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第一章
お菓子
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意識を取り戻してから15日。
医師から『もう大丈夫』というお墨付きをもらい、エリザベートとしての記憶もだいぶ馴染んできた。
無意識のうちに、貴族の令嬢らしい話し方や所作もできるようになってきて、それはとても喜ばしい事なのだが、エリザベートに馴染んできたからこそ気に障る事も出てきたわけで……、
「……まだ15日。否、もう15日」
可愛らしい焼き菓子と香り高い紅茶を前にしているとは思えない、苦虫を噛み潰したような表情でエリザベートは呟いた。
(毒のせいで倒れてからは、ひと月近くになるというのに、誰一人、お見舞いに来ないわ。それどころか、花も手紙も、見舞いの品一つも届いていないとは……)
王太子の婚約者となったとき、周りの令嬢達とは仲良くしながらも、親密な付き合いはしないようにと言われている。エリザベートの交友関係が、国家の益にならなかったり、王族に取り入ろうとする者達に利用される可能性があるからだ。だから、親友といえる友はいないのだが、
(……とはいえ交流はあったし、令嬢達は、わたしと良い関係を築こうと群がっていたのに!)
元々のエリザベートの感覚が『わたくしがこんな風に捨て置かれるなんて!』と怒りを感じているのだ。
(なんて薄情なのかしら。まあ、貴族らしい対応ではあるけれども。皆、わたしの事を未来の王妃だから仲良くする価値があると思っていたんでしょうから)
貴族の令嬢は、家門の利益になる交友関係を結べと言われ、育てられる。家門の繁栄、良い配偶者を得る事、それが幸せになる為に必要な事なのだ。
(婚約者であるレオンハルトは別の女性に夢中だし、わたしの地位はもう失墜したと思われて、距離を置かれているという事かしら。まったく、貴族社会は恐ろしいわね。……けれど、家族まで見舞いに来ないのは、どういう事なの!)
執事のフィールドに確認したところ、父の公爵も義母も母親の違う弟も、全員この屋敷にいるという。
「いくら大きな屋敷だからって、見舞いにくらい来られるでしょうが!」
イライラしながらそう呟くと、部屋の掃除をしていた侍女達がビクッと身体を強ばらせるのを感じた。
(あっ、と……以前のエリザベートなら、ここで物を投げつけて壊していたんでしょうね。ダメダメ、負の感情にとらわれては。わたしはもう、以前のエリザベートではないのよ)
紅茶を飲み、心を落ち着ける。
今後の事を考えると優しく接して味方を増やしておいた方がいいと考え『コホン』と咳払いをし、にっこりと笑顔を作った。
「あなた達、いつもお掃除ありがとう。よかったらこのお菓子、休憩時間にでも食べて」
目の前のテーブルの上の焼き菓子を指さして言うと、
「えっ?」
驚いた侍女達が、ピシッと固まる。
「そ、そんな……」
「わたし達なんかが、エリザベートお嬢様の為に用意されたお菓子を頂くなんて」
「そんな恐れ多い事……」
顔は恐怖でひきつっている。
(そんなに怯えなくても……)
自分の悪役令嬢パワーをしみじみ感じながら、無難な理由を付ける。
「実は、まだ体の調子が完全じゃなくて、こういう水分の少ない物を食べるとむせてしまうのよ。でも、せっかく作ってくれた料理人に悪いし……あなた達が食べてくれたら助かるんだけど」
そう言うと、侍女達は顔を見合わせ、
「そ、それでしたら……」
「ありがたく頂戴致します」
と頭を下げた。その後は皆、いつもよりテキパキと掃除を済ませ、嬉しそうにお菓子を手にして部屋を出て行った。
「……あんなお菓子でも、この世界ではなかなか食べられない高級品なんでしょうね」
花の形をしていて、中央にねっちりとした甘いベリーのジャムのような物が載っている、ボソボソしていて強烈に甘いクッキーのような焼き菓子。
「ちゃんとお茶を飲みながら、ちょっとずつかじれば食べられなくもないけれど……」
知らずポンと口に入れたら、ホロホロと崩れて口の中いっぱいに広がって、全ての水分を吸い取ってしまい、盛大にむせてしまった時の事を思い出す。
(食事は洋食で美味しいんだけど、なぜかお菓子はイマイチなのよね。ボソボソのクッキーとか、アイシングで綺麗な模様とか花とか描かれた硬いケーキみたいなものとか、花の砂糖漬けだとか……見た目は良くても甘いだけの物ばかり。食事の感じからは、バターや生クリームもあるみたいなのに、お菓子にはあまり使われていないような……)
そう考えて、ふと思い出す。
(そういえば、ルチアがレオンハルトにお菓子を渡して、高価な髪留めをもらったって日記に書いてあったけれど、そのエピソード、ゲームでやったわ! レオンハルトが『俺は甘い物が苦手だが、これは美味しい』とか言っちゃって……)
忘れていたエピソードを思い出し、なるほど、と思う。
(そのエピソードの為に、この世界はお菓子の技術が進んでいないんじゃないのかしら。……これ、うまく使えるんじゃない? なんせわたし、前世ではお菓子作りが趣味だったんだから。分量まではっきりは覚えていないものもあるけど、何を組み合わせればいいかわかるから、きっと再現できるわ。豊富な資金を使ってお菓子作りの研究をして、ここには無いお菓子を生み出して販売すれば、一財産築けるんじゃないの? そしたら公爵家から独立して、自分の力で生活していけるかも。うわ、それいいじゃない! 早速どんな食材があるか、調理器具はどうか、オーブンはどんなか調べて……)
攻略対象の事について書いているノートをペラペラとめくり『お菓子作りで独立計画!』と書き始めたとき、ドアをノックする音が響いた。
医師から『もう大丈夫』というお墨付きをもらい、エリザベートとしての記憶もだいぶ馴染んできた。
無意識のうちに、貴族の令嬢らしい話し方や所作もできるようになってきて、それはとても喜ばしい事なのだが、エリザベートに馴染んできたからこそ気に障る事も出てきたわけで……、
「……まだ15日。否、もう15日」
可愛らしい焼き菓子と香り高い紅茶を前にしているとは思えない、苦虫を噛み潰したような表情でエリザベートは呟いた。
(毒のせいで倒れてからは、ひと月近くになるというのに、誰一人、お見舞いに来ないわ。それどころか、花も手紙も、見舞いの品一つも届いていないとは……)
王太子の婚約者となったとき、周りの令嬢達とは仲良くしながらも、親密な付き合いはしないようにと言われている。エリザベートの交友関係が、国家の益にならなかったり、王族に取り入ろうとする者達に利用される可能性があるからだ。だから、親友といえる友はいないのだが、
(……とはいえ交流はあったし、令嬢達は、わたしと良い関係を築こうと群がっていたのに!)
