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第8話〜あなたを感じていたい〜

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 「飽きないって失礼ね!」

 私は少しふてくされたフリをして横を向いた。 

「怒ってしまわれましたか?」

 少し慌てる奏尹を意地悪な目でチラリと見て私はベー!と舌を出した。

「そんなことで怒りませんよー!」

 奏尹は驚いて口をポカンと開けた。

「私の心の広さをお見せしたいくらいよ」

 鼻高々に胸を張って自慢した。
 奏尹は笑い出す。クールで綺麗な顔立ちが少年のように幼く見えてこれもなかなか良い。
 私はバレないようにジッと見惚れた。
 奏尹はひとしきり笑うと私が抱いている仔猫を覗き込んだ。

「この仔猫はどうされるのですか?」

「そうね……できれば母親の元に返してあげたいけど見当たらないのよね」

 小さく鳴いている仔猫は私の胸で暖まり気持ちよさそうにしている。
 とにかくこの雨の中置いていくこともできないし。よし、と私は決めた。

「とりあえず私の部屋に連れて帰るわ、お腹も空いていそうだし。だいぶ弱ってるから回復するまで私が面倒をみる」

「そうですか。姫の元でなら安心ですね」

「だといいわね」

 仔猫の頭をそっと撫でる。ずっと寂しかったからこの小さな命のぬくもりがなんだかとても嬉しかった。

「じゃあ、この子の介抱をしたいから今日はもう行くわね」

 本当は名残惜しいんだけど。
 奏尹も私も猫もずぶ濡れだ。全員寝込むルートは回避したい。
 奏尹も頷いた。 

「はい。姫様もよく体を暖めてご自愛ください」

「ありがとう。奏尹もね」

 頭を下げる奏尹に挨拶して私は背を向けてゆっくり歩き出した。けれど後ろ髪を引か
れる思いで心がモヤモヤする。
 
 だってまだ次に会う約束をしていない。  

 というか、奏尹の仕事内容を知らないので彼の空いている時間が分からない。

 振り返ると奏尹が私を見送っている。
 私は勇気を出して口を開いた。

「じ、時間がある時にまた来てね。私も来れる日は来るから!」

 奏尹は穏やかに笑って頷いた。私は胸が高鳴ってワクワクした。次の約束があることの喜び!

「じゃあね!」

 私は笑顔で自室に向かった。

 


 



 


「まあ!姫様!?どこに行かれていたのです?びしょ濡れじゃないですか!」

 こっそり部屋に戻った私は女房の伊織を呼んだ。私の姿を見た伊織はビックリして他の女房も呼ぶ。
 濡れた私の袿を脱がそうとした伊織が仔猫に気づいてまた驚いた。
 しかしその声にはどこか嬉しそうな響きがあった。

「この仔猫はどうしたのですか?随分濡れて……可哀想に」

「そこの庭にいたの。声が聞こえたから連れてきたのよ」

 伊織は納得した。

「それで姫様もこんなに濡れてしまったのですね!言ってくだされば私が行きましたのに」

「いいのいいの。それより早くこの子を拭いて暖めてあげてくれるかしら」

「はい、もちろん。他の者に頼みましょう。とにかく姫様も今すぐ着替えをされなくては」

「はーい」

 仔猫を他の女房に預けて私は伊織にされるがままに着替えて身体を温めた。
 ひと息ついて一人になった私は机に頬杖をついた。傍らには綺麗に洗ってもらってフワフワになった仔猫が暖かい寝床で眠っている。
 
 奏尹は大丈夫だったかな……
 先ほどの出来事が夢のようで私はぼんやりと惚けてしまう。
 
(また逢えた……)

 しかもまた逢える約束までできた。

 この恋が
 決して実らない恋でも……。
 秘められた恋心であっても……。

 どうしようもなく幸せだった。
 好きになってはいけないと分かっていても
恋とは止められないもののようだ。

(もうどうしようもないよ)

 好きになる程あとで苦しい思いをするはずなのに。
 
 もっと湊尹を知りたくて
 
 もっと奏尹を見つめていたくて

 私はこのときめきをまだ手離したくなかったんだ。

 それがいつか取り返しのつかない事態を招く事も知らずに――……








 

  数日後。
 晴れ渡る空の下。私は湊尹の隣で穏やかな風に揺れる木々を眺めていた。
 半刻ほど前奏尹がやってきたのだ。

(また逢えた……!!)

