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013 決闘開始

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 場の全員が振り向いた先に立っていたのは、白銀の長髪を靡かせる美しい女性――エルナ・ブライゼルだった。

 彼女の突然の登場に、誰もが驚きを隠せない。
 その中で真っ先に声を上げたのは父のガドだった。

「こ、これはこれは、エルナ殿。どうしてここに? 次の指導日まではまだ日があるはずだが……」

 俺を責める様子が部外者に見られたことに対し、ガドは焦っている様子だった。
 しかしエルナは気にする素振りも見せず、端的に答える。


「今回の一件について私にも伝達魔法が届いたのだ。私の教え子たちがガレウルフに襲われ、そして撃退したともなれば、居ても立ってもいられずに来てしまってな。もっとも残念ながら、シャロとは行き違いになってしまったようだが……迷惑だっただろうか?」

「い、いや、決してそのようなことはない」


 そんな二人のやり取りを聞きながら、俺はあることを考えていた。
 この世界において、冒険者は身分の高低に関係なく敬語を使わないのが一般的だ。
 口調から相手に指揮系統や上下関係を悟られないための習慣だと聞いている。
 平民であるエルナがガドに敬語を使わないのも、そういった理由からだろう。

 そんなことを思案していると、不意にエルナが俺たち三人に視線を向けた。

「そうしてやってきて早々、私が教えている三人が決闘を行うと聞こえたものでな。私が立会人を務めるのが筋というものだろう」

 その言葉に、俺以外の全員が目を見開く。
 中でも、真っ先に反応したのはやはりガドだった。


「三人だと? エルナ殿にお願いしているのは、エドとシドの二人だけでは……」

「本人の強い希望もあってな。侯爵からの依頼とは別に、レストには私が個人的に教えているのだ。君たち二人エドとシドも、彼の持つ木剣に見覚えがあるだろう?」

「なっ!」「いつの間に……」


 エルナの言葉を聞いたエドワードたちは、驚きと怒りの入り混じった目で俺を睨みつける。

「なっ、そんな話は聞いていないぞ!?」

 続けてガドが声を荒げるが、エルナは手で制した。

「先ほども言った通り、あくまで個人的にだからな。指導した時間も二人に比べればわずかなもの。それに何より――」

 その時、エルナの鋭い赤い瞳がじっと俺を見つめた。

「そのことを踏まえたとしても、私自身、レスト一人でエドとシドに勝てるとは思っていない。その自信がどこから来たのか、指導者として確かめねばと思ってな」

「な、なるほど。そういうことであれば、ぜひ立会人をお願いしよう」

 エルナが俺の実力に疑問を呈したことで、ガドは彼女を味方だと判断したようだ。
 しかしそんなガドの反応とは裏腹に、俺にはエルナの真意が見えていた。

 彼女の言葉は決して嘘ではない。一か月前までの俺の実力では、兄二人を同時に相手取って勝つことはできないだろう。
 だがエルナは、俺の在り方をずっと見てきた。
 だからこそ、俺があり得ない自信や実力をひけらかすような人間ではないことを知っているのだ。

 その眼差しが、俺にこう告げていた。


 ――君の言葉が真実だと、この私に証明してみせろ。


「できるのだろう、レスト?」

 試すような問いかけに、俺は力強く頷いた。

「はい――師匠」

 この期待にだけは裏切りたくない。

 かくして、俺と兄二人の決闘が正式に決定した。



 大修練場に移動し、互いに武器を手にする。
 俺が手にしたのは木剣一本だけ。対するエドワードは大剣、シドワードは双剣という実戦用の武器だ。
 あまりにも不公平な状況だなと冷静に分析していると、そんな俺の態度が癇に障ったのかガドが口を挟む。

「報告にあったガレウルフ撃退時と同じ条件にしただけだ! それを証明すると言ったのは貴様だろう、レスト!」

「……ええ。もちろん、これで問題ありません」

 俺は頷きながら、改めて自分の現状を整理していく。
 俺が二人に勝てると確信しているのは、テイムで得た新たな力――高い身体能力ステータスと風魔法があるからだ。
 けれど風魔法に関しては今回使うつもりはない。テイムの力はまだ隠しておきたいからな。

 それでも俺は、自分が勝つと自信を持って断言できる。

(風魔法以外にも、があるからな……)

 そう思いながら俺は小さく微笑む。
 数秒後、全員の準備が整ったと判断したエルナが宣言を下した。


「では――決闘開始!」


 その言葉を合図に、真っ先に動いたのはシドワードだった。

「こんな弱虫風情、俺一人で十分だ!」

 そう叫びながら、双剣の手数を活かした猛攻を仕掛けてくる。
 さっそく多対一の利点を捨て去っていることに内心驚きながら、俺は冷静に対処を試みる。

(確かに速い。だが――)

 シドの剣速はかなりのもの。
 しかし俺は、ガレルをテイムしたことで上昇したスピードによって、それらの攻撃を軽々と凌ぐことができた。

 その様子にシドワードが目を見開く。

「な、なんだと……何で俺の攻撃が、全部防がれて……」

「ぐずぐずするな、シド! どけ、俺が一撃で仕留めてやる!」

 そう言ってエドワードが前に出る。
 大剣を高々と掲げ、俺めがけて振り下ろしてきた。

 鋼鉄の大剣と、木でできた長剣。
 このまま受ければ、俺の剣が砕け散ることは火を見るよりも明らかだ。

 だが、俺には切り札がある。

「――【魔填マフィル】!」

 その言葉を呟いた瞬間、俺の木剣が不自然なほどの硬度を帯びる。
 直後、ガギィィィン! と、硬質のものをぶつけ合った時特有の鈍く重たい音が響き渡った。

 音が鳴り止んだ時、俺の木剣はエドの大剣を真っ向から完全に受け止めていた。

 エドワードの表情が驚愕に歪む。

「バ、バカな! なぜそんなおもちゃ同然の剣で、俺の一撃を防げる!?」

 狼狽えるエドワードに、俺は得意げに笑みを浮かべた。

「魔力操作の応用技――魔填マフィルだ。物質の内部に存在する極小の隙間に魔力を流し込むことで、強度を飛躍的に高める技術……もっとも、剣しか振るったことのない兄上には理解できないかもしれないがな」

「っ、なんだと貴様!」

 【魔填マフィル】。それはゲームにも登場していた、基本的に前衛職が使用する優秀な共有技能アーツ
 しかしそれを使いこなすには、大量の魔力と繊細な魔力操作が不可欠となる。

 俺はこれまで、日々欠かさず魔力の錬成に励んできたことで、高度な魔力操作技術を会得している。
 そこにガレルのテイムで得た魔力量の上昇が加わり……ようやく本格的な実践投入が可能になった。

「ぐ、ぐぬぬ……こ、こんな馬鹿な……!」

 エドワードは悔しさに歯噛みしながら、なおも俺を押し込もうとする。

「――はあっ!」

「くうっ!?」

 だが、俺はそのまま力を込め逆に相手を押し返した。
 それにより、エドワードの体が軽々と後方に吹き飛んでいく。

「うそだろ……」

「くそっ、何でレストの野郎が、これだけの力を……」

 エドワードたちが戦々恐々とした目を俺に向けてくる。
 たったこれだけの攻防で、ここにいる誰が最も強いのかは明白だった。

 俺は改めて兄二人を見据え、静かに口の端を上げる。


「――さあ、次はこっちの番だ」

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