元々のエリザベートの感覚が『わたくしがこんな風に捨て置かれるなんて!』と怒りを感じているのだ。
(なんて薄情なのかしら。まあ、貴族らしい対応ではあるけれども。皆、わたしの事を未来の王妃だから仲良くする価値があると思っていたんでしょうから)
貴族の令嬢は、家門の利益になる交友関係を結べと言われ、育てられる。家門の繁栄、良い配偶者を得る事、それが幸せになる為に必要な事なのだ。
(婚約者であるレオンハルトは別の女性に夢中だし、わたしの地位はもう失墜したと思われて、距離を置かれているという事かしら。まったく、貴族社会は恐ろしいわね。……けれど、家族まで見舞いに来ないのは、どういう事なの!)
執事のフィールドに確認したところ、父の公爵も義母も母親の違う弟も、全員この屋敷にいるという。
「いくら大きな屋敷だからって、見舞いにくらい来られるでしょうが!」
イライラしながらそう呟くと、部屋の掃除をしていた侍女達がビクッと身体を強ばらせるのを感じた。
(あっ、と……以前のエリザベートなら、ここで物を投げつけて壊していたんでしょうね。ダメダメ、負の感情にとらわれては。わたしはもう、以前のエリザベートではないのよ)
紅茶を飲み、心を落ち着ける。
今後の事を考えると優しく接して味方を増やしておいた方がいいと考え『コホン』と咳払いをし、にっこりと笑顔を作った。
「あなた達、いつもお掃除ありがとう。よかったらこのお菓子、休憩時間にでも食べて」
目の前のテーブルの上の焼き菓子を指さして言うと、
「えっ?」
驚いた侍女達が、ピシッと固まる。
「そ、そんな……」
「わたし達なんかが、エリザベートお嬢様の為に用意されたお菓子を頂くなんて」
「そんな恐れ多い事……」
顔は恐怖でひきつっている。
(そんなに怯えなくても……)
自分の悪役令嬢パワーをしみじみ感じながら、無難な理由を付ける。
「実は、まだ体の調子が完全じゃなくて、こういう水分の少ない物を食べるとむせてしまうのよ。でも、せっかく作ってくれた料理人に悪いし……あなた達が食べてくれたら助かるんだけど」
そう言うと、侍女達は顔を見合わせ、
「そ、それでしたら……」
「ありがたく頂戴致します」
と頭を下げた。その後は皆、いつもよりテキパキと掃除を済ませ、嬉しそうにお菓子を手にして部屋を出て行った。
「……あんなお菓子でも、この世界ではなかなか食べられない高級品なんでしょうね」
花の形をしていて、中央にねっちりとした甘いベリーのジャムのような物が載っている、ボソボソしていて強烈に甘いクッキーのような焼き菓子。
「ちゃんとお茶を飲みながら、ちょっとずつかじれば食べられなくもないけれど……」
知らずポンと口に入れたら、ホロホロと崩れて口の中いっぱいに広がって、全ての水分を吸い取ってしまい、盛大にむせてしまった時の事を思い出す。
(食事は洋食で美味しいんだけど、なぜかお菓子はイマイチなのよね。ボソボソのクッキーとか、アイシングで綺麗な模様とか花とか描かれた硬いケーキみたいなものとか、花の砂糖漬けだとか……見た目は良くても甘いだけの物ばかり。食事の感じからは、バターや生クリームもあるみたいなのに、お菓子にはあまり使われていないような……)
そう考えて、ふと思い出す。
(そういえば、ルチアがレオンハルトにお菓子を渡して、高価な髪留めをもらったって日記に書いてあったけれど、そのエピソード、ゲームでやったわ! レオンハルトが『俺は甘い物が苦手だが、これは美味しい』とか言っちゃって……)
忘れていたエピソードを思い出し、なるほど、と思う。
(そのエピソードの為に、この世界はお菓子の技術が進んでいないんじゃないのかしら。……これ、うまく使えるんじゃない? なんせわたし、前世ではお菓子作りが趣味だったんだから。分量まではっきりは覚えていないものもあるけど、何を組み合わせればいいかわかるから、きっと再現できるわ。豊富な資金を使ってお菓子作りの研究をして、ここには無いお菓子を生み出して販売すれば、一財産築けるんじゃないの? そしたら公爵家から独立して、自分の力で生活していけるかも。うわ、それいいじゃない! 早速どんな食材があるか、調理器具はどうか、オーブンはどんなか調べて……)
攻略対象の事について書いているノートをペラペラとめくり『お菓子作りで独立計画!』と書き始めたとき、ドアをノックする音が響いた。
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