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第六章 繁殖を求める異端
122.おぞましき光景
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ライン達はルレインシティに転移し、西の森へ向かって歩き出す。移動中、ルレインシティがざわついていた気がしたが、今は親玉を退治することが先決。心を鬼にして街から遠ざかった。
「なんか、ルレインシティが慌ただしかった気がするんだけど、あたしの気のせい?」
「気のせいじゃない。僕の耳に聞こえてくるよ。何か騒ぎが起きてるみたいだ」
「依頼屋や警察が対処できるとは思えない。だが、俺達がナーガを倒さなければもっと騒ぎが大きくなるだろう」
「……ルレインシティ、無事だといいね」
「帰ったらケティを抱き締めてやらねぇと」
街の心配をしながら、森を進んでいく。キャスライの耳に声が聞こえた。
「この先にいるみたいだ。この声、その、……言いづらいんだけど。え、えっちなことしてる声だ、これ」
恥ずかしそうに小声で話す。顔を赤くして落ち着きなく左右に視線を動かす。
「ナーガの繁殖がおこなわれているで合ってるんだろうぜ。キャスライ、大丈夫か?」
「あ、ありがとうフェイ。こうもはっきり聞こえると、は、恥ずかしいね……」
死に別れたベトリューガと愛し合った記憶を思い出してしまった。キャスライは落ち着こうと深呼吸して、聞こえる声から距離を測る。皆に伝えて、そろそろ近いと気を引き締める。
「ここから僕達は別行動だね。ライン、ルフィア、頑張って」
「おっさん達もやるだけやってみるぜ」
「あたし達にまっかせて。二人とも、気をつけてね!」
「聖南もね。キャスライ、フェイラスト、お願い」
「無理はするなよ」
ラインとルフィア、キャスライとフェイラストと聖南に班が分かれる。森の木々の隙間から施設の屋根が見えた。
教団マーシレスの本拠地へ。
二班は慎重に道を進んだ。
「ラインお兄ちゃん」
パネルに乗って空を飛ぶ小さな桃色の存在が、ラインとルフィアのいる方向に進んでいった。
*******
教団マーシレス本部、入り口。
出入りする団員が多く、その中でも一際目を引くのが、下腹部を晒し、大きく膨らませた団員だ。愛しくお腹をさすり、生まれてくる赤子を待ち望んでいた。
茂みから様子をうかがう三人は、その様子を異質なものとして見ていた。赤子が宿りお腹を膨らませるのは、普段なら喜ばしいことである。しかし彼らから感じる魔力が異常を訴える。
膨大な穢れを含んでいた。
もはや人の身に収まっているのがおかしいほどの穢れだ。穢れが蓄積し過ぎれば魔物に変化する恐れもある。だが、ナーガとの交尾で体の組織を変質させた彼らは、人の姿のまま異形へ成り果てていた。
「聖南、キャシー。あいつらは人の姿をしているけど、中身はナーガと同じだ。ためらうんじゃねぇぞ」
「ラインとフェイが戦った信者さんみたいなことになってるんだね」
「人間と戦いたくないけど……、でも、やらなきゃあたし達がやられちゃうんだもんね。頑張る!」
三人は武器を構える。顔を見合せて頷き、茂みから飛び出した。
「ちょっと通してもらうぜ!」
フェイラストの声に反応して、団員は一斉に振り返った。身ごもった彼らは三人を敵と認識して身構える。
「我が神に仇なす存在、恥を知れ!」
「我々で神を守るのだ!」
三人に注目が集まる。一部の身ごもった団員が驚いて破水し股から羊水を垂れ流した。悲鳴を上げて体勢を崩す。ずるりと異形の赤子が産み落とされる。腕が四本生え、下半身が蛇の赤子だ。顔は信者と似た顔つきをしていた。
出産で体力が大幅に減るはずだが、団員はすぐに立ち上がって身構える。股の間から触手が溢れ、それを手足にして迫ってきた。
「ルレインにいた奴と同じだ! 気をつけろよ!」
フェイラストが銃で撃ち抜く。団員に命中したが致命傷には至らなかった。他の団員も破水が始まり、グロテスクな赤子を産み落とす。赤子は産声を上げて地を這った。
――キシュアアア!
異形の赤子は目に映るものを餌と捉え、敵味方問わず襲いかかる。喰われる団員は歓喜の悲鳴を発して受け入れた。
「嗚呼、自分を食べて大きくなって!」
「神の子に食べられるなら本望です!」
熱い吐息を漏らしながら叫ぶ。団員は正気ではなかった。異形の赤子は、ナーガの細胞を求めて、細胞変異した団員を喰らう。卵から生まれた幼虫が卵の殻を食べて栄養とするように。
「なんなの、これ。こんなのって、ないよ!」
おぞましいものを見て、逃げしたいと思った。それでも聖南は鈴を鳴らす。光の術式が発動した。光紋が団員をロックオンして弾け散る。ナーガの細胞に浸透した光は体内の穢れに阻まれたが、団員の動きを止めるには充分だった。
「行くぞ、キャシー!」
「分かった!」
フェイラストが二丁の銃で撃ち抜く。魔眼で見えた、弱点を示す赤い印が狙うべき箇所を現す。狙い過たず団員の心臓に命中した。しかし体勢を立て直して彼らは襲いかかる。
「この程度で、死ぬわけにはいかない!」
「我らマーシレスの教義を害する愚か者へ、裁きを!」
股の間から生えた十の触手を足にして、地をえぐりながら駆ける。突き出された鋭利な触手を回避して、フェイラストは銃撃を続ける。
「しぶとい奴らグぼっ」
皆まで言わさずキャスライが一閃する。聖南が覚えたての浄化の術式を起動した。
「十二聖獣のみんな、力を貸して!」
従える十二聖獣の力を引き出し、光を浄化に昇華する。団員の足元に金色の紋が浮かび、光が天へと昇った。悲鳴を上げる団員から触手が失われ、穢れが薄れる。
――キシュアアア!
「聖南!」
フェイラストに呼ばれはっとした瞬間、異形の赤子に囲まれていることに気づいた。術式に集中していて気づかなかった。聖南はとっさに後退しようと背後を見れば、飛びかかる複数の赤子と目が合った。
「ひっ!」
団員の誰かの顔をした赤子が、顔を四つに割って牙の生えた肉を見せる。刹那、赤子が同じ方向にずれた。体を上下切り離され、聖南に当たる前に地に落ちた。
「聖南、手を!」
キャスライが手を伸ばす。聖南は彼の手を取って赤子のサークルから逃げ出した。
「いたぞ!」
「ナーガ様へ捧ぐ贄とするのだ!」
施設から団員が次々と溢れてくる。下半身を晒して腹部を膨らませて。男女関係なく腹が膨れていた。急激にお産が始まりうずくまる者もいた。
「オレ達はここまでだ。一旦下がってライン達と合流するぞ!」
「それがよさそうだね」
「逃げるが勝ちー!」
三人は退路を確保しながら茂みの向こうへ戻り、森の中へ身を隠すように駆ける。団員が何人か追ってきたが途中で気配が薄れた。追うのをやめたのだろう。
森の出口に出てきた三人は、武器を構えたまま森を睨む。敵の気配はない。しばしの沈黙。風の音。人の声はしないが、遠くから獣の声が聞こえる。
「……なんとか撒いたみてぇだな」
銃を下ろし、キャスライと聖南に声をかける。二人とも無事だ。
「今回の敵、あたしすごい気持ち悪く感じる……」
「僕も。あれは、きついね」
「本来喜ぶべきはずの妊娠・出産が、気色悪い出来事にされちゃあな。しかも、生まれてくるのはナーガの見た目をした獣みてぇな存在だ。目を覆いたくなっちまう」
医者をやっていてあれほどおぞましいことはなかった。
団員の彼らを魔眼で視ると、ナーガの細胞に染まった異形の生き物と認識できる。
ナーガを神として崇める危険な集団と化した彼らは、改心することないだろう。諭しても、考えを改めないだろう。
では、彼らがナーガを神として崇め続ければどうなる。
フェイラストは不意に疑問がわいた。疑問を二人に投げかけてみた。二人は首を傾げる。
「ナーガを神として崇め続けたら、ナーガが神になっちゃうってこと?」
「……神ではないものを神として崇めたら。偽物の神様ができる、かも」
「となれば、神に神格を上げたナーガはオレ達にとってますます脅威になるってことだ。世界に子どもをばらまいて、人間の住めねぇ世界に変えられちまう」
「そうしたら、あたし達はみんなナーガの繁殖相手になっちゃうじゃん! そんなの嫌だよ!」
「まずいことになっちまうな。早くライン達を助けに行こうぜ」
「うん!」
「いこー!」
三人は団員が来ていないか気配を探りながら、再び森へと入っていく。
ラインとルフィアがいる、施設の奥へと。
*******
教団マーシレス、玉座の間。
フェイラスト達が門の前で戦っている間も、残った団員がナーガとの交尾に明け暮れていた。むせかえるようなセックスのにおいに包まれながら。ナーガは子種を団員に注ぎ、人の細胞を自分の細胞で上書きした。
「満たすのだ。神の子を孕み、産み落とし、世界を我の存在で支配するのだ」
「あっ、あっ、ぁああ、ナーガ、様ぁ!」
また一人の団員がオルガスムに達した。ナーガの精子が胎内に放たれる。胎内からナーガの遺伝子が侵食し、細胞がナーガに置き換わる。交わる性器が離れ、団員がナーガに濃厚なキスを求めて顔を近づけた。ナーガは長い舌で団員の口の中を犯す。気持ち良さそうに団員が喘ぐ。舌を離すと腰が抜けてその場に座り込んだ。
「さぁ、次なる相手は誰だ?」
交尾を繰り返してもナーガは疲れを知らなかった。触手の魔神の細胞を組み込まれ、三元神のうち二柱の体半分を元に造られたのだから。触手の魔神の細胞により、本能的に交尾を求めていた。
生めよ増やせよ。
それが自分の役割だと言わんばかりに。
――ガシャァン!
玉座の背後にあった大きなステンドグラスが割れる。破片と共に飛び込んできたのは紅と青の二人。着地して亜空間から星剣を引き抜く。すっと立ち上がると、二人は玉座の背もたれ越しにナーガを見据える。
「……なるほど、貴様らは先ほどの邪魔者だな」
最初の戦いと違って、片言だったナーガがすらすらと言葉を話したことに気づく。ラインが剣を構え、ルフィアは浄化の術式を準備する。
「考えていた。凡人のこやつらと交尾を続けるより、力を持った貴様らと子を成したら、どれほどの子が生まれるのだろうと」
ナーガが動く。人間の下半身が蛇に変化する。人間の上半身は腕が四本になり、顔のパーツが内側に渦を巻き漆黒となる。闇の穴が開いた。
「……貴様らと交尾してみたくなった。なぁ、貴様らもしたいだろう? 我の繁殖相手に相応しいのだ。ほぉら、近くに来い」
ナーガがフェロモンを撒き散らす。穢れに包まれた緑のもやは、しかしルフィアが放つ浄化の力の前に打ち消された。
「私達、人はあなたの繁殖のための道具じゃない。確かにここの人達は、あなたを神として認めたのかもしれない。けれど、私達はあなたを神とは思わない」
「俺達を取り込もうと思うなら無駄なことだ。お前の繁殖相手にはならない」
ラインが深海色の瞳で睨む。
「お前は神ではない」
ナーガの闇の顔がくしゃりと歪む。
「我こそ、全ての頂点に立つ神だ」
ナーガが蛇の下半身をくねらせて迫る。凄まじき速度で地を這い四本の腕を突き出した。ラインとルフィアは左右に飛び退き、追尾する伸びる腕をかわす。二人は剣を振り下ろして断ち切った。断面から穢れた青い血が吹き出た。
「神を侮辱する者! 許さない!」
「我々もナーガ様を援護するのだ!」
残っていた団員がナーガの加勢に入る。術式を使える者は術を唱えてラインとルフィアに攻撃を加えた。ラインは神速を以て壁を蹴り、団員の膨らんだ腹を斬り裂く。胎内の赤子ごと浄化して斬り伏せる。星剣の力によって斬られた団員は浄化により蒸発した。
「水よ、清く流れよ」
ルフィアが水の精霊アンディーンの力を借りて水の術式を放つ。水紋より呼び出された水が広範囲に渦を巻いて、ナーガと団員を沈める。
「ぐう、……貴様ら、何者だ」
腕を再生させ、玉座に掴まって耐える。ナーガは闇の顔でルフィアを見た。
――ドクン。
感じる。神の力を。
最高神である創造の彼を。
ナーガの内に組み込まれた三元神が反応を示す。聖なる彼らの力を己の力に変換させ、膨大な魔力と穢れを呼び覚ます。
「ライン!」
予期せぬ出来事にルフィアが彼を呼ぶ。神速で戻ってきたラインはルフィアの隣に着地した。
「ナーガが強力になってるの。まさか、この力の源って」
「お前の考えていることで当たりだ」
ラインがすっと立ち上がってナーガを見据える。変化を起こすナーガの肉体は膨張と収縮を繰り返し、みるみる大きくなっていく。
蛇の下半身の背にトゲが伸びる。
鮫のように脇腹に穴が開いた。
筋肉を発達させ身を固める。
背にいびつな棒状の翼が生えた。
「俺も感じた。あいつの中に、三元神がいる」
「私を見て反応を起こしたってことは、私の中にある創造の力が引き金だったんだ」
「創造源神の力を持ったお前に反応し、目覚めた三元神の力を自分の力に変換させているのだろう。……まずいな、建物が崩れるぞ!」
巨大化するナーガに耐え切れず、施設が崩壊を始めた。天井が崩れ落ちる。異形から放たれる魔力が波動を放つ。衝撃を加えればたちまち柱は折れて建物は崩壊する。
「ライン、教団の人達が!」
「構うな、捨て置け!」
「でも!」
「間に合わん!」
目の前で団員が瓦礫の下敷きになるのを見た。翡翠色の六枚羽を羽ばたかせたラインがルフィアの手を掴んで空を飛ぶ。教団施設から脱出して空へ留まる。ラインが紅の紋を足場に現してそこに下りた。
巨大化したナーガはますます人から離れていく。
人間と交わり続けた彼あるいは彼女は凡人に飽きていた。
蛇の下半身が、塵のような団員を潰す。
「我こそが、神」
頭上に歪んだ光輪を浮かばせて、彼あるいは彼女は宣言した。
生まれた異形の赤子が翼を生やして周囲を飛び交う。
「やぁ、実験体No.2081。素晴らしい作品だろう?」
突如、空に映像が現れる。実験長イディオがにたにた笑っていた。
「気づいているかもしれないけど、この作品には三元神の肉体を組み込んでいいるんだ。分かるだろ? 感じるだろ? 三元神の力を吸い上げて、ナーガが進化していくのを!」
恍惚な笑みを浮かべてイディオはナーガを見る。ラインとルフィアが怒りを示した。
「……お前だけは絶対に許さない」
「熾天使レイグだけじゃなく、他の三元神まで実験に使うなんて。あなた、どこまで非道なの!」
イディオが面白おかしく笑う。腹を押さえて楽しそうに。
「非道! まさに褒め言葉だね! ぼくは実験をしてその結果を見たいだけさ!」
イディオは笑いを収めても収めきれない。微笑みながら二人を見下ろす。
「異端者。作品をそうカテゴリーした。この世の異端なる存在だ。せいぜい子どもを生むための道具にされて犯されるんだね!」
あはは、と笑い声を残しながらイディオは映像を切った。
「ライン!」
「やっと追いついたぜ」
「あいつー! また言うだけ言って逃げたなー!」
風の精霊シルフィードの力を借りて上昇してきたフェイラスト達が紅の紋の上に乗った。元のサイズよりも大きくなったナーガを見て顔をしかめる。
「これ以上でかくなってどうするってんだよ、ったく」
「僕達で止めなきゃ、彩星がまた悲しい音を鳴らしてしまうよ!」
「あたし、もーう怒った。絶対に止めるんだから!」
三人が武器を構える。
ラインとルフィアも剣を構えて。
「……行くぞ!」
ラインの声と共に、五人は紅の紋を蹴ってナーガ――異端者に立ち向かった。
「なんか、ルレインシティが慌ただしかった気がするんだけど、あたしの気のせい?」
「気のせいじゃない。僕の耳に聞こえてくるよ。何か騒ぎが起きてるみたいだ」
「依頼屋や警察が対処できるとは思えない。だが、俺達がナーガを倒さなければもっと騒ぎが大きくなるだろう」
「……ルレインシティ、無事だといいね」
「帰ったらケティを抱き締めてやらねぇと」
街の心配をしながら、森を進んでいく。キャスライの耳に声が聞こえた。
「この先にいるみたいだ。この声、その、……言いづらいんだけど。え、えっちなことしてる声だ、これ」
恥ずかしそうに小声で話す。顔を赤くして落ち着きなく左右に視線を動かす。
「ナーガの繁殖がおこなわれているで合ってるんだろうぜ。キャスライ、大丈夫か?」
「あ、ありがとうフェイ。こうもはっきり聞こえると、は、恥ずかしいね……」
死に別れたベトリューガと愛し合った記憶を思い出してしまった。キャスライは落ち着こうと深呼吸して、聞こえる声から距離を測る。皆に伝えて、そろそろ近いと気を引き締める。
「ここから僕達は別行動だね。ライン、ルフィア、頑張って」
「おっさん達もやるだけやってみるぜ」
「あたし達にまっかせて。二人とも、気をつけてね!」
「聖南もね。キャスライ、フェイラスト、お願い」
「無理はするなよ」
ラインとルフィア、キャスライとフェイラストと聖南に班が分かれる。森の木々の隙間から施設の屋根が見えた。
教団マーシレスの本拠地へ。
二班は慎重に道を進んだ。
「ラインお兄ちゃん」
パネルに乗って空を飛ぶ小さな桃色の存在が、ラインとルフィアのいる方向に進んでいった。
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教団マーシレス本部、入り口。
出入りする団員が多く、その中でも一際目を引くのが、下腹部を晒し、大きく膨らませた団員だ。愛しくお腹をさすり、生まれてくる赤子を待ち望んでいた。
茂みから様子をうかがう三人は、その様子を異質なものとして見ていた。赤子が宿りお腹を膨らませるのは、普段なら喜ばしいことである。しかし彼らから感じる魔力が異常を訴える。
膨大な穢れを含んでいた。
もはや人の身に収まっているのがおかしいほどの穢れだ。穢れが蓄積し過ぎれば魔物に変化する恐れもある。だが、ナーガとの交尾で体の組織を変質させた彼らは、人の姿のまま異形へ成り果てていた。
「聖南、キャシー。あいつらは人の姿をしているけど、中身はナーガと同じだ。ためらうんじゃねぇぞ」
「ラインとフェイが戦った信者さんみたいなことになってるんだね」
「人間と戦いたくないけど……、でも、やらなきゃあたし達がやられちゃうんだもんね。頑張る!」
三人は武器を構える。顔を見合せて頷き、茂みから飛び出した。
「ちょっと通してもらうぜ!」
フェイラストの声に反応して、団員は一斉に振り返った。身ごもった彼らは三人を敵と認識して身構える。
「我が神に仇なす存在、恥を知れ!」
「我々で神を守るのだ!」
三人に注目が集まる。一部の身ごもった団員が驚いて破水し股から羊水を垂れ流した。悲鳴を上げて体勢を崩す。ずるりと異形の赤子が産み落とされる。腕が四本生え、下半身が蛇の赤子だ。顔は信者と似た顔つきをしていた。
出産で体力が大幅に減るはずだが、団員はすぐに立ち上がって身構える。股の間から触手が溢れ、それを手足にして迫ってきた。
「ルレインにいた奴と同じだ! 気をつけろよ!」
フェイラストが銃で撃ち抜く。団員に命中したが致命傷には至らなかった。他の団員も破水が始まり、グロテスクな赤子を産み落とす。赤子は産声を上げて地を這った。
――キシュアアア!
異形の赤子は目に映るものを餌と捉え、敵味方問わず襲いかかる。喰われる団員は歓喜の悲鳴を発して受け入れた。
「嗚呼、自分を食べて大きくなって!」
「神の子に食べられるなら本望です!」
熱い吐息を漏らしながら叫ぶ。団員は正気ではなかった。異形の赤子は、ナーガの細胞を求めて、細胞変異した団員を喰らう。卵から生まれた幼虫が卵の殻を食べて栄養とするように。
「なんなの、これ。こんなのって、ないよ!」
おぞましいものを見て、逃げしたいと思った。それでも聖南は鈴を鳴らす。光の術式が発動した。光紋が団員をロックオンして弾け散る。ナーガの細胞に浸透した光は体内の穢れに阻まれたが、団員の動きを止めるには充分だった。
「行くぞ、キャシー!」
「分かった!」
フェイラストが二丁の銃で撃ち抜く。魔眼で見えた、弱点を示す赤い印が狙うべき箇所を現す。狙い過たず団員の心臓に命中した。しかし体勢を立て直して彼らは襲いかかる。
「この程度で、死ぬわけにはいかない!」
「我らマーシレスの教義を害する愚か者へ、裁きを!」
股の間から生えた十の触手を足にして、地をえぐりながら駆ける。突き出された鋭利な触手を回避して、フェイラストは銃撃を続ける。
「しぶとい奴らグぼっ」
皆まで言わさずキャスライが一閃する。聖南が覚えたての浄化の術式を起動した。
「十二聖獣のみんな、力を貸して!」
従える十二聖獣の力を引き出し、光を浄化に昇華する。団員の足元に金色の紋が浮かび、光が天へと昇った。悲鳴を上げる団員から触手が失われ、穢れが薄れる。
――キシュアアア!
「聖南!」
フェイラストに呼ばれはっとした瞬間、異形の赤子に囲まれていることに気づいた。術式に集中していて気づかなかった。聖南はとっさに後退しようと背後を見れば、飛びかかる複数の赤子と目が合った。
「ひっ!」
団員の誰かの顔をした赤子が、顔を四つに割って牙の生えた肉を見せる。刹那、赤子が同じ方向にずれた。体を上下切り離され、聖南に当たる前に地に落ちた。
「聖南、手を!」
キャスライが手を伸ばす。聖南は彼の手を取って赤子のサークルから逃げ出した。
「いたぞ!」
「ナーガ様へ捧ぐ贄とするのだ!」
施設から団員が次々と溢れてくる。下半身を晒して腹部を膨らませて。男女関係なく腹が膨れていた。急激にお産が始まりうずくまる者もいた。
「オレ達はここまでだ。一旦下がってライン達と合流するぞ!」
「それがよさそうだね」
「逃げるが勝ちー!」
三人は退路を確保しながら茂みの向こうへ戻り、森の中へ身を隠すように駆ける。団員が何人か追ってきたが途中で気配が薄れた。追うのをやめたのだろう。
森の出口に出てきた三人は、武器を構えたまま森を睨む。敵の気配はない。しばしの沈黙。風の音。人の声はしないが、遠くから獣の声が聞こえる。
「……なんとか撒いたみてぇだな」
銃を下ろし、キャスライと聖南に声をかける。二人とも無事だ。
「今回の敵、あたしすごい気持ち悪く感じる……」
「僕も。あれは、きついね」
「本来喜ぶべきはずの妊娠・出産が、気色悪い出来事にされちゃあな。しかも、生まれてくるのはナーガの見た目をした獣みてぇな存在だ。目を覆いたくなっちまう」
医者をやっていてあれほどおぞましいことはなかった。
団員の彼らを魔眼で視ると、ナーガの細胞に染まった異形の生き物と認識できる。
ナーガを神として崇める危険な集団と化した彼らは、改心することないだろう。諭しても、考えを改めないだろう。
では、彼らがナーガを神として崇め続ければどうなる。
フェイラストは不意に疑問がわいた。疑問を二人に投げかけてみた。二人は首を傾げる。
「ナーガを神として崇め続けたら、ナーガが神になっちゃうってこと?」
「……神ではないものを神として崇めたら。偽物の神様ができる、かも」
