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第三章 魔王の息子

41.地の精霊を丸く収めて

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 転移で真国の首都神威へと移動してきた。
 一行は一直線に宮廷へと向かう。通りすぎる町並みを見ながら行けば、かつて悪代官の執政に苦しんだ風景はもうどこにもなかった。人々は健康的に文化的に過ごしている。まだ奴隷商人の魔の手は迫ってきていないようだ。

 聖南を先頭に、宮廷の見張りに挨拶して門をくぐる。広々とした玉砂利の道を進むと、宮廷から出てきた豊城ほうじょうとばったり出会った。

「おぉ、聖南様!」
「豊城爺や、ただいま!」

 聖南はにっこり笑って豊城の手を取った。握った手をぶんぶん振っている。

「帰ってくるならご一報くださればよいのに。突然帰ってくるのも姫様らしいですがな」
「突然でごめんね!」

 それでね、と聖南は話を変える。

「父上に会いたいんだ。いるかな?」
「奏輝様は今、王国の使者と面会しておりますぞ。お会いになるなら終わってからにした方がよいでしょう」
「王国の使者?」
「えぇ。機密の話ゆえ、内容は分かりかねますがな」
「分かったよ。それが終わったら父上に会うね!」

 聖南は豊城に別れを言って、宮廷内に入る。皆も豊城に挨拶して入っていった。


 聖南の案内で宮廷を進む。謁見の間の入り口には兵が一人見張りをしていた。話を聞くと、まだ王国の使者との話が終わらないという。その後の予定はないらしいので、次に聖南達との面会を予約しておいた。一行は聖南の私室に移動した。

「父上、前もこんな感じで会えなかったなぁ」
「初めて閉鎖大陸に行くときだよね。船を貸してもらおうとして真国に来たら、王国へ出張してた」
「それそれ!」

 聖南は異国から取り寄せたソファーに座って大きく伸びをした。皆もソファーに座りくつろぐ。ラインが聖南に問いかけた。

「前回、彩行船で行った地点への転移ならできると思うがどうする。また船を借りて行くか?」
「あたしは、転移で行けるならそれで行きたいな。奴隷商人に船が感知されたら、きっと戦いになるでしょ」

 フェイラストが話を聞きながら銃のメンテナンスを始めた。机の上にパーツが並べられる。

「戦いねぇ。魔劫界ディスアペイアへ行く際、聖南が奴隷商人に捕まったときみたいにならなきゃいいけどよ」
「あたしもうあんな目には遭いたくないよ」
「誰だって奴隷にはなりたくないさ。オレも御免だぜ」
「子どもの頃に誘拐されてから、奴隷商人嫌いだもん」

 聖南は口をとがらせて足をぶらぶらさせる。フェイラストが苦笑いした。

「奴隷っていう制度が無くなれば、それで商売する奴もいなくなるんだろうよ」

 パーツを組み立てていく。カシャン、と音が鳴る。銃が形を取り戻した。

「奴隷、そうだね……」

 ルフィアが思い出しながら語りだす。

「私がラインと奴隷商人に連れていかれたときは、町が奴隷商人に襲われたの。魔物を使って、町の人達全員を奴隷にするため連れていった。ラインと二人で教会に逃げて隠れていて、捜索していた商人に見つかって」
「俺達は奴隷商人に捕まって、鎖を付けられて馬車に乗せられた。他の奴隷と一緒に船に詰め込まれて、閉鎖大陸へと移動してきたな」

 ラインはひとつ息を吐いた。瞳を伏せて続ける。

「その後は、奴隷市場で値段を付けられ買い取られた。俺は鉱山で採掘を、ルフィアは食事作りや洗濯を。休めば鞭で叩かれ、暴言を吐かれ。脱走を計った者は重い罰が下された。俺は脱走を計画しては実行して、何度も失敗した。食事を抜かれたり、鞭や棒で叩かれたりな」
「うわぁ、酷い……」

 聖南の顔が歪む。自分がされたことのように感じていた。

「いつしか憎しみと殺意で満たされていた。ある時、鉱物の採掘をしていたときに、また理不尽に鞭で叩かれた。その瞬間、溜まっていた憎悪と殺意に反応して、背中の魔王の息子が表に出ようとしてきたんだ」

 ラインはルフィアに視線をやる。彼女は頷いて続きを語る。

「私はそれを早くに感じていた。だからみんなに逃げてって言って飛び出したんだけどね。気が狂って暴れ出したんだと思われてたみたい。ラインのいる採掘場に行くと、彼の放つ力に呼び寄せられた魔物やダーカーが集まってきていたの」
「俺はあまり覚えていない。ルフィアの力のおかげで、溢れる殺意が落ち着いていくのを感じ取ったのは少し覚えている」
「私がラインを抱えて逃げようとすると、奴隷をよく思わないレジスタンスの人達がやって来たの。その人達に助けられて、ラインを基地で休ませてくれた。鉱山からやっと脱走できたの」

