悪役令嬢の無念はわたしが晴らします

カナリア55

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第一章

奴隷印

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「うつぶせになった方がいいわ」
「い、いえ、ちょっと痛かっただけで、そんなには……」
「駄目よ、無理しちゃ。ちゃんとお医者様に診てもらいましょう。公爵家お抱えの医師だから、すぐに来てくれるわ」

 そうして待っていたのだが、部屋にやって来たのは、アメリア一人だった。

「申し訳ございません、エリザベートお嬢様。お医者様は今、お出かけ中との事です。薬箱は借りてきましたが……」
「そうなの? じゃあしょうがないわね、応急処置だけしておきましょう」

 そう言うとエリザベートはルークのシャツを捲り『ズボンを下ろして』と指示したが、

「えっ? えっ?」
「お嬢様っ! そんな事お嬢様がなさっては駄目ですっ!」

 ルークは戸惑い、アメリアは悲鳴のような声を上げて反対するが、身体は16歳でも精神の方は20代半ばで、それなりの経験もあるエリザベートは動じない。

「治療だからしょうがないじゃない。別に、いやらしい気持ちがあって言ってるわけじゃないわ」
「そ、それはもちろんわかっておりますが、でもっ」
「お尻くらい見たってどうってことないわよ。前はちょっと問題があるから、見えないようにうつぶせのままでね。さあ! このままいつ戻るかわからないお医者様を待っているわけにはいかないわ。わたくし達は後ろを向いているから、準備ができたら声を掛けて」
「は、はいっ!」

 ルークはおとなしくその指示に従い、太腿のところまでズボンを下ろして『大丈夫です』と声を掛けた。

「あ~、これは痛いわね。よく我慢して座っていたわ」

 尻に押された焼き印は、直径5センチほど。真っ赤になり、ところどころ水膨れが破れグジュグジュと体液が出ていた。

「火傷ですものね、これって。アメリア、水で流したいから、下にタオルでも敷いてくれない?」
「はい、すぐ持って参ります!」

 部屋を飛び出し、すぐに戻って来たアメリアが、ソファーとルークの間に折りたたんだバスタオルを入れた。

「水は水差しのものでよろしいですか?」
「ええ」
「かしこまりました。……あ、あまり残ってないです。すぐ持って参りますね」
「いいわ、わたくしが出すから。アメリアは薬を用意してちょうだい。火傷に効く薬、わかる?」
「はい、聞いて参りました」
「じゃあお願いね」

 エリザベートは、焼き印の上に両手を持っていき、水を掬う時のように合わせた。

『……水を……』

 念じると、手の中に水がスーッと湧き出てきた。

「ルーク、水を掛けるわよ」
「は、はい」

 焼き印の上をめがけて、少しずつ水を掛けると、ジュワッと、消毒液をかけた時のように泡立った。

「キャッ! なにこれ! ルーク、大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
「本当に? あ、でも、水を掛けた所、なんだか良くなってるみたい。ねえアメリア、見て見て」
「……まあ……本当に……焼き印の所が盛り上がって、新しい皮膚ができているみたいに見えますねぇ」
「奴隷印って凄いのね。すぐ傷が塞がるようになっているんじゃない?」
「そう……なんですかねぇ……」
「だってほら、せっかく買った奴隷が火傷のせいで動けなかったら困るじゃない。だから、そういうふうにできているのよ」
「不思議ですねぇ……」
「なんてったって、魔法契約ですものね。とはいえ、こすれたりしないようにしておいた方がいいわ。薬を塗って、ガーゼを当てておきましょう」

 手早く処置をし、ついでにチラリと尻を見て『尻尾はないんだ』と、疑問を解消する。
 治療が終わると、ルークは衣服を整えてから確かめるように尻を触った。

「痛くないです」
「そう、良かった。でも、無理はしちゃ駄目よ。痛くなったらすぐに言ってね。さて……食事はどうする? 冷めちゃったでしょうし、少し時間をおいてもう一度用意させましょうか?」
「いえ、その……このまま、食べたいです。あんなに美味しい物、残すなんてもったいないし……」
「そう。じゃあ、そうしましょう」

(いい子だわ。良かった、ルークを選んで)

 食事を再開したルークを、エリザベートは微笑ましく見守るのだった。


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