いつかサクラの木の下で…… -乙女ゲームお花畑ヒロインざまぁ劇の裏側、ハッピーエンドに隠されたバッドエンドの物語-(アルファ版)

やみなべ

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第2章

16.エクレアちゃん……貴女の瞳には何が映っているの?(side:スージー)

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 マイが死んだあの日、スージーは辺境から片道一ヵ月はかかる王都まで出向いていた。

 事件発生の3日ほど前に最高の素材が手に入ったので、自分の力量試しとして『霊薬エリクサー』の精製に挑戦したらなんと成功したのだ。

 確率にして2D6のダイス目12の2連続……俗にいう連続クリティカル1825分の1の末にできたものだ。
 実力よりも偶然に近い一品で誇る気はなかったが、『霊薬エリクサー』の精製成功例は少ない。
 偶然でも自身の経験が参考資料になるかと思って、学園時代に師事していた教授や両親に近況報告をかねての里帰り気分で赴赴くことにしたのだ。

 その際に出来上がった現物の一本を信頼に足る冒険者パーティーに『錬金術で精製したポーションは劣化しやすいのだから、必要に迫られたら躊躇なく使いなさい』っともったいない病……マイ曰く『最後の一本の霊薬を使うのがもったいないから躊躇っちゃう病ラストエリクサー症候群』を発症させないよう論しながら渡したのだが、それが巡り巡ってエクレアの命を救ったのだから神の采配に近いものを感じる。
 その後の変化も含めて……なんらかの意思を感じる。感じてしまう。



「エクレアちゃん……貴女はどこに向かおうというのよ」


 ルリージュによると、エクレアはマイが死んだあの日を境に変わったそうだ。
 息子達といがみ合うのをやめるどころか、愛嬌をもって積極的に絡みだすという、エクレアの言葉を借りるならとっても良い子になったと思えば、それなりの頻度でわがままや子供染みた悪戯で母を始めとする周囲の大人たちを困らせる、やきもきさせるとっても悪い子……いわば年相応な子供らしい子供となったのだ。

 ただし、彼女の根っこの問題部分。自己犠牲的な破滅的思考は潜めるどころかさらに酷くなった気配があった。
 5000万という借金を返済するため、マイが請け負っていた仕事だけでなく研究も受け継いでいる。寝る間も惜しんで突き進む……自身を追い詰めたりする事で、壊れそうな心を必死に留めている。
 “狂気”へ走りそうな精神を無理やり正気に留めている。

 今まではそう思っていたが………



 実際は違った。




 すでにエクレアの心は壊れていた。すでに正気を保てないほどの“狂気”に侵されていた。
 だというのに、彼女は表向き問題ないよう振る舞う。振る舞っている。
 エクレアではなくなっても、母であるルリージュを悲しませないようエクレアの振りを続けている。
 裏では世界全てを焼き尽くすと言わんばかりの激しい憎悪の炎を滾らせながらも、表では多少歪ながらも地にしっかり根付いた成長をし続けるエクレアを演じる“ナニカ”。


 そんな気配がするのだ。


 一体彼女はどうしてしまったのか………

 ナニになり替わってしまったのか……



 改めてレシピをみる。


 それは魔石を原料にして精製するポーション。

 魔石は瘴気によって生み出される魔物や魔獣といった生物の核。瘴気と魔力の結晶であり、錬金術の媒体や魔道具の原動力にもなる。

 内に秘められている魔力も『生きている間』は時間と共に充電されていくので『意思のない魔法使い』というものだ。

 彼女はそんな魔石の性質を身体に取り込むというのだ。

 魔石を形成させる瘴気は人体にとって猛毒。
 故に取り扱いは十分気を付けなければいけないものだ。

 触媒や魔道具の核として使用するには事前の処置、錬金術での処置や清められた水に晒す等して瘴気を抜かなければならない。


 しかし、彼女はその工程をすっ飛ばす。
 『瘴気』を含んだままの『魔石』を体内に取り入れるのだ。


 理論上では可能。
 取り込んだ瞬間に絶大な魔力を得る事はできる。

 ただし死ぬ。

 『瘴気』にむしばまれて命を落とす。

 仮に何かのはずみで生き残っても精神は確実に病む。
 肉体は生きてても心身を『魔獣』ならぬ『魔人』として作り変えられる。人としては完全な死を迎える。

 命を代償にしてわずかな時間だけ魔力をブーストさせる禁断の薬。
 人を魔人へと変貌させてしまう、悪魔の薬。


 こんなものあってはならない。

 存在してはならない。

 魔王が居た時代ならともかく、平和な時代にあってはならないものだ。

 燃やすべきだ。




 だというのに……選べなかった。
 言えなかった。

 『燃やせ』の言葉を紡ごうとした瞬間にみたあの子の瞳……


 “深淵”とも呼べるような見る者の正気を奪う、“狂気”を含んだ眼をみて……


 黙ってしまった。


「エクレアちゃん……貴女の瞳には何が映っているの?」



 スージーの問いかけに答える者は……誰もいなかった。


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