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第56話:平穏とは長続きしないものである
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「た、助けてくれ晴斗……僕は……僕はまだ死にたくない! 死にたくないんだ! だからお願いだ! 助けてくれ晴斗ぉ―――!」
「フッフッフッ。逃亡しても無駄ですよ、坂本君。君をメイド化させることはすでに決定事項なんですから……しかもこれは、私だけの単独意見ではなく、クラスの9割が賛成したことなので拒否権はありません!」
黙っていればついこの間まで中学生だったとは思えない程大人びているのに、しまりのない笑顔で触手のように指をワキワキと動かしながら己に迫るその姿は最早軽いホラー映画の化け物と悠岐は感じているだろう。
昼休みを告げるチャイムが鳴ると同時に悠岐は教室を飛び出してこの死地から抜け出すことを試みた。その素早さといったら球界のスピードスターも舌を巻くほどの勢いだったが、悲しいかなこのクラスには俺達二人以外にも運動能力に秀でた男がいる。
「諦めろ坂本! そして安心しろ! お前にメイド服は絶対に似合う! そして顔を真っ赤にして不機嫌そうに接客すれば世のお姉さま方を確実にノックアウトできる! そうすればこの文化祭の売り上げは爆上がり間違いなしだ!」
そのうちの一人。バスケ部の諸岡雄二が扉の前に立ちふさがってゆく手を阻む。角刈りが特徴の野性味あふれるこの男は、身長180㎝と恵まれた体躯と高い俊敏性を兼ね備えた明秀バスケ部期待のルーキーにディフェンスされてしまったら、さすがの悠岐も突破は難しい。そしてモタモタしているうちに背後から忍び寄る影。
「……諦めろ、坂本。お前に拒否権はない。大人しく可愛くなって来い」
ハッと気付いて振り返った時にはもう遅い。悠岐は両脇に腕を通されて羽交い絞めの格好であえなく御用となってしまった。
「離せ、梅村! 僕は衆人環視の前で女装なんて恥をさらすつもりはない! というか、9割賛成ってことはお前らも―――」
「そういうことだ。委員長だけじゃない。俺や諸岡、他のみんなもお前のメイド姿を観たいと望んでいる。そしてそれが叶えば、この文化祭を制することが出来る。俺はそう確信している。だから、坂本。お前は俺達の最後の希望なんだ」
「カッコよく決めているけど言っていることは最低だから! 何が最後の希望だ! お前に言われても嬉しくない! さっさと離せよ、このむっつりイケメン!」
何のことだと言わんばかりに拘束し続けているこの男の名前は梅村芳樹。サッカー部で頭角を現している容姿端麗でまさにクールな男と評するに相応しいのだが、悠岐の指摘したようにスケベな一面がある。本人は隠しているつもりだろうが、俺達にはバレバレで、だからむっつりイケメンと呼ぶのだが、それでも女子からの人気は高い。解せないと諸岡は血の涙を流していた。
「フッフッフッ。そういうわけだから坂本君。君には大人しく裁縫部の部室に来てもらおうか! 諸岡君! 梅村君! 連行していきなさい!」
イエス・マム! という謎の号令とともに、悠岐はあえなく二人の男たちに抱えられて拉致されてしまった。晴斗の薄情者―――! と泣き声が聞こえたような気がしたが俺は心の中で頭を下げた。
親友という尊い犠牲の末。ようやく平和な昼休みになったと思ったのだが、どういうわけか今日は嵐が連続して巻き起こる日だったようで。
「相変わらず、君のクラスは賑やかで面白そうだね、晴斗」
教室が騒めきだした。その原因は今俺に声をかけてきた一学年上の女子生徒にして生徒会副会長を務めている明秀高校が誇る二大美女の一人にして『月』の異名を持つ美女。
「どうしたんですか、清澄先輩。わざわざ一年のクラスに来るなんて珍しいですね? 何かあったんですか?」
「フフフ。清澄なんて他人行儀な……そこは哀さん、と親しみを込めて呼んでくれないか? なんなら愛を込めて哀、と呼んでくれても構わないんだよ? いや、むしろ呼んでほしいな、晴斗」
悠岐たちと入れ違いに入ってきたはずなのに、いつの間にか清澄先輩はすすっと俺の目の前まで接近して、くいっと顎を持ち上げてきた。キャーと近くにいた寺崎さんをはじめとした女性陣が悲鳴にも似た歓声を上げる。
「……清澄先輩。俺で遊ぶのは大いに構いませんが、みんなが誤解するのでこの辺で止めておきませんか? いや、止めて下さい。このままいくと保健室がパニックになります」
「ふむ……なるほど。確かに、そうしたほうがよさそうだね」
そういって清澄先輩は俺の顎から手を離してくれた。それにしても、やはり清澄先輩は綺麗な人である。
清澄哀。明秀高校生徒会副会長であり、次期生徒会長が内定している明秀高校二大美女の一人。『月』と称されているように、清澄先輩は女性でありながら美しさと眉目秀麗な顔立ちで凛々しい女性でもある。
髪型も肩口よりも短いショートヘアのため、今でこそ制服でスカートを履いているが、パンツを履けば男性に見えなくもない。だが、そのためにはツンと張った決して小ぶりとは言い難い、美しい二つの膨らみを更地にしなければならないが。
「おっと。本題を忘れるところだった。晴斗、昼ご飯は当然まだだろう? これから一緒にどうだい?」
そう言って掲げて見せたのは一人分にしては大きすぎる風呂敷。そこにはおそらく弁当が入っているのだと思うのだが、まさか清澄先輩は見かけによらずに大食漢なのかと我ながら失礼なことを考えていると、
「あぁ、安心したまえ。君の分も私が作ってきたから。いつも君の後ろにくっついている護衛の坂本君もいないことだし、時間は有限だ。早く行くとしようか」
俺の答えを聞かず、清澄先輩に手を取られて俺は半ば引きずられるようにして連行された。
ところで清澄先輩の白魚のような繊細な指に、どうしていくつも絆創膏が巻かれているのか、その理由を教えてもらってもいいですか?
「フッフッフッ。逃亡しても無駄ですよ、坂本君。君をメイド化させることはすでに決定事項なんですから……しかもこれは、私だけの単独意見ではなく、クラスの9割が賛成したことなので拒否権はありません!」
黙っていればついこの間まで中学生だったとは思えない程大人びているのに、しまりのない笑顔で触手のように指をワキワキと動かしながら己に迫るその姿は最早軽いホラー映画の化け物と悠岐は感じているだろう。
昼休みを告げるチャイムが鳴ると同時に悠岐は教室を飛び出してこの死地から抜け出すことを試みた。その素早さといったら球界のスピードスターも舌を巻くほどの勢いだったが、悲しいかなこのクラスには俺達二人以外にも運動能力に秀でた男がいる。
「諦めろ坂本! そして安心しろ! お前にメイド服は絶対に似合う! そして顔を真っ赤にして不機嫌そうに接客すれば世のお姉さま方を確実にノックアウトできる! そうすればこの文化祭の売り上げは爆上がり間違いなしだ!」
そのうちの一人。バスケ部の諸岡雄二が扉の前に立ちふさがってゆく手を阻む。角刈りが特徴の野性味あふれるこの男は、身長180㎝と恵まれた体躯と高い俊敏性を兼ね備えた明秀バスケ部期待のルーキーにディフェンスされてしまったら、さすがの悠岐も突破は難しい。そしてモタモタしているうちに背後から忍び寄る影。
「……諦めろ、坂本。お前に拒否権はない。大人しく可愛くなって来い」
ハッと気付いて振り返った時にはもう遅い。悠岐は両脇に腕を通されて羽交い絞めの格好であえなく御用となってしまった。
「離せ、梅村! 僕は衆人環視の前で女装なんて恥をさらすつもりはない! というか、9割賛成ってことはお前らも―――」
「そういうことだ。委員長だけじゃない。俺や諸岡、他のみんなもお前のメイド姿を観たいと望んでいる。そしてそれが叶えば、この文化祭を制することが出来る。俺はそう確信している。だから、坂本。お前は俺達の最後の希望なんだ」
「カッコよく決めているけど言っていることは最低だから! 何が最後の希望だ! お前に言われても嬉しくない! さっさと離せよ、このむっつりイケメン!」
何のことだと言わんばかりに拘束し続けているこの男の名前は梅村芳樹。サッカー部で頭角を現している容姿端麗でまさにクールな男と評するに相応しいのだが、悠岐の指摘したようにスケベな一面がある。本人は隠しているつもりだろうが、俺達にはバレバレで、だからむっつりイケメンと呼ぶのだが、それでも女子からの人気は高い。解せないと諸岡は血の涙を流していた。
「フッフッフッ。そういうわけだから坂本君。君には大人しく裁縫部の部室に来てもらおうか! 諸岡君! 梅村君! 連行していきなさい!」
イエス・マム! という謎の号令とともに、悠岐はあえなく二人の男たちに抱えられて拉致されてしまった。晴斗の薄情者―――! と泣き声が聞こえたような気がしたが俺は心の中で頭を下げた。
親友という尊い犠牲の末。ようやく平和な昼休みになったと思ったのだが、どういうわけか今日は嵐が連続して巻き起こる日だったようで。
「相変わらず、君のクラスは賑やかで面白そうだね、晴斗」
教室が騒めきだした。その原因は今俺に声をかけてきた一学年上の女子生徒にして生徒会副会長を務めている明秀高校が誇る二大美女の一人にして『月』の異名を持つ美女。
「どうしたんですか、清澄先輩。わざわざ一年のクラスに来るなんて珍しいですね? 何かあったんですか?」
「フフフ。清澄なんて他人行儀な……そこは哀さん、と親しみを込めて呼んでくれないか? なんなら愛を込めて哀、と呼んでくれても構わないんだよ? いや、むしろ呼んでほしいな、晴斗」
悠岐たちと入れ違いに入ってきたはずなのに、いつの間にか清澄先輩はすすっと俺の目の前まで接近して、くいっと顎を持ち上げてきた。キャーと近くにいた寺崎さんをはじめとした女性陣が悲鳴にも似た歓声を上げる。
「……清澄先輩。俺で遊ぶのは大いに構いませんが、みんなが誤解するのでこの辺で止めておきませんか? いや、止めて下さい。このままいくと保健室がパニックになります」
「ふむ……なるほど。確かに、そうしたほうがよさそうだね」
そういって清澄先輩は俺の顎から手を離してくれた。それにしても、やはり清澄先輩は綺麗な人である。
清澄哀。明秀高校生徒会副会長であり、次期生徒会長が内定している明秀高校二大美女の一人。『月』と称されているように、清澄先輩は女性でありながら美しさと眉目秀麗な顔立ちで凛々しい女性でもある。
髪型も肩口よりも短いショートヘアのため、今でこそ制服でスカートを履いているが、パンツを履けば男性に見えなくもない。だが、そのためにはツンと張った決して小ぶりとは言い難い、美しい二つの膨らみを更地にしなければならないが。
「おっと。本題を忘れるところだった。晴斗、昼ご飯は当然まだだろう? これから一緒にどうだい?」
そう言って掲げて見せたのは一人分にしては大きすぎる風呂敷。そこにはおそらく弁当が入っているのだと思うのだが、まさか清澄先輩は見かけによらずに大食漢なのかと我ながら失礼なことを考えていると、
「あぁ、安心したまえ。君の分も私が作ってきたから。いつも君の後ろにくっついている護衛の坂本君もいないことだし、時間は有限だ。早く行くとしようか」
俺の答えを聞かず、清澄先輩に手を取られて俺は半ば引きずられるようにして連行された。
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