ゲーム世界のモブ悪役に転生したのでラスボスを目指してみた 〜なぜか歴代最高の名君と崇められているんですが、誰か理由を教えてください!〜

八又ナガト

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第一章 モブ悪役転生編

第5話 私の最高のご主人様【マリー視点】

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 メイドの少女マリーは、幼いころから偏見の中で暮らしてきた。
 その理由はひとえに、魔族を彷彿ほうふつとさせる黒髪のためだ。

 マリーの母親も同じように黒髪であり、女手一つでマリーを育ててきた。
 しかし黒髪持ちにとってこの国は暮らしにくく、様々な地を転々としながら生きてきた。

 そんな中、マリーが12歳になった頃。
 母がレンフォード子爵家に雇われることになる。

 その理由は、レンフォード子爵家が偏見を持たない素晴らしい貴族だったから――などでは決してなかった。

 当時、ようやくソルスティア王国にも髪色と魔族の間に繋がりはないという常識が広がり始めていた。
 その際、王家は黒髪持ちの偏見をなくすため、貴族たちに進んで黒髪持ちを取り立てるよう指示を出した。

 レンフォード子爵は黒髪持ちへの偏見自体はあったものの、王家への覚えをよくするため、マリーの母を雇うことにしたのだった。

 その結果、レンフォード子爵家で暮らすことになった二人だが、与えられた離れはとても人が暮らせるような環境ではなかった。
 何年も手入れがされていないようにボロボロで、今にも崩れ落ちそうなほど。

 そんな場所で、マリーたちの新生活が始まった。

 しかし母は元から体が弱かったことに加え、他の使用人に比べても格段に多い激務をこなす中で、流行り病にかかって呆気なく亡くなってしまった。
 マリーが14歳になったばかりのタイミングだった。

 その後、母親に代わって新たにマリーが子爵家に雇われるようになった。
 子爵は黒髪持ちの使用人を再び失う訳にはいかないとし、マリーには大して意味のない仕事を少量だけ与えられた。

 マリーはそれからずっと、自分がこの場所にいる理由が分からないまま働き続けていた。
 出ていこうにも、その勇気が出ない。
 マリーにとって母が亡くなったこの離れは、マリー自身をこの場所に縛り続ける呪いでしかなかったのだ。


 そして、そのまま働くこと1年。
 魔物に襲われるという悲しい事故によって、領主が代替わりすることになった。

 とはいえ、何かマリーの環境が変わるわけではない。
 それどころか新領主はマリーの存在にすら気付いていないように思えた。
 
 しかし、領主が変わってからしばらく経ったある日のこと――


「聞きましたか? 領主様が悪の商人を見事捕らえたとのことよ」

「失態を犯した部下に対して、寛大な心をお見せしたんだってね」

「先日の犯罪組織壊滅も、領主様の見事な指示によるものだったらしいわ!」


 突然、館内で領主の良い評判ばかりが聞こえてくるようになった。

 それを聞いてマリーはすこし動揺するも、首を横にぶんぶんと振る。

(いいえ、どちらにせよ私には関係ないことですね……)

 そう結論を出し、本日2周目の掃除を行おうとした、その時だった。

「きゃあっ!」

 手が滑り、バケツの水を廊下に零してしまう。
 慌ててモップで拭こうとすると、背後から足音が聞こえてくる。

 メイド長だろうか?
 失敗したことを謝らなければ、そう思いながら振り返ると、なんとそこには領主のクラウスがいた。

(――何で!? 普段はこんな場所にやってこないはずなのに!)

 疑問を抱きながらも、マリーは慌てて頭を下げた。

「領主様!? も、申し訳ありません!」

 ぷるぷると震えながら、マリーは答えを待つ。
 以前までの評判通りなら、何をされてしまうか分からない。

 だけどここで、ふとマリーは思い出した。
 最近のクラウスは思いやりに満ちた、心優しい領主になっているという噂を。

 だからこそマリーはつい、縋るような気持ちでクラウスを見上げた。

「領主様……?」

(――あなたなら、私を救ってくれますか?)

