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第20話 パーティーの面々

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「あのタイミングから回避が間に合った? 今、一瞬だけ感じた気配は気のせいだったのでしょうか……」


 額から冷や汗を流しながら、ブツブツと何かを呟くアリシア。
 だが、今の俺はそんな彼女に意識を向けてやれるほどの余裕はなかった。

 なにせ――

(まさか、このタイミングで筋肉痛が襲ってくるとはな……)

 想定していなかったまさかの事態に、俺はかなり困惑していた。
 【時空の狭間】で過ごした1000年間でこんなことは一度としてなかったのに、どうして今になって――


『【時空の狭間】では外界と時間の流れが変わるため年を取らず、さらに内部でどれだけのダメージ・疲労があろうと瞬時に回復する仕組みになっているのです。そこでならユーリさんが納得いくまで鍛えることができるかと』


 ――不意に、アリスティアの発言が脳裏を過った。

 彼女は確かに【時空の狭間】では年を取らず、ダメージも瞬時に回復するといっていた。
 現に俺は特訓と回復を繰り返すことによって、人の限界を超えて成長することができた。

 だが、冷静に考えてみるとそれは少しおかしい。
 体はしっかりと成長するというのに、年だけ取らないなんてありえるのだろうか?
 そして、向こうで俺は一度として筋肉痛になることはなかった。
 それらの要素をまとめると、おのずと答えが出る。

 すなわち、【時空の狭間】における回復とは成長でなく退化。
 もっと分かりやすく言うと、ダメージを負う前の状態にまで体を戻していたのだ。
 であれば、筋繊維を修復する過程を経ていないということで、筋肉痛にならなかったことに説明がつく。

 もっともそれを前提とした場合、新たに違う疑問が生じたりもするのだが――

(本当に体の状態が巻き戻されてただけなら、俺みたいに成長することもないとは思うんだが……いったい何が起きていたのやら)

 仮に俺が魔力を扱えたら、身体強化の練度が上がったで納得いくんだが、実際には魔力を持っていないわけで。
 もしかしたらそれ以外に、体を強化できる要因があったりするのだろうか?
 ……うん、分からん!

 ひとまず状況証拠からまとめると、この筋肉痛は昨日スライムを倒した時の反動と考えるべきだ。
 初めてのモンスター退治ってことで、めちゃくちゃ張り切っちゃってたし――

「どうやらこの隙は、演技ではないようですね!」

「おっと……っ」

 ――その場で思考の海に沈む俺に向かって、アリシアが力強く木剣を薙いでくる。
 反射的に回避するも、やはり筋肉痛の影響か痛みが走った。

(そうだ、今は模擬戦中だった。考えるのは後にするか)

 問題はどのくらい出力を上げるか。
 痛みがあるとはいえ、直感的に本気で動けるとは思う。
 しかしそうしてしまえば、筋肉痛がさらにひどくなるだけだ。

 仕方ない。
 ここは痛みが生じない範囲で体を動かすべきだろう。
 それに、これは決して俺にとって悪いことではない。

「はあっ! しっ! ふっ!」

「――――――」

 体に制限がかかった状態でありながら、俺は最小限の動きでアリシアの攻撃を回避していく。
 それに必要なのは繊細な身体操作と、相手の動きを読む観察眼。
 そのどちらも、ただやみくもに剣を振り回していた【時空の狭間】では得られなかった経験だ。

 今回の模擬戦の目的は何もアリシアに勝つことじゃない。
 俺がこれまでに得られなかった実戦経験を重ねること。
 それを前提にした場合、むしろこれ以上ない好条件かもしれない。

「そうと決まれば――」

 それからしばらく、俺はアリシアの攻撃を躱し続けるのだった――




「では、この辺りで終了にしましょうか」

 どれだけの時間が経過したのか。
 アリシアのその言葉で、模擬戦は終了となった。

「もう終わりなのか?」

「もうって……既に30分は経っていますよ? 模擬戦にしてはむしろ長すぎるくらいです」

 そうなのか。
 てっきり1週間くらいはぶっ通しでやるものかと思っていた。
 これがジェネレーションギャップというものか……

 とまあそんなおふざけはどうでもよく。
 今の取り組みは俺にとってなかなか効果的だったようで、いい感じに神経が研ぎ澄まされていく感覚があった。
 成長している実感があっただけに、ここで終わるのは少し残念だ。

 そのことをアリシアに伝えると、彼女は優しく微笑んで答えた。

「ご安心ください、ユーリさん。私はこれからもしばらくリハビリを続けるつもりですので、その期間なら相手になりますよ」

「本当か? それはかなり助かる」

「……それに、模擬戦初めに感じたが勘違いだったのかも、もう少し確かめたいですし」

「アリシア? 何か言ったか?」

「い、いえ、何でもありませんん。こちらとしてもあなたには恩がありますから、喜んでいただけたなら何よりです」

 ありがたいことに、もうしばらくアリシアと特訓できるらしい。
 これを機にさらなる成長を見込みたいところだ。

 そんなことを考えていると、俺たちの模擬戦を観察していたモニカとティオが近づいてくる。

「お疲れ様、ユーリ」

「ああ、ありがとう。俺の動きはモニカから見てどうだった?」

「剣士のことはわたしにはよく分からない。ただ……」

「ただ?」

「……ううん、何でもない。とりあえず、がんば」

「あ、ああ。善処する」

 よく分からないが、まだまだ俺には足りないところがあるようだ。
 すると、続けてティオが話しかけてくる。

「あまりその子の言うことを真に受けなくてもいいわよ。魔術以外のことにはほんとテキトーだから」

「むぅ、ティオ、失礼。わたしより胸小さいくせに」

「なっ! そ、それは今関係ないでしょ!? というかこの前、また私の部屋から実験用の素材持って行ってたわよね!? 今日こそ絶対に許さないから!」

「…………じゃ、ユーリ」

「待ちなさい!」

 魔術師とは思えない速度で逃げ出すモニカと、それを追うティオ。
 うん、なんというか……

「仲がいいパーティーなんだな」

「あ、あはは。変なところを見せてしまい申し訳ありません」

 頬をかきながら、気まずそうに告げるアリシア。
 リーダーとして何かと苦労してそうな雰囲気を纏っていた。

 と、その時だった。

「何だ何だ? みんな、いったい何を騒いでんだ?」

 新しい声が庭園内に響いたため、俺とアリシアはそちらに視線を向ける。
 するとそこには赤髪のポニーテールが映える、可愛らしさの残る容姿でありながら、力強い目つきをした少女が立っていた。
 重厚な鎧姿と、後ろに背負っている背丈に見合わない大剣が特徴的だ。

 その少女を見て、アリシアがわずかに眉をあげる。

「セレス、どこに行っていたのですか? てっきり館内で休養していると思っていたのですが」

「ん? ああ、ちょっと森に出て魔物を狩ってた」

「何を考えてるんですか!? スカイドラゴン戦で最もダメージを負ったのは貴方なんですよ!?」

「まあまあ、そんなもん適当に動いてりゃ治るって。それより、そこの男は誰だ?」

 セレスと呼ばれた少女の翡翠の目が俺を射抜く。

「ユーリだ」

「ユーリ? どこかで聞いたことある気が……」

「昨日話したばかりでしょう。申し訳ありませんユーリさん、彼女はセレス・サマー。【晴天の四象】に所属する最後のメンバーです」

 予想できていたことではあるが、やはりそうみたいだ。
 彼女はアリシアの言葉を聞いてしばらく考え込む素振りを見せた後、「ああ!」と手を叩く。

「魔力なしでスカイドラゴンを倒したかもしれないって奴か。で、実際はどうだったんですか?」

「残念ながら違うみたいです」

「違うのに、何でここに連れてきたんだ?」

「疑ったお詫びと、モニカを助けてくれたお礼に特訓をつけることになりまして」

「ふーん、なるほど」

 セレスは納得したのかしてないのか、俺に近づきジロジロと見てくる。
 そして、

「見たところあまり鍛えてるようには思えないが……ま、頑張れよ!」

「――――ッ!?」

 彼女はそのまま力強く俺の背中を叩いた。
 大した力が加えられていた訳ではないし、ましてや敵意があった訳ではない。
 ただ――現在進行形で筋肉痛中の俺にとって、それは大ダメージとなった。

 必死に痛みに耐えながらぷるぷると震える俺を見て、アリシアとセレスが顔色を変える。

「ユーリさん! 大丈夫ですか!?」

「えっ!? わ、悪い! こんくらいでそんなに痛がるとは思ってなくて」

「だ、大丈夫だ。気にしないでくれ」

 最後にまさかの洗礼を受けることとなりながら、俺と【晴天の四象】による初めての交流が終わる。
 そしてこれからしばらく、訓練に付き合ってもらうことになるのだった。
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