上 下
89 / 98
第4章

26.お酒のせいかどうも記憶があいまいでー(side:エクレア)

しおりを挟む
 いつもなら朝となってエクレアが居間に入ると、その気配を察して皆が起きだす。
 最低でも朝食を用意してればその匂いに釣られて起きだす。
 起きたら「俺もよこせ」やら「作ってくれ」で皆してわいわいがやがや、やかましいぐらいにぎやかな席で朝食を共にしてたが………

「………いつ振りなんだろう。一人で朝食って」

 少なくとも一人で朝食なんて滅多になかった。
 普段は自宅で寝起きしてるからルリージュお母さんと共に朝食だし、アトリエは防犯の関係で最低でも3人の内誰かと共にいる時しか寝泊りしない。
 だからエクレアの記憶の中ではほぼ誰かしらと朝食を共にしていた。

「…………いい加減起こしにいこっか。朝食も持ってって」

 場の沈黙に耐え切れなくなったエクレアは席を立つ。

 朝一の水くみ時に3人を起こさなかった最大の理由は、なんとなくローインと顔を合わせたくなかったところがあった。どんな顔して会えばいいかわからないところがあった。

 当然だろう。昨夜は酒の勢いもあってビンタまでかました挙句、感情そのままにぶつけたのだ。
 エクレア自身あそこまで言うつもりなかったのに、あの時は感情のままに思いの丈をぶつけた。
 あれ本当に自分だったのか、客観的にみてもそうは思えないぐらいの豹変ぶりだったわけだ。

 気まずくなって当然であっても、このままずっと避けるわけにはいかない。エクレアは覚悟を決める。

「あれは夢だ。夢。どうせ酒の席だったわけだし、私自身朝になったら忘れるって言ってたんだし、忘れちゃえばいい。あれは夢。夢、夢……ぶつぶつ」

 傍からみると今のエクレアはかなり不気味というか不機嫌にみえただろう。
 一人でぶつくさ言いながら歩いてるのだから、見る人が見れば相当怒ってるようにみえる。

 よって……

「うわっ!?」

 がちゃりっとエクレアが扉へ手をかける前に開いた事で、そこにいた者……
 ローインに驚かれる羽目となった。


 それもそうだろう。
 ローイン視点でみれば、扉を開けた瞬間目の前に居たのがエクレアだ。不機嫌というかぶつくさ独り言垂れ流してるエクレアと遭遇だ。

 相当面食らっただろう。
 ちなみにエクレアが先に扉を開けていたら、ローインは思いっきり開け放たれた扉に強打されてたが今回はそんなベタな展開はなかった。

(えっと……何言おう)

 とにかくエクレアは気まずい相手に何の準備もなく顔を合わせた事になった。
 “キャロット”からローインが『真実の愛』の相手だとか言われた事もあり、不意の遭遇はエクレアに少なくない混乱をもたらした。


 数秒の沈黙が続くも……

「おはようローイン君。今からご飯持ってくとこだったけどどうする?」

 その沈黙をエクレアはあっさりやぶった。
 彼女は元々『正気のまま狂う』がデフォだ。最初から混乱状態に陥ってるようなものだし、こういう時の立て直しも早い。

 『真実の愛』云々も昨日の事も全く気にしてないという空気を作り出すため、エクレアはあえていつもと同じ調子で切り出す。

「あっ、うん。アトリエで食べるけど……その」

「護衛なのにその対象をほったらかしにしたこと?別にアトリエ内でいるだけが護衛じゃないし、問題ないんじゃないの」

 どぶろくはともかくとして、ワインまで持ち出して大盛り上がりしてた時点ですでにレッドカードものではあったが、そこは触れない。
 男の子にはああいう夜も必要なのだ。ランプが言った通りシチュエーションを大事にするエクレアはその件に関して何も言わずスルーした。
 もっとも、アトリエアから持ち出した食料やワインの代金はしっかり請求するつもりであるが………

「あの……昨日の事だけど」

「昨日って何かあったっけ?私覚えてないなーお酒のせいかどうも記憶があいまいでー」

 本当は覚えてるが、そこは約束通り忘れてる振りをした。
 振りをしながらローインの前に先ほどエクレアが食べたものと同じもの。燻製肉と薬草ジャムをのっけたパンとインスタントスープを出す。

「じゃぁ私は二人を起こしにいくから後片付けは自分でやっといてね」

「待って!あれから考えたんだけど、改めて聞きたい事が出来たんだ!!」

 これでいい。
 ローインとしては昨日の続きを行いたいようだが、昨夜の記憶を消去した振りをしているエクレアはその事を蒸し返す気はない。
 その件に関しては触れず、こちらはこちらで今日の予定を消化する。そのつもりだったが……

「エクレアちゃん、今の君は本物の“エクレア”なのかい?」

 ぴたりと止まる。




 本物のエクレアなのか……

 ローインからそんな問いかけが来るとは思わなかった。

 エクレアは一瞬どう答えようかと迷った。
 迷ったがそれは一瞬だった。

「その答えは……私でもよくわからないかな」

 あえて背を向けたまま答える。
 顔を見せない方がいい。顔を向ければ動揺してることを悟られる。
 特に今は様々な事が立て続けに起こり過ぎて、自分自身がよくわからなくなっている。
 そこにさらなる揺さぶりをかけられたら、最悪今まで築き上げてきた“エクレアを演じている私”が消える。
 本来ならここは適当にはぐらかすのが正解なんだろうが……

(ここは逃げるところじゃないよね)

 エクレアは逃げる選択肢を取りたくなかった事もあり、正直に答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【R18】侯爵令嬢、断罪からオークの家畜へ―白薔薇と呼ばれた美しき姫の末路―

雪月華
恋愛
アルモリカ王国の白薔薇と呼ばれた美しき侯爵令嬢リュシエンヌは、法廷で断罪され、王太子より婚約破棄される。王太子は幼馴染の姫を殺害された復讐のため、リュシエンヌをオークの繁殖用家畜として魔族の国へ出荷させた。 一国の王妃となるべく育てられたリュシエンヌは、オーク族に共有される家畜に堕とされ、飼育される。 オークの飼育員ゼラによって、繁殖用家畜に身も心も墜ちて行くリュシエンヌ。 いつしかオークのゼラと姫の間に生まれた絆、その先にあるものは。 ……悪役令嬢ものってバッドエンド回避がほとんどで、バッドエンドへ行くルートのお話は見たことないなぁと思い、そういう物語を読んでみたくなって自分で書き始めました。 2019.7.6.完結済 番外編「復讐を遂げた王太子のその後」「俺の嫁はすごく可愛い(sideゼラ)」「竜神伝説」掲載 R18表現はサブタイトルに※ ノクターンノベルズでも掲載 タグ注意

(完結)私はあなた方を許しますわ(全5話程度)

青空一夏
恋愛
 従姉妹に夢中な婚約者。婚約破棄をしようと思った矢先に、私の死を望む婚約者の声をきいてしまう。  だったら、婚約破棄はやめましょう。  ふふふ、裏切っていたあなた方まとめて許して差し上げますわ。どうぞお幸せに!  悲しく切ない世界。全5話程度。それぞれの視点から物語がすすむ方式。後味、悪いかもしれません。ハッピーエンドではありません!

【完結】呪いのせいで無言になったら、冷たかった婚約者が溺愛モードになりました。

里海慧
恋愛
わたくしが愛してやまない婚約者ライオネル様は、どうやらわたくしを嫌っているようだ。 でもそんなクールなライオネル様も素敵ですわ——!! 超前向きすぎる伯爵令嬢ハーミリアには、ハイスペイケメンの婚約者ライオネルがいる。 しかしライオネルはいつもハーミリアにはそっけなく冷たい態度だった。 ところがある日、突然ハーミリアの歯が強烈に痛み口も聞けなくなってしまった。 いつもなら一方的に話しかけるのに、無言のまま過ごしていると婚約者の様子がおかしくなり——? 明るく楽しいラブコメ風です! 頭を空っぽにして、ゆるい感じで読んでいただけると嬉しいです★ ※激甘注意 お砂糖吐きたい人だけ呼んでください。 ※2022.12.13 女性向けHOTランキング1位になりました!! みなさまの応援のおかげです。本当にありがとうございます(*´꒳`*) ※タイトル変更しました。 旧タイトル『歯が痛すぎて無言になったら、冷たかった婚約者が溺愛モードになった件』

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍化決定
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

【完結】愛されていた。手遅れな程に・・・

月白ヤトヒコ
恋愛
婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。 けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。 謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、 「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」 謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。 それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね―――― 昨日、式を挙げた。 なのに・・・妻は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。 初夜をすっぽかした妻の許へ向かうと、 「王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい」 という声が聞こえた。 やはり、妻は婚約者時代のことを許してはいなかったのだと思ったが・・・ 「殿下のことを愛していますわ」と言った口で、「殿下と夫婦になるのは無理です」と言う。 なぜだと問い質す俺に、彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。 愛されていた。手遅れな程に・・・という、後悔する王太子の話。 シリアス……に見せ掛けて、後半は多分コメディー。 設定はふわっと。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

処理中です...