 ルフィアとラインの話が終わる。事の顛末を聞いて、フェイラストが大変だったなと声をかけた。

「で、お二人さんは閉鎖大陸を脱出してどうしたんだ?」
「旅を始めたの。二人でね」
「その旅の途中で、誘拐されて運ばれていたあたしを助けてくれたんだよね」
「そう。聖南を助けたの。それからは分かるよね」
「うんうん。知ってるよ!」

 聖南がにこにこ笑う。隣のキャスライは終始「はわわ」と狼狽えていた。

「二人は、本当に大変な目に遭ってきたんだね。僕も師匠に拾われてなかったら、奴隷商人に拾われていたかもしれないね……」
「キャスライも大切な人を失って大変だったじゃない。私達と同じくらい、つらかったでしよ」
「そうかも。……僕には、師匠しかいなかったから」
「あたし、キャスライのお師匠さん見てみたかったなぁ」
「オレも見てみたかったぜ。イカサマ師の手さばき、間近で見たかった」

 ふと、扉がノックされる。聖南が返事をして出ると、兵士が立っていた。どうやら奏輝と王国の使者との話は終わったようだ。

「父上に会いに行こう」
 皆は聖南についていった。


 移動中、通りかかった兵に聞けば、まだ謁見の間にいるという。一行は移動し扉を開けた。

「父上、ただいまー」
「おお、我が愛い娘よ!」

 みかど――奏輝そうきは呵々と笑う。玉座から立ち上がり、近寄ってきた聖南へ向かう。脇に手を入れて抱き上げた。聖南がわぁ、と驚きの声を上げる。

「父上、あたしはもう子どもじゃないってばぁ!」
「そう言うなよ聖南ぁ。素直に父の愛を受け取れ」
「ふぐぐ、おーろーしーてー!」

 聖南がもがくので仕方なく下ろした。彼女は頬を膨らませて抗議した。

「って、そうそう!」

 聖南は皆のもとに戻る。ラインが一歩前に出た。

「俺達は再び閉鎖大陸へ行くことになりました」
「ほう。ベルク大陸へとまた出向くのか」

 奏輝は顎に手をやり悩む。先程話していた王国の使者が言っていた話を思い出した。

「今現在、ベルク大陸から奴隷商人が奴隷を増やすために襲撃に来ているようだ。王国の使者がその話をした。おれも国を守るため警戒せねばいかん。問題の原因である大陸に再び行くとなれば、簡単に船を貸すことはできんぞ」
「えぇ、父上、船はだめなの?」
「愛い娘の言うことは叶えてやりたいが、今は駄目だ。向こうの行動が読めぬ限り、向かうことは得策とは言えないな」

 聖南はがっかりした。黒いのがラインの隣に立つ。

「帝、お久しぶりです」
「おお、お前は確か神域の」
「黒いのでけっこうですよ。奴隷商人の件は、今私達で対処することは難しいです。あと、船は借りずとも転移で移動できます。その際に、大事な姫君を連れていくことになりますがね」

 奏輝は腕組みした。悩む。大事な娘が誘拐されたときのことを思い出した。幼い彼女が人知れず消えたときのことを。黒いのを睨むように見つめる。

「……ふむ。して、何故そこまでかの大陸に執着する。訳を聞かせよ」

 黒いのは簡潔に理由を話した。地の精霊との契約に行くと。そのときに聖南が適任であることを。

「我が娘が適任か。なるほど」

 奏輝は玉座に座る。娘を気にかける父の顔から帝の顔になる。

「以前も言ったが、我が娘に何かあればお前達は打ち首に処す。その覚悟はあるか?」

 皆がうなずいた。覚悟はできている。

「ならば、我が娘をよろしく頼む。今回は船を貸せぬが、移動手段があるならばそれで行くがよい。奴隷商人のことはおれがどうにかする。民に危害を加えるならば打ち首獄門だ」

 奏輝は力強く言い放つ。皆を一人一人見た。良い目をしている。奏輝は口元をつり上げた。

「行って見事に契約を交わしてくるがいい。聖南、頑張れよ」
「うん、頑張るよ!」

 こうして謁見は終わった。一行は宮廷をあとにして、城下町に戻ってきた。道中、町の様子を見て歩いたが、まだ奴隷商人の脅威にはさらされていないようだ。平穏に、明るく、民が笑顔で暮らしている。聖南の姿を見た民は手を振って挨拶した。

「みんな、また行ってくるからねー!」

 町を出て、真国の固定転移紋へ。紋の上に皆が乗る。

「行き先は、以前船で着陸した閉鎖大陸の南端。いいな?」

 聖南が力強く頷いた。ラインが場所を思い浮かべる。転移の紋が光り、皆を包み込んで空へと光を伸ばした。

*******

 南ベルク大陸の南端。
 一行は転移の光から吐き出された。警戒をするが気配は無い。崖下で波が砕ける音がするだけだ。

「聖南、どの辺りで地の力を強く感じた?」
「えーっとね、ライリー洞窟だっけ。あそこに入る前に強く感じたんだ」
「ライリー洞窟か」

 キャスライに視線を向けると彼は地図を取り出した。聖南も地図を覗く。

「たぶんここがライリー洞窟だよね。あのとき北と東の間から感じたから、地の強い力はきっと北東側の方だと思う」
「ライリー洞窟の入り口から東側に迂回して北に向かう、だね。ライン、行ってみようよ」
「あぁ。行こう」

 一行は地図を頼りに北へ歩き出した。フェイラストが銃に手をかけている。ここからは奴隷商人といつ出会ってもおかしくない。皆も警戒は解かずに慎重に進んだ。

 ライリー洞窟の入り口。洞窟を避けて東側に道をそれる。聖南に何か感じるか聞く。

「地の力を感じるよ。進むとどんどん強くなってる」

 彼女の反応を確かめながら道を進んだ。海沿いの崖に沿って歩く。

「以前は奴隷商人と鉢合わせたが、今回はまるで気配が無ぇ。どうなってんだ?」
「王国や帝国に向かって、ここには誰もいなくなったとか、かな?」
「キャスライの言う通りそうだといいけどよぉ、なんか臭いな」

 不気味さを感じた。以前、魔劫界ディスアペイアを目指して閉鎖大陸に来たときは二回も出くわした。それが今は一度も出会わない。

「奇妙だが、会わないだけマシだろう。行くぞ」

 道をさらに進んでいく。高い岸壁にぶつかった。

「この辺からとっても強い地の力を感じるよ!」

 彼女の言葉を聞いて、ラインは火の精霊サラマンダーを右腕に召喚する。小さく顔だけ現した。

「地ノ力……ナルホド、ノームニ会イニ来タカ」
「サラマンダー、ノームの居場所は分からないか?」
「コノ先ニイルダロウ。進ムガイイ」

 サラマンダーは姿を消した。ラインが周辺を見回すが、これといった入り口は見当たらない。

「この先にいるというのは、岸壁を上がった先なのか?」
「シルフィードにも聞いてみるよ」

 キャスライがシルフィードを召喚する。本の虫の彼は相変わらず本を片手に読んでいる。

「サラマンダーが言った通り、この先にいるよ。入り口ならそこにあるじゃないか。見つけられないのかい?」

 高圧的な口調で彼は言う。彼が指差す先へキャスライは歩み寄る。岸壁。何も無いはずだが。

「うわ!」

 触れた瞬間、岸壁にアーチ状の光の線が走る。精霊と契約を交わした者を認識し、岸壁は薄れて消え、新たな入り口を示した。

「その先にノームがいる。あいつ、引きこもるのが好きだから、こんな仕掛けを作ったんだな」

 シルフィードは姿を消した。聖南がアーチ状に開いた穴の前に立つ。

「ここから強い地の力が感じられる。風に乗って地の魔力が流れてきてる!」
「正解ってこったな。行くしかねぇぞ」
「うん。みんな、行こう!」

 一行は地の入り口へと踏み出す。最後に入った黒いのが背後を見た。

「奴隷商人、ねぇ……」
 睨むような視線を背後に向けて、彼女は彼らについていった。


 岸壁の中は人工的な作りになっていた。壁や土塊からは地の魔力が強く感じられる。地の精霊ノームが整えたのだろう地の世界は、まるで迷路のように道を分けている。ラインが聖南を見ると、彼女は悩んでいる表情をしていた。

「聖南、この先どっちか分かるか?」
「うーん、どこからも地の力を感じて分かんないよー」
「アンディーンに聞いてみようよ」

 見かねたルフィアがアンディーンを召喚する。彼女は水の体をくねらせルフィアの前に浮遊する。

「地の精霊ノームの住みかに来たのですね」
「アンディーン、周りのどこからも地の力を感じて困ってるの。分かれ道だらけで、正しい道を進んでいるかすら分からなくて」

 アンディーンは目を閉じる。ノームの気配はまだ遠い。魔力の流れを感じ取ると、今見えている道はどれも行き止まりだ。

「この道は全て行き止まりです。引き返した方がよいでしょう」
「あらら、そうなんだ。ありがとう」

 アンディーンは水になってルフィアの中に戻っていった。一行はとりあえず先を確かめておこうと進んでいくと、両方ともアンディーンの言う通り行き止まりだった。だが、片方の道には立派な剣が刺してあった。鎧と骨が落ちていたのを見るに、遺品だと知る。剣は地の魔力を吸って強い力を得ていた。柄を握るだけでそれがひしひしと伝わってくる。

「レーヴァテインを持っていなかったら、この剣を頂いていったんだがな」

 ラインは名残惜しそうに剣を残して道を戻った。


 一本前の分かれ道へ戻ってきた。分かれ道は蟻の巣のように広がっている。聖南も地の魔力を感じているが、なかなか強い力を捉えられないでいた。

「オレの眼で見てみるぜ」

 フェイラストが魔眼を起動する。確かに地の魔力が網目状に連なっていた。アンディーンの契約のとき、太い魔力の線を頼りに探したら道を見つけられた。今回も一番太い地の魔力の線が見える。黄土色の線はくねりながら一本の道を指し示した。

「オレについてきてくれ。道が見えるぜ」

 フェイラストを先頭に道を進んでいく。新たな分かれ道に出くわした。

「なんか、音、しない?」

 キャスライの耳がぱたぱたと動く。耳のいいラスカ族の聴力がわずかな音を捉えた。皆にはまだ聞こえていないようだ。

「音の方向はこっちだと思う。フェイラスト、どう?」
「お前さんの言う通り、こっちだぜ。太い魔力の線が走ってる」

 二人の言葉を信じて進めば、天井の広い場所に出る。フェイラストが全体を見ると、まるで血管のように魔力が隅々まで流れていた。

「こりゃあ、どうなってんだ」
「フェイラストには何が見えるのー?」
「そこら中に魔力の線が走ってる。太い魔力の線は人間でいう動脈みたいなもんだな、こりゃ」

 目が痛くなってきたので一旦魔眼を切る。記憶した太い魔力の線は二本見えていた。

「それで、だ。三本の道のうち二本は太い魔力の線が走っていた。もう一本は細い魔力の線だ。恐らく二本の道どちらかが正解だぜ」
「そういえば、あたしまだ宝玉を手に入れてないよ。どっちかは宝玉なのかも」
「だな。今までのことを考えれば、宝玉を手に入れないと契約をしてくれないだろ?」

 さて、どちらに向かう。フェイラストが問いかける。ラインは聖南の決めた方にすると言う。

「あたしは、左の道にする!」
「おう、じゃあ行こうぜ」

 左の道を進む。キャスライが耳をぱたぱたしている。この道からは音がしないと言う。では、宝玉のある場所だろうか。道の先には、祭壇に障壁を張った宝玉が飾ってあった。祭壇の向こう側は大きな穴となっていて底が見えない。

「あ、宝玉みっけ!」
「でも、障壁があって取れないね。何か謎解きしなきゃだめかな?」
「待て、何か祭壇に書いてある」

 ラインが文字を読み上げる。削った文字は読みづらく並んでいた。
「……「地の魔力を持つ者なら誰でもいいから持っていけ」だそうだ」
「えぇ、扱いがぞんざい!」

 聖南が苦笑いする。じゃあ持っていく、と彼女が手伸ばすと。

 グルルル……。

「え?」

 祭壇の向こう側にあいた大きな穴から唸り声がする。ばさり、と翼を動かす音がしたと思えば、目の前には翼竜が三体現れた。

「宝玉の番人ってところか」

 ライン達は武器を構える。黒いのは一歩下がって腕を組んだまま彼らを見る。

「やっぱりただじゃ渡せませんってことじゃーん!」

 聖南が地に光を織り交ぜた術式を起動する。幾つもの地紋から小隕石が降り注いだ。翼竜はひらりとかわすが、一体は避けきれずに直撃した。

「地には風の力をぶつけるのがいいんだよね!」

 キャスライが羽ばたいた。大口を開けて迫る翼竜を紙一重でかわし、風をまとわせた短剣を突き立て、勢いよく背開きにした。一体目を撃破。

「おっさんも負けてらんねぇな」

 縦横無尽に動き回る翼竜に狙いを定め弾丸を放つ。着弾する際に小さな火紋を現し爆発を起こした。翼竜の飛行がぶれる。隙を逃さずルフィアが水の術式を発動する。水紋から大きなバブルが現れ、幾つもばちんと弾けとんで水滴のつぶてを突き刺す。二体目を撃破。最後の一体は聖南に狙いを定めている。

「聖南、牽制でいい、術式を!」
「分かった!」

 ラインの指示に聖南は大きく返事をする。彼女は小さな地紋を翼竜の下に現し、勢いよく石を噴出させた。翼竜は見事に回避して回転する。しかし目の前には、剣を構えたラインが瞬速で待ち構えていた。

「残念だったな」

 回避行動も取れずに、翼竜は真っ二つになり穴の底に落ちていった。

「これでオッケーかな?」

 聖南が祭壇を眺めている。しかし障壁はまだ消えない。

「まだ何か来るの……?」

 不安でどきどきしながら麗鈴を握る。

「何か、来る」

 キャスライの耳が違和感を覚えた。穴の底から地を揺らしながら上ってくる気配。鎌首をもたげたのは、巨大なオロチだ。

「へ、へびー!」

 聖南の腰が抜けた。その場に尻餅をついてしまう。キャスライも驚いて一歩下がった。

「この大穴、もしかしてこいつの巣だったんじゃねぇか!?」
「あり得る話だな」
「とにかく、戦うよ!」

 舌を出し入れしてオロチが首を引き、一気に加速して口を開けてフェイラストを狙う。

「喰われてたまるかよ!」

 寸でのところで回避した彼は、オロチの頭上で逆さになり弾丸の雨を降り注いだ。火紋が現れては爆発を起こす。オロチから太い声が発せられる。

「サラマンダー!」

 蛇には蛇を。ラインが右腕にサラマンダーを召喚し、魔力を高める。先の爆風が去るとオロチが第ニ波の襲撃を始める。元の大きさにまで膨らんだサラマンダーがオロチと噛みつき合う。サラマンダーの首元へ噛みついたオロチは丸呑みせんと口を大きく動かす。しかしそれは火の精霊。炎蛇がぐるると吠える。途絶えぬ火によって口の中を大火傷し、痛みを訴えてオロチは口を離した。その瞬間に今度はサラマンダーが追い討ちをかける。ラインの右腕から放たれ、全身を使ってオロチを締め上げた。

「うわわ、なんか、すごい光景」
「へ、へび同士で戦ってる……!」

 キャスライと聖南が口を開けて見上げていた。

「我ヲ甘ク見ルナヨ、雑種如キガ!」

 熱と強力な締めつけによって、オロチは全身に大火傷を負って体が燃える。太い声の断末魔が途切れ、絶命した。サラマンダーが役目を終えて姿を消す。力無くオロチは穴の底へと落ちていった。同時に、祭壇から障壁が消える。

「聖南、大丈夫?」

 尻餅をついてそのままだった彼女は、差し出されたルフィアの手を握って立ち上がる。

「あんなおっきなへび、初めて見た……」
「私も。さ、宝玉取ろうよ」
「うん!」

 皆は武器を収める。聖南は祭壇から地の宝玉を回収した。手に持って見ると、大地を凝縮した強い地の力を感じた。

「後は道を戻って、もう一方の太い魔力の線を辿るだけだぜ」
「きっとその先にノームがいるんだ」
「おう。お前がやるんだぜ、聖南」
「うん!」

 宝玉は手に入った。皆は道を戻る。天井の広い部屋に戻ってくると、なにやら様子がおかしい。砂煙も上がっている。

「なんか変じゃない?」

 聖南がしゃがんで床を見る。自分達以外の足跡が増えているような。

「う、うわー!」

 行こうと思っていた道から悲鳴が聞こえてきた。皆は走って道を進む。その先にいたのは。

「た、助けてくれ!」

 とても広い採掘場には、小汚ない丸々太った男が地面に転がっていた。近くには小山の上から見下ろしている人物が一人。

「オマエ達、そのニンゲンの仲間か?」

 ゴーグルをかけた小柄な女の子が問いかける。聖南が前に出る。

「全然関係ない人だよ。……もしかして、地の精霊ノーム?」

 彼女はにんまり笑って斧を担ぐ。

「そうサ。アタシが地の精霊ノーム。此処で秘密裏に採掘してたら、急にこのニンゲンが来てサ。「おれのどれいになれ!」って言うもんだから、蹴り飛ばしてやったところサ!」

 苛立ちを見せるノームは、立ち上がろうとした男に地の術式で囲いを作った。檻のようになった石は固く、容易には壊せない。男は為すすべなくその場に閉じ込められることになった。

「ねぇ、もしかしてこの人、奴隷商人?」

 聖南が指差して仲間に聞く。フェイラストが腕を組んで口をへの字にした。

「ノームの口ぶりから察するに、そうなんだろうよ」
「助けない方がいい?」
「それがいいぜ」
「そ、そんなこと言わずに助けてくれよ!」
「助けるか助けないかはアタシの気分次第サ」

 小山の上で片膝を立てて座るノーム。聖南は思い切って地の宝玉を見せた。

「ノーム! あたし達に力を貸して欲しいの!」

 宝玉を見たノームは片眉を上げて聖南を観察した。

「ふーん。アタシと契約をしてほしいの」

 彼女から地の力を感じた。そして、彼女を取り巻く彼らからも強い魔力を感じる。ぎょっとして身を引いた。

「もしかして、サラマンダーにシルフィード、アンディーンもそこにいるのカ!?」

 びっくりしたノームの問いかけに、三精霊は姿を現すことで答えた。

「久しぶりですわ、ノーム」
「ぼく達は人間につくことにした。お前はどうするんだ?」
「採掘ヲシテイル場合デハナイゾ」

 三精霊が彼らについたときの話をする。悩む仕草を見せてから、ノームは立ち上がって地に斧を突き立てた。

「アタシは宝探しが好きなのサ。そのためにもここを離れたくはないネ」

 そっぽを向いて手をひらひらと振る。横目で聖南を捉える。

「それに、アタシが納得できる要素はある?」

 問われた聖南はうーんと悩んだ。彼女の前にアンディーンが出る。

「彼らは強い。これからもっと成長することでしょう。そのためにも、あなたの力を貸してほしい」
「アンディーンがそう言うなら、アタシもついていこうと思うけどー」

 ノームはシルフィードを見て舌を出して馬鹿にする。彼は見て見ぬふりをしてあしらった。

「シルフィードは嫌いサ!」
「どうぞ。勝手にしろ」

 ノームは改めて皆に向き直る。土の檻に閉じ込めた奴隷商人を解放した。悲鳴を上げて彼は逃げ出した。

「じゃあ、アタシを納得させるくらいの力を見せてもらうとするサ。せっかく宝玉持ってきて契約してくれって言う人物が来たんだシ」

 三精霊が姿を消す。ノームが斧を担ぐ。

「じゃ、オマエ達の力を見てやるヨ。戦いダ!」

 皆が武器を構える。ノームが振りかぶって斧を地に叩きつけると、地面が蛇のように盛り上がり聖南を突き飛ばした。ふぎゃっ、と短い悲鳴が上がる。フェイラストが跳んで彼女を空中キャッチした。

「いてて、いきなりすることないでしょー!」
「文句が言えるなら大丈夫サー! ほれ!」

 ノームが高位の地の術式を起動する。大地が揺らめき、盛り上がり、窪み、彼らの足場を崩す。ライン達が地に飲まれていく。着地したフェイラストは抱えていた聖南を安全地帯に投げ飛ばした。

「うおあっ!」
「わわわわ!」

 フェイラストとキャスライの声も体も地に飲まれていく。ラインは瞬速を起動してなんとか飛び出したが、隣にいたルフィアは足を飲み込まれて身動きが取れなくなっていた。

「ほれほれもっと頑張れ」

 ノームは斧を担いで小山から跳ぶ。ライン目掛けて斧を振り下ろす。彼の剣が斧を受け止める。大振りな攻撃の隙を埋めるように地の術式が発動。地面に浮かぶ地紋がサーチしてラインに迫った。

「くっ!」

 隙を狙っていたラインは読みが甘かったと悟る。後退して地紋から逃れるも、背後から迫る土塊が彼の右腕を取り囲んだ。引き抜こうにもがっしりと固まって動かない。そうこうしている内に両足が地に飲まれた。

「へっへーん。どうだ!」

 得意気な顔をしてノームが笑う。視線を移した先に聖南がいた。

「後はオマエだけだな!」

 びくりとした聖南が鈴を構えて後ずさる。

(こ、怖いけど、やるしかないよね!)

 唾を飲み込む。聖南は鈴を高く掲げて鳴らした。

鎖亥サイ、ここに顕現せよ!」

 召喚したのは精悍な顔つきをしたイノシシだ。うりぼうの特徴である横線が入っているが、立派な大人のイノシシである。聖南の背丈と同じくらいの大きさのイノシシは、大きな牙を口から生やしていた。

「我が名は鎖亥サイ。主君に仕える聖獣が一人!」

 鎖亥サイが高らかに宣言する。ノームを見据えた。

「へぇ、召喚術か。面白いネ!」

 ノームが鎖亥サイに向かって飛び上がり、斧を思いっきり振り下ろす。地をえぐる一撃。しかし鎖亥サイは既に動いていた。

「ぬおおおお!!」

 猪突猛進。まさに走り出したら止まらぬ弾丸の如く。壁を走り、天井を駆け、勢いをつけてノームの背後から突進。牙を使って器用に後ろへ投げ飛ばした。

「あいたっ!」

 小山の上に不時着したノームは大きく尻餅をつく。頬を膨らませて鎖亥サイを睨んだ。

「わー! なんなのサ!」

 悲鳴を上げたノームが体勢を直すのも許さず、鎖亥サイは次の突進を繰り出した。彼女の持っていた斧が聖南の前に吹き飛んできた。イケると確信した聖南は地の術式を起動する。ノームの上に現れた地紋から、巨大な招き猫がどしんと降ってきた。

「ぐえー!」

 小判を撒き散らして招き猫は消えていく。さらに聖南は追加で術式を起動。ノームに取りつくように光紋が現れる。紋が光って弾けとぶ。光の衝撃にノームも吹き飛んだ。追撃の突進。ノームは天井に一度張り付いて、皆の前に落ちた。

「す、ストップストップ! オマエの力はよく分かったヨ!」

 ノームの声を聞いて、聖南は鎖亥サイを戻した。暴れ回ったおかげで広場はぐちゃぐちゃだ。聖南は斧を拾って渡そうとしたが、あまりにも重くて持ち上がらなかった。ノームがふらふらとやって来て軽々と斧を拾った。肩に担いで聖南を見つめる。

「なかなか面白い召喚術だネ。気に入った!」

 あれだけの攻撃を受けて怪我がひとつも見当たらない。聖南が不思議そうに見つめる。ノームが手を顔の前で振ると、聖南がはっとする。

「契約するんだろ。ほれほれ、宝玉出して」

 懐から地の宝玉を取り出す。ノームが歯を見せて笑うと、彼女は宝玉の中に光となって吸収される。宝玉が聖南の中へと収まった。

「……ほわぁ」

 体の奥が温かい。なんだか力もみなぎってきた。皆に感想を伝えようとして振り向くと、まだ地に捕まった状態のままだった。

「わー! みんな大丈夫!?」
「おーう、大丈夫だぜ」
「早く解放して~」

 彼らの脇からひょいと現れたのは黒いのだった。彼女は捕縛を免れたようだ。

「聖南姫、精霊との契約おめでとう。早速だけど、みんなをなんとかしてあげておくれ」
「お前に言われなくてもやりますー!」

 聖南は鈴を鳴らすと、皆を縛る大地に干渉する。彼らを縛っていた土塊は砕け散り、皆の手足を解放した。

「いやー、びっくりしたぜ」
「地面がうねったり飲み込んだりして、生きた心地がしなかった……」
「斧を使った後に隙があると思ったが、術式でカバーしてくるとは。俺もやってみるか」
「聖南、ありがとう」

 ルフィアが聖南の頭を撫でる。彼女は嬉しそうに笑った。

「えへへ、あたしもやるでしょ」
「イノシシさんが走り回ってすごかったよ。もうここ、掃除するのが大変そうだね」

 ルフィアがぐちゃぐちゃになった広間を見渡す。鎖亥サイが走り回った痕跡がはっきり残されていた。地面も壁も天井にも、ひづめの跡がくっきりだ。

鎖亥サイは走り出したら止まらないから……」
「まさに、猪突猛進ってやつだな」

 皆も解放したことだ。ラインは戻ろうと声をかけた。聖南は大きく返事をした。

*******

 一行が外に出ると、何人もの汚ならしい格好の男達が武器を構えて立ち塞がる。

「てめぇら! 武器を寄越せ!」

 男の一人が剣を突き出して脅す。

「俺達が何者か分かったなら、動かない方が身のためだぜ」

 下卑た笑い声を上げる男達。一番大きな男は汚ない歯を見せてを笑う。

「奴隷商人……っ!」

 先頭のラインが皆を腕で制す。恐らく、先ほどノームを襲った奴隷商人が仲間を呼んだのだろう。視線だけで状況を確認すると、逃げ場は無いようだ。

「どどど、どうするの」
「ここで捕まる訳にはいかねぇぞ!」

 聖南を守るようにフェイラストが前に出る。

「武器を寄越して俺達に捕まるのが一番だと思うぞぉ」
「おれ達に見つかった時点で、おまえらは奴隷になる運命なんだよ」
「大人しくお縄につきな!」

 じりじりと距離を詰める奴隷商人。鎖や鞭、銃を握る彼らに捕まってしまうのか。

「ゴミクズが」

 低い声が聞こえた。はっとして顔を向けると、黒いのがゆっくり前に出てきた。

「お、ガキ一人自分から出てくるたぁ根性据わってるじゃねぇか。いいぜぇいいぜぇ!」
「……ゴミ」
「あァ?」

 黒いのは心底見下す眼差しで奴隷商人を睨む。

「ゴミクズがいくらそろったところでゴミクズには変わらねぇなぁ、おい。奴隷奴隷って、馬鹿の一つ覚えみてぇに鳴き喚いてよォ?」

 彼女の周囲で闇の力が渦巻いていた。激昂する奴隷商人が武器を振りかざして襲うも、彼は瞬時に吹き飛んだ。遠くで木々を揺らす音がした。

「人間が人間を支配して犬よりひでぇ扱いをするなんてのは、早急にやめさせなきゃいけないんだけどな」
「このガキっ!」
「ぶっ殺すぞ!」
「あー、はいはい。低脳な連中はさよならばいばいおととい来やがれってね」

 彼らは黒き彼女の発生させた闇の力に触れた瞬間どこかに吹っ飛んでいく。遠くに。近くに。山の向こうに。
 残りの奴隷商人が一歩身を引くと、彼女は一歩前に出た。

「奴隷なんて稼業やってると、いつか必ず身を滅ぼすぞ」

 ついに全員が彼女の力で吹き飛ばされた。遠くに飛ばされた彼はきっと生きてはいない。落下の衝撃で内臓と体が砕けるだろう。

「はぁ……」

 黒き彼女は力を収める。皆の後ろに戻った。

「いったい、何をしたんだよ」

 恐る恐るフェイラストが問いかける。黒いのはため息ひとつこぼすと彼を見た。

「ただ吹き飛ばしただけだよ。邪魔だから」
「お、おう。そうだな。いやそうだけどよ……」
「ところでだ」

 ラインが話を変える。

「……なぁ。俺の独善的な気持ちなんだが」
「おう、どうした?」
「鉱山のひとつを解放してもいいか?」

 皆が一瞬固まる。キャスライがえぇと驚きの声を上げた。

「ど、奴隷商人がいっぱいいるところに自分から行くの?」
「俺の独り善がりだ。俺一人で行ってもいい。お前達は無理してついてこなくても」
「無理してついてこなくてもいい、なんて言わないで」

 ルフィアが制した。

「確かに奴隷で苦しむ人達はたくさんいるよ。でも、私達だけで助けに行くのは地理的に不利じゃない?」

 黒いのと目があった。彼女は好きにすれば、と答える。

「ラインさんがわがまま言うのも珍しいから、レジスタンスの人と協力して攻めればいいんじゃない?」
「レジスタンスか」
「山のふもとにアジトがあるよ。あんたさんも一回行ったことあるでしょ?」

 ラインは思い出す。奴隷鉱山で意識を失い、目を覚ましたときには、安全な場所で横になっていたことを。そこはレジスタンスが使用しているアジトである。

「地図を見せてくれ」

 キャスライが返事をして地図を開いた。ラインは彼の隣に立って地図をなぞる。

「海が近かったのを覚えてる。ベルク大陸からすぐ脱出したときの港は恐らくこの辺だな。ここから北西にある半島にそびえた山が、恐らくアジトだ。ルフィアは覚えてるか?」
「うん。海がすぐそこだった。港があったし、そこから船で王国領のホド大陸海岸まで移動したよ」

 ラインがルフィアと目を合わせる。彼らはうなずいた。お互い考えていることが一致した。

「じゃあ、目指すはソリッド半島だね」

 キャスライがそこまで行く道を調べる。地図によれば山裾を沿うように流れる川があり、そこを遡っていくと南ベルク大陸と北ベルク大陸の境目に到達する。南ベルク大陸の西に突き出たソリッド半島の山は、歩いて一日はかかる計算だ。今はもう日が傾いている。途中で野宿となるだろう。

「ついてきてくれるか?」
 ラインの問いに、仲間達は肯定の返事をした。

「奴隷鉱山ひとつ解放する、かぁ。おっさんには荷が重いぜ」
「そう言いながら、フェイラストやる気満々だね」
「ほんと、元気そうなおっさんだー!」
「おっさん言うけど、オレはまだ若い方のおっさんだからな!」

 かくして一行は北西に向かって歩き出す。岸壁に沿うように進んでいった。

 黒いのが最後尾で腕を組みながら歩いている。

(精霊は集まった。後はラインさん次第だ)

 彼女の思惑は果たして成功するのだろうか。ラインの背に刻まれた刻印から、魔王の息子を剥ぎ取る行為は、無事に済むだろうか。

「やってみなきゃあ分からんよな」

 一人ごちて、少し距離があいた分、速足で彼らについていった。
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