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2章

主人公のあり方とは 01

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 ヴァーリア国外・危険度Cランク帯。



「これで5体目・・・」

 倒した魔物の数を呟きながら、コハクは植物型の魔物へ剣を突き刺し、止めを刺す。

 時折、虫の様な姿をした小型の魔物なども現れるが、今のコハクに取ってはなんら脅威ではない。

 貧弱な魔物達を切り倒しながら、コハクは林を進んでいく。


 コハクはBランクの兵士だ。

 向かうべきはBランク帯なのだが、しかしコハクの歩みは慎重で、あまり先には進めずにいた。


 あの事件、黒い蛇の魔物に野乃花達が殺されて以来。

 コハクはちょっとした音や、目に入る影の動きに対して非常に神経質になっていた。

 Cランク帯でも、もしかしたら危険な魔物が潜んでいるのではないかと警戒してしまうのだ。  

 だからといって任務を放棄すれば、カギツキ隊長や他の兵士達に何を言われるか分からないだろう。


 そうしてコハクが少しずつ林を進んでいくと、Bランクの境界線である川へと辿り着いく。


「・・・っ?」

 その時、コハクは何か魔物がいる気配を感じ取り、川の周辺を見渡した。


 しかし辺りには何もおらず、緩やかな風が吹き、草木が優しく靡いているだけであった。  

 また気にし過ぎなだけだろうかと、コハクはそう思い川に近付いた時。


 川の中から、ずるりと黒い物体が這い出る。

 足はなく、丸太の様に黒く長い巨体の魔物。


「あ・・・あ・・・ぁ・・・! なんで・・・!?」



 頭部にたてがみの様な触手を生やした黒い大蛇。

 コハク達を襲い、目の前で野乃花を喰った黒い魔物。

 "メインバイパー"と呼ばれている、Sランクの魔物である。


『助、けて・・・!!! コハク!!!』 

 コハクの脳裏に、捕食される野乃花の姿が纏わりつく。

 目の前に、ぼとりと野乃花の片腕が落ちる。



(・・・あ、ああぁぁぁ・・・! 逃げ、なきゃ・・・!!!)


 コハクの足は、無理やり動かせば崩れてしまうのではないかと言う程、恐怖で震えていた。

 今すぐに逃げなくてはいけないのに、足は泥に浸かってしまったかの様に重く、自由が利かない。



 今度こそ食われる。


 だったら、せめてでもこの剣を突き刺して相討ちにしてやると。

 コハクは震える腕で剣を握り、ギリギリと歯を食いしばって剣を振るう。


「あ"ぁ"ぁ"!!!」  



 そこには、黒く巨大な魔物などいなかった。

 変わりに、大きな流木が川岸に打ち上げられているだけである。


「はぁ、はぁ・・・!? 今のは、幻覚?」

 悪い夢から覚めた様に、コハクは身体の力が一気に抜けるのを感じ、その場にぺたりと座り込む。



「・・・あぁ・・・助、かった?」


 昔、元いた世界に住んでいた頃、コハクは異世界転生の物語を幾つか読んだ事がある。

 その時、起きる事件に苦戦する主人公を見て「自分なら、もっと上手く出来るのに」と思ったことがあった。


 コハクは、そう思った事を自ら取り消した。

 出来る訳がないと。そう感じたのだ。


 誰もが、その場面、その瞬間に、最善の選択を探し出し、それ選ぶ事が出来る訳じゃない。

 部屋でくつろいでる者と、現場で実践している者が、同じ様に思考出来る訳がないのだ。         


(僕は、英雄なんかじゃない。こんなにも、弱いじゃないか)



『異界人のくせに』


 何処からか、人の声が聞こえる。


『英雄のくせに、何も出来ないのか』


 しかし、周りに人は誰もいない。



「・・・黙れ」



 頭に響く声へ、コハクは返事を吐き捨てる。 


「僕に、何をしろっていうんだ」

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