「となれば、神に神格を上げたナーガはオレ達にとってますます脅威になるってことだ。世界に子どもをばらまいて、人間の住めねぇ世界に変えられちまう」
「そうしたら、あたし達はみんなナーガの繁殖相手になっちゃうじゃん! そんなの嫌だよ!」
「まずいことになっちまうな。早くライン達を助けに行こうぜ」
「うん!」
「いこー!」
三人は団員が来ていないか気配を探りながら、再び森へと入っていく。
ラインとルフィアがいる、施設の奥へと。
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教団マーシレス、玉座の間。
フェイラスト達が門の前で戦っている間も、残った団員がナーガとの交尾に明け暮れていた。むせかえるようなセックスのにおいに包まれながら。ナーガは子種を団員に注ぎ、人の細胞を自分の細胞で上書きした。
「満たすのだ。神の子を孕み、産み落とし、世界を我の存在で支配するのだ」
「あっ、あっ、ぁああ、ナーガ、様ぁ!」
また一人の団員がオルガスムに達した。ナーガの精子が胎内に放たれる。胎内からナーガの遺伝子が侵食し、細胞がナーガに置き換わる。交わる性器が離れ、団員がナーガに濃厚なキスを求めて顔を近づけた。ナーガは長い舌で団員の口の中を犯す。気持ち良さそうに団員が喘ぐ。舌を離すと腰が抜けてその場に座り込んだ。
「さぁ、次なる相手は誰だ?」
交尾を繰り返してもナーガは疲れを知らなかった。触手の魔神の細胞を組み込まれ、三元神のうち二柱の体半分を元に造られたのだから。触手の魔神の細胞により、本能的に交尾を求めていた。
生めよ増やせよ。
それが自分の役割だと言わんばかりに。
――ガシャァン!
玉座の背後にあった大きなステンドグラスが割れる。破片と共に飛び込んできたのは紅と青の二人。着地して亜空間から星剣を引き抜く。すっと立ち上がると、二人は玉座の背もたれ越しにナーガを見据える。
「……なるほど、貴様らは先ほどの邪魔者だな」
最初の戦いと違って、片言だったナーガがすらすらと言葉を話したことに気づく。ラインが剣を構え、ルフィアは浄化の術式を準備する。
「考えていた。凡人のこやつらと交尾を続けるより、力を持った貴様らと子を成したら、どれほどの子が生まれるのだろうと」
ナーガが動く。人間の下半身が蛇に変化する。人間の上半身は腕が四本になり、顔のパーツが内側に渦を巻き漆黒となる。闇の穴が開いた。
「……貴様らと交尾してみたくなった。なぁ、貴様らもしたいだろう? 我の繁殖相手に相応しいのだ。ほぉら、近くに来い」
ナーガがフェロモンを撒き散らす。穢れに包まれた緑のもやは、しかしルフィアが放つ浄化の力の前に打ち消された。
「私達、人はあなたの繁殖のための道具じゃない。確かにここの人達は、あなたを神として認めたのかもしれない。けれど、私達はあなたを神とは思わない」
「俺達を取り込もうと思うなら無駄なことだ。お前の繁殖相手にはならない」
ラインが深海色の瞳で睨む。
「お前は神ではない」
ナーガの闇の顔がくしゃりと歪む。
「我こそ、全ての頂点に立つ神だ」
ナーガが蛇の下半身をくねらせて迫る。凄まじき速度で地を這い四本の腕を突き出した。ラインとルフィアは左右に飛び退き、追尾する伸びる腕をかわす。二人は剣を振り下ろして断ち切った。断面から穢れた青い血が吹き出た。
「神を侮辱する者! 許さない!」
「我々もナーガ様を援護するのだ!」
残っていた団員がナーガの加勢に入る。術式を使える者は術を唱えてラインとルフィアに攻撃を加えた。ラインは神速を以て壁を蹴り、団員の膨らんだ腹を斬り裂く。胎内の赤子ごと浄化して斬り伏せる。星剣の力によって斬られた団員は浄化により蒸発した。
「水よ、清く流れよ」
