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3章

正義

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 元々、コハクはあまり運動が得意ではなかった。

 故に、戦闘はあまり得意ではないが。
 
 使い魔の扱いは得意で、魔法の扱いはとても器用であった。
 
 この事をコハクは、なんとも自分とは噛み合わない才だと、時折悩んでいた。


 英雄の力である「魔創」は、相手に触れる事で発動する力だ。

 故に、前線で戦わなければいけない為、使い魔を操る暇は与えられないのである。

 けれど今この状況においては。
 
 コハクは使い魔の扱いが得意で良かったと感じている。   


 ユークリウッドとの戦闘を行う直前。

 コハクは数匹の使い魔に、雪妃の後を追う様に指令を出していたのだ。

 簡単な命令であれば、使い魔は自動で行ってくれる。

 お陰で、コハクは雪妃の現在位置を簡単に発見出来た。
  

「・・・これは、カノールの店?」

 自動で雪妃を追いかけていた使い魔達は、カノールの店の周囲で動きを止めている。

 使い魔の反応を探知出来るという事は、使い魔に気付かれ、破壊された訳でもないだろう。
 
 コハクは魔法で強化された脚を動かし、目的地へと走る。


(あんな激しい戦闘の後なのに、いつもより身体が軽い)
 
 魔法で強化したとはいえ、
その走る速さに、コハクは自分でも驚いた

(・・・これが、魔創の力なのか)

