23 / 31
第23話〜貴方を忘れない〜
しおりを挟むあれからどれだけの月日が過ぎたのだろう――
あれから何度桜は咲いて、散ったのだろう――
あの謀反の夜が、遠く昔に思われ、けれど一方では昨日のように鮮明に脳裏に焼き付いて離れない……。
私はあの夜から二ヶ月後に入内した。
その数年後には先の帝が流行り病で亡くなり、私の夫である男が帝に即位した。
帝の妻となった私は「清瀬の女御」と呼ばれ、今ではもう私を「桜姫」と呼んでくれる者はいない――……。
そう、私のそばにはもう伊織も居ないのだ。
入内する時、私は伊織に別れを告げた。
伊織に想い人がいると知ってから心に決めていた事だった。
伊織は絶対に付いて行くと泣いてくれたけれど―ー……。
彼女にだけでも幸せになってもらいたかった。
外の世界と遮断された世界に彼女を連れて行く事を、私は選べなかった。
『幸せになって』
生きてさえいればいつかまた会えるから。
ずっと忘れない。伊織と過ごした日々を。
楽しかった事も、辛かった事も――。
伊織の愛情も――。
自分の命を引き換えにしてでも、私を守ろうとしてくれた。
『本当にありがとう……』
あなたの幸せをずっと願っているよ。
私は広大な庭に面した部屋の御簾の陰に座り、心地よい風に瞳を閉じていた。
「ーーーー……」
ふと、懐に隠していた数珠をそっと取り出した。茶色い珠はあの頃と何一つ変わらず優しい光を放っている。それはまるで私を守ってくれているように思えた。
ねぇ、湊尹。
あなたに逢えなくなって、どれだけの月日が経ったと思う――……?
時は流れ、私はすっかり大人になりました。
あなたがそばに居てくれた日々はまるで、夢の中の出来事のようです。
本当にあなたが存在したのかさえ分からなくなる。そんなに長い時間が過ぎたんだよ……?
だけど、今もしっかり覚えている。
無知で我侭だった私をあなたがどんなに愛してくれていたのかを……。
だからね、湊尹。
私はもう泣きません。
恋を知ったばかりの私はいつも泣いてしまって……あなたを困らせてばかりだったけれど。私が泣くとあなたは決まって心配そうな顔をしていたから。
私が泣いていたら、きっとあなたは今も心配するから……。
あなたが喜んでくれる生き方を、私はしたい。
……覚えているかな……?
私があなたに言った言葉。
『皆が幸せに過ごせるようにしたい』
あなたはこの言葉を聞いた時、笑ってくれたよね……。あの時のあなたの優しい目を今も覚えているよ。
私は今、都の為に出来る事を精一杯しています。女だからと陰で馬鹿にする者がいることも知っているけれど。
そうする事で、私も幸せを感じる事が出来ると知りました。
あなたと一緒に、居る気がするの――。
僧侶として生きたあなたは、常に都人の幸せを願っていたから……。
『―…君…想う…』
目を閉じると、私の中に残る湊尹の声がそっと語りかけてきた。
『君想う人生に、悔いなし……』
あの夜
あなたが最期に私の耳元で囁いた言葉――……。
私にくれた最後の言葉……。
最期の時まで私を心配して、これから生きていく私の事を思ってくれた――。
あなたと出逢わなければあなたを死なさずに済んだ。
私がそんな後悔をしないように、あなたはこの言葉を遺してくれたんだよね……?
どこまでも優しい湊尹。
あなたは私が愛したただ一人の人。
そして、私の命を救ってくれた人ーー。
「本当にありがとう。湊尹……」
あなたを愛している。
何度生まれ変わっても、私はあなたを見つけ出してみせる。
『あの桜の木の下で…』
約束したから――
「また必ず逢えるよね、湊尹……」
次に逢えた時、湊尹に胸を張って話せるように……私は今日も頑張って生きるよ。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
何も出来ない妻なので
cyaru
恋愛
王族の護衛騎士エリオナル様と結婚をして8年目。
お義母様を葬送したわたくしは、伯爵家を出ていきます。
「何も出来なくて申し訳ありませんでした」
短い手紙と離縁書を唯一頂いたオルゴールと共に置いて。
※そりゃ離縁してくれ言われるわぃ!っと夫に腹の立つ記述があります。
※チョロインではないので、花畑なお話希望の方は閉じてください
※作者の勝手な設定の為こうではないか、あぁではないかと言う一般的な物とは似て非なると考えて下さい
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※作者都合のご都合主義、創作の話です。至って真面目に書いています。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
王太子さま、側室さまがご懐妊です
家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。
愛する彼女を妃としたい王太子。
本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。
そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。
あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
もう二度とあなたの妃にはならない
葉菜子
恋愛
8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。
しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。
男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。
ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。
ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。
なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。
あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?
公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。
ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。
ある公爵令嬢の生涯
ユウ
恋愛
伯爵令嬢のエステルには妹がいた。
妖精姫と呼ばれ両親からも愛され周りからも無条件に愛される。
婚約者までも妹に奪われ婚約者を譲るように言われてしまう。
そして最後には妹を陥れようとした罪で断罪されてしまうが…
気づくとエステルに転生していた。
再び前世繰り返すことになると思いきや。
エステルは家族を見限り自立を決意するのだが…
***
タイトルを変更しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる