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1章

自由の無いところに責任は存在せず 02

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「・・・何処に連れてくつもりですか」


 式利に連れられて、明らかに不機嫌さを表した表情のハルが廊下を進む。

 その二人の後ろにはコハクが続いている。


「言ったはずです。今日の出来事について話を聞きたいと」

「・・・答えになってないですが。今日の事は報告書にちゃんと書きましたけど」


 式利はとある部屋の前で立ち止まる。


「部屋はここです。さぁ入ってください」


 式利の後ろに続いて、ハル、コハクが部屋に入る。



「・・・え?」


 そこには、ベッドで横になる煉の姿があった。


 巨大な蛇の姿の魔物に殺されたと思っていたが、しかし煉は生きていた。 


 煉は式利達が来た事に気付くと、上体を起こす。

 彼の片腕は肘より先が無くなっていたが、しかし命を落としてはいなかったのだ。



「・・・嘘でしょ」

 そんな煉の姿を見て、ハルは驚いた表情を浮かべる 

 それは、仲間が生きていた喜びというよりも、何か困惑している様子にも見える。


「どうしました、ハル? 仲間が生きていたのに、そんな顔をするなんて」

「・・・お、驚いただけです。まさか煉が生きてるなんて・・・良かった! 本当に良かった・・・!」

 式利に指摘されたせいか、ハルの額からは一滴の汗が流れる。    


「本当に、死んだと思ったから・・・! 私どうしようかと・・・!」


「彼が助かって良かったですね。さて"本題"に入りますが」


「っ・・・」

 式利の口から出た「本題」という言葉に、ハルは何故か得たいの知れない恐怖を感じた。


「先程、目を覚ました煉に森で何があったのかを聞きました。すると貴女の報告書に書かれている事と矛盾がありましてね」

 式利の手には、ハルが書いた報告書がある。

「矛盾? なんですか。私が嘘を付いているってことですか!?」


「はい。そういう事です」

 式利はきっぱりとそう言い切る。


「さて、報告の義務は"班長"にあるワケで、班長の煉が生きていたという事は彼の報告が優先されます。どういう事かわかりますよね?」

「ち、ちょっと待って、そんなの納得いかない! それじゃあ班長の言う事だったらなんでも信用するって事!? そんなのおかしいじゃないですか!!!」

「そういう貴女こそ、おかしいんじゃないですか?」

 式利がハルへ迫る。


「異界人を敵にして被害者ぶってれば、何でも言う事信用されるとでも思ってました?」

 口調は丁寧だが、しかし式利の声には威圧感があった。

 式利に圧倒されて、ハルは少しづつ後退し後ろの壁まで追い込まれた。   


「一応、公平に判断する為として、班員であるコハクさんにもどちらの報告書が正確であるか意見を聞いて参考にするとの事です。まぁ答えは決まっているでしょうが」

 それを聞いて、一度ハルは助けを求める様な目でコハクを見たが、すぐにそれは無駄だと悟った。     


 あれだけの扱いをして、コハクが自分の味方をしてくれる訳がない事はハルでも分かったからだ。


「・・・そうですか。別に良いですよ。だったら私の報告書はどうぞナシにしてください」

 ハルは吐き捨てる様にそう呟くと、下を向いたまま足早に部屋のドアまで移動する。


「ハル、ちょっと待ってください」 

 しかし、それを式利が呼び止める。


「班員をこんな目に遭わせた挙句、嘘を付いてまで責任を押し付けて。煉とコハクさんの二人には謝罪の一つも無しですか?」


「・・・ちっ」

 ハルはドアノブにかけた手をゆっくりと下ろすと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて振り返った。


「なんでよ・・・私は、何もしてないじゃない! みんなを殺したのは魔物でしょ!!! 私はただ!!!」


 その瞬間、部屋にぱちん、と乾いた音が響いた。


「う・・・ッ!? あッ・・・!」


 式利が、ハルの頬を平手で叩いた音だ。

「煉の腕を見てください。それを見てもまだ言い訳しますか?」


「アンタ・・・! このッ・・・!!!」

 ハルは式利の話など聞かず、仕返しにと式利の頬目掛けて平手を振るった。


 しかし、式利は冷静にハルの腕を掴んで止める。


「コハクさんの顔を見てください。なんで彼は治療を受けたばかりなのに傷だらけなのかわかりますか?」


 そしてもう一度、式利の平手がハルの頬を叩き、乾いた音が鳴る。


「貴女はいつまで被害者ぶって、責任逃れしてるんですか」

 式利の口調は相変わらず冷静であったが、しかしハルを見るその目は、剣を突き立てる様に威圧的であった。



「ひっ・・・!? ぐっ・・・!!! あ、あぁ・・・わ、わかった。わかりました・・・!!!」

 そう言うと、ハルはその場に座り込んだ。


「・・・すいません、でした」


 そして額を床に付くほど深く下げる。

「こんなことをして、すいませんでした!」

 ハルは半ばヤケになりながらもう一度謝罪の言葉を告げた。


 そして立ち上がると、今度こそハルは部屋を去っていた。



***



「煉・・・よかった、無事だったんだ」

 コハクは煉が横になっているベッドへ近寄る。


「あぁ。腕はこのザマだが、命に別状はないらしい」

 煉の片腕は肘から下が無く、包帯に巻かれていた。


「この腕でも戦えない事はないだろうが・・・これでは当分、Cランク兵士になってしまうな」

 苦笑いを浮かべる煉。  


「・・・こんな状態なのに、兵士は辞めないんですか?」

 コハクが複雑そうな表情で呟く。


「使えるまで使われて、戦えなくなれば捨てられる。それがヴァーリア国の軍です。・・・まぁ、ヴァーリア軍に限った話じゃありませんが」

 式利がコハクの隣に並び、話を続ける。 


「私たち異界人のおよそ九割が、強い魔法の適正や高い身体能力を持っています。それは確かに、兵士となるには適しているかもしれません。ですが、それが身を削って使い潰される理由になどなると思いますか? 私は思いません」

 式利の口調は淡々としていたが、コハクにはその台詞はとても重く感じられた。

 彼女がその場の思いつきで適当に言っているのではなく、長い間ずっと、その事について考えていたのだろう事が伝わるからだ。


「それで、私達は少しでも異界人の為にと、地味ながら行動していたんです。煉がハルの班にいたのは、やたら異界人と一緒にいる彼女が何か信用出来ないと思い、その監視の為・・・だったのですが」


 今回の件で、野乃花とカイの二人が死亡し、煉は片腕を失った。

 ここまで顔に感情を出さずにいた式利だったが、その表情は少しだけ悲しげで、そして怒りも見えた。


「・・・申し訳なかった。俺の力不足だ」

 煉がそう呟く。

「そんな事はありません。これは私が甘かったせいです。それに・・・」

 ふと、式利がコハクを見る。


「一人でも、助ける事が出来たじゃないですか。コハクさんを助ける事が出来たじゃないですか」

 それを聞いてコハクは、申し訳なさ感じたと同時に、とても救われた気がした。


「あ・・・ありがとう、ございます。本当に、僕の事なんかを助けてくれて・・・」 


 見知らぬ世界で、今まで経験したことのない酷い場面を経験し、周りからも責められ。

 それでも自分を救ってくれる人がいた。


 それはなんと幸運な事なのだろうかと、コハクは感じた。

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