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第3章

17.ゆる……さない……

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「………………」

 一体どれだけ理不尽な暴力を受けたのか……

 時間の経過も痛みの感覚さえも失ったエクレアの心身は限界を超えたらしい。蹴ろうが殴ろうが何をされようとも反応しなくなっていた。
 辛うじて息はしてるも、文字通り虫の息。心臓の鼓動も止まってるかのように弱弱しく、赤く熱を帯びていた殴打の跡も熱が抜けて青白くなっていく。
 そんな有様になったエクレアをみたゴブリン達はざわめき始める。

 彼等にしてみれば、エクレアを殺すつもりはなかったようだ。
 これつい調子乗りすぎた事による事故であり、我に返ったゴブリン達は互いに責任を押し付け合うかのごとく言い争いはじめた。
 そんな中で半ば放置されているエクレアはぼんやりと考える……
 ゴブリンの解読不明ながらも雰囲気で察せられる言い争いを聞きながら、もう目隠しなんて意味ない暗闇の中でぼんやりと考えていた。

“ごめんな……さい……”

 最初の頃こそ理不尽な暴力とかただ弄んでるだけとか考えてたが、散々痛めつけられたせいで頭のもやが晴れてきたのか。自分の現状が客観的にみれてきた。

 そう……これは必然。


“悪いのは………私………私だった……なんで……立ち向かったの?……殺そうとしたの?”

 わからないが、男と対峙した時はなぜかそう思った。
 実力差は絶望だというのに、何が何でも殺さなければと思って後先考えず攻撃を仕掛けた。
 少なくとも相手は対話を求めていたのだから、大人しく応じていればよかったのに……それすらせず自分からぶった切った。

 向こうの立場で考えてみれば、理知的に対話を試みようとしたら相手は全く会話する気がない。のらりくらりとふざけた態度を取られた挙句、いきなり左手を蹴飛ばされて腹に風穴開けられたわけだ。
 ゴブリンにさらわれてきたという状況を差し置いても、完全に殺す気満々で襲われたわけだ。報復を命じてもおかしくない。

 ゴブリン達も同様、エクレアは彼等の仲間を蹂躙した。仲間を惨殺したのだからこうやって拷問まがいの暴力で憂さ晴らしはある意味正当だ。

 ぶっちゃけ『悪い子にはお仕置き』とか『因果応報』とかそういった類なのだろう……

 ……ゴブリンに襲われた時点でエクレアにはゴブリンを有無言わさず蹂躙する権利はあるのだろうが、結局最後にモノを言うのは勝敗。敗者は勝者に従う。例え理不尽であろうと、エクレアは敗者となった以上は勝者の理屈に従うしかない。


 だが……それでもエクレアは思う。


“死ねない……お母さんを残して……だなんて……”

 脳裏に浮かんだのは母であるルリージュの顔。
 母は両親と夫に先立たれたこともあって身内はエクレア一人。
 母にとってエクレアが唯一の身内だ。

 もし、エクレアまでも母を残して居なくなることになれば……

「残してだなんて……でき……ない」


 だが……現実は非情だ。

 エクレア自身、もう手遅れなのはわかっている。
 息は絶え絶え。あれだけ激しく主張していた身体の痛みはなく、代わりに襲われるのは凍えるような寒さ。
 眼には何も映らなくなってるから、目隠しなんて意味がない。
 あと少しすれば完全な死を迎えるということを感じていた。

 そう……師匠であるマイがあっさりと死んだように。
 自分はこれから死ぬ。理不尽だろうが、このままだと死ぬ……


“なんで……”


 考えなくてもわかる。
 そういう世界だからだ。


 魔物が闊歩している。ゴブリンがいる。

 ならゴブリンに攫われる運命もある。

 なにせそういう世界だから……

 理不尽溢れる世界だから……



“違う……”


 深淵の奥底に居ついた“ナニカ”は言っていた。

 ここは作られた世界。

 何者かが介入した事で歪められた世界。

 世界の理に介入して改変された世界。


 そして私も……エクレアも改変された。
 偽りの記憶と思想を埋め込まれて本来歩むべき運命を、捻じ曲げられた。

 本来手にするはずだった“幸せ”を奪われた。

 前世の今だ名前を思い出せない名無しの“私”が死すべき時に願った小さな“幸せ”。

 前世では手にすることはできなくとも、新たに転生するであろうエクレアには手にしてほしいと願ったささやかな“幸せ”を……


 奪ったやつがいる!!!






“ゆる……さない……”



 エクレアは蠢いた……

 暗闇に閉ざされていた瞳を……

 すでに何も映さなくなっていた瞳には奪われたはずの“狂気”宿し始めながら……

 最後の力を振り絞るかの如く、蠢き始めた……
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