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第四章 運命に抗う者達
84.「彼」を想う
しおりを挟む 無事に第三の試練を突破し、シェーンのいる城に戻ってきた。突破の証であるブローチを見せる。彼女はとても喜んだ。
「皆様、本当におめでとうございます。大変だったでしょう。世界の根源と戦ったのですから」
「シェーンさん、教えてくれないんだもん。びっくりしたよ!」
聖南がぶーぶーとふてくされる。
「こればかりはどうしても教えられませんので」
口元に手を当てて上品に笑った。
「俺達は地上に帰ります。黒いのも長居はしないようにと言っていたので」
「そうね。この世界は本来、みだりに人が入り込んでいい場所ではないのですから。動植物のための世界なのよ。貴方達のように試練を受ける人は除いて、ね」
「地上の世界がどうなっているか分かりますか?」
「ごめんなさい。わたくしには他の世界を見る力は無いの。だから、自分で確かめてちょうだい。きっと平和なままよ」
ふふ、と微笑む。シェーンは少し寂しそうだ。
「シェーンさん、ありがとうございました」
「ありがとー!」
「ケティにも言っときますよ」
「僕はもう一度ここに来たいなぁ」
「では、俺達はこれで。失礼します」
「えぇ。頑張ってね」
シェーンに別れを告げて、ライン達は固定転移紋がある場所へと向かった。
*******
地上界、北ベルク大陸の機械都市ケルイズ国。
非人道的な実験や技術を繰り返し、ゲヘナにバックアップもしている機関があった。今そこに有能な科学者が集められている。そして、そこにいた者は皆、転移紋を介してゲヘナへ消えた。
「うふふ……」
妖艶な女性の笑い声が、これから起こる事態の引き金となる。
「もうすぐよ。もうすぐ、わたしの世界が完成する」
闇が渦巻いている。
培養槽に浮かぶ金髪の青年達が、目覚めようとしていた。
*******
ライン達は地上界に帰ってきた。久しぶりに感じる地上の空気を胸いっぱいに吸い込む。
「はー! やっぱり地上界が一番落ち着く!」
「だよなぁ聖南。人間はやっぱりこっちのが落ち着くぜぇ」
「僕は天上界も好きだなぁ」
「えーと、適当に座標合わせて出てきたけど、ここはどこかな?」
「……確か」
ラインは記憶を手繰り寄せる。見覚えのある地形。遠くに見える街を見る。フォートレスシティだ。
「どうやら帝国領に来ているようだ。フォートレスシティが見える」
「お、じゃあラインの家にでも行こうぜ。お前も色々報告したいだろ?」
「まぁ、そうだな。母さんに顔を見せよう」
他の皆も賛成し、フォートレスシティへと足を進めた。
街並みはいたって変わらない。雪が降ったのかうっすら白く染まっていた。三時を告げる鐘が鳴る。A区画にあるラインの家に着いた。ドアをノックすれば、いつも通りセレスが出た。
「あら、ラインにみんな、いらっしゃい」
「ただいま母さん。みんなを入れてもいいかな」
「いいわよ。さ、上がって上がって~」
促されてラインの家に入る。リビングに移動し、ようやく一息ついた。ソファーに聖南が飛び込んだ。
「疲れた~」
「そうだな。色々大変だった」
ぐだっとしていた聖南がきちんと着席した。隣にルフィアが腰かける。キャスライがホットカーペットに座ってぬくぬくしていた。フェイラストはその隣で椅子に掛けていた。ラインはキャスライの隣に座る。
「でよ。これからどうすんだ。試練は終わったし、あとはぶっつけ本番、リリスとの対決ってくるのか?」
「僕達は、確かに試練を越えて強くなった。でも、本当にリリスに勝てるのかな。そこがいまいち分からないんだ。それに、……怖い」
「あたしも、鉱山でリリスに捕まったとき、とっても怖かった。ほんとに、ほんとに悪意のこもった目で見られた。リリスってダーカーの親玉なんでしょ? あたし、自信ないよ」
「正直に言うと、私もちょっと自信ない、かな。ナイルのこともあるし、向こうはまだ何か隠してるかもしれないし」
皆が思っていることを話す。試練を突破したことで強くはなれた。しかし、本当にこれで敵うだろうか。不安が募る。皆の話にラインも頷く。