 ユークリウッドの持っていた魔力の量は相当で、並の魔術士の非ではない。

 コハクはその魔力を<インヴェイジョン>で喰らい尽くした。

 その為、コハクの身体にある魔力は、自身が想像出来ない程強くなっていた。


 コハクは地面を蹴り、跳躍する。

 強化された身体は、重力や風を操作する事をせずとも、
2階程度の建物であれば、簡単に飛び上がる事が出来た。

 
 上に上がると、目的地であるカノールの店が見える。

「・・・っ!? どういう事だ?」

 そこでコハクが見たのは、
 店に空いている穴、割れたガラス、そして、炎であった。




*** 




「みんな勇敢だねぇ。と言いたい所だけど」

 床に倒れる雪妃の肩に、カグリが剣を突き刺す。


「ぐぎゃあああああああああああ!!!」

「何故、命を張って私に剣を向ける? あんたが仲間である反乱者達の居場所を言えば言いだけなのに。
何、キミたちには自殺願望でもあるの?」


 床には、血まみれで倒れているカノールと煉の姿がある。

 身体には無数の傷が付いており、既に息はしていない。 

 カノールと煉の二人は、カグリへ歯向かい、そして殺されたのだ。


 カグリは雪妃の肩に刺している剣を動かし、傷口を抉る。

「うあああ!!! うぎゃあああ!!! ぐっ!!!」

「さて、嬉しい事に、もう一回チャンスがある」

 カグリは、兵士に拘束されている店員の少女を視る。

 次は、あの少女を殺すつもりなのだ。
 
「今度はちゃんと話してくれるかな?」


 
 その時、店の入り口が乱暴に開く。

「・・・!」

 現れたのはコハクである。

「なんだい、兵士かい。びっくりさせないでよ、危うく燃やしちゃうとこだったじゃん。
そんで、アンタ何処の班の・・・?」

 カグリは軽い口調でコハクに問いかけるが、コハクの耳には届いていない。

「な、なんだ・・・これ。
なんで、みんな・・・死んでる?」 
 
 床には、カノールに、煉、店員の少女の死体が転がっている。

 もう一人の店員の少女は、兵士に拘束されており。

 そして、カグリに肩を刺されている雪妃の姿がある。


「な・・・なんだ、ここ?」

 段々と、コハクの頭がその情報を理解していく。

 カノール達が殺されていて、雪妃が剣で刺されていると。



「あれ、お前見た事あるな・・・あぁ、Bランクにいるっていう"英雄の力”を持ってるとかいう奴か。
さては、お前・・・」

 コハクの様子を悟ったのか、カグリが笑う。

 カグリは相変わらずのふざけた態度だが、思考は冷静である。 

 コハクの表情を見て、ここの店との関係を悟ったのだ。


「何をしたんだ、あんたらは」

 コハクは盾を強く握り、右腕に魔力を込め、カグリを睨み付けながら、近付いていく。

「おやおや、やる気かぁ? 兵士が兵士の業務を妨害するなんて、大問題だぞ?」


「あんたらはッ!!!」

 だが、横にいた見張りの兵士が、魔法を放った。

「ッ・・・!!!」

 コハクの盾が、魔法の弾丸を弾き返す。


「Bランクの英雄ちゃんがぁ、まさか軍を裏切るとはねぇ?
 命知らずだな。てことで、ミナツくん。その裏切り者のBランクを始末して?」

「了解しました」

 カグリの命令を受け、ミナツという兵士が剣を抜き、コハクへ迫る。


「君は、君たちはここで何をしていたんだ?」

 コハクは、近づいてくる兵士の少年へ問う。


「任務ですよ。反乱者と、その味方の異界人の始末だ」

「なんで。カノールさんは、センリさんの知り合いで、ちゃんとこの店も国から認められて、生活していたのに」

「じゃあ、何故そいつらは反乱者の味方をしたんですか?」

「カノールさんは、行き場の無くした子供を助けただけだ。何かおかしい事でもあるか?」
 
「・・・俺は今日、はっきりわかりました」   


 ふぅ、と息を吐いて、ミナツという少年は脚を止める。

「例え、反乱者ではない異界人だとしても。
結局は、反乱者と同じ考えを持っているのだと。
カグリさんの言うとおり、異界人はそのまま放って置くには危険な存在だ」

「そんな事はない。それは君たちが煽ったから招いた結果じゃないのか?」

「そうか。兵士であるお前さえも、所詮は異界人なのか。だったらもう、容赦する必要はないな!!!」


 ミナツが剣を振るう。

 言葉の通り、その剣に容赦は無かった。


「俺は、自分の大切な人が、異界人共に奪われる事が許せない!!!」

 ミナツが剣を振るう。

 ミナツの剣とコハクの盾が衝突し、激しい金属音が鳴る。

「俺は、皆が、そして愛する人が、傷つけられる事なく安心して暮らせる為に、戦っている!!!」

 ミナツは、自身の意思を叩きつけるかのように、力の込めた一振りを振り下ろす。
  

「・・・そうか」

 コハクは、そのミナツが振るう剣へ向かって、勢いよく盾を叩きつけた。
   
「・・・ッ!!!」

 ミナツの振るう剣が、コハクの盾に大きく弾き返される。

 コハクは続けて盾を振るい、ミナツの手を叩きつける。


「ぐあっ!?」

 盾を叩きつけられた衝撃と痛みで、ミナツの腕から剣が離れ、床に落ちる。


 ミナツは落ちた剣を拾おうとするが、コハクはその剣を遠くへ蹴飛ばした。


「じゃあ、逆に聞きたいんだけど」
 
 コハクが拳を強く握ると、
魔創で蓄えられた魔力が拳に注ぎ込み、力が溢れるのを感じた。


「今この場で大切な人を傷つけられているのは、誰だと思う?」

 そして、コハクは拳を振るう。

 ミナツは両手で顔を覆ったが、コハクの振るう拳は、その両腕のガードを押し退ける程に強力だった。

「がっ・・・!?」

 ガードの空いた顔面へ向け、コハクはもう一度拳を叩き付ける。

 コハクの振るう拳が、ミナツの顔を捕える。

「うぐっはッ!?」

 ミナツの歯がへし折れ、床に倒れ込む。


「おやおや、あの力・・・Bランクだと思っていたが」
 
 一方的な展開に、傍観していたカグリが、ぼそりと呟いた。
 

「ぐ、くそ・・・!」 

 ミナツは鼻も折れているらしく、血を噴き出していた。

 それでも、床に手を付き、立ち上がろうとする。
 
 コハクは、そのミナツの首を掴み上げた。

「ぐあっ・・・!?」

 そして、ギリギリと、ミナツの首を締め上げる。


「大切な人を、傷つけたのはどっちだ?」

 コハクの腕に強化の魔法が流れ込む。


「お前らの方だろうが」

「あ"ッ・・・!?」

 そして、コハクはミナツの身体を持ち上げ、腕を振るう。

 それはコハクの華奢な腕からは、想像出来ない力であった。

 凄まじい速度でミナツの身体が投げ飛ばされ、壁を突き破って、外に転がり落ちた。
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