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第六章 繁殖を求める異端

119.名も知らぬ巨体

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 秘密の大屋敷へ集まった五人は緊迫した空気で顔を合わせる。

 彩星の悲鳴。
 異常な穢れ。
 迫る巨大な気配。

 緊急事態に、ラインは険しい表情で皆を見る。

「恐らくまだ帝国と王国には上陸していない。聖南、真国はどうだ?」
「あたしのとこにはまだ来てない。ノームが言うには、おっきい気配はベルク大陸から感じるってさ」
「ベルク大陸ってーと、ラインがアルカ少年と行った施設があったよな。まさか、そこにいた肉の塊の残りか?」
「ううん、違う」

 ルフィアが静かに答える。

「肉の塊じゃない。気配と感じる魔力の質が全然違うもの。穢れの中に何か、明るいものを感じるのだけど……」
「僕も、少し違和感があるんだ。ルフィア、もしかして今回の敵は、神様とかじゃないかな?」
「神様……うん、その可能性があるかも」

 ざわめく皆の声を聞いてルフィアは思い出す。かつて『破壊を司る者』が語った過去を。

「ねぇ、クロエが過去を語ったとき、三元神レイグの体は奪われて再生を許されなかった、って言ってなかった?」
「……あぁ、言っていたな」

 それを聞いてラインは思い出す。他の三元神、智天使ケント・ケルビム、座天使ヴァイゼ・スロネスも、敗れた後はダーカーに肉体を運ばれて何処いずこかに連れ去られたと。

 もしルフィアの言う通り、今回の敵に神の力を感じるのであれば。
 明るいものとは、その二柱の力なのだろうか。
 熾天使の力を継承しているラインでも、大元の二柱の力は知り得ない。
 だが、リリス亡き今、保存する理由がなくなったとすれば。
 実験長イディオはためらいなく二柱の神を実験に使うだろう。

「……実際に対面する必要がありそうだな」

 ラインが憶測を語る。聖南とキャスライが苦い顔をした。フェイラストがため息を吐いて眼鏡を直す。ルフィアが気配を感じて固定転移紋を見た。

「誰か来るみたい」

 光から現れたのは黒いのだった。眉間にしわを寄せて、険しい表情で五人に近づく。

「ゲヘナから新たな敵が実験と称して送り込まれたみたいよ。かなりヤバイ奴が」
「クロエ、そのヤバイやつって、いったい何者なの?」
「山ほどでかい巨大な蛇人ナーガだね。正式名称をなんと呼ぶかは知らないけど、ナーガと呼ぶことにするよ」

 黒き彼女は、神域で見た事実をライン達に伝えた。皆はおぞましいものを見るような目で黒いのを見る。

「恐らく奴の目的は繁殖すること。捕らえた生物、主に人間を胎内に取り込んで遺伝子情報を獲得する。人間を取り込んで言語能力も獲得したところをみると、あれは取り込む素材によって力を得るタイプみたいよ」
「おい、クロエ嬢。繁殖ってことは、そのデカブツが地上で増えようとしてるのか?」
「恐らくは。雌雄同体みたいだから、相手が雄でも雌でも関係なく繁殖することが可能みたい」
「そんなの、早く止めないとあたし達までそいつに食べられちゃうじゃん!」
「僕達、急いだ方がいい?」

 キャスライが黒いのに問うと、彼女は投影術式で画面を現した。海を泳ぐ巨体が映し出される。

「今はこの通り海を泳いでる。方角から予想して、一番近い人間の集まっている場所に辿り着くね」
「ちょ、ちょっと待ってよ! ベルク大陸から一番近くて人間のたくさんいるところって、真国じゃん!」

 聖南があわてふためく。自分の故郷に危機が迫っている。固定転移紋の上に乗って転移しようとしたところをラインが止めた。

「クロノワ、海でナーガを仕留めるぞ」
「彩星も私が動くことを予知してる。創造源神は真国に降り立って防衛に回ると思うし」
「ルフィアのお父さんが守ってくれるなら大丈夫そう! よーし、あたしはナーガ討伐行くからねー!」

 ライン達は固定転移紋に集まって転移する。ナーガの向かうとされる地点に座標を合わせて転移の光に包まれた。

*******

 ライン達は海上に現れた。彩星が虹色の巨大な紋を敷いて足場を作る。かつてリリスを倒した時と同じ虹の紋を見て、ラインは気を引き締めた。

「近い」

 亜空間から星剣ユーリエルを抜く。皆も武器を構えた。
 遠くから海を割って進む巨大な物体が迫る。それは頭を上げて手を虹色の紋につけた。どしん、と地鳴りがするほど強く。蛇の体を虹の紋に乗せたナーガは、山ほどある巨体をくねらせてライン達を見下ろした。

「で、でっか……!」

 聖南があんぐりと口を開けた。キャスライが絶句した。

「な、なんだよこいつぁ……!?」

 フェイラストが魔眼で視る。視界に映るのは穢れそのもの。

 ――不可視アンノウン

 第三の試練でクロノワを視たときと同じく視ることができない。ナーガは漆黒の闇に包まれていた。しかしそれは原初の力ではなく、おびただしい穢れによるものだ。

「ルフィア、明るいものって奴は感じるか!?」
「……感じる。奥の方、深いところに、穢れの中に何かがある!」

 ルフィアが星剣を構えて浄化の術式を起動する。虹色の紋に己の浄化の青い紋を広げた。敵から溢れる穢れから皆を守る。

「明るいものを感じるということなら、俺の憶測もあながち間違いではないということか」

 ラインが黒いのの隣に並ぶ。黒き彼女は一対の剣を呼び出して宙に浮遊させていた。

「相手はリリスだと思って相手した方がいいと思うよ。こいつ、マジでとんでもない穢れの塊だ」

 身構えるライン達を見下ろし、異端者イレギュラー――ナーガは首をかしげた。

「ニンゲン……食べる。子ども、産む。種の存続。増やす、増やす」

 はっきりと言葉を紡いだナーガは、攻撃色を見せる小さき生き物を不思議そうに見ていた。

「行くぞ!」

 ラインの声に皆が返事する。
瞬速を発動して姿を消し、蛇の体に一閃お見舞いした。緑の血が吹き出て虹の紋に飛び散った。ルフィアの浄化の紋によって即座に浄化される。

「踊れ」

 黒いのが舞う。闇と光の剣が宙を駆ける。ラインを支援するように、傷跡を狙って斬撃を繰り出す。

「……? な、に?」

 初めて感じる痛みに身をよじらせる。ナーガは巨大な手を振り下ろして彼らを捕まえようとする。

「させないもん!」

 聖南が地の魔力を最大限に用いて、障壁を張って守りを固める。守りに強い賢鶏ケンケイも召喚して強度を高めた。障壁に手が叩きつけられる。ルフィア、聖南が守られた。

不可視アンノウンで視えねぇなら、視えるとこまで行くしかねぇってな!」

 跳び上がってフェイラストが手の甲に着地した。すぐさま駆け出し、二丁の銃を構えて突き進む。傍らにはキャスライが空を飛ぶ。

「人間、捕まらない。なぜ?」

 紅の疾風が吹き荒れる。浄化の力を以て、穢れの漏れ出す顔が袈裟斬りにされた。泣き別れた顔の一部が虹の紋に落ちてバウンドし、紋の際に留まった。

「キャシー、顔の部分まで連れてってくれ!」
「分かった!」

 フェイラストが手を伸ばし、キャスライがその手を掴む。一気に上昇して腹、胸、頭へと昇る。すると乳首の位置から触手が伸び、二人を狙い定めて捕縛せんと動く。

「なんか来るぞ!」
「くぅっ!」

 頭の周りをぐるりと回って触手を回避しようとするが、二手に分かれて二人を襲う。

「フェイ、肩に落とすよ!」
「了解だ!」

 キャスライが手を離してフェイラストをナーガの肩に落とす。触手二本はキャスライをターゲッティングして追尾した。

「視るぜ、お前さんの中身!」

 フェイラストが魔眼を起動した。上弦の三日月模様が瞳に浮かぶ。ナーガの頭の穴から漏れ出す穢れを魔眼で見通す。ラインが顔を断ち切ったおかげで不可視アンノウンではなくなっていた。

 視えたもの。
 穢れの中に閉じ込められて苦しむ光。
 触手の魔神の細胞分裂。
 穢れ。穢れ。穢れ。
 生めよ増やせよという本能。

 フェイラストが魔眼での解読を続けていると、巨大な手が迫る。長い爪で摘まむようにフェイラストの頭を挟んで持ち上げた。

「いっでぇ! この、離しやがれ!」

 銃で攻撃しても手はひるまない。その間に乳首から伸びていた触手の一つがフェイラストに巻きつきスリットへ運ぶ。女陰が現れた。中へ取り込むつもりだ。

「目を閉じてろ!」

 風の中に聞こえたラインの声の通り目を閉じる。切断する音。フェイラストの体が重力に従い落下する。キャスライが彼の伸ばした手を掴んだ。

「大丈夫? フェイ!」
「おかげさまでな!」

 二人は一旦ルフィアのところまで後退する。着地してフェイラストがルフィアに視えたものを伝えようとすると、ナーガが蛇の下半身を動かして迫った。

「食べる。産む。増える」

 進路にいた黒いのが横っ飛びに避け、ルフィア、聖南が障壁を張り巡らせる。フェイラスト、キャスライも障壁の中に留まった。

「我は私は、増え続ける」

 上半身を起こして勢いよく障壁に体を叩きつけた。激しい振動で聖南がバランスを崩し尻餅をついた。

「おいおい大丈夫だよな!?」

 フェイラストが狼狽える。障壁が穢れに汚染されていく。ルフィアの浄化の紋すらも。

「私の浄化の紋を、侵食してる……!」

 浄化の紋の下に重なる足場の虹紋も穢れて砕けていく。

「お前ら、早く後方に下がれ!」
「そこにいるとナーガの下敷きになるか、極寒の海に落ちるよ!」

 障壁の外にいるラインと黒いのが叫ぶ。ルフィアは危険を察知した。聖南を起こし、手を掴んで後方に走る。キャスライとフェイラストも駆け出した。

「人間、ニン、ゲン。食べる。世界、セカイに我を私を」

 障壁を出た四人は虹紋の中央で足を止めた。背後の障壁は穢れに汚染されて、ガラスが砕ける音を立てて破壊された。浄化の紋と虹紋にヒビが入り、ナーガの重さに耐えきれず崩れ落ちた。ナーガが海へ落ちる。凄まじい水しぶきを上げて水の壁ができた。それが収まる頃には、視界に映る範囲からナーガは姿を消していた。

「逃げられちまったってのかよ」
「真国が大変なことになっちゃう!」

 フェイラストと聖南が遠くにある真国に目を向ける。聖南が今すぐ動き出しそうなところをルフィアが止めた。

「お父さんが守ってくれるから。きっと大丈夫」
「う、うん……」

 心配そうに遠くを見つめる聖南の肩に手を置く。ルフィアも心配そうに同じ方角を見つめた。

「無事でなによりだ」
 ラインが黒いのと共に戻ってきた。

「逃げられたね。カレスティアから連絡あったけど、向かう先を変えてるみたいよ」
「えっ、あのでっかいの、真国に向かってないの!?」
「どこへ行くかはまだ分からない。巨大で穢れが豊富なんだから、どこにいるのかは確実に追える」

 黒いのが宙を舞う剣を呼び戻して亜空間に片付ける。フェイラストに近づいた。

「……何が視えた?」
「おう、言うぜ……」

  フェイラストが視えたものを話す。五人は静かに聞いた。

「ルフィアの感じた明るいものってのは、確かに存在したぜ。でも、それを奥まで見通す前に捕まっちまってよ。結局それがいったいなんだったのかは分からず仕舞いだ」
「ナーガと対峙して、私は何かが助けを求めているような気がした。フェイラストが視えたなら、きっとそこに何かがある」
「とてつもねぇ穢れだったからなぁ。あれをどうにかしねぇと、太刀打ちでねぇ……」

 フェイラストが眼鏡を直して息を吐いた。顔を上げて黒いのを見る。

「これからクロエ嬢はどうすんだ?」
「私は神域に戻ってナーガの行き先を探る。カレスティアも神域に戻ってくるだろうし、二人で話し合うよ。あんたさん達は一旦自分のところに戻った方がいい。ラインさんはアルカくんのこともあるでしょ」
「……そうだな」
「僕達が敵う相手なのかな、あの大きいの……」
「あたしも弱気になっちゃう。リリスの時を思い出しちゃった」
「どんな生物にも少なからず弱点は存在する。だからそれを探すしかない。はっきりした情報が少なすぎるところが厄介だけどね」

 黒いのが砕けた虹紋の端に向かう。穢れによどむ海の色を見て瞳を伏せた。

「エルデラート、この戦いは長くなりそうだよ」
 静かに呟く。転移を起動して神域へ戻った。

 その様子を見ていたラインも、戻ろう、と声をかけて自分のいるべき場所へと帰る。最後にルフィアが残った。長い白髪が風に揺れる。

「もし本当に三元神の二柱を組み込まれているなら。どうしたら智天使と座天使を解放できるのかな……」

 胸の奥がちくちく痛むような感覚が起こる。押さえるように胸元に手を置いてきゅっと握った。

「未来視は、したくない……」

 おぞましい存在が世界を蝕む未来が視えたら。そう思うと怖かった。

「ライン、私達で守ろうね」

 ルフィアはそっと浄化を施してから転移した。
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