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戸惑い

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 それは、触れるだけの口づけだった。

 角度を変える事もなく、深くなる事もなく、ただただ、ギリギリのところでくっついている、というような。
 思わず目をギュッと瞑ってしまった紫音だったが、何も進展せず、とはいえ離れる事もない状態に困惑し、そっと薄く目を開けて状況を確かめようとした。

 紫音の方に上半身だけ寄せてキスをしている明弘。
 手を床につけ、腕をピンと伸ばし、必死に紫音の体に触れないようにしているようなその様子がなんだか無性に可愛く思え、紫音は思わず、床にある明弘の手に、そっと自分の手を重ねた。
 驚いたように、唇を離す明弘。
 
『いきなりキスしてきたのはびっくりだけど……なんか、体だけ大きい子犬に懐かれてるみたいな感じ』

 そう思い、紫音は笑いながら明弘の肩をトン、と軽く押した。

「もー、アッキーったら……好きって言ってくれるのは嬉しいけど、それは、きっと勘違いだよ」
「……どうして、そんな事言うの?」
「んー、どうしてって……なんて言えばいいのかわかんないんだけど……」

『さっきのキスからは、それ以上の行為を望んでいるようには思えない』

 紫音はそう感じた。
 けれど、それをそのまま言う事は出来ず、どう伝えようかと言葉を探す。

「アッキーの事を、信じないわけじゃないのよ? わたしの事、好きでいてくれたっていうのはすごく嬉しいし。でもそれはたぶん、他に好きな人に出会えてなかったから、子供の頃に抱いたわたしへの好意が続いてきたってだけじゃないのかな。んー、ごめんね、うまく説明できないんだけど……『子供の好き』っていうか……そう、『大人の好き』じゃない気がしたの」
「それって、俺が子供だって事?」
「んっ? いやいや、そういうんじゃなくて」

 ズイッと体を近づける明弘を両手で制しながら、紫音は距離を保とうと少し体を傾けた。

「俺のキスが下手だったから?」
「いや、そうじゃなくて……」
「仕方ないよ、初めてだったから、どうやっていいのかもわかんなくて」
「う、うん、そっか、うん」
「それに、自分勝手に好きなようにしたら、しーちゃんに嫌われると思ったし」
「そう、そうだね、アッキーの言う通り」
「でもそれで、俺が本当にしーちゃんの事を好きなんじゃないって思われるのは、納得いかない」
「いや、本当に好きじゃないとは言ってなくって」
「だって『大人の好き』じゃないって言ったじゃん」
「あーそれは……わたしの言い方が、悪かったかな? えーと……」

 徐々に迫ってくる明弘を押し返そうとしながらも適わず、終いには床に完全に横たわった状態で、紫音は、覆いかぶさるような格好の明弘を見上げた。

「……何回だって、信じてくれるまで言うよ。俺は、しーちゃんが好きだ。家族の好きじゃない。子供の好きじゃない。ねえ、しーちゃん、俺とのキスは、嫌だった?」
「い、嫌では、なかったけど……」
「けど?」
「……なかった、です」

 曖昧な返事は納得してもらえない事を知り、言い直す。

『アッキーの事は好き。小さい頃からいい子だったし、大人になって再会してみたら、すごく素敵に成長してたし、性格は相変わらずいいし、優しいし。そんなアッキーに好きって言われたら、嬉しいに決まっている。確かにこれまでは弟感覚だったけど、でも……』

 どうすれば良いかわからないようなぎこちなさの中に、しかし、さっきまでとは全く違う『熱』を感じながら、紫音は明弘の口づけを受け入れた。

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