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言いがかり
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紫音が仕事を終えたのは、8時過ぎ。残業している人もかなり少なくなっていた。
「島田さん、終わりました」
「あー! ありがとう! 助かったよ。俺ももうすぐ終わるから、一緒にご飯でもどう? お礼に奢るから」
「いえ、仕事なので気にしないで下さい。それにまだ週の初めなんで、早く帰らないと。じゃあ、お先に失礼します」
そう言って、紫音は急いで片付けをした。そしてエレベーターに乗ろうと、ボタンを押して待っていると、
「水森さん、ちょっといいですか?」
「……吉田さん。お疲れ様です、何か?」
「お話しがあるんですけど」
厳しい表情でやってきた理央に『何事?』と戸惑いつつも、紫音は頷いた。
「じゃあ、こっち来てもらえますか?」
「え? どこに行くの? ここで話せない事なの?」
紫音がそう答えると、理央は顔をしかめたが、辺りを見回し誰もいないのを確認して、スッと距離を縮めた。
「水森さんのせいで、わたし、大変な事になってるんですけど」
「えっ? なにそれ」
突然の言葉に、戸惑う。
「わたし、何かした?」
「データまとめるの、やってくれなかったじゃないですか。そのせいでわたし、仕事が遅いって思われちゃったし、ずっと残業続きです」
「……はい?」
何の抗議なのか、しばし考える。
「……いやそれ、わたしのせいじゃないよね? あなたの仕事でしょう?」
同期の鈴木から聞いているとは言えないが、そもそも自分で提案した事のはずだ。しかも、必要無いと判断されたのに、自分の意見が正しいと主張した事で。
「わたしがなんで、自分の業務と全く関係ないあなたの仕事をしなきゃいけないわけ?」
「だって水森さん、高卒じゃないですか」
「えっ?」
いきなりそう言われ、ますます混乱する。
「そうだけど? それが何か?」
「高卒なら高卒らしく、雑用をして下さいって事です!」
「はっ? 何言ってるの?」
「そんな事もわからないんですか? 水森さんは高卒で、わたしは大卒です。しかも、一流大学を卒業しているんです。わたしは指示を出す者として会社に採用されているんです。水森さんは、そんなわたし達エリートの手となり足となり、雑用をする為の人員でしょう? 言われた事を黙ってやっていればいいんですよ!」
「…………」
あまりの言い分に、紫音は何も答えられなかった。
勿論、腹も立ったが、自分の常識とかけ離れすぎたその考えに『どうしたらそう思えるんだろう』という疑問と『思っていたとしても、面と向かって言う?』という戸惑で、何も言えなかったのだ。
「水森さんが手伝わないせいで、作業に時間がかかってわたしの評価が下がってしまいました。どうしてくれるんですか?」
「……いや……そう言われても……あの~、自分が言っている事がおかしいって思わない?」
なんだかあまりの身勝手さに、恐くなってくる。
「そりゃあ、会社の方から指示された事ならやるけど、あなたに指示された仕事は、あなたがやるべきだと思わない?」
「だーかーら、わたしは指示を出す人だって言ってるじゃないですか。誰にでもできる仕事をやる人間ではないんです」
「それは違うでしょう。そりゃあ、いい大学を出た優秀な人材だとは思うけど、この会社では、何もちゃんとできていないじゃない。わたしより作業遅いよ? そのくせ、おしゃべりしたり、どっかに行ってなかなか戻ってこなかったり。真剣に取り組んでいなかったよね。いずれは出世してわたしの上司になるかもしれないけど、今はまだ、単なる後輩よ? あなたに命令されるのはおかしいわ」
「いつまでそう言っていられるか、ですね。言っときますけどわたし、副社長ととても仲良くさせてもらっているんです」
「あーそうなの、それは良かったわね。……もういい? わたし、早く帰りたいんだけど」
理央の言葉に全く動揺せず、面倒くさそうに紫音は言った。
『全く……なんなのこの人。腹立たしいけど、これ以上関わらない方が良さそうね、全く話が通じないもの。あーあー、ネネさんが心配……』
「わたしの話、ちゃんと聞いていたんですかっ?」
「聞いてたわよ。わたしは高卒だから、あなたの手となり足となり、命じられた雑用をしてればいいって事でしょう? で、言う事聞かなきゃ副社長に言って、酷い目に遭わせるって? 偉い人に呼び出されて、何か言われるのか、それとも解雇でもされるのかしらね。別に、なんでもいいけど。好きにしたら?」
「っ! 後で泣いて謝ったって、許しませんからね!」
「はいはい。じゃ、お先します」
ため息交じりにそう言いながら、紫音は改めてエレベーターのボタンを押した。
『……くだらない。もう、彼女とは話さないようにしよう。それにこの事で何かされたら、会社辞めよう。こんな馬鹿な事がまかり通る会社なら、しがみついててもいい事ないもんね』
そして、そう思えるのは明弘のおかげだと思う。
『アッキーが一緒に住もうって言ってくれたから、いざとなったらアパート引き払ってお邪魔しちゃえ、って思えるもんね』
そんな事を考えながらエレベーターを待っていると、
「ヒッ!」
