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アッキー

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 それは、紫音が高校1年生の春の事だった。

 母、弟と一緒に暮らしている自宅アパートに帰ると、居間で弟の和也と小柄な少年がテレビゲームをしていた。

「ただいまー」
「あ! しーちゃんおかえりなさい! 友達来てる! 同じクラスになった、藤沢明弘君。アッキー」
「アッキーね、いらっしゃい」

 和也が友達を連れて来ているのはよくある事なので、紫音は軽く挨拶をして、母親と一緒に使っている部屋に行って着替えを済ませ、台所に立った。
 母が仕事で帰りが遅いので、夕食を作るのは紫音の役目だ。

「しーちゃん、今日カレーだよね?」

 和也が、隣の居間から尋ねる。

「そうだよ」

 水森家では、金曜日はカレーと決まっている。たまに、シチューやハヤシライスにもなったりするが。

「じゃあさ、アッキーも一緒に食べていい?」
「え? アッキーも?」
「うん。カレーならさ、いっぱい作るからアッキーの分もあるでしょう?」

 確かに夕飯だけでは無くならず、翌日の朝もカレーになる事が多い。一人くらい人数が増えても大丈夫ではある。しかし、

「急だなー。アッキーの家でもご飯作ってるでしょう?」
「ううん、今日はアッキー、家で一人なんだって。だからいいでしょう?」
「うーん……それならまあ、いいけど……アッキー、なんかアレルギーある?」
「い、いえ、ない、です」
「そっ。じゃあいいよ。あー、あと、ちゃんとお家の人に言うんだよ。電話使っていいから」

 紫音は人参の皮をピーラーで剥き始めながら言った。

「じゃあ、あんたたち、ご飯の前にシャワー浴びてきな! 汗臭いよ! カズ、アッキーに使い方教えてあげてね。 タオルは風呂場の棚から出して」
「わかった! アッキー、こっち!」
「う、うん……」

 戸惑いながらも言われるがまま和也の後を追っていく明弘を見て、紫音はいったん人参を置いた。

『えーと? バスタオルと、あと着替えは……カズの着られなくなった服でいいよね。パンツはまだ穿いてないのがあったはず……』

 衣装ケースの引き出しの中からあれこれ出していると、

「しーちゃん、教えてきた!」

 和也が走って来た。

「ん。じゃあこれ持っていってあげてね、着替えとバスタオル。カズの去年の服でいいよね? アッキーちっちゃいから」
「うん、大丈夫だと思う。えーと……」
「うん?」

 なにか言いたげにモジモジしている和也。

「どうかした? ああ、カレーならいっぱい作るから大丈夫だよ。米も今から研ぐから、多めに炊くし。あんたの分減らしたりしないから、安心していっぱい食べなさい」
「うん! やった! あ、じゃなくてさ……えーと……」
「何よ。どうしたの?」
「えーと……アッキーさぁ、お母さんと二人で暮らしてるんだって」
「へー、お父さんは?」
「いないんだって」
「じゃあうちと一緒か」
「うん。で、なんかさ……お母さんが、ご飯作ったり、洗濯とかしてくれないらしくて……」
「え?」

 和也は、言いづらそうにしながらも小声で説明した。

「初めて一緒のクラスになったから、あんまりよく知らないんだけど、臭いとか言われていじめられてたみたいで……でもさ、席が近くなって話してみたらさ、すごくいい奴なんだ。だから……」

 3年前、両親が離婚した時、和也もいじめの対象になってしまった時期があった。 
 幸いそれは、和也の言われっぱなしにはならない性格もあり長くは続かなかったが、それでも、とても辛い出来事だった。
 
「カズは、アッキーと仲良くなりたいんだね」
「うん」

 即答した和也に、紫音は笑いながら言った。

「わかった。それなら、これからも遊びに連れてきなよ。ただ、この事はお母さんにも相談するよ? それはいいね?」
「うん」
「じゃあ、これ持って行ってあげて。あ、そういえば……さっき臭いとか言って、アッキーの事傷つけちゃったかな……」
「それは大丈夫だよ。だってオレと、二人ともって言ったじゃん」
「そういえばそうだね。うん、なら良かった」

 ホッとしながら、紫音はカレー作りを再開した。

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