ルフィアが水の精霊アンディーンの力を借りて水の術式を放つ。水紋より呼び出された水が広範囲に渦を巻いて、ナーガと団員を沈める。
「ぐう、……貴様ら、何者だ」
腕を再生させ、玉座に掴まって耐える。ナーガは闇の顔でルフィアを見た。
――ドクン。
感じる。神の力を。
最高神である創造の彼を。
ナーガの内に組み込まれた三元神が反応を示す。聖なる彼らの力を己の力に変換させ、膨大な魔力と穢れを呼び覚ます。
「ライン!」
予期せぬ出来事にルフィアが彼を呼ぶ。神速で戻ってきたラインはルフィアの隣に着地した。
「ナーガが強力になってるの。まさか、この力の源って」
「お前の考えていることで当たりだ」
ラインがすっと立ち上がってナーガを見据える。変化を起こすナーガの肉体は膨張と収縮を繰り返し、みるみる大きくなっていく。
蛇の下半身の背にトゲが伸びる。
鮫のように脇腹に穴が開いた。
筋肉を発達させ身を固める。
背にいびつな棒状の翼が生えた。
「俺も感じた。あいつの中に、三元神がいる」
「私を見て反応を起こしたってことは、私の中にある創造の力が引き金だったんだ」
「創造源神の力を持ったお前に反応し、目覚めた三元神の力を自分の力に変換させているのだろう。……まずいな、建物が崩れるぞ!」
巨大化するナーガに耐え切れず、施設が崩壊を始めた。天井が崩れ落ちる。異形から放たれる魔力が波動を放つ。衝撃を加えればたちまち柱は折れて建物は崩壊する。
「ライン、教団の人達が!」
「構うな、捨て置け!」
「でも!」
「間に合わん!」
目の前で団員が瓦礫の下敷きになるのを見た。翡翠色の六枚羽を羽ばたかせたラインがルフィアの手を掴んで空を飛ぶ。教団施設から脱出して空へ留まる。ラインが紅の紋を足場に現してそこに下りた。
巨大化したナーガはますます人から離れていく。
人間と交わり続けた彼あるいは彼女は凡人に飽きていた。
蛇の下半身が、塵のような団員を潰す。
「我こそが、神」
頭上に歪んだ光輪を浮かばせて、彼あるいは彼女は宣言した。
生まれた異形の赤子が翼を生やして周囲を飛び交う。
「やぁ、実験体No.2081。素晴らしい作品だろう?」
突如、空に映像が現れる。実験長イディオがにたにた笑っていた。
「気づいているかもしれないけど、この作品には三元神の肉体を組み込んでいいるんだ。分かるだろ? 感じるだろ? 三元神の力を吸い上げて、ナーガが進化していくのを!」
恍惚な笑みを浮かべてイディオはナーガを見る。ラインとルフィアが怒りを示した。
「……お前だけは絶対に許さない」
「熾天使レイグだけじゃなく、他の三元神まで実験に使うなんて。あなた、どこまで非道なの!」
イディオが面白おかしく笑う。腹を押さえて楽しそうに。
「非道! まさに褒め言葉だね! ぼくは実験をしてその結果を見たいだけさ!」
イディオは笑いを収めても収めきれない。微笑みながら二人を見下ろす。
「異端者。作品をそうカテゴリーした。この世の異端なる存在だ。せいぜい子どもを生むための道具にされて犯されるんだね!」
あはは、と笑い声を残しながらイディオは映像を切った。
「ライン!」
「やっと追いついたぜ」
「あいつー! また言うだけ言って逃げたなー!」
風の精霊シルフィードの力を借りて上昇してきたフェイラスト達が紅の紋の上に乗った。元のサイズよりも大きくなったナーガを見て顔をしかめる。
「これ以上でかくなってどうするってんだよ、ったく」
「僕達で止めなきゃ、彩星がまた悲しい音を鳴らしてしまうよ!」
「あたし、もーう怒った。絶対に止めるんだから!」
三人が武器を構える。
ラインとルフィアも剣を構えて。
「……行くぞ!」
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