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5 side王子

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王立学院への入学が迫ってきたある日、王城の1室で王である父が言った。

「王立学院は、ルナ・アース男爵令嬢の入学を許可した。お前と同じ学年で同じクラスになるそうだ」

父のその言葉に、私は驚きを隠せなかった。

アース男爵家。

それは王家にとっての汚点。いつまでも消えない黒い染みだった。

「陛下、いえ、父上。事前に学院から王家に打診はなかったのでしょうか?」

当時の王子とその側近候補達に色仕掛けをしたとして、厳罰に処されたアース男爵家の娘。

その男爵家の令嬢が王立学院にやってくるという。

(しかも、私のクラスメイトとして)

祖父が学生の頃の話とはいえ、王子とその婚約者の婚約破棄騒動にまでなり、王家とその脇を固める高位貴族にとっては大スキャンダルだった。

昔の話ーーで済ませられるほど時が経ったわけではないし、アース男爵家の娘がしたことは簡単に許されることではない。

「打診はあった。だが、王家は却下しなかった」

「なぜです?父上!アース男爵家ですよ!」

父だってそのせいで苦労したはずだ。

祖父母は国のため婚約破棄をせず結婚したが、学院時代のことは2人の間に大きなしこりを残した。

その息子である父も学院に通ったが、そこでも当時のウワサが出まわり、父を悩ませた。

「では、逆に聞くが、我々がアース男爵家令嬢の入学を却下できる理由はなんだ」

「それはっ…」

理由はないのだ。

ただ、嫌だというだけで。

それはアース男爵家令嬢の学院入学を却下する理由にはならない。

「その令嬢は入試の成績がトップだったらしい。お前やメルキュール、サチュルヌ嬢も含めた中でのトップだ」

王は少し困ったような顔でこちらを見た。

「今の学院長は当時、教員として勤めていたものだ。当時のことも私たちより詳しく知っているだろう。面接でアース家の令嬢を見たときは驚いて心臓が止まるかと思ったそうだ」

王は少し考えるようなそぶりをし、

「だが、その彼がアース家の令嬢の入学を許可しようと思うと言ってきた。無論、王家の許可が出るならば、とも」

面白そうにクッと笑った。

「いつも澄ましている学院長がずいぶん青い顔をして小さく震えておったわ」

「それはーー、」

(ずいぶん珍しいことだ)

何度か会ったことがあるが、学院長はふてぶてしい。もちろん王立学院などという一癖も二癖もある天才たちの中で学院長というトップの座に君臨するのだから、一筋縄ではいかない人物であることは間違いない。

「…珍しい、ことですが。ですが!」


嫌なのだ。


祖父と祖母は婚約破棄をしなかった。それは祖父の祖母への贖罪しょくざいの気持ちが強かったからだ。

一見、祖父母は仲の良い夫婦だった。祖父はなにかと祖母のことを気にかけ、大切にしているように見えた。

しかし、そうではなかった。

祖母は祖父に恋をしていた。夫婦になっても、王と王妃という関係になっても、変わらず恋をしていたのだと思う。祖母の祖父を見つめる瞳は、恋する女のそれだった。

気づいたのは自分がいくつの時か、もう覚えていないが、成長するとともに気づいていた。祖父は祖母に恋していない、と。ふとした拍子に、いつもどこか遠くを見ている、と。

祖父はときおり遠くを見ていた。とても寂しそうな切なそうな顔をして。

妻にも子にも孫にだって、そんな顔を向けたことはなかった。


それは恋する男の顔だった。


祖母以外の女に恋する祖父を許せないと思った。

「ですが、アース家の娘は我らのかたきではないですか!」

は今回の娘ではない。彼女の祖母にあたる人物だ」

「それでも、アース家は罪人の一族でないですか!」

「それも以前の話だ。アース男爵家は罪人を出したが、すでにその罪は償われている」

「ですが、父上、本当にいいのですか⁉︎」

父だって本当は嫌なはずなのだ。アース家が仇であることを否定しないのに。彼女のせいで、祖父母の運命は狂い、それは今も尾をひいているのに。

「ここで王家が逃げの姿勢を見せるわけにはいかないのだ」

低い、地をうような声で父が言った。

「アース家は男爵家だ。王家はそんな家の娘を恐れているなどと、まわりに思われてはいけないのだ」

そう父に言われてしまえば、それ以上の反論はできなかった。

「わかりました」

と返事をし、部屋をあとにしたのだった。
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