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第4章
22.私に名前を付けてください(side:魔王?)
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「かくかくしかじかっと、私はかつて別世界の『神』でした。世界とそこに住む人々のため献身的に支えて見守ってくれる神に理想像を描き、その道を邁進していた時期もあったのです。
しかし、私の理想とした神はほんの一部のみ。大半はどうしようもない屑。神同士の醜い足の引っ張り合いや堕落具合、果てには罪悪感もなく見守るべき世界と人々をおもちゃにして遊んでるというのに上は咎めるどころか評価さえする始末。そうした神の有様に嫌気がさしたのです。神の座を降り、名前を捨ててただの魔族、父上と同じ吸血鬼として生きる事にしました。そういう点で貴族社会に嫌気がさして貴族を捨てたマダムとは同類だと思われますが」
「それについては同感ね。上がどうしようもなければワリを食うのは下だっていうのに……」
一通りの身の内を語った男にスージーも警戒心を解いたらしい。
ただ、国の中枢に思うところがありすぎるせいか、彼女は片手ではなく両手で顔を覆いながら特大のため息が飛び出た。
ルリージュも表情こそ変えてないが、所々に精神の揺らぎがあった。どうやら彼女も貴族に悪感情を抱いてるようだ。
(当然か。マダムルリージュは平民でありながら貴族のごたごたに巻き込まれた身。その原因が『神』の指金というのが……まぁ奴は王や貴族達に悪感情を抱くよう仕向けてるわけだし、成果は順調だともいえる証拠か。はぁ……)
今度は男がため息をついた。
『神』の権限はとにかく強い。人々の思考を自在に誘導する事も出来るため、世論や思想を容易に操作できる。
男はこの一週間、エクレアとその身近な者達を調べるつもりが、ルリージュやスージーの過去を通して世界情勢を調べる事になってしまい、気付いてしまったのだ。
今の国内の情勢は『神』の思惑が大きく働いてる事に……
(今の情勢はあれだろうな。内乱を引き起こして国勢を大いに乱し、その隙をつくかの如く『魔王』の襲来。国の終わりを予期させる絶望の中、教会のトップである教皇……『神』の腰ぎんちゃくに成り下がった下衆共が異世界から『勇者』を召喚。『魔王』である私を倒させて教会の権威と神の信仰心をさらにあげる。………いかにも屑が考えそうなシナリオだな)
男としてはそんな屑シナリオに従う気はない。前までは屑シナリオだろうと契約は契約として仕方ないっと割り切っていたが、そのために犠牲となる者達と交流した事もあって絆されてしまったのだ。
それに……
(屑シナリオもエクレアの嬢ちゃんというイレギュラーが関われば台無しになるわけだ。冥府の監視下に置かれた彼女を力づくでの排除は出来ないだろうし、もう私が手を下すまでもなく屑シナリオは破綻だな)
効果のほどはまだ検証が必要だろうが、エクレアがばらまく“狂気”は理を壊す。それすなわち、神が仕込んだであろうシナリオを壊す。どれだけ強い強制力を持ってようとも、あれは難なく壊す。なにせ……エクレアが宿す“狂気”の根源はありとあらゆる“理”を無秩序へと導く“混沌”だ。
シナリオブレイカーとしては最適な『力』ともとれる。
ただ……シナリオを潰した後どうなるかは全くの不明。無秩序へと導くだけに、想像を絶するかのような大混乱を生み出す可能性がある。
下手すれば世界そのものが破滅するという、本末転倒な結果を生みかねない。
(…………さすがにそこまでの事態はならないと思うが、あの嬢ちゃんは感情が高ぶると見境いなくなる傾向がある。衝動を抑えきれずについカッとなって気付けば世界が……っとならないよう、私も私で神のシナリオに対して逆らうための“楔”を打っておくか)
そう決意した男はスージーを見据える。
男は理想を追うのを諦めたが、彼女はまだ諦めてなかった。諦めきれてなかった。
