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第4章

8.そんな彼女を僕は置いていこうとしたんだ……

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 米はここから遠く東の地で主食とされている、麦とはまた違う倭国由来の穀物だ。
 位置関係から西の最果てとなるこちら側ではあまり食べられてない。
 そんな米をマイは種籾を仕入れて専用の畑水田を作ってまで育てていたようで、死後もエクレアが継続して育てていた。
 秋に収穫された米は茶色であり、ここまで白いものではなかったのだが……

「精製して白くしたの。師匠の故郷では精製された白い米を食べていたんだって」

 エクレアはにっこり笑いながら付け足した。
 つまり白い米は茶色い米になんらかの処置を施す事で白くできるらしい。

「ちなみに栄養面は白くしない方がいいのだけど、米のお酒にするには白い方が都合いいみたい。ただ私は本物を見た事ないから、これが本当のどぶろくか保証できないけど……味に関しては保証できるっと確証するよ」

 そう言いながらもう一つの盃にも酒を注ぐエクレア。
 酒は本来大人が飲むものであり、子供が飲む物ではないからこれまずいんじゃっとローインは思うも

「大丈夫。どぶろくは子供でも飲めるお酒だし問題ないから」

 エクレアはこれまたにっこりと笑いながら反論を封じた。
 もっとも、このどぶろくは本物の保障ないと彼女自身が言葉にした事もあって、矛盾が発生してるのだが……
 空気読んだローインはあえて突っ込まなかった。

「それにサクラにはいろいろと逸話があるの。その一つとしてサクラは冥府……死者がたどり着く地への扉としての役目があって、特に満開となったサクラはもっとも死者の扉が開きやすくなるとか」

「えっ!!!?」

 笑顔のまま怪談染みた事を言われ、思わず身構える。
 この見る者を魅了する神秘性も、見方を変えれば人をどこか遠くへ誘う悪魔の囁きにように……

「まぁそれぐらいの魔性を持つ木なんだってさ、サクラって。でもそんなサクラだからこそ師匠はサクラを通してもう二度と帰る事もない故郷をみてたみたい。故郷の味を求めてたみたい」

 エクレアはサクラの根本に立つ墓石の前、マイの墓前に先ほどどぶろくを注いだ盃を置く。
 さらに風呂敷を開けて『味噌』と『醤油』で味付けされた串焼きも並べる。
 その後は最後に残った自分用の盃に酒を注ぐ。

「じゃぁ飲もうか。実は私もこの量を飲むの初めてなんだよね。試食の時はペロッと指で舐めた程度で済ませてたし」

「うん、でも……こんなとこで飲むお酒って」

「こんなとこだからこそ飲むものなの。師匠の故郷では夜の満開のサクラの木の下で、死んだ人達を思い浮かべながらお酒を飲むのが伝統。だから……見せつけちゃおうよ。尊敬する師匠が狂おしいまでに追い求めた故郷の味を、そりゃぁもう美味しそうに飲み食いながら……ね」

 にんまりっと、そりゃぁもう邪悪でありながらも可愛らしいまでの笑みを浮かべながらエクレアは言い切った。

「ちょっと待って!!その顔、あからさまに尊敬する師匠に向けるような顔じゃない!発言じゃないって!!」

「えーでも師匠ってとっても可愛くて良い子にしてた弟子を置いて冥府に旅だったんだし~これぐらいやらないと弟子としては腹の虫おさまらないじゃ~ん、ぷんぷん」

「いやいや、可愛いはともかく良い子ならちゃんと冥福祈ってあげようよ!!」

「え~どうしよっかな~でもここで許すとなんか負けた気がするし~」

「何の勝負にだよ!!」

 まるで漫才をするかのごとく、マイを罵ってるエクレアだがローインは気付いていた。

(あぁ……エクレアちゃんは本当にマイさんの事が好きなんだ。尊敬してるんだ)


 好きの反対は無関心と誰かが言っていた。

 エクレアは嫌う相手だと無関心を貫く。
 実際ローイン自身もその無関心を貫かれたのだがら身に染みてわかっていた。

 例えどれだけ口で嫌いだなんて言ってようとも彼女は、マイの事が好きなのだ。
 好きだからこそ怒っている。嫌おうとしている。

 自分を置いて死んでしまったマイを……
 彼女を、エクレアの身代わりとなる事を選んだマイを……

(そんな彼女を僕は置いていこうとしたんだ……)


「さてっと、ふざけるのはやめて真面目に飲もうか。いい加減喋りつかれて喉も乾いたし」

 おふざけは終わり。その宣言通りエクレアはおちゃらけた雰囲気を取りやめて表情を切り替える。
 師匠を罵ったり馬鹿にしたりするような不肖の馬鹿弟子な顔ではなく、師匠の技術と知識を引き継いだ二代目としての顔だ。
 ローインもエクレアのとなりに立ち、無言のまま盃に口を付けた

 無言のままなのは、きっとエクレアとマイの間に言葉なんていらないのだろう。
 作品が全て、彼女が作った『どぶろく』と『味噌』と『醤油』にマイへ向けた想いを全て込めているのだろう。

 そんな彼女の想いがこもったどぶろくは……




 すごく甘い。




 甘かった。
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