「俺にはまだ穢れがこびりついている。これがどう作用してくるか分からない。不安要素はできるだけなくしたいが、こればかりは俺でもどうにもできない部分だ」
「今のルフィアが浄化しても消えないの?」
聖南は首をかしげた。確かに強くなった今のルフィアならば可能かもしれない。試す価値はある。ラインはルフィアに頼んでみた。彼女は快く引き受けた。
「ラインの穢れがついに消えるかな?」
「やってみて、だな」
その時、扉が開いた。セレスがお茶とお茶菓子を運んできた。猫の母娘も入ってきた。見知らぬ客人に臆することもなく堂々と歩いてきた。聖南とキャスライが猫を見て和やかな笑みを浮かべる。
「みんな、お疲れさま。紅茶とお菓子食べて」
セレスがテーブルにティーカップとお茶菓子の入った皿を置いた。母猫リリー、娘猫ミィは飼い主のラインにすり寄る。頭を擦り付けた。その様子を見て聖南とキャスライが羨ましそうにしていた。
「ねこ、ねこ触りたい!」
「二匹のネコさん、ラインのこと大好きって言ってるよ。はわわわわ」
動物の言葉を理解できるキャスライが顔を赤くする。聖南がソファーから飛び出しそうなのをルフィアが制した。セレスが面白くて微笑んだ。
「あ、そうそう。ライン、あなたが出掛けてる間にね、お客さんが来たのよ」
セレスがトレーを置いて、ラインの隣に座った。娘猫ミィがホットカーペットにごろんと寝転んだ。
「ラインそっくりな子が来たのよ。本当にラインかと思ったわ。でも、全然違う雰囲気の子。黒い服を着ていたわね」
ライン達は顔を見合わせる。
「それって」
「もしかして」
「ナイルのやつか!」
「母さん、その話を詳しく聞かせてくれ」
セレスはふふ、と笑って頷いた。
「この前こと。ラインそっくりな人が来たの」
*******
ナイルは「ラインの母を殺害せよ」との命令を受けてフォートレスシティにやって来た。そして彼女を訪ねるが。
「あ……」
「ライン? いえ、ラインじゃないわね」
本能が訴える。
彼女が母だと。殺すべき相手だと。
セレスはにっこりと笑って彼を見る。ナイルは驚いて逃げようとした。
「いらっしゃい。入りなさいな。この季節のフォートレスシティは寒いでしょう? スープがあるから飲んでいって」
優しく呼ぶと、彼はおどおどしながら家に入った。キッチンに通され、椅子に腰かけた。セレスはスープを温めなおす。
「母さん、あの、俺……」
「なにかしら?」
「あなたを、殺すように、言われて……」
「そう言われて来たのね」
セレスはおびえることなく会話をする。ライン達のつけたナイルの名は知らないため、なんと呼べばいいのか考えていた。彼はうつむいたままだ。
「ニャーオ」
足元で猫の声がした。ナイルの視界に母猫リリーが入る。初めて見る猫にどうしたらいいか分からず、固まってしまった。そんなのお構い無しとばかりに、リリーは跳んでナイルの膝の上に乗った。尻尾が立っているところを見るに、機嫌がいいようだ。体をすり寄せている。
「えっと、ねこ、……どう、したら」
「大丈夫よ。あなたのこと取って食べたりしないから。優しく撫でてあげて。あなたのことラインだと思ってるみたい。そうよねー、そっくりだものね」
最後の一言はリリーに話しかけた言葉だ。ニャーオ、とひと鳴きしておすわりした。ナイルは言われた通り、そっと手を当てた。優しく撫でる。冬毛でふかふかの毛並みが指をさらさらと通る。ぬくもりが心地よくて片腕で抱くように囲んだ。
「はい、スープ。食べてって」
「え、だって、俺、……俺は、あなたを」
「いいから、冷めないうちに」
「……うん」
スプーンを握る手もおぼつかない。震えながらもスープを掬って口に運んだ。
とても、温かい。
「……おいしい」
無表情な彼に、セレスは笑顔を向ける。彼がこちらを向いた。虚ろな深海色の眼差しは、下を向いたり上を向いたり落ち着かない。動揺しているのが見てとれた。
「そんなに怖がらなくていいのよ。だって、あなたラインなんでしょ。確かに本物とは違うかもしれないけど、あなたもラインを名乗るなら、うちの子よ」
「うちの子?」
「そう。だから、お腹が空いたり、つらくなったり悲しくなったら、いつでも帰っておいで。母さん、待ってるから。あなたを温めてあげるから。ね?」
セレスの言葉に反応するようにリリーが数回長く鳴いた。捨て猫だった自分も彼女に救われた。だから、あなたもここに来なさい。そんな風に言っているようだった。ナイルはリリーを撫でる。言葉は分からないが、この猫が何かを訴えているのは感じ取れた。
「俺、また来てもいい?」
「えぇ。いいわよ」
「うん……、また、来る」
スープを飲む。優しくて、温かくて、無いはずの心を包み込んでくれるようだった。
*******
「なんてことがあったのよ」
「母さん、なんて無茶な……!」
ラインは母の懐の広さと心構えに思わず笑ってしまった。殺しに来た相手をもてなすとは、相当肝が座っている。
「ラインのおふくろすごすぎだろ……」
「ね、ねぇ。もしかしたら、ここにいたらナイルが来るんじゃ! あたし達と戦闘にならない?」
「まさか、そんな訳ねぇ……、いや、有り得る話だぜ」
「私は大丈夫だと思うよ」
「どうして、ルフィア?」
「ナイルにも伝わってるはずだよ、ラインのお母さんの優しさ。ここで私達と出会っても、戦いにはならないと思う。それに、私もちょっと話してみたいし」
「えぇ!? 無茶だよお!」
「ラインのお母さんができたんだよ。私だって、ううん、私達だってできるはずだよ。戦いにならない方法、きっとある」
ルフィアは強い意思を湛えた眼差しで皆を見つめた。聖南は驚愕の表情のまま固まってしまった。ラインは腕を組んで考えている。
「オレ達でナイルを懐柔するってことか。どうにかできたら、そらすげぇな」
「でも、僕達にラインのお母さんみたいなことできるかな。僕は自信がないよ」
「別に一人でやらなくても、二人でやればいいんじゃないかな? キャスライとフェイラスト二人で、とか」
「おう。それならいけるぜ。一人より二人だ。オレはナイルにしてやりたいことを決めとくぜ」
「じゃ、じゃあ僕はフェイラストのお手伝いする」
二人の動きは決まった。聖南はやっと顔が戻って冷静さを取り戻した。
「えぇと、あ、あたしは……そうだ! ナイルは真国の文化、絶対知らないと思うから、親善大使になる!」
「お、いいじゃねぇか聖南。姫としての実力発揮にはいい舞台だぜ」
「お前ら、本気でやるのか?」
「ラインさんもやろうよ! だってナイルはラインさんでしょ、お母さんのこともあるから、きっとできるよ!」
聖南は自信満々に胸を張る。隣のルフィアが笑った。
「私もナイルに干渉してみたいの。ね、ラインもやろう」
「……俺は「俺」と出会うことになるんだぞ。どうしろって」
「あら、いいじゃないの。ね、母さんと一緒に話し合いましょ、ライン」
「養子に迎えるとか言い出さないでくれよ?」
ひきつった笑みで答える。狼狽える息子の様子を見て母は面白くて笑った。
「ふふ、ラインたら。でも、それもいいわね。彼、みんなの呼びかたからとってナイルくんにしましょう。養子に迎えても面白そうね」
「母さんそれは本当に心から勘弁してくれ」
想像するだに恐ろしい。冷静沈着な息子の顔面蒼白が珍しくて、あらあらとセレスは口元を押さえて笑う。ラインは、はぁー、と深いため息を吐いた。
「……それで、お前達の今後の予定は決まりか?」
「決まったぜ」
「僕も僕も!」
「あたしも頑張るー!」
「私も!」
「あらあら、みんな元気ね。母さんも負けてられないわよ。おもてなしたくさんするわ!」
「ニャーオ」
「ミャーオ」
母猫リリーと娘猫ミィもつられて鳴いた。なんだか楽しそう、とでも思っただろうか。それは、動物の言葉の分かるキャスライのみぞ知る。
「あら、噂をしたら来たみたいよ。今、窓から見えたわ」
「ほんと!?」
聖南がソファーの背もたれに体を預けて窓の外を見る。黒い衣装が見えるような見えないような。
「あたし、一番最初に案内する! やりたいこといっぱいあるんだよー!」
元気よくリビングを出ていった。慌てて他の者も玄関へ。セレスが玄関のノック音を聞いて返事をした。扉を開けると、やはりナイルがいた。
