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山に登ったことのない王様の話

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「山に登ったことのない王様の話」











「トリマキや、ここらの木々は皆緑色をしておるんじゃな」

「恐れながら王様、今の季節、木とはどこでもこのような緑色をしていると思われますが」

王様の後ろを歩くトリマキと呼ばれた男の一人が答えました。

「はて?城から見る山は全て青く見えるではないか。山とは木で出来ておるのじゃろう。だとすれば木も青いのが当然のはず。ワシが間違っとるか?ワシの目がおかしいと申すのか?それとも城の窓ガラスが青いのか?」

王様は振り返り、不敵に睨みつけました。そして他のトリマキたちに目くばせをしました。すると他のトリマキたちは意見した男を取り押さえ、樹に括り付けると、ほっぺたを百万回ずつ叩き、殺しました。



王様と、ひとり減ったトリマキたちは、何事もなかったように山を登り始めました。

須弥山と呼ばれる山です。そこそこの高さはありますけど、取り立てて険しいわけでもありません。

ただ、王様が「登ってみたい」と言ったのです。

なぜ登ってみたくなったのかというと、歴代の王様が登ったことがないからだそうです。

歴代の王様たちが須弥山に登らなかったのは、きっと何かの理由があったのでしょう。

けれどもこの王様にはそんなこと関係ありません。

「誰もやらなかったから俺様がやる。俺様がこの山を征服する初めての王になる」

という自尊心を満たすことで、頭の中はいっぱいなのです。





「トリマキや」

「何でございましょう、王様」。

「だんだんと路が険しくなってきたではないか」

「少し休まれますか?」

「そういうことを言っているのではない。何とかならぬのかと言っておる。鈍い奴じゃ」

鈍い奴と言われたトリマキは、他のトリマキたちに取り押さえられ、谷底へ蹴落とされました。



二人減ったトリマキのうちの一人が携帯電話を取り出して、ヘリコプターの出動を要請しました。

ヘリコプターはすぐに来て、上空でホバリングしながら長い梯子を下ろし始めました。

「あれは何じゃ?」

「ヘリコプターにございます」

「それくらい知っとる。どういうつもりかと聞いておる。わしはこの山を登りにきたのじゃ。歴代の王が誰一人登らなかった須弥山を自分の足で登りに来たんじゃ。わかっておるのか」

ヘリコプターを呼んだトリマキは、他のトリマキたちに取り押さえられ、ヘリコプターから下ろされた梯子に括り付けられ、そのまま運び去られました。







三人減ったトリマキのうちの一人が、輸送機を呼びました。

王様とトリマキたちの目の前に、 輸送機からたくさんの重機が下ろされました。

トリマキたちが重機に乗り込み、突貫の道路整備の工事が始まりました。ショベルカーが、木々をなぎ倒し、根こそぎ剥ぎ取りました。大きなダンプカーが、虫や林床植生はもちろん、逃げ惑う小動物をも容赦なく轢き殺しました。そうしてローラーで砂利を固めてアスファルトを敷きました。

あっという間に、10トンのダンプカーが容易に離合できる立派なアスファルトの登山道が出来上がりました。

「いかがでございましょう」

「おぬしは馬鹿か?山の中にアスファルトはなかろう。足腰に負担がかかるぞ」

アスファルトを敷いたトリマキは他のトリマキたちに取り押さえられ、ローラーで轢き殺されました。







四人減ったトリマキのうちの一人が、さきの輸送機を呼び戻し、工事をやり直しました。

よくほぐれた土の、踏み心地の好い歩道が出来上がりました。

「うむ」

王様は満足げに歩き出しました。 

トリマキたちは王様の後ろに続いて歩きました。







強引な登山道整備の工事により、すでに山は山の形を成さぬほどに醜くえぐられ、不細工に整地されてはいましたが、それでも頂上が近づくにつれ、道は狭く、傾斜はきつくなっていきました。

「もう歩けぬ」

王様が言いました。

「王様、もう少しでございます」

トリマキの一人が言いました。

「歩けぬ!と言っておる」

王様を励ますつもりだったトリマキは、他のトリマキたちに取り押さえられ、崖から突き落とされました。







五人減ったトリマキのうちの一人が、輸送機を呼びました。たくさんの重機が降ろされると、トリマキたちはそれぞれ乗り込み、工事に取り掛かりました。

さすがに山頂が近いだけあって、大きな岩礫が多く、工事は難航しました。ダンプでも運べないような大きな石は、砕いたり、そのまま崖から落としたりしました。もちろん崖の下がどうなっているかなど配慮する余裕などありません。時折カモシカやツキノワグマが掘削機の前を横切っても気に留めないくらいですから。







日の出近くになって、ようやく工事が完成しました。

王様が「もう歩けない」と言ったところを、須弥山の頂上と定める工事でした。

つまりこの山に、これ以上高いところは無いということです。

王様はご満悦です。歴代の王たちが誰一人登ったことのない山の頂上に、今自分が立っていることに酔いしれていました。下山したら、トリマキたちにたくさんの褒美を与えようと思っていました。間もなくご来光です。王様の恍惚感は最高潮に達しました。

 空が白んできました。峰々の稜線が、黄金に輝いています。荘厳な瞬間です。






何ということはありません。須弥山は周囲のどの山よりも、お城よりも低く、のっぺらで、なだらかな丘になってしまっていたのです。どの山の頂よりも遅い日の出です。ふだん寝坊助の王様でも、時折はお城から目にすることのある日の出より遅い明るすぎる日の出です。

ひたすら歩いて、徹夜で待って、得られたものがこれっぽっちのものか、と王様の怒りが頂点に達しました。

「どいつもこいつも役立たずじゃ!おぬしら全員死刑じゃ」

残ったトリマキたちはなだらかな須弥山の頂上に大きな穴を掘って、それぞれ自分で飛び込みました。王様は何事もなかったかのように穴を埋め戻し、踏み固めました。





王様はひとりになりました。



太陽が円い顔を稜線から出し切ると、土と水の差異が明らかになります。川面がきらきらと陽の光りを映すのです。

須弥山の向こう側、歩いてきた方と反対側の麓に川の存在を認識した王様は、ひとり歩き出しました。



川岸に大きな樹が一本、その袂におみなが一人、樹上に翁が、それぞれ王様の様子を窺っています。

「王様、ようご自分で来なすったなぁ、この三途の川へ。今か今かと待ちわびておったところじゃ。さあさあ上着を脱いで休んでいきなされ」

おみなはそう言うと、王様の上着を引ったくり、樹上の翁へと投げ渡しました。

「無礼者!何をするか」

王様はおみなの首を掴むと、川の中へ放り投げました。

驚いた翁は、王様の上着を枝に掛けると、樹から飛び下り、走り去っていきました。

大きな樹は、王様の上着の重みで傾き、ズシン! と、地響きとともに三途の川をまたいで倒れ込みました。



王様は倒れた樹を橋にして、ひとり、三途の川を渡ります。(了)


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