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034 意外な幕引き

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 ノワールの放ったブレスが、消滅の鎧を突破しリーベの全身を貫いた。
 轟音と共に大地が揺れ、砂塵が勢いよく吹き荒れる。

 やがてその砂煙が晴れた時、そこには焼け焦げたリーベの姿があった。

「くっ……! なんて、威力……これが、魔力の王の力というの……!?」

 リーベは苦痛に顔を歪めながら、かろうじて這うようにして立ち上がる。
 体力も魔力も、まだわずかに残っている様子だ。
 消滅の鎧によって、ブレスを完全に防ぐとまではいかなかったものの、ある程度の威力は殺げたらしい。

 とはいえ、戦況はもはや決していた。
 万全のノワールが加わった俺たちを前に、リーベの勝機はない。

 俺がそう確信した、次の瞬間だった。

「ア、アナタたちみたいな相手に、これ以上付き合ってられないわ!」

 突如としてリーベが踵を返し、信じられないスピードで駆け出していく。
 どうやら勝利を諦め、撤退に切り替えたようだ。

「まあ、お前ならそうくるよな」

 だが、それすらも想定内。
 俺は素早くガレルとノワールに指示を出す。

「ガレル! ノワール! 今だ!」

「ガウッ!」
『ルァァァアアアアア』

 二体の咆哮と共に、強力なブレスと風魔法が放たれた。
 それらが一直線に、逃走するリーベへと迫っていく。

「くっ……まだよ!」

 背後から迫る脅威に、リーベは渋面を浮かべつつ反転する。
 そしてわずかに残った魔力の全てを絞り出すかのように、消滅の鎧を展開。
 ブレスと風魔法を真正面から受け止めてみせた。

 先ほどノワールが放ったブレスは、長時間の溜めによって鎧を貫通できた。
 しかし即興のブレスでは拮抗するに留まっているようだ。
 ガレルの風魔法もまた同様。
 魔法の嵐に挟まれながら、リーベは必死に抵抗を続ける。

「これ、さえ……っ! 耐え切れれば、アナタたちに私を倒す手段はないのよ!」

 リーベの双眸からは、諦念の色が消えていた。
 この攻撃さえ凌げば、一目散に逃走するつもりなのだろう。

 事実、消滅の鎧のもたらす防御力は絶大だ。
 ここまでの戦闘で、俺自身がそれを思い知らされてきた。
 だが。それはあくまで、リーベの反撃を警戒しながら戦う必要のあった、つい先ほどまでの話。

 二体の仲間が作り出してくれたこの時間さえあれば、を繰り出せる。

「いや、リーベ。お前にはここで散ってもらう」

「なんですって? 今さらアナタの攻撃が私に通用するとでも?」

「ああ、当然だ」

 俺は不敵に頷くと、木剣に風を纏わせる。
 風断のように薄く振動させた風を――ではない。
 俺は極限まで圧縮した濃密な魔力を、何重にも何重にも剣に巻きつけていく。
 体内に残る魔力の全てを、ここに注ぎ込むのだ。

 その結果、木剣は――

「な、なによアレ……ッ!」

 ――直径20メートルにも及ぶ巨大な暴風に包まれ、別の姿形へと変貌を遂げていた。

「準備完了だ」

 暴風渦巻く大剣を頭上高く掲げる俺。
 そんな俺を見てリーベは戸惑いの声を上げる。

「そんな、バカみたいな大きさ……いったい、何がどうなってるのよ!?」

 無理もない。
 この暴風の刃が秘める破壊力は、先ほどノワールが叩き込んだ渾身のブレスにも匹敵する。

 さらに、重要な点が一つ。
 これは正確には魔法ではなく、魔法を木剣に纏わせただけ。
 振るわれる火力は、俺の剣速によって際限なく加算されるのだ。

 今の俺はテイマーであると同時に、最強《エルナ》によって鍛え上げられた剣士でもある。
 この世界に転生した当初、何も持たない頃から磨き上げてきたのはこの力だ。
 最後は剣《これ》に全てを委ねる。

「いくぞ、リーベ」

「ま、待ちなさい! 今の状態で、そんなものを喰らえば……」

 リーベが何やら叫んでいるようだが、大剣を振るうことだけに集中している俺の耳に彼女の声は届かない。
 そしてとうとう、その瞬間がやってきた。

 【纏装・風断】が鋭い刃で線を斬る繊細な技であるならば。
 これは圧倒的な暴風によって面を圧し潰す破壊の太刀。
 その名を――


「――――【纏装てんそう颶風剣ぐふうけん】!」


 大気を破壊するように振るわれる、高速の剛剣。
 渦巻く暴風をまとめた最強の一撃が、ブレスと風魔法すら押し退け、真っ直ぐとリーベに降り注ぐ。

「そんな! 私が……魔王軍幹部の私が、こんなところで負けるなんて――」

 颶風の大剣は、リーベの叫びをかき消すようにして彼女の体を圧し潰した。


 かくして、レストとリーベによる因縁の戦いは幕を下ろすのだった。


◇◆◇


 戦闘の終了後。
 颶風剣を叩き込んだ場所へと足を運ぶ。
 するとそこには、巨大なクレーターの中で横たわるリーベの姿があった。

「……頑丈だな」

 まさかまだ息があるとは。
 さすがは魔族の肉体と言ったところか。
 とはいえ、今のリーベはとうとう魔力の底を尽き、消滅の鎧どころか魔法の一つも使えないだろう。

 その時、リーベが傷だらけの体を起こし、か細い声で言葉を紡ぐ。

「ま、待ちなさい。私を殺すつもりなら、考え直した方がいいわ。すぐに他の魔王軍幹部が、アナタのもとにやってきて――」

「いや、お前幹部の中に友達いないし、どうせ今回も独断の行動だから誰にも情報共有してないだろ」

「ぐっ」

 痛いところを突かれたとばかりに胸を抑えるリーベ。
 コイツが考えそうなことなど初めから分かっている。

 やがて観念したように、リーベが弱々しく告げた。

「……それじゃあ、本当に私を殺すつもりなのね」

「……まあな」

 正直、抵抗はある。
 魔族とはいえリーベは人と同じ姿をしており、さらに言葉も通じるのだ。
 平和な日本で生まれ育った俺が躊躇してしまうのは当然のことだろう。

 だが、今の俺はこの世界で生きるレスト・アルビオン。
 今後待ち受ける道程を思えば、いずれは魔族だけでなく、人を殺す必要も出てくるかもしれない。
 その覚悟を決めるのが今だったという、ただそれだけの話だ。

「……ふう」

 深く息を吐いた俺は、静かに風を纏った木剣を構える。
 それを見たリーベはしばし目を閉じた後、キッと鋭い眼光を俺に向けた。

「くっ……いいわ、ならいっそ一思いにやってちょうだい。私は魔王軍幹部リーベ! 何があろうと、自らが敗れた相手に命乞いなんてしないわ!」

 最後の最後に、プライドを貫くことを選んだのだろうか。
 皮肉にも俺は、そんな彼女の気高い姿に背中を押されるようにして、木剣を振り下ろそうとし――


 その時、俺の前にメッセージウィンドウが浮かび上がった。



『リーベが「いやぁぁぁぁ! 何でこの場面で格好つけちゃったのよ、私! ホントは死にたくない! どんな手を使ってでも生き残りたいのにぃぃぃ! ねえお願い、命だけは助けて! アナタの言うこと絶対聞くから! だから、だから私のことを助けてくださぁぁぁああああい!」と、心の中で激しい命乞いをしています』

『リーベが使役可能になりました。テイムしますか?』



 ………………………………



「は?」


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