神によって歪められた国の中枢。腐った貴族や王のせいで滅亡へと進む国を正すための手段を今なお模索している。
そんな彼女なら、今から打ち込む“楔”を有効に扱ってくれると思い、意を決して提案した。
「マダムスージー、私に名前を付けてください」
「名前?なんでまた唐突に」
「吸血鬼を初め魔の種族は契約を重んじる種族。そして『名付け』は強い“絆”を得る神聖な儀式であります」
「……ブーダン・ノワール。通称ブラッドはどうかしら」
神聖な儀式。その言葉で察した辺り彼女は優秀なようだ。
もっとも、魔術師であれば『名付け』にどれほど意味があるか、知らない方がおかしいのかもしれないが……
この世界の魔術師はそれすら知らないほど馬鹿に溢れてる可能性がある。
神が低レベルなら下々も低レベルになる典型的な例だ。
「ではこれより、私はこの世界でブーダン・ノワール……ブラッド。魔王ブラッドと名乗りましょう。
私の名前を付けて頂いた貴女には忠誠こそ誓えませんが、“絆”によって一度だけ貴女の『お願い』を聞きましょう。神のシナリオから反逆しましょう」
「そう。じゃぁ……」
スージーはその一度しかない『お願い』をこの場で決めた。
その内容は……
「えっと……可能ですが、それでいいのでしょうか?」
「いいのよ。エクレアちゃんをそこまで過保護に扱うのは逆に失礼よ。むしろ、とことんまで突っ走って気が付けば……な可能性の方が高いからこそ、この『お願い』が最適。そうよね、ルリージュ」
「そうね。私もスージーの『お願い』に賛成よ。少なくとも最悪な事態は避けられるわけだし、私も安心して託せられるわ」
「そうですか……ですが、考えようによっては保険として最適かもしれません。通常なら役に立たないながらも、現状考えうる最悪な事態へと陥った時に真価を発揮する『お願い』………いいでしょう。このブーダン・ノワール。時が満ちたら命に賭してもその『お願い』を完遂してみせましょう」
改めてペコリと紳士の一礼。
これで契約は終了した。“楔”は打てた。
果たしてこの“楔”がエクレアの反逆劇にどう作用するかはわからない。
下手すれば男は排除されるかもしれないが、それならそれでいい。
その時はエクレアに全てを託すのみ。
男がかつて抱いた想いとともに……
しかし、私の理想とした神はほんの一部のみ。大半はどうしようもない屑。神同士の醜い足の引っ張り合いや堕落具合、果てには罪悪感もなく見守るべき世界と人々をおもちゃにして遊んでるというのに上は咎めるどころか評価さえする始末。そうした神の有様に嫌気がさしたのです。神の座を降り、名前を捨ててただの魔族、父上と同じ吸血鬼として生きる事にしました。そういう点で貴族社会に嫌気がさして貴族を捨てたマダムとは同類だと思われますが」
「それについては同感ね。上がどうしようもなければワリを食うのは下だっていうのに……」
一通りの身の内を語った男にスージーも警戒心を解いたらしい。
ただ、国の中枢に思うところがありすぎるせいか、彼女は片手ではなく両手で顔を覆いながら特大のため息が飛び出た。
ルリージュも表情こそ変えてないが、所々に精神の揺らぎがあった。どうやら彼女も貴族に悪感情を抱いてるようだ。
(当然か。マダムルリージュは平民でありながら貴族のごたごたに巻き込まれた身。その原因が『神』の指金というのが……まぁ奴は王や貴族達に悪感情を抱くよう仕向けてるわけだし、成果は順調だともいえる証拠か。はぁ……)
今度は男がため息をついた。
『神』の権限はとにかく強い。人々の思考を自在に誘導する事も出来るため、世論や思想を容易に操作できる。
男はこの一週間、エクレアとその身近な者達を調べるつもりが、ルリージュやスージーの過去を通して世界情勢を調べる事になってしまい、気付いてしまったのだ。
今の国内の情勢は『神』の思惑が大きく働いてる事に……
(今の情勢はあれだろうな。内乱を引き起こして国勢を大いに乱し、その隙をつくかの如く『魔王』の襲来。国の終わりを予期させる絶望の中、教会のトップである教皇……『神』の腰ぎんちゃくに成り下がった下衆共が異世界から『勇者』を召喚。『魔王』である私を倒させて教会の権威と神の信仰心をさらにあげる。………いかにも屑が考えそうなシナリオだな)
男としてはそんな屑シナリオに従う気はない。前までは屑シナリオだろうと契約は契約として仕方ないっと割り切っていたが、そのために犠牲となる者達と交流した事もあって絆されてしまったのだ。
それに……
(屑シナリオもエクレアの嬢ちゃんというイレギュラーが関われば台無しになるわけだ。冥府の監視下に置かれた彼女を力づくでの排除は出来ないだろうし、もう私が手を下すまでもなく屑シナリオは破綻だな)
効果のほどはまだ検証が必要だろうが、エクレアがばらまく“狂気”は理を壊す。それすなわち、神が仕込んだであろうシナリオを壊す。どれだけ強い強制力を持ってようとも、あれは難なく壊す。なにせ……エクレアが宿す“狂気”の根源はありとあらゆる“理”を無秩序へと導く“混沌”だ。
シナリオブレイカーとしては最適な『力』ともとれる。
ただ……シナリオを潰した後どうなるかは全くの不明。無秩序へと導くだけに、想像を絶するかのような大混乱を生み出す可能性がある。
下手すれば世界そのものが破滅するという、本末転倒な結果を生みかねない。
(…………さすがにそこまでの事態はならないと思うが、あの嬢ちゃんは感情が高ぶると見境いなくなる傾向がある。衝動を抑えきれずについカッとなって気付けば世界が……っとならないよう、私も私で神のシナリオに対して逆らうための“楔”を打っておくか)
そう決意した男はスージーを見据える。
男は理想を追うのを諦めたが、彼女はまだ諦めてなかった。諦めきれてなかった。
神によって歪められた国の中枢。腐った貴族や王のせいで滅亡へと進む国を正すための手段を今なお模索している。
そんな彼女なら、今から打ち込む“楔”を有効に扱ってくれると思い、意を決して提案した。
「マダムスージー、私に名前を付けてください」
「名前?なんでまた唐突に」
「吸血鬼を初め魔の種族は契約を重んじる種族。そして『名付け』は強い“絆”を得る神聖な儀式であります」
「……ブーダン・ノワール。通称ブラッドはどうかしら」
神聖な儀式。その言葉で察した辺り彼女は優秀なようだ。
もっとも、魔術師であれば『名付け』にどれほど意味があるか、知らない方がおかしいのかもしれないが……
この世界の魔術師はそれすら知らないほど馬鹿に溢れてる可能性がある。
神が低レベルなら下々も低レベルになる典型的な例だ。
「ではこれより、私はこの世界でブーダン・ノワール……ブラッド。魔王ブラッドと名乗りましょう。
私の名前を付けて頂いた貴女には忠誠こそ誓えませんが、“絆”によって一度だけ貴女の『お願い』を聞きましょう。神のシナリオから反逆しましょう」
「そう。じゃぁ……」
スージーはその一度しかない『お願い』をこの場で決めた。
その内容は……
「えっと……可能ですが、それでいいのでしょうか?」
「いいのよ。エクレアちゃんをそこまで過保護に扱うのは逆に失礼よ。むしろ、とことんまで突っ走って気が付けば……な可能性の方が高いからこそ、この『お願い』が最適。そうよね、ルリージュ」
「そうね。私もスージーの『お願い』に賛成よ。少なくとも最悪な事態は避けられるわけだし、私も安心して託せられるわ」
「そうですか……ですが、考えようによっては保険として最適かもしれません。通常なら役に立たないながらも、現状考えうる最悪な事態へと陥った時に真価を発揮する『お願い』………いいでしょう。このブーダン・ノワール。時が満ちたら命に賭してもその『お願い』を完遂してみせましょう」
改めてペコリと紳士の一礼。
これで契約は終了した。“楔”は打てた。
果たしてこの“楔”がエクレアの反逆劇にどう作用するかはわからない。
下手すれば男は排除されるかもしれないが、それならそれでいい。
その時はエクレアに全てを託すのみ。
男がかつて抱いた想いとともに……
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