 私の心は小躍りしていた。湊尹は「務めの合間のほんの少しの時間だけですが」と申し訳なさそうに言ったが、私はとても嬉しかった。

 隣に座る湊尹の横顔を盗み見ると、整った顔立ちに思わず見惚れてしまう。
 湊尹は本当に美しい僧侶だった。
 もしも位の高い家に生まれていたら光源氏も顔負けのモテぶりだったに違いない。

「?なんですか?」

 私の視線に気付いて湊尹が振り返った。

「な、なんでもない!あ!」

 手が滑って私の手から扇が落ちてしまった。

「あ、大丈夫ですか」

 湊尹は扇を拾った。
 軽くはたき、そっと顔を寄せて目を閉じた。

 ドキッ!私の心臓は跳ねた。

「よい香りですね」

「あ……あ、ありがとう。私も気に入っているの」

 扇を差し出されてドギマギと受け取る。
 
(ちょっと、今のは反則でしょう!)
 
 まるでキスをするような仕草に見えたじゃない。私の顔がまたしても赤くなる。

「あー、うん、今日も暑いわね」

 扇を開いてパタパタあおぐ私を奏尹はキョトンとして見つめた。

「たしかに今日はいつもより暖かいですが、私はまだ肌寒いくらいですよ。姫様は暑がりなんですね」

ぐう……またしてもやらかしてしまった。
 たしかに顔以外はちょっと寒いわ。

「き、着込んでいるからね」

「ああ、そうですよね。女性は何枚も袿を重ねますからね」

「そうよ。重いし暑いのよ」

「ははは」

 納得して笑う奏尹。
 ……よし!切り抜けた……!!

「そろそろお勤めの時間じゃない?」

「そうですね。そろそろ行かなくては」

 そう言って奏尹は立ち上がった。
 
(ああ、残念だな。もっと一緒にいたかったかも)

 なんてね。贅沢なこと思っちゃダメ。

「きゃっ!?」

 手すりに掴まって立ち上がりかけた私の手がズルっと滑ってバランスを崩した。
 奏尹が咄嗟に私を支える。
 胸の辺りに腕をまわされてしっかりと抱きとめられる形になった。
 私は驚いて目を見開く。

「大丈夫ですか?」

 すぐに私から離れる奏尹。一瞬だったけれど彼の力強さを感じた。
 
(ああ、もう……!!)
 
 少し落ち着いた私の顔がまたもや真っ赤に染まる。私は立ち上がり奏尹に背を向けた。

「あ、ありがとう。ドジばっかりで恥ずかしいわ」

「そんなことないですよ。お怪我がなくてなりよりです」

 優しい奏尹。顔を見たいけど今振り返ったら命取りだわ。さすがにバレるわ、私の気持ち。

「えっと……そろそろ私も行くね」

 早くここから立ち去りたい……!
 去りたくないけど去りたい……っ

「あの……どうしたんですか?」

 「え?なにが?」

「いえ……後ろを向いていらっしゃるので」

 そりゃそうだ。挙動不審な不審人物だよね。
 でも顔の火照りは無情にも益々増していくばかり。……どうしたものか。
 迷っている私の背後で奏尹が申し訳なさそうに呟いた。

「申し訳ありません。私が何か姫のご機嫌を損なう事をしてしまったのですね」

「違……!!」

 ハッとした時には遅かった。
 うっかり振り返ってしまった。私の真っ赤な顔を見て湊尹の瞳が驚きの色を見せた。

「――姫?」

「見ないで!赤面症なのよー!!」

「姫っ!?」

 恥ずかしくて咄嗟にその場から走り出してしまった。
 ああ、謝らなければ。挨拶もしないで逃げ去るなんて最低な行為だ。
 今すぐ戻って謝るのよ……!
 けれど何故か止まれない。心臓が苦しくて頭の中が真っ白になって、自分の行動がコントロールできない。

(どうしよう、どうしよう)

 自己嫌悪と恥ずかしさで涙が滲み出てきた。
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