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072 剥き出しの殺気

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 スタンピードの襲来から、約30分後。
 戦闘の勢いが、少しずつ強まり始めていた。

 それに伴い、フールたちの元にも何体かの魔物がやってくる。
 その多くが前線の防衛網を抜け出してきた小型の魔物であり、レベルは500以下と大したことがない。

「――えいっ!」

 フード姿の少女が矢を放ち、次々と魔物を撃ち抜いていく。
 そして、彼女が討ちもらした個体をフールたちが倒す――そんな流れがしばらく続いていた。

「フンッ!」

 近くにいた狼型の魔物を殴り倒したフールは、シモンの背中に鋭い視線を向けた。

(ここまで、あの野郎が倒した魔物は1体もいない。あの女に寄り掛かってるという俺様の予想は正しかったみたいだな)

 あとはどのタイミングで攻撃を仕掛けるか。
 ここまでの戦いぶりを見たところ、女はかなりの実力者。
 彼女に隙が生まれるまでは、どちらにも攻撃できない。

 フールがどうしたものかと悩んでいた、その直後だった。
 翼を持つ鳥型の魔物が複数、城門の上から町の中に侵入していく。
 どれもレベルはそう高くないが、中の一般人からすれば脅威そのものだろう。

 その様子を見た少女が、慌てた様子でシモンに語りかける。

「シモン! 中に魔物が!」
「分かってる。お前は城壁にのぼって弓で対応しろ」
「わかった! ここはよろしくね!」

 少女はコクリと頷いた後、グッと地面を蹴ったかと思えば、そのまま城壁を駆けあがっていく。
 それを見届けたフールは、にやりと口の端を上げた。

(女が離れた! 仕掛けるならここだ!)

 フールが素早く目配せすると、残りの3人はコクリと頷く。
 フールがシモンを痛めつける間、彼らには魔物を足止めしてもらう予定だった。
 低レベルの魔物とはいえ、さすがに不意打ちを仕掛けられてはやられる可能性があるからだ。

 フールは息を潜めながら、棒立ちのシモンに視線を向ける。
 
(今さら後悔してもおせぇぞ。テメェは雑魚の分際で、この俺様に逆らった! 守ってくれる用心棒もいなくなった今、ここがテメェの墓場なんだよ!)

 ドンッ、と。
 フールは地面を蹴り、シモンの隙だらけの背中めがけて駆け出した。
 拳を溜める。せっかく用心棒がいなくなった今、一撃で殺すつもりはない。
 奴が自分に向けた生意気な態度の分だけ痛めつけてやるつもりだった。

(これが、手始めの一発だ!)

 左足で強く地面を踏みしめたフールは、その勢いのまま殴打を放つ。
 その大きな拳は、ゴゥと風を切る大音量を鳴らしながら、シモンの背中に吸い込まれていき――


 ――――直後、


「――へぁ?」

 発することのできた言葉は、ただそれだけ。
 痛みを感じる余裕すらなかった。
 音速で大岩を叩きつけられたかのような、これまで経験したことのないほど馬鹿げた衝撃。
 その一撃によってフールの体はカタパルトがごとき勢いで発射され、背中から城壁に突撃し、数十センチに及び壁をえぐり取った。

「がはっ!」

 遅れて、襲い掛かる激痛。
 意識が朦朧とする中、フールはかろうじて顔を上げる。
 これだけの破壊力、Sランク魔物でもないと不可能なはず。
 本能が、一刻も早く原因を追究しなくてはならないと叫んでいた。

(い、今、いったい何が……)

 そして見た。
 そこに、拳を振り切ったまま立ち尽くす少年――シモンの姿を。

「…………は?」

 脱色する思考とは裏腹に、本能は何が起きたのか理解していた。

 つまるところ、単純な話。
 自分は今、殴られたのだ。
 Sランクはおろか――レベル50にすら及んでいない、正真正銘の雑魚《シモン》に。

 そんな雑魚が放った、ただの一撃。
 そのたった一撃によって、フールは立ち上がることすらままならないほどの重傷を負っていた。

「おい」

 そんなフールに対し、シモンはこの世のものとは思えない鋭い視線を向けながら呼びかける。

「何やら戸惑ってるみたいだが……そんな剥き出しの殺気を垂れ流しといて、本当に気付かれていないとでも思っていたのか? それとも、これまでに殺意を向けられた経験はなかったか。もしそうなら――」
「ひぃっ!?」

 瞬間、シモンからドス黒いオーラが放たれる。
 それに呑み込まれたフールの体が、プルプルと震え始める。

(何だ……何なんだ、コイツは!)

 今、何が起きているの理解することすらできない。
 格下と思っていた相手に一蹴され、さらに恐怖を与えられている現状。
 そんな屈辱を受けるフールに対し、シモンは当たり前のように言った。


「――俺が、今から教えてやる」

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