後ろにいる理央の小さな悲鳴が聞こえ、どうしたんだろうと振り返ると、
「え? ネネさん?」
そこには、寧々と、長身の男性社員が理央と対峙している姿があった。
「島田さん、終わりました」
「あー! ありがとう! 助かったよ。俺ももうすぐ終わるから、一緒にご飯でもどう? お礼に奢るから」
「いえ、仕事なので気にしないで下さい。それにまだ週の初めなんで、早く帰らないと。じゃあ、お先に失礼します」
そう言って、紫音は急いで片付けをした。そしてエレベーターに乗ろうと、ボタンを押して待っていると、
「水森さん、ちょっといいですか?」
「……吉田さん。お疲れ様です、何か?」
「お話しがあるんですけど」
厳しい表情でやってきた理央に『何事?』と戸惑いつつも、紫音は頷いた。
「じゃあ、こっち来てもらえますか?」
「え? どこに行くの? ここで話せない事なの?」
紫音がそう答えると、理央は顔をしかめたが、辺りを見回し誰もいないのを確認して、スッと距離を縮めた。
「水森さんのせいで、わたし、大変な事になってるんですけど」
「えっ? なにそれ」
突然の言葉に、戸惑う。
「わたし、何かした?」
「データまとめるの、やってくれなかったじゃないですか。そのせいでわたし、仕事が遅いって思われちゃったし、ずっと残業続きです」
「……はい?」
何の抗議なのか、しばし考える。
「……いやそれ、わたしのせいじゃないよね? あなたの仕事でしょう?」
同期の鈴木から聞いているとは言えないが、そもそも自分で提案した事のはずだ。しかも、必要無いと判断されたのに、自分の意見が正しいと主張した事で。
「わたしがなんで、自分の業務と全く関係ないあなたの仕事をしなきゃいけないわけ?」
「だって水森さん、高卒じゃないですか」
「えっ?」
いきなりそう言われ、ますます混乱する。
「そうだけど? それが何か?」
「高卒なら高卒らしく、雑用をして下さいって事です!」
「はっ? 何言ってるの?」
「そんな事もわからないんですか? 水森さんは高卒で、わたしは大卒です。しかも、一流大学を卒業しているんです。わたしは指示を出す者として会社に採用されているんです。水森さんは、そんなわたし達エリートの手となり足となり、雑用をする為の人員でしょう? 言われた事を黙ってやっていればいいんですよ!」
「…………」
あまりの言い分に、紫音は何も答えられなかった。
勿論、腹も立ったが、自分の常識とかけ離れすぎたその考えに『どうしたらそう思えるんだろう』という疑問と『思っていたとしても、面と向かって言う?』という戸惑で、何も言えなかったのだ。
「水森さんが手伝わないせいで、作業に時間がかかってわたしの評価が下がってしまいました。どうしてくれるんですか?」
「……いや……そう言われても……あの~、自分が言っている事がおかしいって思わない?」
なんだかあまりの身勝手さに、恐くなってくる。
「そりゃあ、会社の方から指示された事ならやるけど、あなたに指示された仕事は、あなたがやるべきだと思わない?」
「だーかーら、わたしは指示を出す人だって言ってるじゃないですか。誰にでもできる仕事をやる人間ではないんです」
「それは違うでしょう。そりゃあ、いい大学を出た優秀な人材だとは思うけど、この会社では、何もちゃんとできていないじゃない。わたしより作業遅いよ? そのくせ、おしゃべりしたり、どっかに行ってなかなか戻ってこなかったり。真剣に取り組んでいなかったよね。いずれは出世してわたしの上司になるかもしれないけど、今はまだ、単なる後輩よ? あなたに命令されるのはおかしいわ」
「いつまでそう言っていられるか、ですね。言っときますけどわたし、副社長ととても仲良くさせてもらっているんです」
「あーそうなの、それは良かったわね。……もういい? わたし、早く帰りたいんだけど」
理央の言葉に全く動揺せず、面倒くさそうに紫音は言った。
『全く……なんなのこの人。腹立たしいけど、これ以上関わらない方が良さそうね、全く話が通じないもの。あーあー、ネネさんが心配……』
「わたしの話、ちゃんと聞いていたんですかっ?」
「聞いてたわよ。わたしは高卒だから、あなたの手となり足となり、命じられた雑用をしてればいいって事でしょう? で、言う事聞かなきゃ副社長に言って、酷い目に遭わせるって? 偉い人に呼び出されて、何か言われるのか、それとも解雇でもされるのかしらね。別に、なんでもいいけど。好きにしたら?」
「っ! 後で泣いて謝ったって、許しませんからね!」
「はいはい。じゃ、お先します」
ため息交じりにそう言いながら、紫音は改めてエレベーターのボタンを押した。
『……くだらない。もう、彼女とは話さないようにしよう。それにこの事で何かされたら、会社辞めよう。こんな馬鹿な事がまかり通る会社なら、しがみついててもいい事ないもんね』
そして、そう思えるのは明弘のおかげだと思う。
『アッキーが一緒に住もうって言ってくれたから、いざとなったらアパート引き払ってお邪魔しちゃえ、って思えるもんね』
そんな事を考えながらエレベーターを待っていると、
「ヒッ!」
後ろにいる理央の小さな悲鳴が聞こえ、どうしたんだろうと振り返ると、
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