「……母さん、あれ?」
彼女の後ろにいる彼らを見て首をかしげた。その中にオリジナルがいるのを見てとっさに身構えたが。
「俺は何もしない。代わりに、話を聞いてくれ」
「なんの、話……?」
「みんながね、あなたを一緒に連れていきたいんですって。安心して。母さんの信頼する子達だから。あなたに悪さはしないわ」
「いや、だって、俺は。俺は、母さんを殺しに来たのに、どうして」
「母さんを殺すのは、その後でもできるでしょ。お願い、付き合って」
母の頼み――本当の母親ではないのだが――を聞いて、ナイルは悩む。
「そうそう。あなたのことみんなで話し合ってね、ナイルって名前をつけてあげようって。だから、あなたは今日からナイルよ。ね、ナイル」
「ナイ、ル?」
「あたしが考えたんだよ!」
「お前が? よく、分からない……俺の、名前?」
名前などなかった彼に名が染み込む。培養槽で生まれ、実験体としか見られなかった彼は、初めて名前を授かって感情の処理ができずに動揺していた。
「ナイル、あたしと一緒に来て。真国を、あたしの国を案内したいの。あたし達でね、ナイルの知らないことたくさん教えてあげようって思ったんだ」
「聖南姫は本気だぜ。ナイル、いいだろ?」
「だって、俺は、母さんとオリジナル、それにお前達も殺すつもりで」
「さっきセレスお母さんも言ってたよ。それは後でもできるって。私達の話を聞いてからでもできるから。もし気に入らなかったら、その時はひと思いにやっちゃって」
ルフィアが微笑む。彼女の笑みが眩しくて、虚ろな眼差しは下を向いた。ナイルは考える。確かに彼らの言う通り、全てが終わってから殺せばいい。結果的に殺せれば、過程はどうでもいいではないか。
ナイルは顔を上げる。こくりと頷いた。聖南が喜んでぴょんぴょん跳ねた。
「じゃあ、最初はあたしが!」
「ふふ、ナイルくん、楽しんでらっしゃい」
「……うん」
聖南がナイルの手を引いて外へ出た。こちらに手を振って、転移の術式を起動して真国へ消えた。
「ライン、話が進んじゃったけど、これでいいかしら?」
「母さんまで乗り気になったら、俺はもう止められないさ」
苦笑いがこぼれる。背後の仲間達もにっこり笑っている。
「よっし、キャスライ、オレ達も何するか考えるぞ」
「僕達は何にしようかなぁ」
「私も考えなくちゃ。ふふ、聖南ったら、よほどナイルが気になるみたい」
「そのようだな。……悪い方向に動かなければいいんだが」
心配が杞憂に終わってくれ。ラインは聖南の無事を祈った。
「皆様、本当におめでとうございます。大変だったでしょう。世界の根源と戦ったのですから」
「シェーンさん、教えてくれないんだもん。びっくりしたよ!」
聖南がぶーぶーとふてくされる。
「こればかりはどうしても教えられませんので」
口元に手を当てて上品に笑った。
「俺達は地上に帰ります。黒いのも長居はしないようにと言っていたので」
「そうね。この世界は本来、みだりに人が入り込んでいい場所ではないのですから。動植物のための世界なのよ。貴方達のように試練を受ける人は除いて、ね」
「地上の世界がどうなっているか分かりますか?」
「ごめんなさい。わたくしには他の世界を見る力は無いの。だから、自分で確かめてちょうだい。きっと平和なままよ」
ふふ、と微笑む。シェーンは少し寂しそうだ。
「シェーンさん、ありがとうございました」
「ありがとー!」
「ケティにも言っときますよ」
「僕はもう一度ここに来たいなぁ」
「では、俺達はこれで。失礼します」
「えぇ。頑張ってね」
シェーンに別れを告げて、ライン達は固定転移紋がある場所へと向かった。
*******
地上界、北ベルク大陸の機械都市ケルイズ国。
非人道的な実験や技術を繰り返し、ゲヘナにバックアップもしている機関があった。今そこに有能な科学者が集められている。そして、そこにいた者は皆、転移紋を介してゲヘナへ消えた。
「うふふ……」
妖艶な女性の笑い声が、これから起こる事態の引き金となる。
「もうすぐよ。もうすぐ、わたしの世界が完成する」
闇が渦巻いている。
培養槽に浮かぶ金髪の青年達が、目覚めようとしていた。
*******
ライン達は地上界に帰ってきた。久しぶりに感じる地上の空気を胸いっぱいに吸い込む。
「はー! やっぱり地上界が一番落ち着く!」
「だよなぁ聖南。人間はやっぱりこっちのが落ち着くぜぇ」
「僕は天上界も好きだなぁ」
「えーと、適当に座標合わせて出てきたけど、ここはどこかな?」
「……確か」
ラインは記憶を手繰り寄せる。見覚えのある地形。遠くに見える街を見る。フォートレスシティだ。
「どうやら帝国領に来ているようだ。フォートレスシティが見える」
「お、じゃあラインの家にでも行こうぜ。お前も色々報告したいだろ?」
「まぁ、そうだな。母さんに顔を見せよう」
他の皆も賛成し、フォートレスシティへと足を進めた。
街並みはいたって変わらない。雪が降ったのかうっすら白く染まっていた。三時を告げる鐘が鳴る。A区画にあるラインの家に着いた。ドアをノックすれば、いつも通りセレスが出た。
「あら、ラインにみんな、いらっしゃい」
「ただいま母さん。みんなを入れてもいいかな」
「いいわよ。さ、上がって上がって~」
促されてラインの家に入る。リビングに移動し、ようやく一息ついた。ソファーに聖南が飛び込んだ。
「疲れた~」
「そうだな。色々大変だった」
ぐだっとしていた聖南がきちんと着席した。隣にルフィアが腰かける。キャスライがホットカーペットに座ってぬくぬくしていた。フェイラストはその隣で椅子に掛けていた。ラインはキャスライの隣に座る。
「でよ。これからどうすんだ。試練は終わったし、あとはぶっつけ本番、リリスとの対決ってくるのか?」
「僕達は、確かに試練を越えて強くなった。でも、本当にリリスに勝てるのかな。そこがいまいち分からないんだ。それに、……怖い」
「あたしも、鉱山でリリスに捕まったとき、とっても怖かった。ほんとに、ほんとに悪意のこもった目で見られた。リリスってダーカーの親玉なんでしょ? あたし、自信ないよ」
「正直に言うと、私もちょっと自信ない、かな。ナイルのこともあるし、向こうはまだ何か隠してるかもしれないし」
皆が思っていることを話す。試練を突破したことで強くはなれた。しかし、本当にこれで敵うだろうか。不安が募る。皆の話にラインも頷く。
「俺にはまだ穢れがこびりついている。これがどう作用してくるか分からない。不安要素はできるだけなくしたいが、こればかりは俺でもどうにもできない部分だ」
「今のルフィアが浄化しても消えないの?」
聖南は首をかしげた。確かに強くなった今のルフィアならば可能かもしれない。試す価値はある。ラインはルフィアに頼んでみた。彼女は快く引き受けた。
「ラインの穢れがついに消えるかな?」
「やってみて、だな」
その時、扉が開いた。セレスがお茶とお茶菓子を運んできた。猫の母娘も入ってきた。見知らぬ客人に臆することもなく堂々と歩いてきた。聖南とキャスライが猫を見て和やかな笑みを浮かべる。
「みんな、お疲れさま。紅茶とお菓子食べて」
セレスがテーブルにティーカップとお茶菓子の入った皿を置いた。母猫リリー、娘猫ミィは飼い主のラインにすり寄る。頭を擦り付けた。その様子を見て聖南とキャスライが羨ましそうにしていた。
「ねこ、ねこ触りたい!」
「二匹のネコさん、ラインのこと大好きって言ってるよ。はわわわわ」
動物の言葉を理解できるキャスライが顔を赤くする。聖南がソファーから飛び出しそうなのをルフィアが制した。セレスが面白くて微笑んだ。
「あ、そうそう。ライン、あなたが出掛けてる間にね、お客さんが来たのよ」
セレスがトレーを置いて、ラインの隣に座った。娘猫ミィがホットカーペットにごろんと寝転んだ。
「ラインそっくりな子が来たのよ。本当にラインかと思ったわ。でも、全然違う雰囲気の子。黒い服を着ていたわね」
ライン達は顔を見合わせる。
「それって」
「もしかして」
「ナイルのやつか!」
「母さん、その話を詳しく聞かせてくれ」
セレスはふふ、と笑って頷いた。
「この前こと。ラインそっくりな人が来たの」
