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第23話〜貴方を忘れない〜

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あれからどれだけの月日が過ぎたのだろう――


あれから何度桜は咲いて、散ったのだろう――




 あの謀反の夜が、遠く昔に思われ、けれど一方では昨日のように鮮明に脳裏に焼き付いて離れない……。


 私はあの夜から二ヶ月後に入内した。
 その数年後には先の帝が流行り病で亡くなり、私の夫である男が帝に即位した。

 帝の妻となった私は「清瀬の女御」と呼ばれ、今ではもう私を「桜姫」と呼んでくれる者はいない――……。


そう、私のそばにはもう伊織も居ないのだ。

 入内する時、私は伊織に別れを告げた。
 伊織に想い人がいると知ってから心に決めていた事だった。
 伊織は絶対に付いて行くと泣いてくれたけれど―ー……。
 彼女にだけでも幸せになってもらいたかった。

 外の世界と遮断された世界に彼女を連れて行く事を、私は選べなかった。

『幸せになって』

 生きてさえいればいつかまた会えるから。

 ずっと忘れない。伊織と過ごした日々を。   
 楽しかった事も、辛かった事も――。
 伊織の愛情も――。

 自分の命を引き換えにしてでも、私を守ろうとしてくれた。

『本当にありがとう……』

 あなたの幸せをずっと願っているよ。

 


 私は広大な庭に面した部屋の御簾の陰に座り、心地よい風に瞳を閉じていた。

「ーーーー……」

 ふと、懐に隠していた数珠をそっと取り出した。茶色い珠はあの頃と何一つ変わらず優しい光を放っている。それはまるで私を守ってくれているように思えた。

 ねぇ、湊尹。

 あなたに逢えなくなって、どれだけの月日が経ったと思う――……?

 時は流れ、私はすっかり大人になりました。

あなたがそばに居てくれた日々はまるで、夢の中の出来事のようです。

 本当にあなたが存在したのかさえ分からなくなる。そんなに長い時間が過ぎたんだよ……?

 だけど、今もしっかり覚えている。
 無知で我侭だった私をあなたがどんなに愛してくれていたのかを……。

 だからね、湊尹。

 私はもう泣きません。

 恋を知ったばかりの私はいつも泣いてしまって……あなたを困らせてばかりだったけれど。私が泣くとあなたは決まって心配そうな顔をしていたから。

 私が泣いていたら、きっとあなたは今も心配するから……。

あなたが喜んでくれる生き方を、私はしたい。

……覚えているかな……?

 私があなたに言った言葉。

『皆が幸せに過ごせるようにしたい』

 あなたはこの言葉を聞いた時、笑ってくれたよね……。あの時のあなたの優しい目を今も覚えているよ。

 私は今、都の為に出来る事を精一杯しています。女だからと陰で馬鹿にする者がいることも知っているけれど。

そうする事で、私も幸せを感じる事が出来ると知りました。


あなたと一緒に、居る気がするの――。


 僧侶として生きたあなたは、常に都人の幸せを願っていたから……。




『―…君…想う…』


 目を閉じると、私の中に残る湊尹の声がそっと語りかけてきた。


『君想う人生に、悔いなし……』


あの夜

あなたが最期に私の耳元で囁いた言葉――……。

私にくれた最後の言葉……。

 最期の時まで私を心配して、これから生きていく私の事を思ってくれた――。

 あなたと出逢わなければあなたを死なさずに済んだ。
 私がそんな後悔をしないように、あなたはこの言葉を遺してくれたんだよね……?

 どこまでも優しい湊尹。

 あなたは私が愛したただ一人の人。
 そして、私の命を救ってくれた人ーー。

「本当にありがとう。湊尹……」

 あなたを愛している。

 何度生まれ変わっても、私はあなたを見つけ出してみせる。

『あの桜の木の下で…』

 約束したから――

「また必ず逢えるよね、湊尹……」

 次に逢えた時、湊尹に胸を張って話せるように……私は今日も頑張って生きるよ。
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