18 / 122
第一章
戻して来いとは言わないでしょう
しおりを挟む
「……エリザベートお嬢様……その者は一体……」
「奴隷商から買ってきたの。わたくしの護衛にするからよろしくね」
当然の事のように言うエリザベートに、フィールドは眩暈を覚えながら言った。
「奴隷商から……あの……その者は、獣人に見えるのですが……」
「そう、可愛いでしょう? 名前はルーク・ゴールド。ルーク、彼は公爵家の筆頭執事のジョセフ・フィールドよ」
「よ、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げると、フワフワの毛で覆われた耳が良く見えた。
獣人は人間よりも体格が良い。獣人でこの小ささならば、まだ12、3歳くらいの少年なのだろうと予想しながら、フィールドはその挨拶に軽い会釈を返す。
「お嬢様、恐れながら、この公爵家に獣人を入れるというのは……旦那様の許可はお取りになったので?」
「いいえ、これからよ」
「公爵家には多くの騎士がおります。護衛の者ならばいくらでも……」
「あら? わたくしを護衛している者なんて見た事ないけれど? 隠れて見守っているのかしら?」
「それは、お嬢様が専属の護衛は必要ないと仰ったからです。お望みであればすぐに騎士団の中から選出致します」
「わたくし、毒殺されそうになったでしょう? だから、公爵家の騎士団だからといって安心して護衛を任せることはできないのよ。その点奴隷だったら契約によって絶対服従だし、嘘はつけないし、いいと思わない?」
「しかし、旦那様がなんとおっしゃられるか……」
「犬や猫を拾ってきたわけじゃないんだし『戻してこい』なんて言わないわよ。それより、彼の部屋を用意してちょうだい。あと、体調が良くなったらうちの騎士団の訓練に参加させたいのよね。団長に言えばいいかしら」
「それには、旦那様の許可が必要かと思われます」
「んー、仕方ないわね、父への面会の申し出をお願い」
「かしこまりました」
「それから、彼に食事をさせたいんだけど」
「すぐに用意させます。応接室の方でよろしいでしょうか」
「ええ、お願いね」
エリザベート、アメリア、そしてルークの三人は応接室に移動した。
「食べられない物はある?」
「い、いえ」
「そう。じゃあ、好きなだけ食べてね。足りなかったら持ってこさせるから」
「足りないわけありません! これ全部食べたら、この子のお腹が破裂しちゃいますよ」
アメリアが笑いながら、ルークの前にスープと水を置く。
大きなテーブルの上には、籠に山積みにされた柔らかいパン、大きなガラスの器に入った葉野菜のサラダ、牛と根菜と豆の煮込み、魚のパイ、ローストした肉の塊、果物の盛り合わせが並んでいる。ここにいる三人で食べても多いほどだ。
「さあ、エリザベートお嬢様のご好意ですよ、遠慮なく食べて下さい」
そう言われ、ルークはコクリと唾を飲み込んだ。そして、トロリとしたポタージュスープを匙で掬って口に運び、
「……おいしい……」
そう言って、ポロポロと涙を零した。
「温かくて……甘くて……美味しいです。こんな美味しい物を、食べられるなんて……」
「うんうん、良かったわ。さあ、お肉とかパンとかも食べてね」
ルークは泣きながらも大きなパンを掴み、口で直接むしるようにして食べた。
そして食器に口をつけて肉や野菜を匙で掻きこみ、スープは匙を使わずゴクゴクと飲み……全くマナーがなっていない食べ方だったが、エリザベートもアメリアも、ニコニコとそれを見守った。
「……辛い思いをしてきたんでしょうね……」
「そうですね……奴隷商では、脱走など企てないように食事は最低限しか与えないそうですし……」
「なるほどね……」
そんな会話をしながら見守る二人の前から、料理が面白い様にどんどん消えていく。
「……あら……本当に追加頼んだ方がいいかしら……」
「いえ、いくらなんでもこんなに食べたら……ちょっとあなた、食べすぎじゃない? 大丈夫?」
アメリアが声をかけると、ルークはハッとしたように顔を上げ、パンを取ろうとしていた手を引っ込めた。
「ご、ごめんなさい、いっぱい食べちゃって……」
オドオドしながら謝るルークに、エリザベートは慌てて首を横に振った。
「大丈夫ならいいのよ? いくらでも食べて。ただ、あまり食べすぎるとお腹が痛くなるんじゃないかと心配になっちゃって」
「あ、僕……獣人は『食溜め』ができて……一度にたくさん食べて、しばらく食べないとか……」
「ああ、そうなの。じゃあ好きなだけ……って、ちょっと! どうしたの?」
ルークの顔が、苦しそうに歪む。
「やだ! やっぱり食べ過ぎ? ちょっと大丈夫?」
エリザベートはルークの元に駆け寄って背中を擦った。
「大丈夫? 苦しかった吐いちゃっていいからね?」
「い、いえ、お嬢様……その……食べすぎじゃなく……」
「食べすぎじゃない? じゃあ、なんなの?」
「その……焼き印を押されたところが擦れてちょっと……」
「焼き印……ああ! 焼き印ね! そういえば治療してなかったわね。アメリア、お医者様を呼んできて」
「はい、お嬢様」
アメリアは急ぎ足で部屋を出てゆき、エリザベートはルークに手を貸して、ソファーへと移動した。
「奴隷商から買ってきたの。わたくしの護衛にするからよろしくね」
当然の事のように言うエリザベートに、フィールドは眩暈を覚えながら言った。
「奴隷商から……あの……その者は、獣人に見えるのですが……」
「そう、可愛いでしょう? 名前はルーク・ゴールド。ルーク、彼は公爵家の筆頭執事のジョセフ・フィールドよ」