*******
ナイルは「ラインの母を殺害せよ」との命令を受けてフォートレスシティにやって来た。そして彼女を訪ねるが。
「あ……」
「ライン? いえ、ラインじゃないわね」
本能が訴える。
彼女が母だと。殺すべき相手だと。
セレスはにっこりと笑って彼を見る。ナイルは驚いて逃げようとした。
「いらっしゃい。入りなさいな。この季節のフォートレスシティは寒いでしょう? スープがあるから飲んでいって」
優しく呼ぶと、彼はおどおどしながら家に入った。キッチンに通され、椅子に腰かけた。セレスはスープを温めなおす。
「母さん、あの、俺……」
「なにかしら?」
「あなたを、殺すように、言われて……」
「そう言われて来たのね」
セレスはおびえることなく会話をする。ライン達のつけたナイルの名は知らないため、なんと呼べばいいのか考えていた。彼はうつむいたままだ。
「ニャーオ」
足元で猫の声がした。ナイルの視界に母猫リリーが入る。初めて見る猫にどうしたらいいか分からず、固まってしまった。そんなのお構い無しとばかりに、リリーは跳んでナイルの膝の上に乗った。尻尾が立っているところを見るに、機嫌がいいようだ。体をすり寄せている。
「えっと、ねこ、……どう、したら」
「大丈夫よ。あなたのこと取って食べたりしないから。優しく撫でてあげて。あなたのことラインだと思ってるみたい。そうよねー、そっくりだものね」
最後の一言はリリーに話しかけた言葉だ。ニャーオ、とひと鳴きしておすわりした。ナイルは言われた通り、そっと手を当てた。優しく撫でる。冬毛でふかふかの毛並みが指をさらさらと通る。ぬくもりが心地よくて片腕で抱くように囲んだ。
「はい、スープ。食べてって」
「え、だって、俺、……俺は、あなたを」
「いいから、冷めないうちに」
「……うん」
スプーンを握る手もおぼつかない。震えながらもスープを掬って口に運んだ。
とても、温かい。
「……おいしい」
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「うちの子?」
「そう。だから、お腹が空いたり、つらくなったり悲しくなったら、いつでも帰っておいで。母さん、待ってるから。あなたを温めてあげるから。ね?」
セレスの言葉に反応するようにリリーが数回長く鳴いた。捨て猫だった自分も彼女に救われた。だから、あなたもここに来なさい。そんな風に言っているようだった。ナイルはリリーを撫でる。言葉は分からないが、この猫が何かを訴えているのは感じ取れた。
「俺、また来てもいい?」
「えぇ。いいわよ」
「うん……、また、来る」
スープを飲む。優しくて、温かくて、無いはずの心を包み込んでくれるようだった。
*******
「なんてことがあったのよ」
「母さん、なんて無茶な……!」
ラインは母の懐の広さと心構えに思わず笑ってしまった。殺しに来た相手をもてなすとは、相当肝が座っている。
「ラインのおふくろすごすぎだろ……」
「ね、ねぇ。もしかしたら、ここにいたらナイルが来るんじゃ! あたし達と戦闘にならない?」
「まさか、そんな訳ねぇ……、いや、有り得る話だぜ」
「私は大丈夫だと思うよ」
「どうして、ルフィア?」
「ナイルにも伝わってるはずだよ、ラインのお母さんの優しさ。ここで私達と出会っても、戦いにはならないと思う。それに、私もちょっと話してみたいし」
「えぇ!? 無茶だよお!」
「ラインのお母さんができたんだよ。私だって、ううん、私達だってできるはずだよ。戦いにならない方法、きっとある」
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「お前ら、本気でやるのか?」
「ラインさんもやろうよ! だってナイルはラインさんでしょ、お母さんのこともあるから、きっとできるよ!」
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「私もナイルに干渉してみたいの。ね、ラインもやろう」
「……俺は「俺」と出会うことになるんだぞ。どうしろって」
「あら、いいじゃないの。ね、母さんと一緒に話し合いましょ、ライン」
「養子に迎えるとか言い出さないでくれよ?」
ひきつった笑みで答える。狼狽える息子の様子を見て母は面白くて笑った。
「ふふ、ラインたら。でも、それもいいわね。彼、みんなの呼びかたからとってナイルくんにしましょう。養子に迎えても面白そうね」
「母さんそれは本当に心から勘弁してくれ」
想像するだに恐ろしい。冷静沈着な息子の顔面蒼白が珍しくて、あらあらとセレスは口元を押さえて笑う。ラインは、はぁー、と深いため息を吐いた。
「……それで、お前達の今後の予定は決まりか?」
「決まったぜ」
「僕も僕も!」
「あたしも頑張るー!」
「私も!」
「あらあら、みんな元気ね。母さんも負けてられないわよ。おもてなしたくさんするわ!」
「ニャーオ」
「ミャーオ」
母猫リリーと娘猫ミィもつられて鳴いた。なんだか楽しそう、とでも思っただろうか。それは、動物の言葉の分かるキャスライのみぞ知る。
「あら、噂をしたら来たみたいよ。今、窓から見えたわ」
「ほんと!?」
聖南がソファーの背もたれに体を預けて窓の外を見る。黒い衣装が見えるような見えないような。
「あたし、一番最初に案内する! やりたいこといっぱいあるんだよー!」
元気よくリビングを出ていった。慌てて他の者も玄関へ。セレスが玄関のノック音を聞いて返事をした。扉を開けると、やはりナイルがいた。
「……母さん、あれ?」
彼女の後ろにいる彼らを見て首をかしげた。その中にオリジナルがいるのを見てとっさに身構えたが。
「俺は何もしない。代わりに、話を聞いてくれ」
「なんの、話……?」
「みんながね、あなたを一緒に連れていきたいんですって。安心して。母さんの信頼する子達だから。あなたに悪さはしないわ」
「いや、だって、俺は。俺は、母さんを殺しに来たのに、どうして」
「母さんを殺すのは、その後でもできるでしょ。お願い、付き合って」
母の頼み――本当の母親ではないのだが――を聞いて、ナイルは悩む。
「そうそう。あなたのことみんなで話し合ってね、ナイルって名前をつけてあげようって。だから、あなたは今日からナイルよ。ね、ナイル」
「ナイ、ル?」
「あたしが考えたんだよ!」
「お前が? よく、分からない……俺の、名前?」
名前などなかった彼に名が染み込む。培養槽で生まれ、実験体としか見られなかった彼は、初めて名前を授かって感情の処理ができずに動揺していた。
「ナイル、あたしと一緒に来て。真国を、あたしの国を案内したいの。あたし達でね、ナイルの知らないことたくさん教えてあげようって思ったんだ」
「聖南姫は本気だぜ。ナイル、いいだろ?」
「だって、俺は、母さんとオリジナル、それにお前達も殺すつもりで」
「さっきセレスお母さんも言ってたよ。それは後でもできるって。私達の話を聞いてからでもできるから。もし気に入らなかったら、その時はひと思いにやっちゃって」
ルフィアが微笑む。彼女の笑みが眩しくて、虚ろな眼差しは下を向いた。ナイルは考える。確かに彼らの言う通り、全てが終わってから殺せばいい。結果的に殺せれば、過程はどうでもいいではないか。
ナイルは顔を上げる。こくりと頷いた。聖南が喜んでぴょんぴょん跳ねた。
「じゃあ、最初はあたしが!」
「ふふ、ナイルくん、楽しんでらっしゃい」
「……うん」
聖南がナイルの手を引いて外へ出た。こちらに手を振って、転移の術式を起動して真国へ消えた。
「ライン、話が進んじゃったけど、これでいいかしら?」
「母さんまで乗り気になったら、俺はもう止められないさ」
苦笑いがこぼれる。背後の仲間達もにっこり笑っている。
「よっし、キャスライ、オレ達も何するか考えるぞ」
「僕達は何にしようかなぁ」
「私も考えなくちゃ。ふふ、聖南ったら、よほどナイルが気になるみたい」
「そのようだな。……悪い方向に動かなければいいんだが」
心配が杞憂に終わってくれ。ラインは聖南の無事を祈った。
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