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危機一髪

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 紫音の働いている会社は、行ったことはないものの知っていたので、調べてすぐに場所がわかった。
 会社が入っているビル前に着き、時間を確認する。

『6時ちょい過ぎか……仕事は6時までだから、まだ出て来てないよな?』

 バレないようにと考え、道路を挟んだ向かい側に移動し、正面入り口が見える場所にさりげなく陣取った。

『よし、ここでしーちゃんが出てくるのを見張っていよう』

 そうして待つ事30分。

『あ!』

 紫音が、若い男性と出てきたので、少し後ろから後を追う。
 途中で道路を渡り、うまい具合に見失わず目的地までついて行った。

『ここで飲むのか……どっか、ここが見える所ないかな……うーん、ないなぁ……』

 おそらく、2時間前後はかかるだろう。店の前でそんな長い時間立っているというのは、不審に思われるかもしれない。
 
『……中で待てるか、確認してみようかな……』

 新しい客が入っていく時にチラリと見えた店内は、席が仕切られて暖簾もかかっているようだ。

「いらっしゃいませー! 何名様ですかー?」

 中に入ると、女性店員に元気よく声をかけられる。

「あー、一人なんですけど……」
「はいっ! ではお席にご案内しますね!」
「あ、えっと……できれば入り口近くがいいんですが……」
「では、こちらのお席いかがですか? 二人用で狭いんですけど」
「あ、いいです! ありがとうございます」

 レジのすぐ横の席に座る事ができ、明弘はホッと息をついた。

『ここ、帰る人が見えて最高じゃん。仕切りと暖簾のおかげで、覗き込まれない限りバレないだろうし』

 そうして、酔わない程度に飲み、食事をし、紫音から連絡がこないかスマホを見ながら約2時間。

「水森さん、大丈夫?」

 そんな声が聞こえ、明弘はパッとメニュー表で顔を隠しながらレジの方を見た。
 男性に支えられながら、おぼつかない足取りで歩いているのは、間違いなく紫音だ。

『あれって、来るとき一緒だった人か? 店で合流かと思ってたけど、他の人はいなかったのかな。って、それよりも、しーちゃんどうしちゃったんだろう。具合悪いのか?』

 慌てて会計を済ませて店の外に出ると、二人はまだ店の前にいた。
 少し離れ、様子を覗う。

『そっか、タクシー拾おうとしてるんだ。まあ、ここならすぐつかまるよな。まだ早いから、空車も多いし』

 そう思ったのだが、紫音を支えている男は、一向にタクシーを止めようとしない。
 そしてそのうち、紫音を抱えるようにして移動を始めた。

『おいおい、どこ行くんだ? もしかして電車で帰ろうとしてる? いや、あんな状態じゃ無理でしょう……』 

 不安になりながら、少し距離を開けて、二人の後を追った。
 
『あの人、しーちゃんと同じ方向の電車なのかなぁ……もしかして、家まで送る気とか? いや、それは駄目だよ。そうだ、いざとなったら偶然会ったふりして、俺がしーちゃんを送ってくことにしよう』

 そんな事を考えながら、後をついて行ったのだが、

『ん? こっちから駅行けるのかな』

 大きな通りではなく、脇道に入って行く。 
 人も少なくなり、なにやら薄暗い。

『え? なんか、雰囲気がちょっと違うっていうか……』

 その時、二人が立ち止まり、明弘は慌てて側の電柱の陰に身を寄せた。
 微かに、声が聞こえてくる。

「…………休んで……」
「…………」
「変な事しない…………」
「…………だいじょぶ……」

『えっ? 何言ってんだ?』

 様子がおかしいと、明弘はもう一つ先の電柱まで進んだ。二人のすぐ近くなので、さっきよりもはっきりと会話が聞こえる。

「いやいや、大丈夫じゃないでしょ。本当に、休むだけだよ。こんな、具合が悪い女性を、どうこうしようなんて思わないから……まあ……本当は……君の事好きだから、そういう事もしたいけどね」

『なっ、なんだ? こいつ!』

「や……かえる……タクシー……」
「他の人がやりたがらない事も一生懸命してくれて……本当に、水森さんには感謝してるんだ。で、だんだんと気になるようになってきて……可愛いし、いつの間にか好きになってたんだ」

『おい、コラ、待て! なんなんだ?』

「ねえ……俺と、付き合わない?」
「や……です……帰して……」
「無理だって。こんなんで、帰れないでしょう? 大丈夫だよ。安心して、俺に任せていれば」
「やぁ……ホントに、帰りたい……」

 紫音の声は震えていて、カッとなった明弘は、スタスタと二人に歩み寄った。そして紫音を、抱いているその男から力任せに奪った。

「えっ? 何? なんなの、お前」
 
 街灯の明かりに、怒ったような島田の表情が見えた。
 しかし、『怒ってるのはこっちだ』と、明弘はその顔を睨み返した。

「シオンさんの、身内みたいなもんです。後は俺に任せてもらえますか」
「はあっ? なんだ? 何言ってんの? お前」
「ですから俺は、水森紫音さんと身内のように親しくしている者です。しーちゃん、大丈夫? わかる?」
「ん……アッキー……どうして……」
「ちょっとね、偶然見かけて……しーちゃん、俺と一緒に帰ろう?」
「うん……帰る……アッキーと、一緒に……」

 ギュッと抱きつき、どうにか話す紫音を抱え、明弘は島田を見た。

「と、言う事です。本人もこう言ってますので。後は俺がちゃんと連れて帰ります」
「え、いや……ちょっと待てよ。彼女、酔ってほとんど意識無いじゃないか。お前が本当に知り合いか、疑わしいんだよ。そんな奴に、大切な同僚を任せられないんだけど」

 そう言う島田に、明弘はちょっと考え、

「確かにそうですね。じゃあ、駅の横に交番ありましたから、そこに行きましょう。そこで彼女の弟に連絡して、俺の事証明してもらいますよ。なんなら、弟に迎えに来てもらってもいいですし。さあ、行きましょう」

 そう言うと、島田は急に『警察に行くなんて』と慌て出した。

「お前、まだ学生か? 社会人になるとなぁ、警察沙汰とか困るんだよ!」
「警察沙汰って……別に、何か悪い事したわけでもないじゃないですか。ただ、酔っぱらった女性を安全に自宅に送り届ける為に、あなたが疑ってる俺の身元をしっかり証明したいってだけで」
「あーもーいい! めんどくせーな。お前に任せる。その方が俺だって楽でいい。全く……勝手に酔いつぶれて迷惑かけられたの、こっちだし」
「それは申し訳ありません。じゃあ、紫音さんは俺が責任もって送り届けますので。失礼します」

 そう言うと、明弘は紫音を抱きかかえ、さっさと大通りに戻り、タクシーを止めて乗り込んだ。

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