ。
明るいブラウンの髪に瞳。30代半ばで、くりくりとした大きな瞳が愛らしい、優し気な人物だ。
(リスとかウサギとかみたいな、小動物系で可愛い人よね。美人で華やかなエリザベートの母親のエレノアとは正反対のタイプだわ。公爵はこういうタイプが好きなのね……って、どうしてこの人がここに……ああ、アルフォンスが練習しているのね……)
エリザベートに気づき椅子から立ち上がったフローレンスを見て、無視してこの場を立ち去るのは感じが悪い、と覚悟を決め、歩み寄った。
「お久しぶりです」
「エリザベート……体調はもう、いいのですか?」
「ええ、もうすっかり。お騒がせして申し訳ございませんでした」
そう言いながら観察すると、フローレンスの表情はくもっていて、どのように接して良いかわからないように、おどおどしていた。
(仲が良くなかったのよね……というか、エリザベートが嫌っていて、まともに話をしなかったから……)
気持ちはわかる。
幼くして母親を亡くしてすぐ、新しい母親だという女性がやって来て、受け入れるのは難しかったのだろう。
(子供にはわからないだろうと思っている周りの大人たちが、公爵はずっとフローレンスを愛していたとか、フローレンスの家が下級貴族だから結婚できなかったとか、エレノアは侯爵家の娘で家格が合っているから結婚しただけで愛されていなかったとか、好き勝手な事言ってたからね。それを怒っていた乳母や侍女達は、エレノアが亡くなったら解雇されてしまったし)
子供は、案外わかっているものである。
(自分の母は愛されていなくて、母の死後すぐにやって来たこの女がずっと愛されていたんだ、と思った時の胸の痛みは、忘れられるものじゃないわ。でも、いつまでもこのままじゃいけないわよね。日記にも時々、可愛い砂糖菓子をもらうと書いてあったし、この人の方は歩み寄ろうと努力してくれているのだろうから……)
「もしよろしければ、ご一緒しても?」
「えっ? ええ、もちろん」
「ありがとうございます」
一緒のテーブルにつき、練習風景を見る。
「あの……」
気まずい沈黙を破ったのは、フローレンスだった。
「お見舞いに行かず、ごめんなさい。体調が悪い時に行っては、かえって迷惑かと思ってしまい……」
「ええ、お気遣い感謝致します」
普通に動けるようになってかなり経つ。体調が良くなった事は知っていたはずだが、自分も挨拶に行かなかったのだし、波風を立てない方がいいだろうと判断してエリザベートは微笑んだ。
「今日は、アルフォンスの剣術の稽古ですか? いつもは個別に行っていたと記憶しておりますが」
「え、ええ……あまり剣術は好きではなかったのだけれども、最近、真剣に取り組むようになって……今日は、騎士団の訓練を見てみたいと言って……」
「そうでしたか」
見ると、小さな少年が、大人たちに混ざって剣を振っている姿が見えた。
(えーと……たしか10歳だったかしら。弟との仲はまあまあ良かった……というか、懐かれてた、という感じだったわよね)
そんな事を考えながらスーッと視線をずらしていくと、列の端に、他の騎士達よりかなり小さい姿を見つけた。
(ルーク、頑張っているわね。騎士団と並ぶと、まるで子供だけど)
最初のうちは、騎士達にいじめられていないか心配でしょっちゅう見に来ていたが、そんな事はなく、心配しなくて良くなった今は、たまに見学する程度である。
(団長が、昔獣人の騎士と一緒に戦った事があって、偏見を持っていないのが良かったのね。今じゃあ、すっかり隊に馴染んでいるわ。まあ、訓練が厳しいのは大変だけど)
訓練後に動けなくなったルークに水を飲ませてやって介抱してやっていた事を、懐かしく思い出していると、
「あの……旦那様に伺ったのだけれども……」
また、フローレンスが話しかけてきた。
「記憶が、曖昧だとか?」
「ええ、そうなんです。一度心臓が止まったせいでしょうか。今でも思い出せていない事が結構あるみたいです」
「そう……」
神妙な面持ちのフローレンスに、エリザベートは思い切って『お母様』と呼びかけた。
「えっ?」
『お母様』と呼ばれた事は一度も無く、フローレンスは戸惑いの表情を見せた。
「エリザベート?」
「わたくし、これまでお母様に対して、良い態度ではなかったと思うんです。記憶が無い事を言い訳にするのはどうかと思いますが、あまり覚えていなくて。それで、この機会に改めたいと思っております。これまで申し訳ございませんでした」
「や、止めて下さい! わたくしに頭を下げるだなんて!」
頭を下げるエリザベートに慌て、フローレンスは悲鳴のような声を上げた。
「そんな、あなたに謝罪してもらうような事は何も……」
「いいえ、お母様のせいではないのに、いじけて無礼な態度をとり続けてきたのですから謝るのは当然です。これまでの事を許してくれとは言えませんが、これからは、もう少し親子らしくしていけたらと……」
「ええ、もちろんです、もちろん……喜んで……」
あまり嬉しそうではなく、怯えて見えるが、
「ありがとうございます、お母様」
(これまで無視していた娘がいきなり『お母様』と呼んで謝ってきても、戸惑うのは当然よね。まあ、とにかく受け入れてもらえたんだから、今後のわたしの努力次第で改善されていくでしょう)
その後はあまり会話は弾まず、訓練風景を眺めているうちに、
「よーし! 本日の訓練は終了!」
隊長の声が響き、訓練が終わった。
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