「よ、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げると、フワフワの毛で覆われた耳が良く見えた。
獣人は人間よりも体格が良い。獣人でこの小ささならば、まだ12、3歳くらいの少年なのだろうと予想しながら、フィールドはその挨拶に軽い会釈を返す。
「お嬢様、恐れながら、この公爵家に獣人を入れるというのは……旦那様の許可はお取りになったので?」
「いいえ、これからよ」
「公爵家には多くの騎士がおります。護衛の者ならばいくらでも……」
「あら? わたくしを護衛している者なんて見た事ないけれど? 隠れて見守っているのかしら?」
「それは、お嬢様が専属の護衛は必要ないと仰ったからです。お望みであればすぐに騎士団の中から選出致します」
「わたくし、毒殺されそうになったでしょう? だから、公爵家の騎士団だからといって安心して護衛を任せることはできないのよ。その点奴隷だったら契約によって絶対服従だし、嘘はつけないし、いいと思わない?」
「しかし、旦那様がなんとおっしゃられるか……」
「犬や猫を拾ってきたわけじゃないんだし『戻してこい』なんて言わないわよ。それより、彼の部屋を用意してちょうだい。あと、体調が良くなったらうちの騎士団の訓練に参加させたいのよね。団長に言えばいいかしら」
「それには、旦那様の許可が必要かと思われます」
「んー、仕方ないわね、父への面会の申し出をお願い」
「かしこまりました」
「それから、彼に食事をさせたいんだけど」
「すぐに用意させます。応接室の方でよろしいでしょうか」
「ええ、お願いね」
エリザベート、アメリア、そしてルークの三人は応接室に移動した。
「食べられない物はある?」
「い、いえ」
「そう。じゃあ、好きなだけ食べてね。足りなかったら持ってこさせるから」
「足りないわけありません! これ全部食べたら、この子のお腹が破裂しちゃいますよ」
アメリアが笑いながら、ルークの前にスープと水を置く。
大きなテーブルの上には、籠に山積みにされた柔らかいパン、大きなガラスの器に入った葉野菜のサラダ、牛と根菜と豆の煮込み、魚のパイ、ローストした肉の塊、果物の盛り合わせが並んでいる。ここにいる三人で食べても多いほどだ。
「さあ、エリザベートお嬢様のご好意ですよ、遠慮なく食べて下さい」
そう言われ、ルークはコクリと唾を飲み込んだ。そして、トロリとしたポタージュスープを匙で掬って口に運び、
「……おいしい……」
そう言って、ポロポロと涙を零した。
「温かくて……甘くて……美味しいです。こんな美味しい物を、食べられるなんて……」
「うんうん、良かったわ。さあ、お肉とかパンとかも食べてね」
ルークは泣きながらも大きなパンを掴み、口で直接むしるようにして食べた。
そして食器に口をつけて肉や野菜を匙で掻きこみ、スープは匙を使わずゴクゴクと飲み……全くマナーがなっていない食べ方だったが、エリザベートもアメリアも、ニコニコとそれを見守った。
「……辛い思いをしてきたんでしょうね……」
「そうですね……奴隷商では、脱走など企てないように食事は最低限しか与えないそうですし……」
「なるほどね……」
そんな会話をしながら見守る二人の前から、料理が面白い様にどんどん消えていく。
「……あら……本当に追加頼んだ方がいいかしら……」
「いえ、いくらなんでもこんなに食べたら……ちょっとあなた、食べすぎじゃない? 大丈夫?」
アメリアが声をかけると、ルークはハッとしたように顔を上げ、パンを取ろうとしていた手を引っ込めた。
「ご、ごめんなさい、いっぱい食べちゃって……」
オドオドしながら謝るルークに、エリザベートは慌てて首を横に振った。
「大丈夫ならいいのよ? いくらでも食べて。ただ、あまり食べすぎるとお腹が痛くなるんじゃないかと心配になっちゃって」
「あ、僕……獣人は『食溜め』ができて……一度にたくさん食べて、しばらく食べないとか……」
「ああ、そうなの。じゃあ好きなだけ……って、ちょっと! どうしたの?」
ルークの顔が、苦しそうに歪む。
「やだ! やっぱり食べ過ぎ? ちょっと大丈夫?」
エリザベートはルークの元に駆け寄って背中を擦った。
「大丈夫? 苦しかった吐いちゃっていいからね?」
「い、いえ、お嬢様……その……食べすぎじゃなく……」
「食べすぎじゃない? じゃあ、なんなの?」
「その……焼き印を押されたところが擦れてちょっと……」
「焼き印……ああ! 焼き印ね! そういえば治療してなかったわね。アメリア、お医者様を呼んできて」
「はい、お嬢様」
アメリアは急ぎ足で部屋を出てゆき、エリザベートはルークに手を貸して、ソファーへと移動した。
68
お気に入りに追加
4,340
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。
千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。
気付いたら、異世界に転生していた。
なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!?
物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です!
※この話は小説家になろう様へも掲載しています
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる