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第34話:二回戦、試合開始!

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 私は敦賀清和高校野球部監督の大久保という。短躯でお腹も少し出ているから子豚ちゃんと女子マネージャーから親しみを込めて呼ばれているが、これでも野球部を3年連続で甲子園に導いている。

 今日は大会8日目。無事に一回戦を勝ちぬいた我が敦賀清和高校の二回戦だ。相手は東東京代表の明秀高校。優勝候補の大本命、夏三連覇に挑む王者大阪桐陽高校を3 対 2で下した、今最も勢いのある高校だ。

 しかし、私は渡された明秀高校の先発表を観たとき、思わずその紙をぐしゃりと握りつぶしたくなった。

「か、監督……? ど、どうされたんですか?」

「ふ、ふざけているのか明秀高校! これは私達に対する挑戦か!? それとも、優勝候補に勝ったからと言って調子に乗っているのか!? 舐めているのか!? ふざけるな!」

 先発オーダー。そこに記されている投手は18番を付けた一年生。3番を打つ一年生は桐陽戦で二本のホームランを打っているから先発起用も納得だが、投手起用だけは許せない。いくら桐陽高校相手に3回を投げて一人の打者も許さなかったとしても、これはうちを舐めている。

「左の松葉を守備でも使わずベンチスタート。間違いない、うちとの試合を休養に充てる腹積もりだ。くそ……」

 中継ぎと先発では役割も違う。ペース配分も違う。長いイニングを投げるだけの体力も必要となるし、試合の流れを作る技術も必要だ。ましてやここは甲子園。さらに二回戦で腐っても前の試合で10点を奪った打線を相手にするには荷が重いはず。

「メディアも期待しているこの一年生投手をコテンパンに打ち崩して、その勢いのまま夏の制覇へ向けて駆け上がる。このオーダーを組んだことを後悔させてやるぞ」

 グラウンドでは明秀高校の選手たちが試合前のシートノックを行っていた。反対側のベンチ―――三塁側―――の投球練習場では件の一年生が投球練習を行っている。

「目にもの見せてやるからな……一年坊主」

 親の仇のように、私は先発の今宮晴斗を睨みつけた。


 だが、目にものを見せられるのは大久保監督以下、敦賀清和ナインであるということをこの時点では彼らは知らない。


*****


 時刻は間もなく16時。今日の試合は本日最後の第四試合。日も少し傾いているため多少だが暑さは和らいでいる。しかし、マウンドに立つと確かな熱気を感じた。

 誰にも穢されていないまっさらなマウンド。誰よりも高いところに、この試合誰よりも早く、俺は立った。プレートに手を置いて、念を込める。

「晴斗! 投球練習始めるぞ!」

 日下部先輩の声で俺はゆっくりと身体を起こして投げ渡されるボールを捕った。真っ白なボールを一度ギュッと握り締めてから、俺は試合開始前最後の試投を行った。

 試すのはストレートとカーブ。練習場でも試したが実際のマウンドで感触を確かめてみる。大きく外れることはなく、日下部先輩の構えたミットにばっちり収まった。

 つまり、調子はいい。

 最後はセットポジションから軽く投げて日下部先輩が二塁に送球。これで準備は整った。

 先頭打者がゆっくりと打席へと入る。少し小柄な左バッターだ。

 審判がゆっくりと手を上げる。そして、

ウウウゥゥゥゥッゥ――――――

「プレイボール!」

 なじみ深いサイレントともに、試合開始がコールされた。

 俺は自分が先発した場合、先頭打者に対して必ずやることがある。これに関してはかつて組んでいた相棒からは

―――性格の悪いことをしてやるなよ。審判だって人間だぞ?―――

 と言われたが、それでもこれは譲る気はない。その妥協点として、俺はあいつのサイン通りに変化球全てを投げて軸になる球を探すことに否は唱えなかったのだが。

 それはさておき。予め日下部先輩と決めていた通り、この打者に対して投げる球種、コースはすでに決まっている。

*****

『さぁ始まりました本日の第四試合! 福井の名門敦賀清和高校 対 東東京代表明秀高校の二回戦の模様をお送りいたします! 実況は私、渡会わたらいと、解説には元下松電機野球部で監督を歴任されました吉瀬きちせさんでお送りいたします。吉瀬さん、宜しくお願いします』

『はい、宜しくお願いします』

『吉瀬さん、この試合の注目は何といっても今マウンドに立っております明秀高校の一年生ピッチャー、今宮晴斗君ですね』

『そうですね……一回戦、強力な大阪桐陽打線を相手に3回を投げて見事な完全投球パーフェクトピッチングでしたからね。先発に抜擢されてどのような投球を見せてくれるのか非常に楽しみです』

『今宮君、力みのない、ゆったりとしたフォームから第一球……投げました! あぁっとこれはわずかに外れてボール! アウトコース低めに伸びのあるストレート、球速も141キロと素晴らしいボールでした』

『このストレートに加えて、今宮君はツーシームにカーブ、カットボール、チェンジアップにスプリットと非常に多彩な変化球がありますからね。これは的を絞るのは難しいと思いますよ』

『そうですね……キャッチャーの日下部君とのサイン交換もあっという間に終わり、第二球……投げました! 今度はストライク! 同じようなコースにまたしてもストレートでした。バッター、これは手が出なかったか!?』

『いや―――素晴らしいコントロールですね。二球続けて非常に難しいコースに投げています。今宮君、今日も調子良さそうですね』

『そのようですね。おっと、すでに今宮君、三球目の投球に入って―――投げました! ストライク! 今度は一転して内角低めにスバッと直球でした! これはいかかでしょう、吉瀬さん?』

『…………』

『さ、さて。カウントは1ボール2ストライク。ここまで全球ストレートの明秀バッテリー。追い込んでから選んだボールは―――あぁおっと! 高めに抜けた・・・ストレートに思わずバッター手が出てしまった! 空振り三振で1アウト! いや―――まさか全球ストレート勝負で来るとは、これはどう見ますか、解説の吉瀬さん?』

『…………あ、はい。最後の空振りにとったストレートですがあれは抜け球ではなく、しっかり投げ込んだ球です。だからこそ球威もあり、バッターも振り遅れたんだと思います』

『ほぉ。そうでしたか。ということは……つまりどういうことなんですか?』

『私も確かなことは言えません。ただ、もしこれを意図的に行ったのだとしたら、このバッテリーはすでに超高校級です。同じことが出来るのは、おそらく星蘭高校の高梨君くらいでしょう』

*****

「まったく、晴斗の奴。昔からやること変わらないな。いや、意地悪さはそう簡単には変わらないか」

 石川県代表、星蘭高校野球部が宿泊している旅館で、この試合を観戦していた阿部友哉は友人の相変わらずの行いに呆れながら呟いた。

「友哉。それはどういうことだ? あの全球ストレート勝負に何か意図でもあるのか? なんか解説のおっさんも、あと出来るのはくらいって言っていたけど……?」

 友哉の隣にふんぞり返って座っているのは星蘭のエース、件の高梨だ。彼は現相棒にして今マウンドに立っている今宮と友人の友哉に尋ねた。

「今の投球ですがあれは完全に晴斗の癖ですね。あいつは先発した試合の先頭打者で審判の癖を掴もうとするんです。異常なコントロールを持つ晴斗だから出来る芸当と言ってもいい。アウトコース、インコース、高め、低めをボール一個の投げ分けでどこまでがストライクゾーンか測るんです。それと同時に調子も測っているんですけど……」

「……嘘だろ? 審判の癖はだいたい一回りする3回くらいに把握出来たら御の字だろう?現に友哉お前だってそうしているだろ?」

 常軌を逸しているとしか思えない行いをしているという明秀バッテリーに得体の知れない恐怖を覚えた高梨。

「普通はそうですけどね―――あっ、今投げたボール! さっきの打者に投げたアウトコースと全く同じ・・・・コースに投げてストライクです。こりゃ下手すればあり得ますね……」

「……これ以上何が起こるって言うんだよ?」

「決まっているじゃないですか、ノーヒットノーラン、もしくは……完全試合ですよ」

 友哉がそう告げると同時に、二番打者がサードゴロに打ち取られた。高梨はそんな馬鹿なと鼻で笑いたかったが、この頼れる天才一年生キャッチャーが確信を込めて宣言したので、ごくりと唾を飲み込むしかなかった。

 打撃が自慢の敦賀清和を相手にそのようなことをしでかしたうえで勝利したのなら、間違いなく明秀高校は優勝候補筆頭に躍り出ることだろう。悲願の夏の大会制覇を目指す星蘭高校の障害となる。

「勘弁してくれ。今年の一年生は化け物ぞろいかよ」

 口に出しながらも、高梨の口元には笑みが浮かんでいた。こういう才能に恵まれた選手と対戦して勝つことが何より楽しいし、血が滾るのだ。

「先輩も大概ですから安心してください」

 そんな晴斗と同等の才覚を持つ先輩エースに苦笑いをする友哉であった。

 三番を任された右バッターは内角に食い込んだツーシームに詰まらされてあっけなくショートゴロに打ち取られていた。
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