悪役令嬢の無念はわたしが晴らします

カナリア55

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第一章

契約

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 契約の準備を待つ間、エリザベートはふと思った事をゴーディに尋ねた。

「もしかして……あえて彼が獣人であることを隠しました?」
「いいえ! まさかそんな事、あるわけございません。本当にうっかりしてしまいました。年をとるとこういう事が増えて困ったものです。早く引退したいのですが、後継者が居ないもので」
「そうですか」
「本当によろしいですか? 今ならまだ」
「ああ、いえ、迷ったり後悔しているわけではなく、ただ……そんな気がしたから聞いてみただけです」
「さようでございますか」

 そう言うとゴーディは、少し考えるような表情でエリザベートを見た。

「……説明を忘れたのは本当ですが、お嬢様にとって、結果的に良い買い物となったと思いますよ。獣人は我々よりも感覚が鋭く、危険を察知する能力に長けています。それに、噂好きの多い社交界では、お嬢様が護衛の為とはいえ、若い男性の奴隷を買ったとなると、面白おかしく話題にされるやもしれません。ですが獣人であれば、彼の境遇に同情したお嬢様が、過酷な場所へ売られる前に引き取った、という話にできるかと。実際に、それに近い状況だったわけですし」
「あら……それは……良い考えですね」

 用意された書類に名を署名し、横に控えていたアメリアに指示して提示された金額をテーブルの上に並べる。

「はい、確かに」

 書類に書かれたエリザベート・スピネルという名前を見ても何も動じないのは、長年こういう商売をしてきたからか、それとも、名乗る前から既にエリザベートの正体を知っていたからか。

「さて、契約ですが、お嬢様の血をこの者に飲ませ、血の力で拘束します」
「血を?」
「はい。ですがご安心下さい、指先に針を刺し、ほんの2、3滴、この液体の中に入れて頂くだけで結構です」

 差し出された金のゴブレットの中には、黒い、それでいてキラキラ光るように見える液体が入っていた。

(……なんかこういうの見た事あるような……ああ、黒ゴマ団子のたれっぽいんだわ……)

 そんな事を思いながら金色の針を受け取り指先を刺し、ギュッと押してポタポタと血を垂らすと、中の液体がブワッと紫に変わる。

(うわっ、なにコレ! こんなのを飲むの? わたしは飲まなくていいのよね?)

「では、服従の契約を致します」

 恐々と見守るエリザベートの前で、儀式が進められてゆく。
 なにやら聞きなれない言葉が呟かれ、ルークが得体のしれない液体を飲み干し、苦しそうに顔を歪める。

(そりゃあそうよね、あんなの飲まなきゃいけないなんて可哀想……)

「お嬢様」
「はいっ?」

 ルークの様子を見る事に集中していたエリザベートは、声をかけられ驚いてゴーディを見た。

「あとはこの者が奴隷である事を示す焼き印を押すのですが、どこがよろしいですか?」
「えっ? 焼き印?」
「はい。胸元や腕に入れる事が多いですが、お望みであれば額や手の甲なども」
「だ、ダメダメ! 目立つところは! えぇぇ……入れなくてもいいのだけれど……」
「焼き印も服従の魔法契約の一つですので必須です」
「ああ、そういう事……じゃあ、目立たない所がいいわ。えーと……ねえ、あなたはどこがいい?」
 
 思わず本人に聞いて、驚いた顔をされる。

「ああっ! ごめんなさい、焼き印なんて嫌よね。『どこに入れたい?』なんて聞かれても困るわよね」
「い、いえ、その……ご主人様がそんな事を聞いてくれるなんて、と驚いただけで……どこでも構いません! 顔だって!」
「何言ってるの! ダメよダメ! 一番目立たない所……アメリア、どこが目立たないかしら?」
「そうですね……お尻、とか?」
「そうだ、足の裏はどうかしら」
「歩くの痛そうじゃないですか?」
「確かに。……ねえ、ご主人? この焼き印って、普通の焼き印と一緒ですか? 治りさえすれば、痛くなくなります?」
「はい、火傷のようなものなので、一週間もすれば痛みは引きますよ」
「なるほど……じゃあ、お尻か足裏か、あなたが自分で決めなさい」

 人の身体に入る焼き印の場所を決める事が出来ず、本人に任せる。
 結局右の尻に入れる事になり、女性二人が顔を背けている間に、ジュッと焼き印が押された。

「これで、全て終了です。この奴隷は、エリザベート・スピネル様の物です」
「ありがとうございます。……そうだわアメリア、あなたちょっとルークと一緒に行って、着替えの服を選んであげて。一週間は安静にしなくちゃいけないようだから、多目に用意してね。」
「かしこまりました。では、行ってまいります」

 そうして2人が従業員に案内されて出て行ってから、エリザベートは『ちょっとご相談が』とゴーディを見た。

「……先ほど申し上げた通り、金額の交渉は行っておりません。ですが、今回はお嬢様にご迷惑をおかけした事もありますので、衣服代はサービスさせて頂くという事でいかがでしょうか?」
「いえ、わたくしが相談したいのは、そういう事ではなく……」

 アメリアから受け取っておいた財布を、エリザベートはスッと机の上に載せた。

「ここに、今日用意してきたお金があります。これを、衣服代として納めてほしいのです」
「……確認させていただきますね」

 そう言うとゴーディは中を見て『フーッ』と溜息をついた。

「これは……随分と多いですね」
「衣服代というのは建前で、もちろん別に希望するものがあります。さっき、言ってましたでしょう? わたくしが奴隷を買ったとなると、社交界で噂になると」
「ええ」
「ご主人はわたくしの事、知ってらっしゃるのでしょう? もしかしたら、わたくしの今の状況も」
「まあ……このような商売をしておりますと、色々耳に入ってくる事はございますが」
「ゴーディさん、あなたに、わたくしの味方になっていただきたいのです。具体的には、もしわたくしについて好ましくない事が噂された時は、先ほど言っていた話を広めてほしいのです」
「なるほど……かしこまりました。ご希望の通りに」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」

 取引は成立し、様子を見に行ったエリザベートの指示で、ルークの衣類の他にアメリア用のドレスも購入して、一行は公爵家に戻った。



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