上 下
36 / 87

036 逆襲の一手

しおりを挟む
 Cランクダンジョン【蜥蜴の巣穴】の広間にて。
 そこにはただ、野太い悲鳴だけが響いていた。

「ぐわぁぁぁああああああああ!」

 言葉にならないほどの痛みが、絶え間なくガレンの体を蝕む。
 今にも意識を失いそうな苦痛の中、ガレンが視線を向けた先には、顔色一つ変えずに自傷を繰り返すシンの姿があった。

(どうなって、やがる……! 痛みを共有するスキルじゃなかったのか!? なのに何故、シンの野郎はあんなに平然な顔でいやがるんだ……!)

 自分でも耐えられない程の痛みに、シンが耐えられるとはとても思えない。
 そう考えたガレンは、すぐにシンが嘘をついているという発想に至った。

 問題は嘘の中身だ。
 本当は痛みを共有するのではなく、譲渡するスキルなのではないか――ガレンはそう推測した。
 そうでもなければ、とても納得できる状況じゃなかったからだ。

 間違った解答に辿り着いたガレンは思考を続ける。

(シンの野郎、ふざけやがって……何が我慢比べだ! 一方的に痛みで俺を殺すつもりなんだろう……だが、ツメが甘かったな!)

 絶望的な状況の中で、しかしガレンは小さな笑みを零した。

(まだ、ここから挽回するための手はある! あの野郎の前で見せたのはほんの数回だから忘れているんだろう……それが命取りだ!)

 痛みに耐えながらも、ガレンはこの危機的状況を覆す手段として2つのスキルを思い描いていた。


 1つは狂乱化きょうらんか
 これは1分間だけ防御力を大きく減少させる代わりに、攻撃力を大きく上昇させるスキルだ。
 さらにスキル発動中、一時的に痛みを感じなくなるという付随効果も存在する。
 今のガレンにとっては、そちらの方がより大きな意味を持っていた。


 そしてもう1つ、こちらが本命。
 戦士職であるガレンにとって最大の切り札ともいうべきスキルがあった。


 名を【防御透過撃ぼうぎょとうかげき
 狂乱化中、および5分以内にクリティカル攻撃を命中させた相手に対してのみ使用可。
 そして同じ相手に攻撃を命中させた際、という、規格外の性能を誇るスキルだ。 


 そして幸いなことに今、これらの条件は全て満たされていた。
 先ほどガレンが放った斧による一撃――シンにダメージを与えることこそできなかったものの、無防備な首元に当てたことで見事に《クリティカル判定》が発生していた。

 シンの防御力がどれだけ高かろうと問題ない。
 その分だけ、ガレンの攻撃力も増すのだから。
 防御透過撃を当てることさえ叶えば、シンの防御力を完全に無視した上で、元々のガレンが持つ攻撃力分だけダメージを与えることができる。

(テメェが1000レベル超えの実力だろうが関係ねえ。この一撃なら、十分通用する――いや、場合によっちゃ一撃で殺れるはずだ)

 重要なのはタイミング。
 相手の油断をつき、的確に命中させる必要がある。

(我慢比べなんてふざけたモンに付き合ってやる義理はねえ。テメェだけは絶対に、この手で殺してやる!)

 今なお襲い続ける痛みを殺意で塗り替え――
 ガレンはとうとう、その瞬間を見つけた。

「狂乱化!」
「――――ッ!」

 まずは狂乱化を発動。
 痛みから解放されると同時に、防御透過撃の発動条件を満たす。

 これはシンにとっても予想外だったのだろう。
 彼はわずかに目を見開いたまま、身動き一つ取ろうとはしなかった。

 そんな隙だらけのシン目掛け、ガレンは自分の全てを賭した一撃を放つ。


「今度こそ死にやがれ――――防御透過撃!!!」


 格段に攻撃力を増し、莫大な破壊力を孕んだ斧がシンに迫る。
 斧はそのまま、シンの頭部へと勢いよく吸い込まれていき――――

 パシン、と。
 受け止められた。
 左手で、片手一つで。
 いとも容易く、まるで子供のチャンバラを相手にするかのように。


「――――は?」


 思考が、完全に停止する。
 意味が。意味が分からない。

 なぜ受け止められた?
 スキルはきちんと発動している。
 シンの防御力分だけ攻撃力は上がっている。

 一撃で殺しきれないだけなら分かる。
 しかしこれではまるで、ダメージが全く入っていないかのよう――

「おい」

 困惑するガレンの鼓膜を、シンの冷徹な声が震わせた。

「近いぞ」
「…………へ?」

 ザァン! と、剣閃が一つ。
 瞬いたかと思った次の瞬間にはもう、。 

「あ、あぁぁぁああああああああ!」

 狂乱化はまだ続いているため、痛み自体はない。
 それでも自分の四肢が欠損する光景を直に見せられたガレンは、恐怖心からこれまでで一番の叫び声を上げた。

 なぜ自分の攻撃を受け止められたか分からないまま、右腕を失った事実に恐怖するガレンを見て、シンは――


「……惨めだな、お前」


 ――思わず、そんな言葉を零すのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

最弱ユニークギフト所持者の僕が最強のダンジョン探索者になるまでのお話

亘善
ファンタジー
【点滴穿石】という四字熟語ユニークギフト持ちの龍泉麟瞳は、Aランクダンジョンの攻略を失敗した後にパーティを追放されてしまう。地元の岡山に戻った麟瞳は新たに【幸運】のスキルを得て、家族や周りの人達に支えられながら少しずつ成長していく。夢はSランク探索者になること。これは、夢を叶えるために日々努力を続ける龍泉麟瞳のお話である。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

処理中です...