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044 痛みと絶望

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 向かい合う復讐者シンその対象アルト
 しかしアルトはまだ、挽回の手段を見つけられていなかった。

「待て、シン!」

 せめて少しでも時間を稼ごうと、アルトは口を開く。

「……まだ信じられない。本当に貴様が、こうしてまた俺の前に現れるとは。まるで夢でも見ている気分だよ」
「……そうか。二年前あの時の俺も同じような気持ちだったよ。だけど残念だが、これはれっきとした現実だ」
「っ!」

 ゆっくりと、しかし確かに距離を詰めてくるシン。
 それを見て、アルトは慌てて言葉を紡ぐ。

「それで、貴様は……あの時の恨みを晴らすため、ガレンやシエラまで殺したんだな!?」

 ピタリ、と。
 シンの歩みが止まる。

「ああ、そういえばパーティーリーダーのお前なら、リアルタイムで仲間の死を確認できるんだったな。そうだ、アイツらはもうこの世界にいない」
「っ! ……ふ、ふざけるな! かつての仲間を殺しておきながら、何だその態度は!? 貴様には人の心がないのか!?」
「……人の心、か」

 アルトからすれば、少しでも時間を稼ぐために出た筋の通っていない言葉。
 しかしシンにとっては思うところがあったのか、彼は何かを考え込むようにして天井を見上げた。

「そんなものは、きっととうの昔になくした」

 そう呟いた後、鋭い黒の視線をアルトに向ける。

「その場から逃げ出したお前にも教えてやる。セドリックはもちろん……ガレンやシエラの死に様はこの上なく惨めだったよ。いつの日かお前が、俺に向けて言ったようにな」
「……貴様っ!」
「そして――」

 少し間を置いた後、シンは告げる。


「これからお前も体験するだろう。奴らと同じ苦しみを――それ以上の恐怖を」
「ッッッ!?!?!?」


 殺気が、アルトの全身を襲った。
 考える余裕もなく、彼は反射的に長剣を体の前に掲げる。

 しかし気が付いた時にはもう、シンはアルトの目の前にいた。

「なっ! 貴様、いつの間に――」
「遅い」
「がはぁっ!」

 直後、彼の腹部にシンの拳が突き刺さった。
 これまでに感じたことのないほど重い一撃。
 アルトの肋骨が一気に10本以上折れる。
 さらに、それだけでは許さないとばかりにその矮躯を軽々と吹き飛ばした。

 ドォォォオンと。
 背中から、ダンジョン内の内壁にぶつかる。
 その拍子に追加で何本も骨が砕けた。
 痛みと衝撃で気を失いそうになる中、しかしシンは手を緩めない。

「おい、その程度で力尽きたりするなよ」
「なっ!」

 瞬き一つの間で、再び彼我の距離が潰れる。
 回避を試みる暇すらなく、怒涛の連撃がアルトを襲った。

「ぐわぁぁぁあああああああああ!!!」

 一つ一つが、アルトに苦痛を与えるためだけに放たれる殴打の連撃。
 そんな攻撃を浴び、アルトはただ痛みに叫ぶことしかできない。
 シンはその時間を少しでも長引かせようとしているのだろう。
 どこまでも丁寧に、優しく。
 決してアルトが死んでしまわないよう、最大限の注意と手加減の中で攻撃を続けていた。


 残りの肋骨が砕けた。
 左腕が逆向きに曲がった。
 大腿骨が肉から突き出した。
 ただ純粋に、最上級の痛みがとめどなく押し寄せ続けた。


(ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! 何だ、なんだこれは――!)

 心の中で悪態をつくも、それがシンの耳に届くはずもなく。
 圧倒的な暴力による蹂躙は、それから3分近く続いた。

「……ひとまず、この程度か」

 シンにはこの先の目的があるのか、ここで一度攻撃の手を止める。
 彼の前には、辛うじて人の形を保っているだけのアルトがいた。
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