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第3章

32.私はこの『悪魔の取引』に縋るしかないのだから

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「無事に……着いたの?」

 エクレアは真っ白な空間……“深淵”を見渡しながらつぶやく。
 ここは生身こそ初めてでも夢の中では稀によくある程度に訪れている。足元にはつい先ほど“深淵”送りにした餌、驚愕の表情を浮かべたまま息絶えた餌ことゴブリンも転がっているので目的地なのはほぼ間違いないだろう。
 ついでにいえばゴブリンの死体は乾燥ワカメのごとく干からびてるので、いろいろなモノを吸い尽くされた後なのがわかる。その壮絶な最期に思わず冥福を祈る。

「うぅぅ……私が生きるためとはいえ、これはちょっとむごいというかなんというか……ごめんね」

“餌に同情なんて、相変わらずやさしい事だこと”

 頭の中に直接響く声。
 顔をあげると、すぐそばに闇の玉ともいうべきモノが浮かんでいた。

「そりゃぁ無意識でも生命力を奪って糧にしたわけだし、感謝ぐらいはしてもいいでしょ。まさかそれすらも許さないとか?」

“別に。私は君の指針に口出す権利はあっても止める権利はないし、そこはお好きにどうぞ”

 多少含みがある言葉を返す“ナニカ”だが、エクレアとしては目的が達成できたので内心ほっとする。

 だが、エクレアの目的は“ナニカ”に会う事だけではない。
 会って頼み事をするために来たのだ。
 その辺りの事情は向こうから呼んだ以上、知ってるとは思うも……

(こいつがすんなりお願いを聞いてくれるわけよね)

 少なくとも“ナニカ”はエクレアの頼みを無条件で聞くような性格をしてない。
 生身で“深淵”に入った事もあってか、夢の中で会話してきた内容を順次思い出されれる。その中での“ナニカ”との会話内容だが、まともに成立してない。元からさせる気がないのか、はぐらかしが多くて理解に苦労するのだ。
 まぁ一言でいえば一筋縄ではいかない相手なのである。

(それもそうよね。なにせこいつの正体は悪魔だし)

“悪魔は悪魔だけど正確には『夢魔』だよ、私”

「心読むな!」

 突っ込みを入れつつ、エクレアは目の前の“ナニカ”を改めて見据える。

 “ナニカ”の正体である『悪魔』。
 夢の中に潜み、夢の中で人をかどわかして堕落の道へと導く『夢魔』……と本人が自称している。


 ちなみにこの世界……ストロガノフ王国では悪魔を不倶戴天の悪と指定されている。

 なんでも遥か昔に悪魔が時の権力者をそそのかして泥沼のような戦争を引き起こさせたのが原因だそうだ。
 そのまま悪魔が暗躍し続ければ国どころか人類そのものが滅びの道を歩みかけるも、間一髪のところで異界から召喚された聖女によって滅せられた。
 以後、聖女は二度と悪魔に好き勝手暗躍されないよう教会に『アクマカルベシ』の教えを記した。

 ただ、その教えは冤罪からの『魔女狩り』にまで発展して多くの犠牲を出してしまった事もあり、現在は悪魔は狩りつくされたとされている。
 少なくとも冤罪を作り出す『魔女狩り』行為は禁止されてるも、裏では執行されているという話もあったりなかったり……


 そんな悪魔がなぜエクレアに憑りついてるかというと、前世のエクレアは無数の悪魔を従えていたからだ。さらに、その内の一匹にここ“深淵”の管理を任せており、死後も律儀に管理を継続してたらしい。
 つまりエクレアの中にある“深淵”はエクレアの前世が生み出したチート能力。死の間際に自らの意思で異界に封印した力だ。
 本来なら転生体であるエクレアであってもキーがないので封印は解けるはずなかったが……3年前のあの日、何らかの誤作動を起こしてキーなしで封印を解いてしまったらしい。
 あの時は“深淵”が暴走してとんでもない事になりかけてたが、封印の異常を察して間一髪“ナニカ”が入り込んで内部から制御して押さえ込んだそうだ。

 以後はエクレアの中で“深淵”が暴走しないよう、さらに教会から自身の存在を認識されないよう悪魔の力を隠蔽しつつ経過を見守る立場を取ってたわけだが……

(どこまで本当の話なのだかねぇ)

 上にも述べたとおり、目の前の悪魔……正確には『夢魔』だが……とにかく食えない性格をしている。
 上記の話はある程度真実だろうが、肝心な部分を話してない。何かを企んでるような気配もある。

(一応私自身に不利益を与えるような事はする気なさそうではあるけど、だからって無条件で信用すればどんな目に合わせられるかわかったもんじゃない。その辺りは悪魔らしい悪魔なんだけど……今はこいつを信用して頼むしかない。例え理不尽な対価を吹っ掛けようとも、私はこの『悪魔の取引』に縋るしかないのだから)

 覚悟を決めたエクレアは口を開く。開こうとしたら……

“無償でいいよ”

「実……は?」

“いいよ。無償で引き受けてあげる”

 エクレアが頼み事を口へ出す前に……
 大事な事なので二回言いましたっとばかりに、フライングであっさりOKを出す“ナニカ”であった。
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