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042 剥がれる聖女

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「――――ッッッ!?!?!?」

 それは、この世のものとは思えないほどの激痛だった。
 体の内側を数百の蟲が蝕んでいるかのような、得体の知れない最悪の感覚。
 訳も分からず、シエラはその場に倒れ伏した。

(いったい、何が……!)

 困惑するシエラ。
 だが、彼女にとって本当の絶望はここからだった。

 彼女が誇りにしている、透き通るように白くなめらかな手。
 

「ッッッ!? きゃぁぁぁああああああ!!!」

 意味が分からなかった。
 なぜ、なぜこんなことになっている。
 触れる者全てに癒しを与えるこの手が、どうしてこんな目に――

 シエラはぎろりと、シンを睨みつけた。

「シン! これは一体なんですか!? 何をしたというのですか!?」

 激情をぶつけるシエラ。
 しかし、シンは平然とした態度で言った。

「何をしたか、だと? わざわざ俺の口から聞く必要があるのか?」
「それは、どういう……」
「俺はただお前が企んでいたことを、
「ッッッ!」

 驚愕するシエラを横目に、シンは自分のスキル欄に視線を落とす。


 ――――――――――――――

 【毒耐性】
 ・毒が効きにくくなる。

 ――――――――――――――

 【毒質反転どくしつはんてん
 ・自身に危害を与える毒の性質を反転させ、治療に使用できる。

 ――――――――――――――


 そこに刻まれていたのは、2つのスキル名。
 毒耐性と毒質反転。
 これをシンは利用したのだ。

 シエラが用いる極限まで浄化された聖の魔力は、多くの人にとって――当然、シンにとっても毒として作用していた。
 その毒でシンを殺そうと、シエラは企んでいたのだ。

 しかしシンは毒耐性のスキルを持っていた。
 これによってダメージのほとんどを軽減することにより、シエラの狙いを打ち砕いた。

 本題はここから。
 シンが持つ、もう1つのスキル――エクストラスキル【毒質反転】はより凶悪な性能を有していた。
 《聖の魔力》を毒として認識したこのスキルによって、魔力は真逆の性質へと――魔物が保有する《邪悪な魔力》へと書き換えられた。
 その上でシンは、その魔力を逆にシエラへと注ぎ返したのだ。

 魔物の魔力を取り込んだ人間が、通常どうなるか。
 それはシンが、その身を以て証明していた。
 体の内側から、じわじわと溶かされていき死に絶えるのだ。

 そしてここで、肝心なことがもう一点。
 魔物にとって、シエラの保有する《聖の魔力》が弱点なように。
 《邪悪な魔力》はシエラにとっても最大の弱点だった。

 それゆえシエラは今、かつてのシンとは比べ物にならないほどの苦痛を味わっていた。
 内部から体が破壊されていく感覚。
 それは経験した者にしかわからない、絶望的な苦痛と言えるだろう。


 ――しかしシエラにとって、もっとも絶望なのは痛みではなかった。


「どうして、どうして止まらないのですか……! 私の体が、どんどん溶けて……!」

 最初は手。次は足。
 そこからは末端から中心部に欠けて、ゆっくりと浸食が進んでいく。
 徐々に徐々に、シエラの体は崩壊を始めていた。

 シエラはプライドの高い人物だった。
 聖女としての実力や、知能の高さも当然誇りに思っている。
 だけど、それらを差し置いて最も大切なことはたった一つ。
 それこそ、自分を自分たらしめる圧倒的な美だった。
 
 その美貌が現在進行形で朽ち果てていく状況に、彼女はセドリックやガレンとは比べ物にならないほどの精神的苦痛を味わっていた。
 彼女の無残な姿はまさに、この世で最も悲惨ともいえるだろう。

 しかしそんな状況にあってなお、シンは容赦をしない。

「……何を喚いているんだ。これはお前が始めたことだろう」
「きゃぁっ!」

 ガッと、シエラの美しかった長髪――今はもう、溶けて短髪になってしまった根元を掴む。
 そしてシンは、そのまま彼女の顔を下に向けた。

 そしてシエラは、水面に映った今の自分と対面することとなった。

「……あ、ああっ……そん、な……」

 もし、その時のシエラを外野から眺める者がいたら、どのような感情を抱いただろうか。
 彼女ほどではないにしろ、美しさに誇りを持つ女性たち――否、そんなことに興味のない男性ですら同情を禁じ得ない姿だった。

 シン自身、この作戦を決行するかは悩んだ。
 だからこそ彼女に委ねたのだ。
 もし彼女が贖罪を願うなら、正当な死を与える。
 だが、その聖女としての力を用い、シンを殺めようとしたのなら――その時は同様の方法を以て絶望を与えると。


「うそ、です……聖女である私が、こんな、こんな惨めな姿で、終わるなんて……――」


 結果は、見ての通り。
 しばしの絶望の末――シエラはガレンと同様、魂の消耗によって命を落とした。

 これまでの二人に比べて、いとも呆気ない幕切れに見えるかもしれない。
 しかしこれが優しい復讐だったと言うものはいないだろう。

 シンは既に事切れた、シエラだったものを手放し――顔を上げた。


「さあ、残るは一人だ」


 かくして、シエラへの復讐が幕を閉じるのだった。
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