 そして、叶うはずもない願望を心の中で口にする。
 その証拠に、クラウスはすぐにこう答えた。

「お前は仕事に戻れ」

「えっ? はっ、はい!」

 マリーが後ろを見ると、そこにあるのは自分の失態で生まれた水溜まりだけ。

 それを見て、マリーは自嘲気味に笑う。
 
(そうですよね……領主様もお客様もいらっしゃらない隅っこで、自分が零した水を拭うことしか、私に与えられる仕事はないんでしょう)

 初めから分かっていたことだった。
 だけど――いや、だからこそだろうか。

 この答えに対して小さくないショックを受けている自分に、マリーはとても驚くのだった。


 ◇◇◇


 しかし、クラウスの真意をマリーが知ることになるのは、それからたった数時間後のことだった。

 なぜか突然、執事長のオリヴァーから必要なものを持って離れから出るよう通達があったのだ。

 オリヴァーは先代の頃から、マリーたちに気遣ってくれていた数少ない存在だった。
 そんな彼が「お母君との思い出の品だけは、忘れずに持ち出すように」とだけ伝えてきた。

 それがいったいどう意味なのか分からないまま困惑していると、なんとクラウスまでやってきた。

「りょ、領主様? ご命令通り必要な物は全て持ち出しましたが、いったい何をするおつもりですか?」

 その質問に対し、クラウスは精悍せいかんな面持ちで答えた。


「決まっているだろう? よく見ていろ、


 直後、クラウスが唱えた魔術によって離れが粉々に壊されていく。
 それをマリーは、ただ呆然と眺めることしかできなかった。

 魔術が止みしばらく経った頃、ようやくマリーは意識を取り戻す。

「はっ! りょ、領主様!? 突然何を!?」

「見ての通りだ。これでもう、お前はこの離れに住むことはない」

「――――!」

 クラウスの言葉を聞いた瞬間、かつての母親との会話が脳裏をよぎった。
 それは母が亡くなる少し前のこと。


『マリー、最後の約束よ。いつかここを出て、もっと多くの景色を見届けて』

『……できないよ、お母さん。私は、ずっとこの場所に縛られて生きていくことしか……』

『そんなことはないわ。いつかきっと、あなたをここから連れ出してくれる存在が現れるはずだから。だから絶対に大丈夫よ、マリー』


 あの時は決して信じられなかった母の言葉。
 それを、今なら心から信じられると思った。

 マリーはようやく悟った。
 クラウスが告げた『これが俺の答えだ』という言葉。
 これは先ほどマリーがクラウスに心の中で問いかけた、『あなたなら、私を救ってくれますか?』への返答だったのだ。

 驚きと動揺、そして新たに温かな感情が芽生えてくるのを自覚しながら、マリーは悟られないよう震える声で尋ねる。

「……それでは、私はこれからどこで生活すれば……」

「何を言っている? それは当然、他のメイドたちと同室に決まっているだろう。それから今後は館全体の仕事にも参加しろ(サボりは絶対に許さん!)」

「ッ! それはつまり……」

「伝えるべきことは全て伝えた。それではオリヴァー、後は任せる」

 離れから連れ出してくれるだけではない。
 これからは自分への偏見をなくし、他のメイドたちと同じように扱ってくれると。
 クラウスはそう誓ってくれたのだ。

 クラウスが去ってからも感激のあまり身動きも取れずにいると、オリヴァーがモノクルをカチャと上げて言う。


「よかったですね、マリー」

「……本当に、いいんでしょうか? これから他の方たちと同じように過ごせるだなんて、とても信じられません。そうです! もしかして全て、何かの勘違いなのではないでしょうか!? たとえば領主様が私の至らぬ点に対して罰を与えようとしているにもかかわらず、その意図を汲み取れていないだけだったり――」

「想像力が豊かなのは結構ですが、卑屈になってはいけません。マリー、貴女の境遇を考えれば疑いたくなる気持ちも分かりますが、クラウス様は素晴らしいお方。どうかクラウス様を信じてあげてください、なにせあの方は貴女の主人なのですから」

「主人……」


 これまでクラウスとの関わりがなかったこともあり、彼が主人だという自覚を持つことができず、ただ領主様と呼んできた。
 だけどこの瞬間、確かにマリーの中にも自覚が芽生えた。

 クラウス様は偉大な領主であると同時に――自分にとって最高の、一生仕えるべきご主人様であると。

 マリーは心から沸き上がった気持ちのまま、満面の笑みを浮かべた。


「本当に、ありがとうございます。ご主人様」


 その数秒後、どこからか「はーはっはっは!」という笑い声が聞こえてくる。
 どこかクラウス様の偉大なお声に似ている気がしたが、気のせいだろうとマリーは確信するのだった。
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